牧野駅
牧野駅(まきのえき)は、大阪府枚方市牧野阪二丁目にある、京阪電気鉄道京阪本線の駅。
駅構造
相対式2面2線のホームを持つ地平駅。正確にはホームの京都寄りは穂谷川を跨ぐ鉄橋と堤防上、中央部は地上、大阪寄りの端は高架橋の上に位置している。
改札及びコンコースは地下にあり、自動券売機3台(その内1台はICカード対応)、自動改札機7台(その内4台はICカード対応)、乗り越し精算機(その内1台はICカード対応)が設置されている。
構内にコンビニエンスストアのアンスリーがある(2007年3月15日に開店)。
1975年から2012年までは大阪方面ホームに立ち食いうどん店があった。当初は「比叡」で、2002年6月に閉店後、別の経営者による「あじまる亭」となったが、2012年11月限りで閉店した[1]。
2012年現在、駅西側に加え駅東側出入口にもエレベーターが設置され、計4基(両ホーム~改札口とコンコース~地上)のエレベーターが設置されている。
駅東口には三菱東京UFJ銀行と枚方信用金庫のATMが設置されている。
のりば
1 | テンプレート:Color京阪本線(上り) | 中書島・三条・出町柳方面 |
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2 | テンプレート:Color京阪本線(下り) | 枚方市・京橋・淀屋橋・中之島線方面 |
※両ホームとも有効長は8両。
利用状況
- 2009年11月10日の利用客数は23,128人(『京阪百年のあゆみ』より)
- 2007年度の1日平均の利用客数は約25,206人(大阪府統計年鑑より)
駅周辺
住宅街に加え、複数の大学が近隣にある文教地区でもある。これは京阪電鉄が利用客を増やすため1928年6月30日大阪高等医学専門校(現・関西医科大学)、大阪歯科医学専門校(現・大阪歯科大学)に土地を無償提供して移転を誘致[2]した事に起因する。 </br> 枚方市が2006年に駅前広場および市街地再開発事業の都市計画を決定し、2009年から本格的な工事に着手した[3]。2012年3月に完成し、東口にバス乗り場を備えたロータリーが設置された[4]。
- 牧野公園
- 牧野幼稚園
- 近畿郵政レクリエーションセンター
- 大阪歯科大学牧野学舎
- 関西医科大学
- 関西電力牧野変電所
- 京阪電鉄牧野変電所
- 穂谷川
- 牧野松園ボウル
- 牧野パークゴルフ場
- 牧野スポーツクラブ
- 枚方北郵便局
- 枚方牧野駅前郵便局
- 牧野生涯学習市民センター(旧名:牧野公民館)
- 枚方市立牧野図書館
- 枚方市立中央図書館
- 片埜神社
- 京阪ザ・ストア牧野店(2013年1月末で閉店)
- ライフ牧野店
- トップワールド牧野店
- ミニストップ京阪牧野駅前店
- ローソン京阪牧野駅前店
- 阪今池公園
- 渚水みらいセンター(下水処理場)[5]
- 日本メノナイト・ブレザレン教団枚方キリスト教会
バス路線
京阪バスが運行。
- 38号・85号経路(北行き) 国道招提経由 摂南大学枚方キャンパス行き
- 38号経路(南行き) 枚方市駅行き
- 84号経路(北行き) 樋ノ上町経由 樟葉駅行き
- 84号経路(南行き) 船橋住宅経由 樟葉駅行き
歴史
1910年京阪本線の開通と同時に開業し、駅から京都側約100mは併用軌道で併用軌道は1931年7月に分離され専用軌道となった[6]。1917年9月29日からの「大正大洪水(淀川河川事務所・洪水の記録)」では、10月1日・堤防決壊駅周辺が約2km水没し昼夜兼行で復旧に努めたが10日に再度出水してやり直し14日京阪線が開通した[7]。
1939年3月1日午後2時45分に発生した大阪陸軍兵器支廠禁野倉庫の爆発事故により香里園駅 - 樟葉駅間が不通になり、4日の午後8時より運行を再開したが駅の使用再開は6日午前11時までかかった[8]。
1969年2月、牧野駅の大阪側(約700m)の高架化が着工され同年11月に完成している、これは3ヶ所の踏切の除去だけでなくショートカットによる曲線の緩和(400R→1000R)、旧線跡に電車用変電所の建設などもおこなわれた[9]。
1980年2月20日夜、隣の御殿山駅と枚方市駅の間で発生した京阪電車置石脱線事故では21日の始発までに復旧できず、御殿山駅にも当駅にも渡り線などの折り返し設備もないことから事故現場が仮復旧した21日午後まで運休した[10]。運休中は樟葉駅と枚方市駅の間で府道京都守口線を使いバスによる振り替え輸送が行なわれた[11]。
年表
- 1910年(明治43年)4月15日 - 京阪本線開通と同時に開業。
- 1911年(大正元年)2月7日 - 駅が移設される[12]。
- 1917年(大正6年)9月29日〜10月10日 - 「大正大洪水」で駅付近浸水、同月14日復旧[7]。
