コリアンダー
コリアンダー(coriander、学名:Coriandrum sativum L.)はセリ科の一年草である。
名称
属名はラテン語から(下記参照)。種小名テンプレート:Snameiはラテン語で「栽培種の」といった意味。
和名「コエンドロ」は現在ではほとんど使われないものの、鎖国前の時代にポルトガル語(coentro)から入った古い言葉である。貝原益軒は大和本草において蛮名Corianderからの転化説をとなえている。別名「カメムシソウ」はその匂いにちなむ。「コスイ」胡荽、「コニシ」、コエンドロが用いられる以前の呼称。延喜式、和名抄などに朝廷料理で生魚を食べる際に必ず用いる薬味として記載がある。
一般には、英語に従って、果実や葉を乾燥したものを香辛料として「コリアンダー」(テンプレート:Lang-en)と呼ぶほか、1990年代頃からいわゆるエスニック料理の店が増えるとともに、生食する葉を指して「パクチー」(テンプレート:Lang-th)と呼ぶことが多くなった。
また、中華料理に使う中国語由来で生菜を「シャンツァイ」(テンプレート:Lang-zh; テンプレート:ピンイン)と呼ぶこともある。中華料理にも使われることから、俗に「中国パセリ」(テンプレート:Lang-en)とも呼ばれることがあるが、パセリとは別の植物である。中国へは張騫が西域から持ち帰ったとされ、李時珍の『本草綱目』には「胡荽」(こすい)の名で記載がある。
英名 coriander は属名にもなっているテンプレート:Lang-la に由来し、さらにテンプレート:Lang-grc (koriannon) へ遡る。 後者の原語を指して「ギリシア語でカメムシを意味する[1]」などと紹介されることが非常に多いが、これは誤りで、κορίαννον もまた「コリアンダー」を指す言葉である。カメムシ云々はおそらく下記の“κόρις説”の誤伝が広まったもので、一種の幽霊語源といってよいであろう。
κορίαννον 自体の語源については、キャラウェイまたはクミン[2]を意味する καρώ/κάρον (karō/karon) の関連語だとする[3]考察がある一方、「匂いがカメムシに似ている[4]」として、近縁で類似の臭気をもつトコジラミ(南京虫)を意味する κόρις (koris) に関連づけられることも多いが、たとえば博物学の始祖的名著とされるアリストテレス『動物誌』を見ても、κόρις はノミやシラミとともに登場はする[5]もののその臭気に関する解説は一切見られず、それが”臭い虫”として古代ギリシア人に意識されていたとは、少なくとも一般的な資料からは知ることが難しい。
その他、各国語の名称については#葉も参照のこと。
特徴
地中海東部原産で、各地で古くから食用とされてきた。高さ25cm程度。 葉や茎に独特の芳香がある。また、熟した果実にはレモンにも似た香りがある。
俗にノコギリコリアンダーと呼ばれる、東南アジアや中南米でコリアンダーと同様に香味野菜として用いられているオオバコエンドロ(Eryngium foetidum、テンプレート:Lang-th パクチー・ファラン、テンプレート:Lang-es クラントロ)は、セリ科ヒゴタイサイ属に属する熱帯アメリカ原産の別の植物である。オオバコエンドロにもコリアンダーと同じような香りがある。
用途
食用
タイ料理、インド料理、ベトナム料理、メキシコ料理、ポルトガル料理などに広く用いられる。日本料理に用いられる食材ではないため、日本国内ではスーパーマーケットやデパートの地下食品売り場や大型食材店でも入手は困難であった。しかし近年のエスニック料理ブームによって生のコリアンダーの需要が増加し、日本国内でも栽培が増え、入手しやすくなっている。また、家庭のプランターなどで栽培するのもさほど難しくはない。
葉をハーブあるいは葉菜として、果実をスパイスとして用いる。また、煮込み料理などでは茎や根も使用されることがある。
葉
