阿含宗
阿含宗(あごんしゅう)は、桐山靖雄(きりやませいゆう)により1978年(昭和53年)4月8日に創設された仏教系の新宗教。 毎年2月11日、(2011年で第38回目となる)「炎の祭典・阿含の星まつり」という修験道の儀式である護摩の一種大柴燈護摩供を京都・花山にて開催することでも知られる。
目次
概要
但しスリランカから拝受された仏舎利の由来書原文にはどこにも真正と書かれていない。桐山著書の由来書和訳には「1881年、ブッダガヤーの金剛宝座の下から発掘された仏舎利49個」「その真正仏舎利であることは、元考古委員長セーネーラード・パラナウィタネー博士により証言されております」と記載されている。しかし翻訳業者による和訳では「ある日、スリ・マハ・ボディに近いヴァスラー・サナ付近で日々行われていた瞑想の会の中で、ある目に見えぬ存在から彼はその聖なる仏陀の遺物の入った箱を授かった」とある。1881年考古学者カニンガムが金剛法座の下から仏舎利を発掘したという歴史的事実は存在せず、これは桐山管長の捏造である。 オウム真理教始め多数の日本の教団が寄付と引き換えにスリランカ政府から記念品仏舎利を拝受している。阿含宗も同等品を受け取ったと考えられる。
- 依経 阿含経(あごんぎょう)
日々の勤行で読経する聖典には凖胝観音経、般若心経、観音経、阿含経などが含まれる。 阿含経の成仏法を密教の様式で修行することを旨とするが、阿含経を依経としてるとは言いがたい側面があるという批評もある。→#阿含経と阿含宗との教学上の齟齬。 また、護摩儀式や実際には大乗経典からも参照していることから上座仏教系新宗教ではなく密教系新宗教だという意見もある。「各宗派に『阿含経』とその成仏法を取り入れよ」という主張から考察するに、密教に阿含経を取り入れ、密教的立場から阿含経を理解実践している教団であるとも言える。
- 拠点 国内74カ所、海外8カ所
毎月開催される例祭護摩修法と法話は全国の拠点に衛星中継とテレビ会議システムによる(アゴンネットワーク新システム)を利用して同時中継されている。
略史
1948年頃に桐山靖雄が横浜に創設した皇道治教の布教所そしてそこから形式上独立した観音慈恵会を前身とする。阿含宗の名称である阿含はゴータマ・ブッダ=釈迦とその弟子たちの教法を伝える唯一の経典教典、阿含経(アーガマ)を依経とすることを自称したことから名付けられた。
桐山は陰陽道・占いから、観音信仰、法華経、密教へ進み、『阿含経』の七科三十七道品という因縁解脱の法(成仏法)を体得し、成仏力を得る。真言宗金剛院派の北野惠宝の元で得度した、とされるようである。又、チベット仏教より金剛・胎蔵両部の伝法灌頂を受け(ニンマ派からはギュルミ・ドルチェ・ドドルチェル〈一切万霊守護金剛〉の法号と金剛阿闍梨耶の僧位を授かり、その後、サキャ・ツァル派からンガワン・リクジン・テンペル〈智証光明大覚者〉の法号と金剛大阿闍梨耶の僧位を授かる)、ブータン仏教からカギュ派の無上タントラ瑜伽の法統を受け継ぐ。さらには南伝仏教のスリランカ仏教からもキールティ・スリ・サマ・ドゥータ(輝く平和の大王)という法号と名誉大僧正位を授かり、法統を受け継いでいる。
初期には桐山の念力で護摩木に火を点けるという「念力護摩」を宣伝文句に使っていた。念力の護摩は関西本部、北陸本部、東京総本部の3カ所で奉修された。桐山はクンダリニーヨーガのチャクラ開発の技法を取り入れることで求聞持法、念力の護摩を成就し、それが阿含経の「七科三十七道品」の修行達成につながった、としている。
