伊藤桂一

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伊藤 桂一(いとう けいいち、1917年8月23日 - )は、日本の小説家詩人。『静かなノモンハン』などの戦場小説や、時代小説私小説風な身辺小説などがある。日本芸術院会員。

経歴

生い立ち

三重県三重郡神前村(現四日市市)の天台宗高角山大日寺に生まれる。4歳の時に交通事故で父が亡くなり、寺の所有を巡る争いから7歳の時に家族で大阪に出て祖母、叔母と同居。次いで1926年9歳の時に東京と転々とし、妹の療養のため徳山市にも2年間付き添った。教師を志して青山師範学校を受験するが失敗し、1932年15歳の時に立正中学に入学、文学に熱中する。1934年に曹洞宗の寺院に見習いとして入寺し、旧制世田谷中学に転校。詩や小説の投稿を行うようになり、1935年に「文芸首都」に小説「祖父一家」が入選、掲載される。1936年に上野のゴム再生業店に勤め、その後も商社事務員、ビルの清掃業など職を転々としながら、「日本詩壇」などに投稿。詩の雑誌『紅籃』『餐』(後に『馬車』『山河』)『凝視』『内在』などに参加。1938年より習志野騎兵隊に入隊、1939年に北支に出兵、この間も詩作を続け、短歌数百を作った。1941年に除隊し、詩誌『馬車』などで詩作。1943年に再度召集されて佐倉歩兵連隊入隊、南京などに配備され、上海郊外で伍長として終戦を迎える。1946年に復員、母と妹の疎開先の三重県三重郡川島村に、次いで愛知県豊橋市に住み、詩作を続けながら、母とともに婦人啓蒙雑誌『婦妃』を発行。

作家活動

1948年に上京し、中西金属工業に勤めながら、『文壇』『不同調』『現代詩』『国際タイムズ』などに詩を発表、1949年に第1回『群像』懸賞小説に「晩青」で佳作入選しデビュー。日本研究社の学習雑誌『私たちの社会科』に少年小説「地底の秘密」を連載しながら、同社に転職。1950年、『幼年クラブ』に童話「お月さまの匂い」発表。中谷孝雄の紹介で金園社に転職。1951年、同人誌『新表現』に参加、『凝視』では伊藤桂一特集が組まれた。1952年、「雲と植物の世界」で芥川賞候補となり『文藝春秋』に転載、「アリラン国境線」で講談倶楽部賞次席、松下忠、永井路子杉本苑子と四人会を作る。

その後、金園社がスポンサーとなっている同人誌『文藝日本』や『小説会議』に参加、『文藝日本』のパトロン牧野吉晴のところで寺内大吉と知り合い、彼や司馬遼太郎が出そうとしているという『近代説話』に尾崎秀樹とともに参加した。またこの頃から釣りを趣味とする。1956年の「敵は佐内だ!」の『講談倶楽部』掲載以後は時代小説も執筆する。母と病弱の妹を抱えた生活苦の中で、1960年末に私家版で300部の詩集『竹の思想』を出版、その直後の1961年に、前年『近代説話』に掲載した、戦場での兵士を描いた短編小説「蛍の河」で直木賞を受賞。『蛍の河』が単行本化され、『週刊新潮』で「悲しき戦記」の連載が始まる。1963年に金園社を退社して作家専業となり、以後多数の小説を刊行。

1962年、長年の疲労から倒れ、野口晴哉による整体操法を受け始め、徐々に体質が改善する。1967年結婚。1976年、日中友好日本作家代表団の一員として中国訪問。1977年から93年まで、三重芸文協会の小説研究ゼミに毎年出席。1978年、野火の会の訪中団の副団長(団長高田敏子)として中国訪問。1987年、高田敏子らの詩誌「桃花鳥」に参加。1992年、第1回日中大衆文学シンポジウムに副団長(団長尾崎秀樹)として北京訪問、1997年の第2回にも参加。

中谷孝雄の死にともない、 1996年に義仲寺落柿舎保存会理事となり、中谷を継いで22代無名庵庵主となる。『中谷孝雄全集』(1997年)編集委員も務める。1999年に妻死去。2002年再婚。2003年宮中歌会始に招待、自転車で転倒して骨髄骨折。2004年宮中茶会に招待。

1985年紫綬褒章受章、2001年日本芸術院賞受賞、芸術院会員。

「雲と植物の世界」が『文藝春秋』に載り、「これはわが部隊のことではないか」と伊藤と同じ部隊の元兵士たちが集合した。それをまね、旧日本軍の各部隊で、「戦友会」が生まれる契機となった。