葉は主に薬味として利用される。ピネン、デカナール、ノナナール、リナロール[6]などに由来する独特の風味があるため、人によって好き嫌いが大きく分かれ、その風味を嫌う人には(和名カメムシソウの通り)カメムシのような風味であると評される。 ピネンなどのモノテルペン類は蒸散しやすく、乾燥に弱いため、乾燥コリアンダーリーフとして売られている商品には独特の香りはほとんどなく、生葉の代用品にはならない。栄養価の点では、生の葉はL-アスコルビン酸(ビタミンC)を比較的豊富に含む。
さまざまな地域で葉の香りを生かした料理に用いられている。
- 中国では香菜(シアンツァイ、テンプレート:Lang-zh)、芫荽(ユンソユ、広東語)などと呼ばれスープ、麺類、粥、鍋料理などの風味付けに利用される他、東北地方には「老虎菜」(ラオフーツァイ)というキュウリ、青唐辛子(レシピによってはピーマンで代用される)と共にサラダの様に生食する郷土料理もある。北魏時代の斉民要術に密植による軟化栽培の方法が記されている。
- タイではパクチー(テンプレート:Lang-th)と呼ばれ、トムヤムクンなどのスープやタイスキをはじめとしたさまざまな料理の薬味に用いられる。
- ベトナムではザウムイ(テンプレート:Lang-vi)と呼ばれ、本場の生春巻きやフォーには欠かせない食材となっている。
- 中南米ではシラントロ(テンプレート:Lang-es)と呼ばれ、スープやサルサなどに広く用いられる。メキシコからの移民が多いアメリカ合衆国においても、英語のコリアンダーよりもスペイン語のシラントロの方が一般的な呼称となっている。
- ポルトガルではコエントロ(テンプレート:Lang-pt)と呼ばれ、魚介類と野菜を主な材料とする鍋料理であるカタプラーナなどの郷土料理によく用いられる。ポルトガル料理の味を特徴づける重要な食材である。
- インドではダニヤー(テンプレート:Lang-hi ; dhaniyā)と呼び、カレーにもよく使われるスパイスのひとつである。
食用以外では、カニやエビを食べた後に手を洗うフィンガーボールに入れて臭い消しにする例がある。
根
- タイ料理などでは、葉だけでなく、根も調味料の一つとして用いられる場合がある。
果実
ヨーロッパやインドでは香辛料として種子(植物学上では果実)の利用も盛んである。乾燥したコリアンダーの果実はコリアンダーシードなどとも呼ばれこれをすりつぶした粉末は柑橘類、特にオレンジのような香りを漂わせカレーなどに用いられる。果実の匂いの主な成分は葉の臭い成分とは異なり、モノテルペン類のd-リナロール C10H18Oである。ミルクや紅茶と共に入れて煮るという利用法もある。ウォッカやジンに漬け込み、果実酒とすることも出来る。
薬用
- 中国医学では全草の乾燥品である「胡荽」の性質を温、辛として生薬のひとつともしており、また、コリアンダーは「炎症を緩和する」、「気分を落ち着ける」、「体内の毒素を排泄する」等と言われているが、ヒトでの有効性に科学的で信頼のできる充分なデータは無い[7]。
脚注
- ↑ 柴田書店『カレーのすべて』柴田書店、16頁、ISBN 978-4-388-06022-1。
- ↑ いずれも Cuminum 属で、たがいによく似ている。
- ↑ Coriander / Gernot Katzer's Spice Pages
- ↑ 稲川俊文編集『花の名前』 婦人生活社、118頁、ISBN 4-574-80336-3。
- ↑ この英訳では第5巻31章に登場し bugs と訳されている。 該当箇所の原典はこちら。
- ↑ 江蘇新医学院編、『中薬大辞典』、上海科学技術出版社、pp1538-1539、1986年、ISBN 7-5323-0842-1
- ↑ コリアンダー、コエンドロ、シャンツァイ(香菜)、中国パセリ、パクチー - 「健康食品」の安全性・有効性情報(国立健康・栄養研究所)
関連項目
参考文献
- 吉田よし子 『香辛料の民族学』 中公新書、1988年 ISBN 4121008820
- 佐谷恭 『ぱくぱく!パクチー』 情報センター出版局、2008年 ISBN 9784795837836
- 佐谷恭 『みんなで作るパクチー料理』 スモール出版、2012年 ISBN 9784905158080