一般に「桐山密教」として知られるように、かつては密教の修行による能力開発を強く打ち出していたが、教団名の変更に伴い、阿含経が釈迦が直接説いた内容をまとめた唯一の経典であるという主張を強め、自らそれを奉じていると自称していることによる正統性の主張や、釈迦の生地やローマ教皇庁を訪問するなど国際的に活動する印象を与える。 但し、実質的処女作で大ベストセラーとなり密教ブームを巻き起こした『変身の原理』(昭和46年刊)で、すでに七科三十七道品について言及している。 近年は、1996年モンゴル大柴燈護摩供、2000年の9・11後に行われたニューヨーク護摩法要、2003年パリ大柴燈護摩供、2006年アウシュビッツ大柴燈護摩供、2007年シベリア大柴燈護摩供、2008年イスラエル大柴燈護摩供、2009年ガダルカナル大柴燈護摩供など海外での法要も活発に行う。特に近年はシベリア抑留犠牲者や南方戦線の戦死者など、太平洋戦争の戦死者・戦没者・殉難者の供養法要が多くなっている。その要因は戦死した人の多くが桐山と同年代であり、その御霊を安らかにしたいという桐山の思いからである、という。
1980年代にはニューアカデミズムの流行に乗り、カジュアルなメディテーションをアピールし、また1983年のSIGGRAPHには阿含宗により製作されたCG「MANDARA'83」が出展されたり、広告代理店に依頼したメディア戦略なども、若い世代に受け入れられる側面があった。またこの頃、東京神保町にメディテーションセンター「シャンバラ」というスポットを開設するなどしていた。
1983年にはチベット仏教ゲルク派のダライ・ラマ14世は、1983年に仏舎利を寄贈したり[1][2]、1984年に日本武道館における「第一回 オーラの祭典」で護摩壇を並べて、合同護摩を行った[3]。また、1989年にノルウェーのオスロで開催されたノーベル平和賞授賞式にも阿含宗を招待していた[4]など、ダライ・ラマ14世は阿含宗を積極的に支援していた。
桐山の初期の著書にあった学歴や信仰歴等を詐称していたことを、週刊誌で採り上げられたことがあった。オウム真理教(現アーレフ)が引き起こしたとされる一連の事件が問題になった際、同教団の古参信者の中にかつては阿含宗の信者だった人がいたことが話題になった。1991年(平成3年)、炎の祭典・阿含の星まつり修法地の隣接地境内(敷地約15万坪)に総本殿・釈迦山大菩提寺を建立、チベット仏教ニンマ派ミンドリン寺コチェン・トルク宗務総長一行を招き盛大に落慶法要を営む。
1994年(平成6年)より、それまで「金剛界」「胎蔵界」の大柴燈護摩供であったものを「神仏両界の秘法」による大柴燈護摩供とした。仏界の本尊に真正仏舎利、神界の主神として素戔嗚命を奉祭し神仏両界の護摩壇として毎年星まつりを修している。
1999年のノストラダムスの予言に関して、著書で桐山がこの予言の中のアンゴルモアの大王であったと述べている。また、素戔嗚尊の生まれ変わり、求聞持聡明法を成就した天才、完全成仏した仏陀を自称している。
1999年からは毎年、桐山自身が日本棋院名誉八段であることから日本棋院主催の「阿含桐山杯全日本早碁オープン戦」に協賛している。
阿含経と阿含宗との教学上の齟齬
テンプレート:出典の明記 阿含宗では日々の勤行として阿含経が読誦されている。 阿含宗では、阿含経を依処にする理由について「シャカ以外の、どこのだれが書いたのか全く不明の偽りの経典(大乗仏教経典)を、シャカの説いた経典であるとして宗派をつくり教団を立てて、布教するのは正しくないことである、」「大乗仏教の経典には、内容的にも致命的な欠陥があることを桐山管長は発見しました。」「ところが、大乗仏教の経典には、どの経典にも、その修行の方法が一つも説かれていません。」 (阿含宗を知る )と記し、そのことを元に自宗の正当性を主張しているが、実際には、桐山自身の著書の中で大日経や般若心経など大乗仏教経典を自論の根拠として掲げ、後期大乗仏教の密教形式の儀式(護摩)を行っており、また、日本の神界という、根本仏教ですらないことが明らかなものを奉っている。