受賞歴

  • 1949年 「晩青」で第1回「群像」懸賞小説佳作受賞。
  • 1952年 「夏の鶯」で第4回千葉亀雄賞受賞。
  • 1961年 「螢の河」で第46回直木賞受賞。
  • 1983年 「静かなノモンハン」で第34回芸術選奨文部大臣賞および第18回吉川英治文学賞受賞。
  • 1997年 詩集「連翹の帯」で第22回地球賞受賞。
  • 2001年 日本芸術院賞受賞、日本芸術院会員。
  • 2004年 さいたま市文化賞
  • 2007年 詩集「ある年の年頭の所感」で第2回三好達治賞受賞。
候補等
  • 1952年 「アリラン国境線」第3回講談倶楽部賞次席(春桂多名義)
  • 1952年 「雲と植物の世界」第27回芥川賞候補
  • 1952年 「夏の螢」サンデー毎日大衆文芸入選
  • 1953年 「黄土の牡丹」第29回芥川賞候補
  • 1954年 「最後の戦闘機」オール讀物新人杯次席、第33回直木賞候補(三ノ瀬渓夫名義)
  • 1961年 「黄土の記憶」第45回芥川賞候補

委員等

作品

一連の戦争小説のうち「螢の河」などは自身の中国戦線での経験を元にしているが、『ノモンハン戦記』や『遥かなインパール』などでは体験者の元兵士らに取材して執筆している。これらについて自身では、戦場にいた兵士達を代弁する語り部として書いているものとして、戦場小説と呼んでいる。「螢の河」について詩人の佐藤正子は「詩人の資質を示す簡潔な文体の叙情豊かな短篇」[1]と評している。

時代小説としては、「風車の浜吉・捕物綴」などの捕物帖、「月下の剣法者」などの剣豪小説、市井の人々の暮らしを描いたものなどがある。

「落日の悲歌」は宝塚歌劇団星組で「我が愛は山の彼方に」というタイトルで舞台化された。1968年には「おぼろ夜」が歌舞伎座で上演、「愛の樹海」はテレビドラマ化された。趣味の釣りを題材にした作品も「源流へ」など多い。

詩集

  • 『竹の思想』私家版 1961年
  • 『定本・竹の思想』南北社 1968年
  • 『伊藤桂一詩集』五月書房 1975年
  • 『黄砂の刻』潮流社 1981年
  • 『伊藤桂一詩集』土曜美術社 1983年
  • 『連翹の帯』潮流社 1997年
  • 『ある年の年頭の所感』潮流社 2006年
  • 『私の戦旅歌とその周辺』講談社 1998年(『私の戦旅歌』講談社文芸文庫、短歌とエッセイ)