- 1929年(昭和4年)10月13日 - 改築[12]。
- 1931年(昭和6年)7月21日 - 京都側の併用軌道が専用軌道に変更される[6]。
- 1939年(昭和14年)3月1日 - 大阪陸軍兵器支廠禁野倉庫の爆発事故により香里園駅 - 樟葉駅間が不通、3月6日駅の使用が再開[8]。
- 1943年(昭和18年)10月1日 - 会社合併により京阪神急行電鉄(阪急電鉄)の駅となる。
- 1949年(昭和24年)12月1日 - 会社分離により京阪電気鉄道の駅となる。
- 1965年(昭和40年)
- 1969年(昭和44年)
- 1970年(昭和45年)
- 1975年11月1日 - 下りホームに立ち食いうどん店「比叡」が開店[15]。
- 1980年(昭和55年)2月20日~21日 - 2月20日夜に磯島曲線(枚方市駅-御殿山駅間)で発生した京阪電車置石脱線事故の為、事故発生直後から21日の午前中にかけてすべての列車が運休。
- 1989年(平成元年)3月20日 - 駐輪センター(F・G・H棟)営業開始[16]。
- 1994年(平成6年)
隣の駅
- 京阪電気鉄道
- テンプレート:Color京阪本線
- テンプレート:Color快速特急・テンプレート:Color特急・テンプレート:Color通勤快急・テンプレート:Color快速急行・テンプレート:Color深夜急行・テンプレート:Color急行
- 通過
- テンプレート:Color通勤準急(平日下りのみ運転)・テンプレート:Color準急・テンプレート:Color区間急行(休日下りのみ運転)・テンプレート:Color普通
- テンプレート:Color快速特急・テンプレート:Color特急・テンプレート:Color通勤快急・テンプレート:Color快速急行・テンプレート:Color深夜急行・テンプレート:Color急行
その他
- マキノ駅(湖西線) - マキノ駅は開業当時の自治体名(マキノ町)から命名されたが、マキノ町の名前は現在のマキノ高原スキー場が開設される際、当駅との混同を避けるためにカタカナ表記としたことが発端である(京阪電鉄が京阪本線 - 京津線利用による琵琶湖周辺地区への観光誘致に積極的だったことも関係がある)。
- 2010年9月4日より公開された角川映画『オカンの嫁入り』で映画後半の電車や駅のシーンは牧野駅で撮影された[20]。
関連項目
脚注
- ↑ 1.0 1.1 ■牧野駅ホームのうどん屋「あじまる亭」が11/30で閉店 - 枚方つーしん
- ↑ 出典:『京阪百年のあゆみ』126頁「諸学校の誘致」
- ↑ 牧野駅前広場整備事業/牧野駅東地区第一種市街地再開発事業 - 枚方市ウェブサイト
- ↑ 4.0 4.1 「京阪牧野駅前」停留所の移設・JRのダイヤ改正に伴う接続調整について - 京阪バス
- ↑ 枚方市と交野市の汚水を処理する淀川流域下水処理場。淀川下流に上水道の取水口があるため、窒素リンを除去する高度処理のうえ処理水を寝屋川に放流している。また枚方市内の福祉施設や枚方市駅のトイレの洗浄水として再利用されている
- ↑ 6.0 6.1 出典:車両発達史シリーズ1「京阪電気鉄道」の第5編「路線変遷について」
- ↑ 7.0 7.1 参考文献・「鉄道ピクトリアル」1980年11月号『京阪電車70周年特集』の12頁・『京阪百年のあゆみ』84頁「淀川の決壊」
- ↑ 8.0 8.1 出典:京阪電気鉄道開業100周年記念誌『京阪百年のあゆみ』(2011年3月24日刊)171頁「枚方陸軍火薬庫の爆発」
- ↑ 9.0 9.1 出典:「鉄道ピクトリアル」1973年7月増刊号の103頁「京阪電鉄の主要工事」より
- ↑ 21日のNHKお昼の全国ニュースで復旧して試運転電車を走らせている所が生中継された。
- ↑ 出典:昭和55年2月21日京都新聞朝刊
- ↑ 12.0 12.1 12.2 12.3 12.4 出典:京阪電気鉄道開業100周年記念誌「京阪百年のあゆみ」(2011年3月24日刊)資料編140頁
- ↑ 出典:京阪100周年記念誌「京阪百年のあゆみ」(2011年3月24日刊)資料編の「年表」232頁より
- ↑ 出典・京阪電気鉄道開業100周年記念誌「京阪百年のあゆみ」(2011年3月24日刊)292頁「変電所の増強」より
- ↑ 『琵琶湖汽船百年史』琵琶湖汽船、1987年、p.209
- ↑ 出典・京阪電気鉄道開業80年記念誌「過去が咲いている今」の年表178頁
- ↑ 出典:駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1994年9月号
- ↑ 出典:駅置き広報誌「くらしの中の京阪」1994年10月号
- ↑ 出典・駅置き広報誌『K PRESS』2012年5月号の16面「くらしのなかの京阪」
- ↑ 出典:KPRESS 2010年8月号12面の記事より