異性装

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
クロスドレッサーから転送)
移動先: 案内検索

異性装(いせいそう)とは、文化的に性役割に属するとされる服装をしないこと。

男性女性に属する服装をすることを女装(じょそう)と言い、女性が男性に属する服装をすることを男装(だんそう)と言う。

従来の社会にある服装規範に違和感を持ち、自由でありたい人が持つ性のあり方を 異性装指向 及び トランスヴェスチズム(transvestism)という。一般に異性装を行う者をトランスヴェスタイト(transvestite, TV)と呼ぶが、これは本来は医学的な概念としての呼称であり、これにネガティブなイメージを持つ異性装者が自ら生み出した呼称にクロスドレッサー(cross-dresser, CD)がある。

また自分又は相手に、全体又は一部の異性装をさせて性的に興奮を得るフェティシズムは、異性装嗜好(一部異性装指向)ともいう。両方とも比較的男性に一層多いことが知られている。

現代においては、男性の女装を性的指向・性自認の表明と捉える見方に対して、女性の男装に関しては比較的寛容な傾向にある(つまり必ずしもそう見られないということ)。

異性装とは

一定にまで発達した文化は、多くの場合性別ごとに異なる服装の規範を与えている。この規範において異性のものと規定される服装を身につけることが異性装である。例えば、現代の日本ではスカートは女性に属するものとされているので、男性がこれを身につけることは女装と定義されることが多い。逆にネクタイは原則として男性に属するものとされているので、フォーマルな服装において女性がネクタイを締めることは男装とされる場合が多い。

男性と女性あるいはその他の性別にどのような服装規範を充てるかは時代や地域によって異なる。例えば、近代の欧米の文化ではスカートは女性に充てられることの多い衣装であるが、アジアでは必ずしもそうではない。またスコットランドの伝統的な衣装であるキルトは形態としては巻きスカートに当たるが、これは男性に属するものとされ1920年代までは女性がキルトスカートは穿かなかった。

性別違和症候群としての異性装

性別違和症候群は広い概念であるが、その中にも異性装に関連する分類がなされる。性別違和症候群に分類される広義の性同一性障害(GID)には、両性役割服装倒錯症が部分的に含まれる。これを「dr-TV」という。またGIDには含まれないが、なお性別違和症候群に含有されるものをフェティシズム服装倒錯症といい、これを「f-TV」という[1]。両者とも異性装を行うが、両性役割服装倒錯症は、性的興奮を伴わずに自己の生物学的性とは反対の性別の服装を身につけることで、異性の一員であるという一時的な体験を享受するために、社会的に反対の性役割に同化するものに対し、フェティシズム服装倒錯症は自己の生物学的性とは反対の性別の服装を着用することによって性的興奮を得るものと区別される。

宗教上の禁忌

ファイル:Mary edwards walker.jpg
女性唯一の米国名誉勲章受章者メアリ・ウォーカー(1870年)。彼女は男装を咎められ何度も逮捕されている。

申命記22章5節テンプレート:Quoteとあるため、同書を聖典(啓典)に含めるユダヤ教キリスト教イスラム教の戒律に抵触する。現代では世俗化が進み教会などにおいてもこの規定を重視しない社会が多いが、シャーリアを法源とするイスラム国家では異性装が犯罪となることもある。

軍装

異性装が宗教的禁忌となる社会では、女性軍人の軍装が異性装とみなされ問題となる。古くはジャンヌ・ダルク異端審問魔女と認定された理由のひとつが軍装を身に着けたことであった。

現代では、男女問わず国民皆兵であるイスラエルにおいて、正統派ユダヤ教徒であることを立証できる女性は宗教理由による良心的兵役忌避が許されている。湾岸危機に際してアメリカ軍イスラム国家サウジアラビアに駐屯した際には、米軍の女性軍人の存在に対してサウジアラビア政府が難色を唱えた。なお同じくイスラム国家であるイランでは、全身を覆うイスラームの女性装に則った軍服をまとった女性兵士の部隊がある。

