プテラノドン

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テンプレート:生物分類表 プテラノドン学名Pteranodon)は、中生代白亜紀後期の約8,930万- 約7,400万年前(詳しくは、中生代白亜紀後期前期- 同後期、コニアク階- カンパニア階。年代の詳細は「地質時代」で確認可能)に生息していた翼竜の一種(1)。

翼指竜亜目(プテロダクティルス亜目)- オルニトケイルス上科- プテラノドン科分類するのが一般的だが、オルニトケイルス上科をオルニトケイルス亜目(もしくは、プテラノドン亜目)として翼指竜亜目と区別する説もある。

多くの化石北アメリカカンザス州アラバマ州ネブラスカ州ワイオミング州サウスダコタ州で発見される。日本北海道でも断片が見つかっている事から、本属または近縁種は広範囲に分布していたと推測されている。

恐竜翼竜をテーマにした小説漫画映画などによく登場しており、一般に最もよく知られている翼竜の一つであり、代表的かつ象徴的な存在である。

呼称

ファイル:Pteranodon cat.jpg
“翼があり歯がないもの”(プテラノドン・ロンギケプスの骨格化石)

属名は、テンプレート:Lang-el (pteron; “翼”)、αν-(an-; 否定辞)、ὀδoύς (odous; “歯”)を連接したもので、「翼があり歯がない(もの)」の意。

これを受けて日本でも漢字では「羽歯竜(うし りゅう)」と表記され、同様に、中国語では「無翼龍」と記される。

英語では語頭の p を黙字とし、「ティーラノドン」のように発音する[1]

化石、分類

初めはプテロダクティルス

最初の化石は、米国はカンザス州西部の白亜紀後期に属するスモーキー・ヒル白亜層(en)にて1870年古生物学者オスニエル・チャールズ・マーシュらによって発見された。 1876年5月2日には、同じ地域のスモーキー・ヒル川(en)から、最初の頭蓋骨化石がマーシュに縁(ゆかり)の化石収集家S・W・ウィリストン(en)によってもたらさせている。 これらは模式種ロンギケプスP. longiceps)だった。

発見当初は、歯があるとの解剖学的誤認も手伝って原始的なプテロダクティルス属に分類され、少なからず混乱があったが、間も無く改められ、ウィリストンによって集められたほぼ完全な骨格化石標本を基にして1876年、マーシュにより、genus Pteranodon (プテラノドン属)の名が与えられた。 この模式個体は、翼を全開したときの左右の翼の端から端までの距離・長さである翼開長は約7メートルである。

もう一つの代表的なステルンベルギP. sternbergi )は翼開長約9メートルと大型であり、現在のところプテラノドン属の最大種となっている。

整理されるべき者達

その他の種、P.occidentalisP. veloxP. umbrosusP. harpyia、および、P. comptus はS・C・ベネット(S. C. Bennett)らによって発見され、プテラノドン属に書き加えられていたが、全てが先に登録の代表種であるロンギケプスとステルンベルギ、この2種のいずれかのシノニムだろうと考えられており、整理されるものと見られる。 ゆえに、これらをすでに著さない書物も多い。

なお、過去に著名だったが今は標本の有効性への疑念から疑問名(nomen dubium)とされ使われなくなってきた学名Pteranodon ingens (プテラノドン・インゲンス)があり、かつてその種に同定された標本の多くはロンギケプス種に再同定されている。

“元”プテラノドン

また、今は別属もしくはアズダルコ上科- アズダルコ科テンプレート:Sname)に分類されているボゴルボウィア・オリエンタリス(ボゴルボヴィア、Bogolubovia orientalis)や、アズダルコ科とされるベンネッタジア・オレゴネンシスBennettazhia oregonensis)は、かつてはプテラノドンと考えられ、それぞれプテラノドン・オリエンタリス(Pteranodon orientalis)、プテラノドン・オレゴネンシス(Pteranodon oregonensis)とプテラノドンの1種の名で呼ばれていたものである。