そして、阿含経の時点では護摩については「バラモンよ。木片を焼いたから清らかさが得られると考えるな。それは単に外側に関することであるからである。」(サンユッタニカーヤ)、占いについては「瑞兆の占い、天変地異の占い、夢占い、相の占いを完全にやめ、吉凶の判断をともにすてた修行者は、正しく世の中を遍歴するであろう。」(スッタニパータ)と、それぞれ否定的に解釈できる表現があるにもかかわらず、あえてそれらを行っている点からも、阿含経に依経しているとは言いがたいとする見方もある。但し、『増一阿含経』には、占星術を深く体得し吉凶を予知することに長けた第一人者として、ナーガサマーラ(那伽波羅)比丘の名前が挙げられ讃えられているところから、占星術は全否定されていたのではない、と主張する見解もある(森川真澄氏)。
また阿含宗では仏舎利を本尊としているが、釈迦は晩年弟子らに対して「総てのものには必ず終わりがある/私の亡き後は私の遺した教えが皆の拠り所である。怠らず弁ぜよ」と語り、諸行無常は必然とした上で教義の伝承を最重要と説いていることから、後代の解釈では、物として実在する仏舎利を過度に崇拝崇敬することは釈迦の意向から逸脱している。
なお阿含経は文字として記録された年代こそ仏典の中で最も古いが、意図的な内容の改変、パーリ語からサンスクリット語・漢語に訳す過程での誤訳・意訳もあるため、「阿含経が釈尊の言行をそのまま伝えている」という阿含宗の主張は現代の文献学の立場からは否定されている。
また阿含経はパーリ語仏典をカテゴリー分けした場合「経蔵」にあたるが、「律蔵」「論蔵」については言及していない。
阿含経を依経としながら真言密教形式をとることについて このことに、批判があるようだが、桐山自身の言葉によると(BSフジ 番組内インタビューより)
阿含経は最古の経典であり、もっとも古い仏教であるが、それゆえ、形式というものをもたない。 一方、密教は大乗仏教の最後に登場し、形式が最も整った仏教といえる。反面、形式化が進みすぎたきらいもある。 現代において阿含経を布教するにあたり、密教の形式を借りるというかたちを、テーゼとして出したのが、阿含宗である。 という趣旨を述べている。
因縁に付いての阿含宗の教学
テンプレート:出典の明記 仏教の根本思想である「因縁果報」(全てのものは因から始まる縁により生じた結果が、輪廻していくという教え)から、「縁」を変えれば「因」も変わるという因縁解脱を修行の目標とするとしている
阿含宗では、因縁を人生に当てはめ大まかに分類すると、32の運命的傾向になるとしている。また「生」「老」「病」「死」という別の表現法もある。 また、因縁の「因」の例として「癌や交通事故などで亡くなった親類縁者や水子が不成仏霊として現世に悪影響を及ぼす。」と主張している。
阿含宗に限らず、現世と死者との関連についての解釈は、宗教観により異なる。また唯物論的立場をとるか、死後の世界を認めるかによっても上記の教学についての見解は分かれるところであろう。
なお、阿含経自体には「死後の世界はあるか、ないか、霊魂はあるか、ないか、世界は常住か、無常か」という形而上学の問題についてはお釈迦様は答えず(無記)に、自分が法を解くのは苦しみから解き放たれるためだと、形而上の問題に惑わされ、またそのために苦しむことを戒める毒矢の喩えという教えがある。ただし、阿含経の中に霊魂を表す、「魂神」「魂霊」「神識」「心識」などの言葉が登場するのも事実であり、輪廻転生に関する記述が大量にあるのも事実である。
阿含宗の略年表
1948年頃(昭和23年頃) 横浜に「皇道治教」の布教所を開設