小説など

  • 花盗人 講談社 1962
  • 螢の河 文藝春秋新社 1962 のち文庫、講談社文芸文庫「蛍の河・源流へ」
  • 夏の鶯 東京文芸社 1962
  • ナルシスの鏡 南北社 1962
  • 水と微風の世界 中央公論社 1962 のち文庫
  • 落日の悲歌 東京文芸社 1963
  • 水の天女 東方社 1963 「亡霊剣法」徳間文庫
  • 海の葬礼 東都書房 1963
  • 悲しき戦記 正続 新潮社 1963-64 のち講談社文庫、光人社NF文庫
  • 夕陽と兵隊 荒野に消えた幻の関東軍 戦記 双葉社 1964
  • 媚態 東京文芸社 1964
  • 溯り鮒 新潮社 1964
  • 落日の戦場 講談社 1965
  • 黄土の狼 講談社 1965 のち集英社文庫
  • 生きている戦場 南北社 1966
  • 樹海の合唱 集英社 1966
  • 淵の底 新潮社 1967 のち文庫
  • かるわざ剣法 人物往来社 1967 のち徳間文庫
  • 「沖ノ島」よ私の愛と献身を 講談社 1967
  • 回天 講談社 1968
  • 実作のための抒情詩入門 大泉書店 1968
  • かかる軍人ありき 文藝春秋 1969 のち光人社NF文庫
  • 源流へ 新潮社 1969
  • 戦場の孤愁 東京文芸社 1969
  • おもかげ 東京文芸社 1969
  • 兵隊たちの陸軍史 兵営と戦場生活 番町書房 1969 (ドキュメント=近代の顔 1)
  • 遥かな戦場 三笠書房 1970 のち光人社NF文庫
  • 草の海 戦旅断想 文化出版局 1970
  • 椿の散るとき 新潮社 1970 のち文庫
  • 藤の咲くころ 新潮社 1971 のち文庫
  • 遠い岬の物語 新潮社 1972 (新潮少年文庫)
  • 女のいる戦場 番町書房 1972
  • 石薬師への道 講談社 1972
  • ひとりぼっちの監視哨 講談社 1972 のち文庫
  • イラワジは渦巻くとも 続かかる軍人ありき 文藝春秋 1973
  • 果てしなき戦場 広済堂出版 1973
  • 夜明け前の牧場 人生小説集 家の光協会 1974
  • あの橋を渡るとき 新潮社 1974
  • 燃える大利根 風説天保水滸伝 実業之日本社 1975
  • 警備隊の鯉のぼり 光人社 1977
  • 虹 新潮社 1977
  • ひまわりの勲章 光人社 1977 のちNF文庫
  • 紅梅屋敷の女 講談社 1977
  • 深山の梅 毎日新聞社 1978 のち新潮文庫
  • 病みたる秘剣 風車の浜吉・捕物綴 新潮社 1978 のち文庫、学研M文庫
  • 釣りの歳時記(編)ティビーエス・ブリタニカ 1978
  • 峠を歩く 日本交通公社出版事業局 1979
  • 黄塵の中 かえらざる戦場 光人社 1979 のちNF文庫
  • 釣りの風景 六興出版 1979 のち平凡社ライブラリー
  • 川霧の女 講談社 1980
  • 捜索隊、山峡を行く 光人社 1980
  • 密偵たちの国境 講談社 1981
  • 桃花洞葛飾ごよみ 毎日新聞社 1983
  • 静かなノモンハン 講談社 1983 のち文庫
  • 戦場の旅愁 光人社 1983
  • 雨の中の犬 講談社 1983
  • 黄色い蝶 東京文芸社 1984
  • 水の景色 短篇名作選 構想社 1984
  • 戦旅の四季 光人社 1985
  • 河鹿の鳴く夜 東京文芸社 1985 のち徳間文庫
  • 最後の戦闘機 光人社 1985
  • 戦旅の手帳 兵隊のエッセイ1 光人社 1986
  • 草の海 兵隊のエッセイ 2 光人社 1986
  • 秘剣・飛蝶斬り 新潮社 1987 のち文庫
  • 鬼怒の渡し場 毎日新聞社 1987
  • 二宮尊徳 世のため人のために働き学んだ人 新学社・全家研 1988 (少年少女こころの伝記)
  • 秘めたる戦記 光人社 1988 のちNF文庫
  • 月あかりの摩周湖 実業之日本社 1989
  • 犬と戦友 講談社 1989
  • 一休 講談社 1989 (少年少女伝記文学館)
  • 銀の鳥籠 光人社 1990
  • 隠し金の絵図 風車の浜吉・捕物綴 毎日新聞社 1991 のち新潮文庫、学研M文庫
  • 鈴虫供養 光文社文庫1991
  • 秘剣やませみ 講談社 1991
  • 花ざかりの渡し場 実業之日本社 1992 のち新潮文庫
  • 遠花火 毎日新聞社 1993
  • 遥かなインパール 新潮社 1993 のち文庫
  • 日本の名随筆 別巻41 望郷(編)作品社 1994
  • 月下の剣法者 新潮社 1994 のち文庫
  • 月夜駕籠 風車の浜吉捕物綴 新潮社 1995 のち文庫、学研M文庫
  • 旅ゆく剣芸師 矢車庄八風流旅 光風社出版 1996 「仇討月夜」学研M文庫
  • 文章作法・小説の書き方 講談社 1997
  • 軍人たちの伝統 かかる軍人ありき 文藝春秋 1997
  • 中国の群雄 5 乱世の英雄 伴野朗共著 講談社 1997
  • 秋草の渡し 毎日新聞社 1998
  • 新・秘めたる戦記 全3巻 光人社 1998
  • 大浜軍曹の体験 光人社 2000
  • 南京城外にて 光人社 2001
  • 黄河を渡って 光人社 2002
  • 鎮南関をめざして 北部仏印進駐戦 光人社 2003
  • 藤井軍曹の体験 最前線からの日中戦争 光人社 2005
  • 「衣兵団」の日中戦争 光人社 2007
  • 若き世代に語る日中戦争 文春新書 2007

翻訳

  • 于強『風媒花 流れる星の下で』光人社 1987年(夏文宝共訳)

作品集

  • 『昭和戦争文学全集 3』集英社 1966年(「雲と植物の世界」「螢の河」収録)
  • 『伊藤桂一時代小説自選集』(全3巻)光人社 1997年
  • 『伊藤桂一集(もだん時代小説 第9巻)』リブリオ出版 1999年

  1. 『花ざかりの渡し場』(新潮文庫、1996年)解説

参考文献

  • 年譜、著書目録、大河内昭爾「解説 戦場と渓流の叙情」(『静かなノモンハン』講談社学術文庫 2005年)
  • 大村彦次郎『文壇挽歌物語』筑摩書房、2011年