シャチ
テンプレート:生物分類表 シャチ(鯱、学名: Orcinus orca)は、クジラ目ハクジラ亜目マイルカ科シャチ属の唯一の種である。
特徴
イルカの仲間では最大の種であり、平均ではオスの体長は5.8-6.7m、メスの体長は4.9-5.8m、オスの体重は3,628-5,442kg、メスの体重は1,361-3,628kg。最大級のオスでは体長は9.8m、体重は10tに達する[1]。背面は黒、腹面は白色で、両目の上方にアイパッチと呼ばれる白い模様がある。生後間もない個体では、白色部分が薄い茶色やオレンジ色を帯びている。この体色は、群れで行動するときに仲間同士で位置を確認したり、獲物に進行方向を誤認させたり、自身の体を小さく見せたりする効果があると言われている。大きな背びれを持ち、オスのものは最大で2mに達する。背びれの根元にサドルパッチと呼ばれる灰色の模様があり、個々の模様や背びれの形状は一頭ずつ異なるため、これを個体識別の材料とすることができる。長さ8-13cm[2]の円錐状の鋭い歯が上下のあごに計44-48本並んでいる。歯の形状は全体的にほぼ均一であり、獲物を咀嚼することよりも噛みちぎることに特化したものになっている。 現時点では一種として扱われているものの、少なくとも南極海だけで1万年ほど前から混血のない3タイプに分化しており、食性、サイズが異なる。区別の必要がある場合、以下のような分類がなされることがある。
- タイプA
- 最近の論文などではwhale eater killer whaleと記述されることが多い。一般的にイメージされるシャチであり、クロミンククジラ等を主食とする。アイパッチの大きさは中間的。流氷の少ない沖合に棲む。[3]
- タイプB
- 最近の論文などではmammal eater killer whaleと記述されることが多い。タイプAよりやや小型であり、海生哺乳類を主食とする。クロミンククジラ・ナガスクジラ・ペンギン・アザラシ等も捕食する。アイパッチがAの二倍ほど大きく、白色部がやや黄色い。流氷のある沿岸近くに棲む。食性や体長などの違いから、ラージタイプBとスモールタイプBに分ける説もある。[4]
- タイプC
- 最近の論文などではfish eater killer whaleと記述されることが多い。Orcinus glacialisという学名が新たに提案されている。最も小さいタイプであり、タイプAと比較してオスで100cm、メスで60cmほど小さいと思われる。タラを中心とした魚食性。最も大きな群れを作る。アイパッチが他と比べ小さく、体の中心部の黒白の境界面に対して大きな角度を持つ。白色部がやや黄色い。流氷のある沿岸近くに棲む。
- タイプD
- 2004年以降、提唱されるようになった種。通常よりも小さい目、短い背びれ、ゴンドウクジラに似る丸みを帯びた頭部によって認識される。活動範囲は南緯40度-60度の間の亜南極海域で、地球を回るように周回していると考えられている。主な食事については知られていないが、魚類を捕食することが報告されている。
現在タイプB・Cは別種とすべきという研究が提出されつつある。[5][6]
北太平洋付近の観測もある。研究の進んでいるカナダのブリティッシュ・コロンビアで、レジデント(定住型)・トランジエント(回遊型)・オフショア(沖合型)の3タイプの個体群が知られている。レジデントは主に魚を餌とし、大抵は十数頭の家族群を形成して生活する。魚の豊富な季節になると、特定の海域に定住し、餌を追うことから定住型と呼ばれる。それに比べ、トランジエントは小さな群れまたは一頭のみで生活し、決まった行動区域を持たず、餌も海に住む哺乳類に限られる。オフショアは文字通り沖合に生息し、何十頭もの巨大な群れを形成する。3タイプの中で最もデータが少なく、餌についてもほとんど分かっていないが、傷が多かったり歯がすり減ったりしているという特徴があるため、「手強い」獲物(サメなど)を食しているとも考えられている。
上に挙げた3タイプのシャチ間での交配は報告されておらず、遺伝子も異なることがわかっている。
分布