1954年(昭和29年) 自宅を「観音慈恵会」として「皇道治教」から形式上独立
1959年(昭和34年) 「凖胝尊・因縁解脱千座行」を開始
1969年(昭和44年) 「大日山金剛華寺観音慈恵会」となる ※1967年の説有り
1969年(昭和44年) 「真言宗金剛院派補副管長」就任。石川県で宗教法人格取得
1970年(昭和45年) 初護摩にて「念力の護摩」を焚く
同年4月に大柴燈護摩供が始まる
1978年(昭和53年)4月8日 「阿含宗」立宗
1986年(昭和61年) スリランカジャヤワルデネ大統領より真正仏舎利拝受(但し真正は阿含宗の自称)
1991年(平成3年) 阿含宗本山落慶法要
桐山靖雄管長プロフィール
僧位・法号
大僧正・阿闍梨を自称するも、ジャーナリストの調査により伝法を受けていない偽僧侶であることが明らかにされている。 その後潤沢な資金力を用いて海外の僧位法号を次々と入手した。
1983年 チベット政府より外国人初の高い僧位法号「一切萬霊守護金剛」を授かる
1988年 チベット仏教界より僧位の師の位「阿闍梨位」を授受
1992年 スリランカ仏教界から名誉大僧正の僧位・法号「キールティ・スリ・サーマ・ドゥータ(輝く平和の大王)」授受
1993年 チベット仏教最高僧位「金剛大阿闍梨耶」と法号「智勝光明大覚者(ンガワン・リンズィン・テンペル)」授受
1994年 ミャンマー仏教界から僧位「アシン・ウイ・トツダ・タンダ・マナ(非常に高潔で平和を招来する尊い僧)」法号「テイラ・ワーダ・サーサナ・ノツガハ・ベイツク(釈迦の真の教えを保護し、伝道してこられた大尊者)」授受
1999年 チベット仏教界から当代最高の人物に贈られる名誉称号「パンティッタ」を授かり、チベット仏教ニンマ派総本山ミンドリン寺で称号認証式拳行
仏教の三つの流れ (北伝仏教・南伝仏教・東伝仏教)
東伝仏教
1983年 チベット仏教ニンマ派僧位・法号「一切万霊守護金剛」を拝受
1988年 チベット仏教ニンマ派「金剛阿闍梨法冠授与灌頂」の式典挙行
1993年 チベット仏教サキャ・ツァル派より、金剛界・胎蔵界両部の伝法灌頂
2010年
ブータン仏教カギュ派より後期タントラ瑜伽の法統を受け継ぐ
南伝仏教
1992年 スリランカ仏教シャム派より、名誉大僧正の僧位を授受
1994年 ミャンマー仏教界最高の僧位・法号を授受
北伝仏教
不明
教職・学位
1991年 チベット仏教ニンマ派仏教大学名誉学長就任
1995年 アメリカ・サンフランシスコ大学理事に就任
1996年 モンゴル国立大学より名誉哲学博士学位授受
1997年 中国・国立中山大学名誉教授授受
1998年 中国仏学院(仏教大学)名誉教授就任
1999年
モンゴル国立大学より学術名誉教授授受
中国・国立北京大学より名誉教授授受
2001年 タイ王国国立タマサート大学より名誉博士号授受
2003年 ロンドン大学SOAS名誉フェローシップ授受
2005年 モンゴル科学アカデミーから名誉哲学博士の学位授受
主な護摩法要
平成5年 伊勢神宮第61回式年遷宮奉祝・神仏両界大柴燈護摩供
平成13年 ニューヨーク護摩法要(リバーサイドチャーチ[RiversideChurch])
平成15年 パリ大柴燈護摩供(フランスのパリ・エッフェル塔前のシャンドマルス公園)
平成16年 東京大柴燈護摩供(東京お台場)
平成17年 広島大柴燈護摩供(広島平和記念公園・原爆供養塔前)
平成18年(6月8日) アウシュヴィッツ大柴燈護摩供(ポーランド国オシフィエンチム市)
平成19年(7月9日) シベリア大柴燈護摩供(ロシア国ハバロフスク市)
平成20年(9月10日) イスラエル大柴燈護摩供(イスラエル国エルサレム市)
