自動列車運転装置
自動列車運転装置(じどうれっしゃうんてんそうち、ATO : Automatic Train Operation)とは、列車の運転を自動化する運転保安システムである。主に、人に対する安全性が確保しやすい地下鉄や新交通システムに使われている。
目次
概要
ATOは、地上側で地点情報を発信する地上子、地上子から地点情報を受信する車上子、車両側で力行・惰行・ブレーキの制御を行う車上装置から構成されており、車両側に設置された車上装置には、各駅間の距離情報と運転パターンが予め記録されており、地上側での位置補正用地上子から受信された地点情報と、列車からの速度情報とを、車上装置で記録された情報を元に距離演算することにより、運転操作を自動で行う。また列車が停車駅に接近した場合には、定位置停止地上子[1](P-1地上子とも呼ばれる)の位置に正確に列車が停車できるように、駅の一定区間外方にいくつかの位置補正用地上子を設置して、車両側の地上子の間でインタフェースを行い、列車が記録している残りの距離情報の補正を行ない、停車位置を明確にして減速する減速制御(フィードバック制御)を行う。列車が定位置停止地上子の位置に停車した後、運転席にあるドア開閉ボタン操作することにより、車両側の車上子と地上側の定位置停止地上子の間でインタフェースを行ない、駅に設置されたホームドアの開閉を行う。
地上子はリニアモータ方式の地下鉄(例 : 都営地下鉄大江戸線)では軌条間にリアクションプレートがあり、通常形地上子の設置ができないことからループコイル方式を採用している。これは2本の軌条の外側に「8の字形」のループコイルを設置し、撚架点(ねんかてん)を設けることで地上子としての機能を持たせている[2]。
また、地上子を設置した方式の場合には導入の手間が大きくなることから、東京メトロ千代田線北綾瀬支線(旧式の5000系・6000系ハイフン車)では地上子を使用しない方式を採用している。これは2駅間の折返し運転という性格上、両駅に設置しているATC装置の過走防護信号 (ORP・Over Run Protector) を基にして、地上子の代わりに残存距離の補正を行っている[3]。ただし、2014年度より同線に導入された05系改修車では地上子・車上子方式となっている。
乗務員(路線により呼び方は異なる)が乗務するタイプと、無人運転のタイプとに大きく分けられる。出発条件の成立後、自動的に目標速度まで加速したあと定速運転を行い、次駅に接近すれば自動的に停止位置に停止させるという基本機能は変わらない。また保安装置としてATCを目標速度の設定及び万一の際の安全確保の為に[4]、採用するケースがほとんどである。
乗務員が乗務するタイプには、ATOをあくまでも運転支援装置と捉え、ATO運転中であっても運転士の運転操作が優先するよう設計されたものと、ATO運転モードでは緊急停止以外の運転操作ができない、無人運転に近い設計のものが存在するが、いずれの場合も、一般に、戸閉後にハンドル付近に設置された出発ボタンを押すことで、次駅までの自動運転が開始される。出発ボタンは、誤操作防止のため、2つを同時に押すことにより作動するものがほとんどである。
また、無人運転に近い設計の方の列車には、出発ボタンは存在せず、代わりに「扉閉抑止」ボタンがついているものもある。この様な列車の場合、駅に到着後は扉が自動で開くものの、このボタンを押さないままにしておくと、出発時刻になると自動で扉が閉まり、ひとりでに発車してしまう。しかし、このボタンを押しておくと、駅に到着して自動で扉が開いた後は、このボタンを再度押して解除しないと、出発時刻になっても扉は閉まらず、発車しなくなる。再度押して解除することで、扉が閉まり、扉が正常に閉まった場合(ホームドアが設置されている路線ではホームドアも)には、自動で発車することになる。
またこの様な列車の場合、扉閉抑止を解除して一旦ドアが閉まった後に、再度ドアを開けることは出来ないため、戸ばさみからの復帰や駆け込み乗車をした乗客を乗せる場合、あるいは降り損ねそうになった乗客からの再開閉の依頼などで、発車せずにドアを再開閉する必要がある場合には、一旦ATOを解除した後マスコンキーを回して手動運転に切り替えた後、手動にてドアを再開閉してから、再度自動運転に戻す必要がある。 この方式は、福岡市地下鉄七隈線などで採用されている。自動運転中のハンドルのノッチは、まちまちである。