生物的特徴

ファイル:ROM - Pteranodon.jpg
斧のような形状のトサカを有するプテラノドン・ステルンベルギの全身骨格化石標本。後ろの個体にはトサカが無い。米国ニューヨーク、アメリカ自然史博物館
ファイル:NYC pterosaur.jpg
プテラノドンの全身骨格化石標本
ファイル:HNHM2.JPG
プテラノドン・ロンギケプスの生態再現模型

形態と生態

体格、等

ファイル:Pteranodon scale.png
オス(緑)とメス(橙)を人と比較したサイズ。
ファイル:Ptero-condor.jpg
プテラノドン(左)とコンドル(右)の骨格および体格の比較図

翼開長はロンギケプス種で約7 - 8メートル、ステルンベルギ種では約9メートルもの大きさになるが、揚力を稼き出すための翼は羽毛ではなく皮膚と同じ組織でできている、膜状の翼である皮翼で、骨格はいたって軽量な構造体となっている。推定体重は15 - 20キログラム(比較資料:「質量の比較」)と中型犬と同程度でしかなく、力強く羽ばたくために必要な筋肉量を付着させ得る骨表面のスペースは、通常的に鳥類ほど多くない。それゆえに、昔の映画でしばしば描写されたような、人間を鷲掴みにして空中に舞い上がるだけの力は無かったと考えられる。同様に、後肢の構造に大きな動物を押さえ込むような力強さがあったようには見えず、地上での移動に際して前肢の3本指とともに四つ足歩行をするのに用いられる程度のものだったと推測される。これで人間ほどの重量のある物体を吊り上げる事は、困難である。

しかし、強い羽ばたきを保障する大きな胸筋を支持するための基底部位をとさかに求める研究者もいて、先に「通常的に鳥類ほど多くない」と述べたのはこの事による。 もっとも、たとえ鳥類並みの強い胸筋があり、羽ばたきの力で重さ数十キログラムの物体を吊り上げる事ができたとしても、バランスをとれるかどうかはまた別の問題であり、飛ぶ事は不可能と推定される。

とさか

後頭部にある骨性の長大なトサカには、「飛翔中、気流の中で首の付け根を支点として(くちばし)との均衡をとり、わずかな力で嘴を動かせるようにする」「求愛ディスプレイや、同族間の識別」などの用途があったと推測されている。 しかし、性差により雌はこれを欠くともされ、もしそうであれば前出の推論も一部は怪しいことになる。同時に、「胸筋を支持するトサカ」との説は根拠を失う。

また、ロンギケプス種が上の嘴からトサカの先まで直線的であるのに対し、ステルンベルギ種のトサカはのようで頭頂に向けて突き出しているなど、トサカの形状は種によって大きな差異が見られ、分類の基準の一つになっている。

飛翔

多少は羽ばたいたと推測されるが、基本的には筋力をあまり使わず、空気の流れに乗ってグライダーのように滑空し、陸地から100kmも離れた海上へ飛んでいけたと考えられる。 滑空については、現生のアホウドリのようだったとの推定がなされているが、これは、翼の開張時の縦横の長さの比率が、縦横比で、プテラノドン=9:1、アホウドリ=8:1 [2]と、アホウドリのそれと相似の関係にある事実に基づいての一つの仮説である。

アホウドリは海上で多くの時間を滑空し続け、効率よく魚を獲るために、積極的に翼を動かす事をほとんどしない。翼が生み出す揚力が大きく余裕あるものなので、無駄な羽ばきをする必要が無い。 離陸に際しても、上昇気流を巧みに捉えて舞い上がり、体力を温存する。 プテラノドンもそのような飛び方をしたと推測される。

体毛

飛翔による大きなエネルギー代謝を維持するため、恒温性で、ランフォリンクス科ソルデスに見られるような体毛が、プテラノドンにもあったと推測される。 また、現在の海鳥の多くがそうであるように、水中の魚類に気付かれぬよう、体毛が白色だった可能性がある。 なお、化石に残ったソルデスの体毛は羽毛に近いとされるが、細い針状の(うろこ)だった可能性もある[3]

