擬死
擬死(ぎし)は、外敵に襲われた動物が行う行動ないし反応の一つの類型で、動かなくなってしまうことを指す。俗にいう死んだふり、死にまね。一種の防御行動と考えられる。
概要
擬死の状態は、動物によって様々である。昆虫などでは、手足を縮め、体に密着させる形をとるものと、手足をこわばらせたような形をとるものとがある。いずれにせよ、この状態で体は硬直し、指で押させたぐらいでは形を変えない。
他方、体の力を抜いた形で動かなくなるものもある。
擬死を行なう動物は幅広い。昆虫では、ナナフシ、カメムシ、ハムシ、コガネムシ、ゾウムシ、コメツキ、タマムシ、その他コウチュウ目に例が多い。昆虫以外では、クモ、ヤスデ、カニの一部などによく似た状態が見られる。
哺乳類でもオポッサムは擬死行動を行うことで有名である。
多くの場合、しばらく放置すれば、やがて手足など体の末端が動き始め、やがて手足を伸ばして移動を始める。
意味
擬死は、言葉の意味からすれば、死を装うことで敵の攻撃を避ける、という意味に読める。実際、いかにも死んだかのように見えるものはある。しかし、死んだように見せかけることが身を守ることになるか、には大いに疑問がある。肉食動物の多くは生身と新鮮な死体を区別しないだろう。
特に昆虫などの場合、死を装うと見るのはうがち過ぎか、と思われる例が多い。例えばクワガタ類は足場が振動すると硬直するし、テントウムシ類は天敵が近づくだけで硬直する。これらは、何かあったらまず動かなくなることを選択している、と見ることもできる。これは、多くの動物において動いている対象の方がはるかに発見しやすいことを考えれば、きわめて有効な逃避となろう。極端な例では、カエルは対象が動かなければ発見できないと言われる。
また実際に昆虫採集などしていると遭遇することであるが、枝葉の先にいる昆虫を見つけ、捕まえようとした瞬間、虫が枝先から手足を離し、ぽろりと落ちることがよくある。この場合、下の草むらを探して見つけることはとても難しい。見つけた場合、たいていは擬死の状態である。つまり、最も素早く効果的な逃げ方が即座に手足を縮めて落下し、そのまま動かないことであるらしい(一般に昆虫は多くの脊椎動物と異なり、自らの体長の数倍から数十倍の高さから落下しても無事である)。とすれば、死んだように見えるのは二次的な問題であると見ることができる。
また、昆虫類の擬死では足を体に密着し、ごくコンパクトにまとまった形で動かなくなる例も多い。ヤスデ等では体を丸めた上で動かなくなり、死体の姿としてはむしろ不自然である。これらの場合、むしろ防御姿勢に入った上で動かなくなる、と見た方が良いであろう。
逆に、脚などの突起物を突き出してこわばらせるものもある。昆虫ではトゲヒシバッタがそのような姿勢による擬死を行い、それによってトノサマガエルによる捕食をほぼ完全に回避できることが知られている[1]。このタイプの擬死ではその姿勢を維持すること自体が重要であり、人間がそれを「死んだふり」と誤って解釈していることになる。
実験例
Miyatake et al.(2004)は、被食者としてコクヌストモドキ(コウチュウ目)と捕食者としてアダンソンハエトリ(クモ目)との間で実験を行った。ハエトリはコクヌストモドキを発見すると攻撃するが、一撃では殺せず、コクヌストモドキは擬死に入る。ハエトリが攻撃を繰り返すさい、被食者が身動きすると攻撃が続き殺されるのに対して、動かないでいると攻撃をやめる事が多いという。彼らは断定を避けながらも擬死がある程度の効果を持つ事を示唆している。なお、ショウジョウバエの場合、一撃で殺されるから、コクヌストモドキが硬い外殻を持つことがこれを可能にしている。
ニホンアナグマ等に関して
テンプレート:Pathnav ニホンアナグマやホンドタヌキ、エゾタヌキなど、主に哺乳類における擬死の利点を説明する。
擬死の利点
(本節は 西野(2009)を参考文献とする)