異性装の理由

宗教的祭礼の服装の場合や、遊戯(仮装)の服装の一種、身を隠す手段(変装)として一時的に異性装をする場合もある。

宗教
異性装は宗教儀式の一環として行われることもある。異性に属する神秘的な力を取り込む目的や、が行った異性装を模倣する目的などがある。
例えば古代ギリシアではヘラクレスに仕える神官(男性)はヘラクレスに倣って女装を行った。
女性の生命を生み出す力を取り込むための女装は原始宗教の中に広く見られる。
また、魔物に子供をとられないように、と、子供に異性装をさせるケースもある(魔物が目当ての子供を見つけられない、と考えて行われた。地域によっては病弱な子供だけ、という場合もあったようである)。簡略として、男の子の髪型を垂髪にする、という場合も合った(南方熊楠がこれをやらされていた)。
稚児にさせるかむろも幼年時の男児を女性とも取れる中性的な容姿にすることでこのような魔物から守る例から派生したと考えられている。
女性が男装をし舞う白拍子は宗教的行事のみならず芸能にも通じる。
ほかにも、男児に女装させる百石踊りという雨ごい神事、村の長男に女装させる会津美里町早乙女踊り、男児が早乙女姿で田植えする諸田山神社の御田植祭り、氏子の男子が巫女装束で舞いを奉納する玉置神社例祭、稚児に女装させ舞わせる白鬚神社の田楽などその多くが元服前10歳から15歳前後以前の男子や男児に女装させる神事が日本各地に存在する。
近代日本では大本教教祖(正しくは男性聖師)の出口王仁三郎がしばしば女性装を行っていた。
芸術
何らかの事情により女性(もしくは男性)が役者として起用できない場合、その代替を異性装をした男性(もしくは女性)が担うことがある。こうした異性装を用いた上演は単なる代替にとどまらないその独特の美を高く評価されることもあり、後述する歌舞伎宝塚歌劇団などには多くの支持者が存在する。
例えば歌舞伎は、いわゆる女歌舞伎が禁止された歴史があり、伝統的に男性のみで演じられるため、女形と呼ばれる女性を演じる役者が必要となった。また、宝塚歌劇団など女性のみで演じられる少女歌劇においても男性役を演じる男役が存在する。中国の京劇越劇も異性装の使用で有名である。このように商業的に確立している演劇ジャンルのみならず、男子校・女子校などにおけるアマチュアの上演でも異性装を用いた上演はしばしば行われている。
上記のような男性のみ・女性のみの劇団でなくとも、固定的なキャスティングを打破して新しい表現を試みるなどの理由で男優に女性役を割り振ったり、女優に男性役を割り振ることもある。映画『アイム・ノット・ゼア』においてボブ・ディランとおぼしき人物をケイト・ブランシェットが演じた例などが有名である。映画『1999年の夏休み』では、少年役を全て少女が演じ、カルト映画として熱狂的なファンが存在する。また、シェイクスピアの恋愛喜劇『十二夜』や映画『トッツィー』などに見られるように、プロットの上で主要登場人物が自分の身元を隠すために異性装を行うこともある。
ドラァグ・クイーンやいわゆるヴィジュアル系バンドの一部をこの例と見る論がある。ただし、後者の例では異性の服装をただのファッションとして着用しているため、これは異性装には含めない場合の方が多い。
犯罪捜査・検挙
犯罪の捜査や検挙において、女装を行うことで目的を達しようとする手法。男性巡査が女装をし、いわゆる囮となってひったくり犯を検挙する試みが愛知県警により行われた[2]
遊戯行為
変身願望や、余興としての仮装(コスプレ)や他者への道化などによって、異性装を行う場合がある。この場合も、行為者は自分が異性装を行っていると自覚していることも多い。

異性装嗜好者

性指向として
女装男性を好む男性や、男装女性を好む女性と言った、同性の異性装者を恋愛対象にする同性愛者(性的指向)も存在する。その場合は性的指向(≠嗜好)として異性装者を好きになっている。
性嗜好として
自分が異性装を行うことによって性的に興奮したり快感を覚えたりする者がいる。多くは男性による女装であるとされる。その他、男装女性に欲情する男性や、男性に女装をさせて辱める行為を通じて性的快感を得る女性など、自分は異性装せず、異性の他人に異性装させて性的興奮を得るケースは男女共に存在する。そして現実の男性や既存の男性キャラクターを女装させたり、女装した男性を見ることに性的に欲情するオタク女もいる。アメリカ精神医学会『精神障害の診断と統計マニュアル』第4版(DSM-IV)によれば、生活に支障を来す程の重度のものは「302.3 服装倒錯的フェティシズム」としてパラフィリアの一種に分類される。
性自認の表現として
性別に応じた服装のパターンが果たしている1つの役割は、自己の性別に関する認識を表現することである。そのため、性同一性障害のように身体的な性別と性自認が異なっている場合には、服装によって表現する性自認と身体的性別とが食い違う。このケースも異性装と呼ぶことがある。
性同一性障害の当事者やその診断に関わる医師の一部には、性自認を無視して彼らの状態を異性装と呼ぶことに反対する意見がある。すなわち、異性装とは「本人の性別」に対して異性の服を身につけることであるから、本人の自己同一性を無視して「本人の性別」を定義することは不当であるとしている。
ただし、性同一性障害の「周辺域」(性別違和感の程度が軽い例)やトランスジェンダーの人々においては、社会から見て「異性装」となる服装をすることだけで、性別違和感を充分に緩和できている例が見られる。故に、遊戯や性嗜好に基づくと見られる異性装や、社会的抑圧が弱くなる祭事や芸能における異性装の場を、こうした性別違和感の緩和の為に活用している場合があることもまた事実である。
心理療法
神経症の治療法として異性装が有効な場合がある。
政治的主張の表明
文化的な性別役割を期待された服装規範をジェンダー規範の象徴と捉え、性差が曖昧な服装をすることにより、社会で必要以上に服装で男性と女性を区別しないファッションを主張する場合がある。この場合は性嗜好の逸脱がみられない為、「ユニセックス・ファッション」とされる。ただし日本ではユニセックスとは主に中性的な女性のファッションを表現することが多い。

参考文献

テンプレート:Reflist

関連項目

テンプレート:Portal LGBT

分類

マスメディアにみる異性装

テンプレート:LGBT

テンプレート:性
  1. セクシュアルマイノリティ教職員ネットワーク 『セクシュアルマイノリティー 同性愛、性同一性障害、インターセックスの当事者が語る人間の多様な性』明石書店刊、2003年11月15日発行(88-89ページ)
  2. 女装でひったくり犯捕まえろ!=男性警官がおとり大作戦−愛知県警 時事通信 2009年11月28日