一般的に冷水を好むが世界中の海に生息し、クジラ目としては珍しく地中海やアラビア海にも生息する。餌になる動物が多いことなどから、特に極地付近の沿岸に多く住む。主にカナダのブリティッシュコロンビア州・ノルウェーのティスフィヨルド・アルゼンチンのパタゴニア・インド洋のクローゼット諸島などに住む個体群の研究が進んでいる。地球上で最も広く分布する哺乳類の一種と言われる。時には餌を求めて、数百kmも川を遡上することも報告されている。日本では北海道の根室海峡から北方四島にかけてや、和歌山県太地町にて度々目撃されている。
生態
非常に活発な動物であり、ブリーチング(海面へ自らの体を打ちつけるジャンプ)・スパイホッピング(頭部を海面に出し、辺りを見渡すためと言われる行動)など、多彩な行動が水上でも観察されている。また泳ぐ速さは時速60-70kmに及び、「泳ぎの達人」と呼ばれるハンドウイルカと並んで、哺乳類では最も速く泳ぐことができる生物のひとつである。餌を求めて1日に100km以上も移動することが知られている。また、好奇心も旺盛で、興味を持ったものには近寄って確かめる習性もある。
他のハクジラと同様、二つの種類の音を使い分けていることが知られている。一つはコールと呼ばれ、群れのメンバー同士のコミュニケーションに使用される。もう一つはクリック音と呼ばれ、噴気孔の奥にある溝から、メロンと呼ばれる脂肪で凝縮して発射する音波である。この音波は物質に当たるまで水中を移動するため、シャチはその反響音を下あごの骨から感じ取ることで、前方に何があるか判断することができる。この能力をエコーロケーション(反響定位)と呼ぶ。クリック音の性能は高く、わずか数mmしか離れていない二本の糸を認識したり、反響音の波形の違いから物質の成分、果ては内容物まで認識することが可能だという。
オスの平均寿命は30歳、最高寿命は約50歳で、メスの平均寿命は50歳、最高寿命は80歳あまりである。
食性
肉食性。海洋の食物連鎖の頂点に位置し、武器を使う人間を例外にすると自然界での天敵は存在しない。知能も高く多くの生物を捕食することから、非常に獰猛で貪欲な捕食者として知られている。利益にならない戦闘は避ける傾向もあり、食べる必要のないものを襲うことは少ないと考えられている。アザラシやオタリアを襲うとき、海面上に放り投げ必要以上の苦痛を与えることがあるが、これは子供のシャチに安全な海中(上)で狩りの練習をさせるためだと考えられている(陸上のアザラシを捕食する際、シャチ自身が海に戻れなくなり死亡することがあるため)。しかし、はっきりしたことは未だわかっていない。英名の Killer whale は「殺し屋クジラ」であり、学名の Orcinus orca は「冥界よりの魔物」という意味である。
各タイプのメインの獲物だけでなく、小さいものでは魚・イカ・海鳥・ペンギン、比較的大きなものではオタリア・アザラシ・イルカ・ホッキョクグマ、時にはクジラやサメなど、捕食する動物は多岐に渡るとされる。一部を別種とする学説すらあることからわかるように、一頭のシャチがさまざまな種類の動物を捕食するというより、個体ごとにさまざまな好みを持った生物であると理解した方が現実に近い。一頭一頭を見れば、どちらかといえば偏食な動物である。
氷の下からの奇襲・群れでの協力・挟み撃ちなど、高度な狩りの技術を持つ。前述のクリック音を通常より凝縮させて獲物に当てて麻痺させ、捕食しやすくする行動も知られている。浜辺にいるアシカなどに対して、そこへ這い上がって来て捕食することもある。海洋学者のジャック=イヴ・クストーの海洋探査船が、水面下を遊泳していた3mほどのサメを真下から攻撃し、一撃で仕留めた例を報告している。サメやエイを捕食する場合、獲物の身体をひっくり返し擬死状態にすることで抵抗出来なくしてから食べる[7]。軟骨魚類特有の性質を用いた有効な狩猟方法だが、エイの尾にある猛毒によって致命傷を負うこともある。口に入れた魚を吐き出してカモメをおびき寄せ、集まってきたカモメを食した例も報告されている。 好物はクジラの舌、口付近であり、他の多くの部分は放置されることがしばしばある。