脊椎動物の擬死(thanatosis)は、動物催眠(animal hypnosis)、または、持続性不動状態(tonic immobility)と呼ばれることもあるが、この節では「擬死」という語句を使用して説明する。
擬死の機構
動物は自らの意志で擬死(死にまね。death feigning, playing possum)をするのではなく、擬死は刺激に対する反射行動である。哺乳類では、タヌキやニホンアナグマ、リス、モルモット、オポッサムなどが擬死をする。 擬死を引き起こす条件や擬死中の姿勢、擬死の持続時間は動物によって様々である。
イワン・パブロフは脊椎動物の擬死の機構を次のように説明している。
「不自然な姿勢におかれた動物がもとの姿勢に戻ろうとしたときに抵抗にあい、その抵抗に打ち勝つことができない場合にはニューロンの過剰興奮を静めるための超限制止がかかってくる」(イワン・パブロフ)
擬死を引き起こす刺激
拘束刺激は擬死を引き起こす刺激の一つである。カエルやハトなどは強制的に仰向けの姿勢をしばらく保持すると不動状態になる。また、オポッサムはコヨーテに捕獲されると身体を丸めた姿勢になって擬死をする。
擬死の利点
本種が擬死を行うことによる利点として、身体の損傷の防止と捕食者からの逃避が考えられる。擬死は捕食者に捕えられたときなどに起こる。捕食者から逃げられそうにない状況下で無理に暴れると疲労するだけでなく、身体を損傷する危険がある。捕食者は被食者[註 1]が急に動かなくなると力を緩める傾向がある。このような時に捕食者から逃避できる可能性が生まれる。この機会を活かすためには身体の損傷を防ぐ必要がある。
擬死の特徴
擬死中の動物は、ある姿勢を保持したまま不動になる。その姿勢は動物により様々である。ただ、不動状態のときの姿勢は普段の姿勢とは異なる不自然な姿勢である。 動物は外力によって姿勢を変えられると、すぐに元の姿勢を維持しようして動作する。この動作を抵抗反射(resistance reflex)という。しかし、擬死の状態では抵抗反射の機能が急に低下して、不自然な姿勢がそのまま持続する。このような現象をカタレプシー(catalepsy)という。カタレプシーは擬死中の動物すべてにあてはまる特徴である。 擬死の持続時間は、甲虫類以外は数分から数十分で、擬死からの覚醒は突然起こる。擬死中の動物に対して機械的な刺激(棒で突つくなど)を与えると覚醒する(甲虫類は逆に擬死が長期化する)。 擬死中は呼吸数が低下し、また、様々な刺激に対する反応も低下する。 擬死中の動物の筋肉は通常の静止状態の筋肉と比較してその固さに違いがあり、筋肉が硬直している。そのため、同じ姿勢を長時間維持することが可能となる。
本節の参考文献
その他
人間がクマに出会ったときに死んだふりを行うと助かる、と言う話(イソップ寓話「熊と旅人」)があるが、これは誤りである[2]。実際は熊は腐肉も食べるため八つ裂きにされてしまう。日本では死んだふりをする動物としては、狸が有名で、狸寝入りと呼ばれる。
また、動物の行動でなく、社会的な現象に使われる例もある。たとえば政府が政治的な危機などで十分に機能せず、手をこまねいているだけに見える状態を「死んだふり内閣」と揶揄する例などがある。
脚注
- ↑ Honma et al., 2006, Proceedings of the Royal Society of London, Series B: Biological Sciences 273: 1631-1636.
- ↑ 『クマに会ったらどうするか–陸上動物学入門』玉手 英夫(岩波新書)
参考文献
- Miyatake T. et al. 2004. Is death-feignting adaptive? Heritable variation in fitness difference of death-feignting behaviour. Proc. R. Soc. Lond. B 271,pp.2293-2296
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