平成21年(10月6日・8日)ガダルカナル大柴燈護摩供(ソロモン諸島ホニアラ市)・(パプアニューギニア独立国ウエワク市)
主な活動
主な行事
毎年
- 1月1日 初護摩
- 1月5日 生誕祭
- 2月11日 炎の祭典・阿含の星まつり大柴燈護摩供(京都市山科区北花山大峰)
「炎の祭典・阿含の星まつり」という大柴燈護摩供を、毎年2月11日、京都花山にて開催することでも知られ、炎の中に龍神や仏が出現するとされる。当日はKBS京都をキー局とする独立U局のテレビ中継もされ、焚きあげられる護摩木は毎年3,000万本以上と発表されている。
- 3月 お彼岸法要(大阪柏原聖地霊園)
- 4月8日 花まつり(阿含宗立宗記念日)
- 5月5日 京都大仏祭
- 8月13日〜15日 万燈先祖供養会
- 8月13日 お盆法要(大阪柏原聖地霊園)
- 9月 お彼岸法要(大阪柏原聖地霊園)
社会活動・文化活動
主な活動年表
- 1985年 アフリカ飢餓基金に寄付
- 1986年 スーダンに井戸を寄付
- 1986年 アフリカ飢餓基金に寄付
- 1986年 中国残留日本人孤児養父母救援活動実施
- 1987年 チャド共和国にトラック寄付
- 1989年 愛寿会同仁病院設立
- 1989年 老人ホームの愛寿会紫磨園設立
- 1989年 日米アゴン友好財団設立
- 1990年 国際花と緑の博覧会に参加
- 1990年 フィリピン・ルソン島大地震のお見舞い
- 1990年 日伊アゴン友好財団設立
- 1991年 中国大水害のお見舞い
- 1991年 中国大洪水の援助金 及び 中国青少年教育基金より感謝状
- 1993年 日本糖尿病財団に寄付
- 1994年 日本糖尿病財団に寄付
- 1995年 日本糖尿病財団に寄付
- 1996年 財団法人・中国仏教阿含宗基金会設立
- 1997年 阿含宗立宗20周年記念・和泉流宗家狂言山科里帰り公演挙行
- 1999年 日本棋院「阿含・桐山杯」への協賛開始。「阿含・桐山杯第6期全国早碁オープン戦」開幕(東京日本棋院。以後、毎年開催)
- 1999年 「阿含・桐山杯第一期中国早碁オープン戦」開幕(中国棋院 以後毎年開催)
- 1999年 阿含宗中国事業管理委員会設立
- 1999年 トルコ大地震に災害見舞金寄付
- 1999年 台湾大地震に義援金拠出
- 2000年 「阿含・桐山杯第一期早碁オープン戦日中決戦」開催(中国・北京市の迎賓館「釣魚台」で開催。日中決戦は日本と中国で隔年開催)
- 2000年 モンゴルの複合災害にお見舞金
- 2000年 ニューヨークの慈善団体に寄付
- 2000年 ニューヨークの病院に寄付
- 2004年 ルーヴル美術館特別展に特別協賛
- 2004年 ブータン王妃著書の出版記念祝賀会開催
- 2004年 中国仏教協会に寄付
- 2005年 ブータン仏教界に寄付
世界での教育支援
スリランカでは、経済的困難で教育が受けられない学生への奨学金の授与を十数年間続けてきており、奨学金を受けた学生は1000人を超え、多くの学生を支援しているという。 中国では、教育が十分に行き届かない僻地への小学校の建設を十年前から続けており、すでに10校の建設が行われたという。 その他、イタリア、ブータン、チベット、モンゴルなどで、継続的な奨学金や教育支援活動を行っている。
- 1991年 スリランカより留学生受け入れ開始、タイの小学校にソーラー・システム寄贈、中国中小学校幼児教師奨励基金会に寄付
- 1994年 スリランカ阿含宗友好財団設立 奨学金授与開始
「キリヤマ環太平洋財団」設立 - 1996年 第一回「キリヤマ・環太平洋ブック賞」発表
- 1998年 北京大学に教育関連基金を設立
- 1999年 タイ王国国立タマサート大学に寄付、スリランカのアパラデーニヤ高校に事務所寄付、第二回桐山教奨金授与式拳行(北京大学)