なお、ATO装置は駅停車制御機能のみを使用することでTASC装置としても使用することができる。東京メトロ南北線及び都営地下鉄三田線各車両のATO装置は東急目黒線内ではTASCモードに切り換わり、駅発車時の力行操作と駅間の速度制御は運転士が行い、駅停車時の停止操作はATO装置の駅停車制御機能(TASC機能)を使用している。
ATO装置のシステム構成
一例として東京メトロ南北線のATO装置のシステム構成について示す。同線用のATO装置は以下の装置と連動して車両を制御する。
- 運転台
- ATO表示灯・ATO出発ボタン
- マスコンハンドル
- 運転切換スイッチ(手動運転 - ATO運転)
- ATO運転モード切換スイッチ(平常運転 - 回復運転 - 遅速運転)
- ATC装置(ATC信号判別器・ATC論理照査器)
- ATC信号コードとATCブレーキ情報をATO装置に送信
- 速度発電機からの速度情報
- ATO送受信器(トランスポンダ)からの地点情報(車上子 - 地上子)
- TokyoMetro10000-MS.jpg
マスコンハンドルの右下にある二個一組のATO出発ボタン
- TokyoMetro9000-ATOmode.jpg
東京メトロ南北線9000系のATO運転モード切換スイッチ(右端のハンドル)
ATOには列車速度の調整用に運転モードがある。東京メトロ南北線では「平常」・「回復」・「遅速」の3つのモードがあり、平常運転モードではATC制限速度の5km/h下の速度で走行、回復運転モード(列車遅れを回復させる場合)には平常運転より+2km/hで走行(ATC制限速度の3km/h下)、遅速(列車を遅らせる場合)には平常運転より-10km/hで走行(ATC制限速度の15km/h下)させることができる。
実際のATO運転の車両制御(東京メトロ南北線の例)
- 出発制御
- 安全のため、以下の条件が成立した場合のみ、列車を出発させることができる。
- 車両ドアが「全閉」(運転士知らせ灯「点灯」)
- ホームドア「全閉」(ホームドア表示灯「点灯」)
- ATC常用ブレーキが緩解状態
- ATC信号が「進行現示」
- 車両速度0km/h
- 非常ブレーキ緩解
- マスコンハンドル「ユルメ」位置
- レバーサ(リバーサー、逆転器)「前」位置
- 安全のため、以下の条件が成立した場合のみ、列車を出発させることができる。
- の条件で出発ボタンを2個同時に押すことで、転動防止ブレーキを緩解し、列車を出発させる。
- 駅間走行制御
- ATCからの制限速度信号とATO運転モード切換スイッチの条件から、目標速度を設定し、力行とブレーキ操作を行い列車を運転する。
- 惰行制御と減速制御
- 走行中は必要に応じて惰行制御を行い、無駄な力行操作を不要とさせる。また、駅間に曲線部があり、減速を必要とする場合には車両側にある駅間走行パターンに基づき、事前に減速操作を行うことで乗り心地の低下を防止する。
- 定位置停止制御
- 地上子からの地点情報を元に、車上パターンを発生させ、所定停止位置に停止させる。停止を検知すると列車の転動を防止するため、常用4ブレーキを出力し、転動防止ブレーキをかける。
特にATO運転時には頻繁なノッチ操作を行うと乗り心地が低下してしまうため、力行ノッチ・常用ブレーキ操作は手動運転時よりもステップ分割を行うようにした車両もある。一例として東京地下鉄の9000系車両・10000系車両においては力行操作・常用ブレーキ操作ともATO運転時には31段の分割ステップを行っている。
ATO運転の沿革
日本で初めてATOを設置したのは、名古屋市営地下鉄東山線の名古屋 - 栄町間で、1960年10月21日に本格的にテストしたが、1962年5月に終了した[5]。その1962年から帝都高速度交通営団(現在の東京地下鉄)が日比谷線でも長期にわたって行われたが、2列車限りのあくまでも試験的な採用であった。その後も地下鉄千日前線や都営地下鉄三田線で試験が行われたものの、いずれも当時は実用化されなかった(三田線は2000年に導入)。会場内輸送ではあるが、1970年の日本万国博覧会においてモノレールが世界初の実用運転とされている。営業運転で日本初となったのは、1977年に使用開始した神戸市営地下鉄西神線である。なお、地下鉄でのATOの実用化自体は1976年の札幌市営地下鉄東西線の無人自動回送運転が日本初である。