攻撃力が高く、自分より体躯が上のヒゲクジラ類も襲い、地球上最大の動物であるシロナガスクジラのこどもをも餌とする。大型で獰猛なホホジロザメも捕食するが、シャチでも自分より巨大なクジラを襲う時は大半が群れで子供を襲うのがメインであり、世界で初めて撮影されたシャチ対クジラの映像ではコククジラの子を守るためにおとなのザトウクジラが胸びれや尾びれでシャチを攻撃しシャチ達が逃げ出すという場面が撮影された[8]。同じハクジラ類のマッコウクジラはあまり襲わない。マッコウクジラのメスや子供はともかく、オス成体は性質が勇猛な上に、体が大きく深く潜るために仕留めにくく、更に好物の舌部分が他の鯨より引き締まって硬く、あまり食べる部分が無いのが敬遠される理由だといわれる[9]。
ヒトへの危害
シャチが、仲間に危害を加えた人間に報復、襲ったと見られるケースは報告されている。しかし、サーファーが足を噛まれた例があるが、これもじゃれたり、シャチ特有の好奇心の強さによるアプローチだとされ、捕食目的とは違うと見られる。ただし、もしシャチが現実に人間を襲ったとすれば、歯と顎の大きさから一溜まりもない。また、水族館で飼育されているシャチがステージ上にいた飼育員を水中にひきずりこみ溺死させる事件も起こっている[10][11](この事例の個体は過去にも飼育員と客を死なせており三人目の犠牲者だった。但しこの場合は被害者は水中にいたという違いがある[11])。
これまでにシャチが意図的に人を喰い殺したというはっきりした事例は知られていないが、その巨体故にじゃれる程度でも場合によっては被害を被る可能性もあり、安全とは言い難い部分もあるので、触れあったりする場合にも、細心の注意をするに越したことはない。これはシャチに限らず、大型の動物類全てにいえることでもある。
また、経済面では漁業被害の事例も報告されており、シャチは大型魚を食い荒らすため、漁業関係に与える被害も決して無視できるほど小さくはなく、まだ捕鯨が行われていた時代には、仕留めた鯨を食いにやってきたシャチの食害も報告され、ノルウェーなどの日本以外の捕鯨国では、シャチ撃退用にライフルマンを雇っていた事もあった程だった。
社会性
シャチに関する音声 |
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単体、または数頭から数十頭ほどの群れ(ポッド)を作って生活し、非常に社会的な生活を営む。
群れは多くの場合、母親を中心とした血の繋がった家族のみで構成され、オスは通常一生を同じ群れで過ごし、メスも自身の群れを新しく形成するものの、生まれた群れから離れることは少ない(これらの情報は主に、研究の比較的進んでいるカナダのレジデント個体群から集められたものであり、同海域でのほかの2タイプ、または他の海域のシャチ全てに当てはまるわけではない)。それぞれの群れは、その家族独自の「方言」とも呼ばれるコールを持ち、それにより情報を互いに交換し合っている。「方言」は親から子へ、代々受け継がれていく。群れの中でのじゃれ合いなどのほかにも、違う群れ同士が交じり合い、特に若い個体間での揉み合いや、激しいコールの交換なども観察されている。ある特定の海域では年に1回、いくつもの家族が100頭以上の群れを形成する「スーパーポッド」という行動も知られている。この行動は、複数の家族が任意な交配を行うことで、それぞれの家族の血が濃くなるのを防ぐためだと考えられている。
特に、生まれたばかりの個体に対する「気配り」とも取れる行動は多く観察されている。母親が餌取りに専念している間、他のメスが若い個体の面倒を見る「ベビーシッティング」的な行動や、自身のとった獲物を若い個体に譲ったり、狩りの練習をさせるためにわざと獲物を放ったりすることも知られている(このとき獲物は殺さず、教え終わったら逃がすケースも見られている)。一般に、生まれたばかりの若い個体のいる群れは移動速度が遅く、潜水時間も短い。このあたりから、バンドウイルカなどと非常に似通った習性を持つと考えられる。
分類と系統
シャチ属に属するのはシャチ1種のみである。
体の大きさでは小型のクジラに分類される。しかしもちろん、体の大きさでクジラとイルカを分けるのは系統的ではなく、系統的には、同じく小型のクジラであるゴンドウ類と共にイルカ系統の内部に位置し、最も近縁なカワゴンドウと共にマイルカ科シャチ亜科に分類される[12]。オキゴンドウに近縁とする説もある。
ゴンドウとは近縁で、現在はゴンドウの一種とはされないが、歴史的にはゴンドウと呼ばれることもあった[13]。
