サロス周期
サロス周期(サロスしゅうき、Saros cycle)とは日食や月食が起こる日を予測するのに用いられる周期である。単にサロスと呼ぶこともある。1サロス周期は6585.3212日(約18年11日8時間.ただし、閏年の配置によっては18年10日8時間)である。1サロスごとに太陽と地球と月が相対的にほぼ同じ位置に来るため、ある日食または月食から1サロス後にはほぼ同じ条件の日食または月食が起こる。
語源
サロス周期はおそらくカルデア人(古代バビロニア地方の天文学に長けていた人々)には知られていたと考えられ、後にヒッパルコスやプリニウス、クラウディオス・プトレマイオスにも知られるようになったがサロスという名前では呼ばれていなかった。サロスという語は、バビロニア時代において3,600年という別の周期の呼び名として使われていたものだった。サロスを食の周期の名前として最初に使ったのはエドモンド・ハレーで、1691年のことであった。ハレーは11世紀のビザンツ帝国の『スーダ辞典』からこの語を採った。ハレーのこの誤りは1756年にフランスの天文学者ギヨーム・ル・ジャンティによって指摘されたが、サロスという用語はそのまま使われ続けている。
原理
天文学的には、サロス周期は月と太陽の周期の倍数が同じ(公倍数)になるために起こる。1サロスは以下の時間に等しい[1]。
上記の値は、18年11日8時間(閏年の配置によっては18年10日8時間)にほぼ等しく、そのため日食や月食の状況も、同じサロス周期に属する場合は非常に似たものとなるのである。
周期と系列
1サロス周期は223朔望月なので、ある朔(または望)を1番目とすると、そこから数えて223番目までの朔(望)はみな異なる周期に属する。224番目の朔(望)は、1番目と同じ周期に入る。同時進行している223の周期のうち太陽、地球、月がうまく重なって日食や月食となるものは一部の系列しかない。その一部も毎回少しずつ場所がずれていき、やがて食を起こさなくなる。その一方で、今まで食を作らなかった周期が新たな系列となって食を起こすようになる。すなわち、日食の場合で見れば、あるサロスに属する日食は最初に北極(南極)地方で月の影[2]がごくわずかに地球に接する軽い部分食として始まる。しだいに月の影は地球に近づき、北極(南極)地方で中心食[3]が見られるようになり、その後中心食帯は徐々に南下(北上)し、赤道を越えて南極(北極)地方に移動、最後に部分食となって終わる。そのような状態が繰り返し起こって進行するので、日食や月食の発生が途絶えることはない。日食のサロスの系列は、一つにつき食が69~86回(1,226~1,532年間)起こるまで持続する。平均すると77回(1,370年間)である。サロス系列の始まりと終わりは部分日食で、系列の中ほどに約48回の皆既食または金環食を含む。
歴史時代に日食を起こしたサロス系列には、ゲオルグ・ファン・デン・ベルグ テンプレート:Enlink によって番号が付けられている。2011年7月1日より前には、117から155までの番号を付けられた39本の系列が進行していた。2011年7月1日に156番の系列が南極近海の部分食として発生し、現在は40本の系列が進行している。2054年8月3日の同じく南極近海での部分食を最後に117番が消滅するまでは40本の系列が進行する[4]。
月食の場合、現在は110~149番の40本の系列が進行しているが2013年5月25日に150番の系列が発生して41本となり2027年7月18日には110番が消滅して再び40本となる[5]。月食のサロス系列は食が71~87回起こるまで(1,262~1,551年間)持続する。平均すると日食の系列よりは短く、72回(1,280年間)である。このうち40~58回が皆既食となる。
実例
1999年8月11日にヨーロッパを中心とする皆既日食が起こったが、これとほぼ同じ条件(皆既時間が比較的短い等)の日食が1サロスを経た2017年8月21日に北アメリカで見られる。さらに次のサロスでは2035年9月2日に、やはり似た状況で日本の本州を横断する皆既日食が見られる。サロス周期には8時間(1/3日)という端数が含まれているため1サロス後の日食は地球の1/3自転分、すなわち120度西にずれた位置で起こる。よって上記のように、2017年の日食は北アメリカを中心とする地域で、2035年では日本で、というように食が起こる地域が移動する。また2009年7月22日の皆既日食は21世紀中に観測される日食のうち最も皆既継続時間が長いものであるが、2番目に長い日食もこの日食の1サロス後2027年8月2日の日食であり、3番目に長い日食もさらに1サロス後の2045年8月12日の日食である。
たとえば、21世紀中に観測される皆既日食のうち皆既継続時間が長いものは次のとおり。
サロス 系列 |
中心位置到達日時 (UTC) |
最大皆既 継続時間 |
中心位置 | ||
---|---|---|---|---|---|
緯度 | 経度 | ||||
1 | 136-37 | 2009年7月22日 2:36:25 | 6分39秒 | 北緯24.2° | 東経144.1° |
2 | 136-38 | 2027年8月2日 10:07:50 | 6分23秒 | 北緯25.5° | 東経33.2° |
3 | 136-39 | 2045年8月12日 17:42:39 | 6分6秒 | 北緯25.9° | 西経78.5° |
4 | 139-34 | 2096年5月22日 1:37:14 | 6分6秒 | 北緯27.3° | 東経153.4° |
5 | 136-40 | 2063年8月24日 1:22:11 | 5分49秒 | 北緯25.6° | 東経168.4° |
6 | 139-33 | 2078年5月11日 17:56:55 | 5分40秒 | 北緯28.1° | 西経93.7° |
7 | 136-41 | 2081年9月3日 9:07:31 | 5分33秒 | 北緯24.6° | 東経53.6° |
8 | 146-27 | 2010年7月11日 19:34:38 | 5分20秒 | 南緯19.7° | 西経121.9° |
9 | 136-42 | 2099年9月14日 16:57:53 | 5分18秒 | 北緯23.4° | 西経62.8° |
10 | 139-32 | 2060年4月30日 10:10:00 | 5分15秒 | 北緯28.0° | 東経20.9° |
表のうち、1、2,3はいずれも136番のサロス系列で、中心の位置は各々北緯24.2度 東経144.1度、北緯25.5度 東経33.2度、北緯25.9度 西経78.5度と1サロス毎にほぼ120度ずつ西にずれてゆく。
エクセリグモス
サロス周期は古代の天文学者によって発見され、計算法が簡単だったために広く使われていた。唯一の問題は、1サロス後の食が約8時間遅れて起こることであった。よって、ある日食が見られた地域のほとんどの場所ではその1サロス後の日食は見ることが難しい[6](月食の場合には、月が地平線上に上ってさえいれば1サロス後の月食も見ることができる)。そこでより長い3サロス分の周期(およそ54年31日)をトリプルサロスあるいはギリシャ語で「exeligmos(エクセリグモス)」と呼び、この周期がよく用いられた。1エクセリグモス後にはほぼ同じ場所で食が見られることになる。
脚注
参考文献
- George van den Bergh, Periodicity and Variation of Solar (and Lunar) Eclipses, 2 vols. H.D. Tjeenk Willink & Zoon N.V., Haarlem, 1955
- 斉田博 『おはなし天文学 地球の雲状衛星』 地人書館 1975年
- 『金環日食2012』 株式会社アストロアーツ