- 2000年 北京大学桐山教育基金設立、協議書調印式、ロンドン大学SOASに寄付
- 2000年 モンゴルの複合災害にお見舞金
- 2001年 中国遼寧省に永貴桐山小学校設立(中国の僻地へ年一校建設活動開始)
- 2002年 北京大学桐山教育基金授与式挙行、スリランカに桐山靖雄職業訓練校開校、中国・遼寧省に桐山永貴小学校建設、中国・国立中山大学桐山奨励金設立5周年記念祝賀会開催、タイ王国国立タマサート大学に阿含宗桐山基金設立、中国・平郷県第二町桐山希望小学校設立(河北省)
- 2003年 フランスのルーヴル美術館に視覚障害者用展示室寄贈、タイ王国・国立タマサート大学ジャーナリズム、中国・東平県老湖鎮桐山希望小学校設立(山東省)
- 2004年 第11回スリランカ阿含宗友好財団奨学金授与式拳行(スリランカ)
北京大学桐山教育基金授与式拳行(北京大学)、タイ王国国立タマサート大学スタジオ一式寄贈、中国・安化県双云桐山小学校設立(湖南省)、ブータンに教育援助 ルーヴル美術館の教育文化活動援助で寄付契約、ブータンに仏教留学
- 2005年 中国・貴州省凱里市龍場鎮平寨桐山小学校設立
中国
北京大学・桐山教育基金[5]
中山大学 歴史系 桐山基金
小学校
记浙江省温岭市桐山小学校
遼寧省に桐山永貴小学校建設 2002年
平郷県第二町桐山希望小学校設立(河北省)2002年
東平県老湖鎮桐山希望小学校設立(山東省)2003年
安化県双云桐山小学校設立(湖南省)2004年
貴州省凱里市龍場鎮平寨桐山小学校設立 2005年
日中友好活動に貢献してきたことを中華人民共和国政府から称えられている[6]。
スリランカ
スリランカ゠阿含宗友好財団(スリランカの小・中・高校生を対象とした奨学金設立)
米国
「キリヤマ環太平洋財団」(米政府・カリフォルニア州政府認定財団、「環太平洋研究センター」、「キリヤマ環太平洋研究大学講座」が設置)
修行カリキュラム
- 錬成修行者候補生
- 錬脳塾
基礎コース、滝行コース、火の行水の行コース、護摩行コース
- 夏期伝法会
- 好運会御講義
- 独鈷加持伝法会
- 屋敷浄霊法伝法会
- 冥徳屋敷浄霊法伝法会
- ALC(アゴン・アストロロジー・ライフ・コンサルタント)
修行施設
- 阿含宗本山:龍神の滝
- 阿含宗錬成道場:遠赤外線室・瞑想室・護摩修練場
- 九州本部:御瀧場:護摩修練場・遠赤外線室
- 加賀錬成道場:御瀧場・護摩修練場・遠赤外線室
教団組織
非宗教教団である阿含宗本庁の下部組織として、宗教法人阿含宗本山、宗教法人阿含宗関東別院及び宗教法人阿含宗東海別院が存在するという特異的な構造を持つ。 すなわち、桐山一族のための集金組織である。 また桐山管長の一族だけが次期管長に就任できる規約になっており、血縁以外に教団資産の流出を防いでいる。
- 阿含宗本庁(非宗教法人であり、以下の宗教法人を統括する)
宗務局 法務部 経理部 教宣部 営繕管理部 出版部 専修学院 雅楽部
関連会社
桐山管長の娘の森真知子が社長を務める。
病院
特別養護老人施設
霊園
保養所
- 阿含宗箱根保養所(箱根)
元桐山管長の別荘であり、現在は錬成道場として改修された
財団
機関誌
- 『阿含宗報』
- 『アゴンマガジン』月刊
宗教番組
2013年9月まで日本全国のラジオ局で阿含宗の宗教番組「さあ、やるぞ かならず勝つ(さあ やるぞ かならずかつ)」もしくは「阿含名作シリーズ」を放送していた。阿含宗管長・桐山靖雄の著書である同名の本に掲載されている法話集をパーソナリティが毎週朗読した(時に桐山本人が過去に行った講話を放送することがあった)。また阿含の星まつりがある毎年2月には「星まつり特集」を2週にかけて放送することがあった。