その後は、1981年に開業した福岡市地下鉄空港線[6]をはじめ、ワンマン運転を実施する路線において、乗務員の負担軽減のためにATOを採用する事例が増えた。さらに、旅客の安全対策としてホームドア(或いはホームゲート)が設置されるケースが相次いでいることに伴い、これらを採用した路線では、駅停車時にホームドア(ホームゲート)と車両のドアの位置を正確に合わせる必要があるため、ATOを採用する事例が増えている。
なお、ATOを採用した路線においても、地下鉄等在来型の鉄道においては、緊急時における運転士の技能低下を防止するため、1日数回、または一定時間の間、手動運転を実施している路線が多い。
一方、1981年に開業した神戸新交通ポートアイランド線(ポートライナー)をはじめとする新交通システムは、一部の例外を除き、無人運転を前提として設計されており、監視要員が乗務する路線・区間はあるものの、手動運転訓練や自動運転が継続できなくなった場合を除き、手動運転が行われることはない。
日本の主なATO採用路線
無人運転を行なうもの
- 神戸新交通ポートアイランド線(ポートライナー)(安全確認のため始発のみ乗務員が同乗する)
- 神戸新交通六甲アイランド線(六甲ライナー)(安全確認のため始発のみ乗務員が同乗する)
- 大阪市交通局南港ポートタウン線(ニュートラム)(ごく稀に平日朝ラッシュ時等に乗務員の運転訓練のため手動運転)
- ゆりかもめ東京臨海新交通臨海線(ゆりかもめ)(早朝・深夜時間帯やハンドル訓練時は乗務員が同乗し手動運転を実施)
- 横浜新都市交通金沢シーサイドライン(ごく稀にハンドル訓練のため手動運転)
- 東京都交通局日暮里・舎人ライナー
- 舞浜リゾートラインディズニーリゾートライン(ただし、車掌がドア扱い・発車合図を行う)
- ウイングシャトル(関西国際空港内の旅客輸送施設。国土交通省管轄の鉄道には含まれない)
- 愛知高速交通東部丘陵線(リニモ)(藤が丘 - はなみずき通間の地下区間の車内監視・前方確認のためだけに乗務員が同乗するが、ごくまれに教習生が教官と一緒に運転することがある。)
- 札幌市営地下鉄東西線(東車両基地 - ひばりが丘間の出入庫線のみ)
運転士が乗務するもの
- 札幌市営地下鉄
- 仙台市地下鉄南北線(毎日各運転士1回のみ手動運転を実施)
- 東京地下鉄(東京メトロ)
- 東京都営地下鉄
- 横浜市営地下鉄(週一回の各運転士の訓練時や回送電車運転時に手動運転)
- 名古屋市営地下鉄
- 京都市営地下鉄東西線(各運転士の判断により手動運転を実施)
- 大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線
- 神戸市営地下鉄
- 福岡市地下鉄
- 首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス(毎日各運転士1回のみ手動運転を実施、最高運転速度は日本ATO区間最速の130km/h・将来160km/h)
- 埼玉高速鉄道線(ごくまれにハンドル訓練のため手動運転)
- 北神急行電鉄北神線(昼間は手動運転)
- 多摩都市モノレール線(毎日各運転士1回のみ手動運転を実施)
日本以外の主なATO採用路線
無人運転を行なうもの
- 都市高速鉄道(ラピッド・トランジット、メトロ)
- 中量軌道システム(鉄輪式鉄道)
- 新交通システム
運転士が乗務するもの
- 香港の鉄路 (MTR) 各線(迪士尼線は除く)
- 上海の磁気浮上式鉄道線(上海トランスラピッド)竜陽路駅 - 浦東国際空港
- 台北捷運の各線(文山線、内湖線は除く)
- ソウル特別市都市鉄道公社の各線(5~8号線)
- ソウル市メトロ9号線
脚注
関連項目
- 自動列車保安装置
- 列車集中制御装置 (CTC)
- 自動列車停止装置 (ATS)
- 自動列車制御装置 (ATC)
- 定位置停止装置 (TASC)
- ATP (鉄道)
- 緊急列車防護装置(TE装置)
- 緊急列車停止装置(EB装置)
- デッドマン装置
- 速度照査
- 踏切
- 信号保安
- 鉄道信号機
- 日本の鉄道信号
- 閉塞 (鉄道)
- 列車選別装置
- 新交通システム
- ワンマン運転