尚、現在では一種とされるシャチであるが、後述の通り複数の種に分割する見解もある(特徴も参照)。
人間との関係
名称
日本語においては「シャチ」(伝説上の生物「鯱」にちなむ)以外の名称としてサカマタ(逆叉)がある。種小名のオルカを使う研究者もいる。
アイヌ語での名称はレプンカムイ(repun kamuy 沖の神)のほかに、アトゥイコロカムイ(atuykor(o) kamuy)、カムイフンペ(kamuy humpe)、イコイキカムイ(ikoyki kamuy)などがある。樺太の方言ではレポルン(タ)カムイ(reporun(ta) kamuy)、トマリコロカムイ(tomarikoro kamuy)、チオハヤク(ciohayaku)、カムイチシ(kamuy cis)とも呼ばれる。
礼文地方ではイコイキフンペ(ikoyki humpe)、モハチャンクル(mohacan kur)、シハチャンクル(sihacan kur)、イモンカヌカルクル(imonkanukar kur)、カムイオッテナ(kamuy ottena)といった名称があり、幌別地方ではトミンカルカムイ(tominkar kamuy)、カムインカルクル(kamuinkar kur)、イソヤンケクル(isoyanke kur)、カムイラメトク(kamuy rametok)といった名称がある。
これらのアイヌ語名のうち、イコイキカムイ(i koyki kamuy)、イコイキフンペ(i koyki humpe)、イソヤンケクル(iso yanke kur)については、後述の「狩り」に由来する名称である。[14]
飼育
シャチは獰猛ではあるが、人間には懐きやすく訓練への適応も高いので、幾つかの水族館で飼育され、ショーにも利用される。日本での初飼育は、1970年の鴨川シーワールドである[15]。「水族館生まれで二世を誕生させた日本初」は、鴨川シーワールド産の「ラビ―」(1998年産・メス)で、ある[15]。
日本、アメリカ合衆国、カナダ、フランス、スペイン、アルゼンチンの6ヶ国11施設で、計42頭が飼育されている(2008年)。うち、野生個体(野生状態から捕獲した個体)13頭、繁殖個体(飼育下で出産された個体)29頭である[16]。日本国内での捕獲は学術目的以外では禁止されている。
フィクション
シャチはその知名度故に、海を舞台にした映画や、漫画などの作品に多く登場し、『オルカ』では復讐のために怪獣並の破壊行為を行う。
シャチと子どもの愛情を描いた『フリー・ウィリー 』シリーズもある。
脚注
外部リンク
テンプレート:Link GA- ↑ Animals explore discover.connect SeaWorld/Busch Gardens ANIMALS
- ↑ テンプレート:Cite
- ↑ テンプレート:要出典範囲
- ↑ [1]
- ↑ Pitman, Robert L. and Ensor, Paul. "Three forms of killer whales (Orcinus orca) in Antarctic waters" Journal of Cetacean Research and Management 5(2):131–139, 2003
- ↑ Newsletter of the Puget Sound Chapter of the American Cetacean Society Spring 2004
- ↑ The moment a whale delivers a deadly 'karate chop' blow to a killer shark
- ↑ NHKスペシャル 大海原の決闘!クジラ対シャチ
- ↑ 『動物の世界 14』 データーハウス
- ↑ 観客の目の前、シャチが女性調教係死なす-米の水族館〜朝日新聞社
- ↑ 11.0 11.1 調教師の溺死、通常と違うシャチの行動(ナショナル・ジオグラフィック公式)
- ↑ テンプレート:Cite
- ↑ テンプレート:Cite(1970年の東京新聞からの引用)
- ↑ 知里真志保『分類アイヌ語辞典』
- ↑ 15.0 15.1 テンプレート:Cite news
- ↑ テンプレート:Cite