ネット局
- STVラジオ…毎週日曜日 5時10分〜5時25分
- 東北放送…毎週日曜日 5時30分〜5時45分
- 山形放送…毎週土曜日 5時15分〜5時30分
- 新潟放送…毎週日曜日 5時30分〜5時45分
- 文化放送…毎週日曜日 5時10分〜5時25分
- RFラジオ日本…毎週日曜日 5時30分〜5時45分
- 静岡放送…毎週土曜日 5時00分~5時15分
- 東海ラジオ…毎週土曜日 5時00分〜5時15分
- ラジオ大阪…毎週日曜日 6時45分〜7時00分
- 中国放送…毎週日曜日 5時15分〜5時30分
- 山陽放送…毎週日曜日 7時15分〜7時30分
- 九州朝日放送…毎週日曜日 5時20分〜5時35分
広告
- 朝日新聞に広告が掲載された。
掲載されたメディア
仏教美術
阿含宗が所蔵する仏像のなかでも、仏教美術として美術館に出品する場合がある。
「仏三尊像」(2〜3世紀ガンダーラより出土) 「仏立像」(124cm、3世紀頃スワート出土) などを出品
海外の活動拠点
- 台北本部 886-2-2808-4601
- 高雄道場 886-7-537-2002
- 台中道場 886-4-2475-5060
- ブラジル支部 55-11-5581-9776
- ハワイ支部 1-808-949-4652
- カナダ支部トロント連絡所 1-416-922-1272
- 欧州支部(ロンドン)
海外での活動で最も活発に活動しているのは台湾である。2013年には台北縣淡水鎮に台湾本山道場が落慶し、その落慶法要には管長である桐山靖雄をはじめとして、阿含宗法務部僧侶が法要を勤めた。この法要の模様はインターネット中継にて日本国内の道場へ生中継された。
オウム真理教との関係
オウム真理教教祖麻原彰晃をはじめ、オウム真理教の幹部の数人は元阿含宗の信者で、阿含宗を参考にオウム真理教を立ち上げたと言われている。オウム真理教は阿含宗の修行法を元に、より過激に改変した部分があり、阿含宗の修行では物足りずオウムに改宗する者もいた。以上の経緯から、後に地下鉄サリン事件等の一連のオウム事件が起きた際、マスコミによりオウムとの関係が取り沙汰され、桐山管長がオウムとの関係を明確に否定する書籍(『オウム真理教と阿含宗』1995年)を著している。
参考文献
- ブリタニカ国際大百科事典
- 阿含宗出版部『アゴン・マガジン』
- 阿含宗出版部 『阿含宗報』
- 桐山靖雄 『オウム真理教と阿含宗』 ISBN 4892032611
- 矢島輝夫 『阿含宗と桐山靖雄』 ISBN 4750600016
- 早川和廣 『阿含宗・桐山靖雄の知られざる正体』 ISBN 4871770214
- 広野隆憲『阿含宗の研究 桐山密教の内実』ISBN 9784885914454
- 広野隆憲『阿含宗 桐山密教の秘部と恥部』文藝春秋92年5月号P184-193
脚注
- ↑ 昭和58年3月、ダライ・ラマ法王猊下より、数粒の仏舎利を拝受した。これは、ダライ・ラマ政府よりの、真正仏舎利である旨の由来書がついている。 - 阿含宗
- ↑ 1983年、第14世ダライ・ラマ法王猊下から伝えられた真身舎利 - 阿含宗
- ↑ 1984年5月 東京、日本武道館においてチベットの第14世ダライ・ラマ法王猊下と世界平和祈念大法要(オーラの祭典) - 阿含宗
- ↑ 1989年(平成元年)12月:第14世ダライ・ラマ法王猊下のノーベル平和賞受賞式に参列 - 阿含宗
- ↑ 北京大学2005年度桐山教育基金研究资助申请通知 - 北京大学基金会
- ↑ 王・全人代常務委副委員長が阿含宗管長と会見 - 人民網日文版2004年5月9日
- ↑ 愛寿会同仁病院ホームページ
- ↑ 社会福祉法人愛寿会ホームページ