捕食

プテラノドンは魚食性(「食性のリスト」参照)である。胃が納まっていたと推測される位置から多くのの化石が発見された個体も、いくつかある。 彼らは風に乗って滑空しながら水面近くを飛び、長い嘴を水中に挿し入れて魚を捕食していたとされる。 下の嘴には袋状の皮膜を具えており、上述のような捕食行動の際、飛び込んできた獲物をここで捕らえ、あるいは蓄えることができたと考えられている。

大絶滅期の空は見なかった

同じ白亜紀後期の古生物ということで、プテラノドンと例えばティラノサウルスなどは同時期に生息していたかのような描写が、専門的でない書物などで散見される。 しかし、少なくとも化石の発見例から、今日的判断としては間違いと言わざるを得ない。 なぜなら、プテラノドンが生きたのはカンパニア期(約8,300万- 約7,400万年前)までであって、同紀末期にあたるマーストリヒト期(約7,400万- 約6,500万年前)での生息は正式に確認されていないからである。更にティラノサウルスにいたっては、約6,800万- 約6,500万年前とマーストリヒト期でも最末期のわずか約300万年を生きたに過ぎない。プテラノドンの生息の証拠(化石)が確認できなくなる時期=絶滅したとされる時期と、ティラノサウルスの最も早期の発見例の間には、約600万年の時間的差異があることになる。

大絶滅期(K-T境界)前夜の時代、ティラノサウルスがいた北アメリカの空はすでにおおかた鳥類のものとなっており、多様性を減衰させた翼竜はケツァルコアトルス等のアズダルコ科などの限られたものしかいなかったというのが、現在の定説である。プテラノドン自体は上述のように白亜紀末期に生息した証拠がないが、比較的近縁とされるニクトサウルスはマーストリヒト期の生息とされる。

大衆文化

ファイル:Pteranodon hharder.jpg
古生物の生態を再現した想像画で名を馳せたハインリッヒ・ハルダーen)が描くところのプテラノドン。1916年筆。この再現像は古風であり、注釈無しで形態的・生態的資料として提示することはできない部分がある。しかしこれらは過去と現在における一般的イメージの基底の一つともなっており、その変遷自体がこの生物についての歴史とも言える。

最も注目される翼竜の一つ

生物はその存在を人に知られたときから文化的存在ともなる。 発見されて以来、プテラノドンは子供のみならず大人をも魅了する古生物・飛翔動物として人々に愛されてきた。 一般的には恐竜と変わりない(あるいは“恐竜”と混同された)捉えられ方の「翼竜の代名詞存在」としてそれはあった。創作物のなかで最も多く採り上げられてきた翼竜の一つであり、先述の恐竜との混同も、恐竜に遜色無い存在感を持つが所以とも言えよう(恐竜ではないことから興味対象の隅に追いやられる古生物も多い)。

企画者・造形者は、プテラノドンのありようを直接に翼竜として形作ることもあれば、「古代の飛翔動物」としてのそれに着想を得て架空の生物を生み出すこともある。

(日本人もよく知る)前者の典型例としては、古くは1966年のイギリス映画『恐竜100万年』、近年では2005年のアメリカ映画『プテラノドン』や、『ジュラシックパーク』シリーズ(小説・映画等)などが挙げられよう。

ファイル:Pteranodon BW.jpg
プテラノドン(生態再現想像図)

こういったものは、決してプテラノドンの生態的再現ではなく、人が彼らへ持つイメージにおける理想形の一つという描写であり、そのことを理解して鑑賞することが適当である。

後者の例としては、これは本種に限ってのことではないが、意図的にアレンジしても大きくは変更しないものや、着想から全く異なる架空の存在へ発展させるものなど、そのアレンジの程度、モチーフとしての採り上げ方もさまざまである。

関連項目

脚注

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外部リンク

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  1. 音声資料Pteranodon - howjsay.com :赤字にカーソルを合わせれば繰り返し聴取可能。
  2. 比較用画像資料:「鳥類」のテンプレートの写真は、サルビンアホウドリ(Thalassarche salvini)。
  3. 「最新・恐竜進化論」JICC、1992年、「史上最大の飛行生物翼竜五つの謎」平山廉