大湊地方隊
テンプレート:Infobox Military Unit 大湊地方隊(おおみなとちほうたい、JMSDF Ominato District)は、海上自衛隊の地方隊の一つ。主要部隊は青森県むつ市大湊町にある大湊基地に配備されている。日本の北端部における防衛警備、特に宗谷海峡と津軽海峡という、2つの重要な国際海峡の防備を担当する。
概要
北海道及び青森県以北の海域(太平洋・日本海・オホーツク海)における防衛警備・災害派遣を始め、艦船及び他自衛隊に対する支援、民生協力等を任務としている[1][2]。警備区は、日本海側・太平洋側ともに青森県以北の北方(北海道及び青森県の区域並びに青森県と秋田県の境界線が海岸線と交わる点から270度に引いた線と青森県と岩手県の境界線が海岸線と交わる点から90度に引いた線の北側にある北海道及び青森県の周辺海域及び内陸[1])であり、日本の北端部の海域・地域にあたる。宗谷海峡と津軽海峡も担任区域内にあり、津軽海峡については、大湊地方隊隷下の松前警備所・竜飛警備所を中心に監視し、宗谷海峡については稚内基地分遣隊に加え、冬季を除いて艦船を派遣し監視にあたっている[3]。ロシア海軍の海峡通行について、関心を持ち、監視を行なっている[1][4]。
大湊へ最初に海軍が配備されたのは、1899年(明治35年)に日本海軍大湊水雷団が配備されたことである。もともと北海道室蘭市に「室蘭鎮守府」が設置される予定であったが[5]、ロシアの脅威が差し迫っており、津軽海峡の防備を重視するために、大湊に変更されたといわれている。戦前は「大湊警備府」が置かれた。この大湊警備府は第二次世界大戦の敗戦により、廃止されている。
1952年(昭和27年)保安庁警備隊が創設されると、日本における海上軍事力の再整備も本格化し、1953年(昭和28年)に大湊地方隊が編成された。1954年(昭和29年)海上自衛隊への改組とともに大湊地方隊に改称された。海上自衛隊にある5つの地方総監部のうち唯一鎮守府に由来せず、教育隊を有していない。
任務・担任区域
北海道及び青森県岸の太平洋・日本海・オホーツク海。国際海峡である宗谷海峡と津軽海峡を含む。
沿革
- 1902年(明治35年)8月1日 - 海軍大湊水雷団が置かれる。
- 1905年(明治38年)12月12日 - 大湊要港部が置かれる。
- 1941年(昭和16年)11月20日 - 大湊警備府が置かれる。
- 1945年(昭和20年)11月20日 - 第二次世界大戦敗戦に伴い、大湊警備府が廃止される[5]。
- 1953年(昭和28年)9月16日 - 警備隊に大湊地方隊が新編される。大湊地方隊新編により、大湊地方総監部、函館基地隊、大湊基地警防隊が編成される。
- 1954年(昭和29年)7月1日 - 海上自衛隊へ改組。
- 1954年(昭和29年)8月1日~7日 - 昭和天皇・皇后の津軽海峡渡航に際して大湊地方隊は、自衛艦隊及び館山航空隊とともに機雷警戒を実施する。
- 1956年(昭和31年)5月16日 - 隷下に大湊航空隊を編成する[6]。シコルスキー S-51ヘリコプター装備。
- 1971年(昭和46年)7月15日 - 余市防備隊新編[6]。
- 1974年(昭和49年)3月16日 - 稚内基地分遣隊新編[6]。
- 1994年(平成6年) 3月31日 - 隷下に大湊防空陸警隊を編成する[6](2006年、陸警隊に改組)。
- 2006年(平成18年)9月5日 - 余市防備隊所属1号型ミサイル艇が機関砲誤射事故。
- 2008年(平成20年)3月26日 - 第25護衛隊が護衛艦隊隷下に編成替えし第15護衛隊に改編。 大湊航空隊が航空集団隷下の第21航空群に編成替えし第25航空隊に改編。
- 2010年(平成22年)6月24日 - 掃海艇「うわじま」、ミサイル艇3号、護衛艦「ゆうばり」、護衛艦「ゆうべつ」が退役。
編制
※ 平成24年4月時点
- 大湊地方総監部(大湊基地:青森県むつ市)
- 大湊警備隊
- 大湊陸警隊
- 大湊港務隊
- 大湊水中処分隊(「水中処分母船2号」)
- 大湊警備隊
- 大湊弾薬整備補給所
- 大湊造修補給所:大湊基地にある海上自衛隊基地唯一のドックの運用も行う
- 大湊基地業務隊
- 大湊衛生隊
- 大湊音楽隊
- 函館基地隊(北海道函館市)
- 余市防備隊(北海道余市町)
- 多用途支援艦「すおう」
- 稚内基地分遣隊(北海道稚内市)
総監部
主要幹部
職名 | 氏名 | 階級 | 就任日 | 出身校・期 | 前職 |
---|---|---|---|---|---|
地方総監 | 槻木新二 | 海将 | 2013年8月22日 | 防大24期 | 海上自衛隊補給本部長 |
幕僚長 | 佐藤賢上 | 海将補 | 2014年8月5日 | 防大29期 | 第2潜水隊群司令 |
代 | 氏名 | 在任期間 | 出身校・期 | 前職 | 後職 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 小國寛之輔 | 1953年9月16日 1956年1月15日 |
海機33期 | 第二幕僚監部経理補給部補給課長 | 術科学校長 | 警備監補 /海将補 |
2 | 赤堀次郎 | 1956年1月16日 1958年12月15日 |
海兵55期 海大37期 |
第1警戒隊群司令 | 海将補 | |
3 | 山下雅夫 | 1958年12月16日 1961年2月28日 |
海兵57期 | 海上幕僚監部総務部長 | ||
4 | 武市義雄 | 1961年3月1日 1962年1月15日 |
海機38期 | 横須賀地方副総監 | 海上自衛隊幹部学校付 →1962年4月1日第2術科学校長 | |
5 | 岡本 功 | 1962年1月16日 1963年4月30日 |
海兵57期 海大38期 |
第1掃海隊群司令 | 海上幕僚監部付 →1963年7月1日海将・退職 | |
6 | 山田龍人 | 1963年5月1日 1964年4月30日 |
海兵58期 | 航空集団司令官 | 海上幕僚監部付 → |
|
7 | 森永正彦 | 1964年5月1日 1964年12月15日 |
海兵59期 | 横須賀地方副総監 | 呉地方総監 | 海将補 |
8 | 佐藤文雄 | 1964年12月16日 1967年6月30日 |
海上自衛隊幹部候補生学校長 | 横須賀地方総監 | ||
9 | 水谷秀澄 | 1967年7月1日 1968年6月30日 |
海兵62期 | 海上訓練指導隊群司令 | 佐世保地方総監 | |
10 | 石田捨雄 | 1968年7月1日 1969年6月30日 |
海兵64期 | 海上幕僚監部総務部長 | 海上幕僚副長 | |
11 | 橋本正久 | 1969年7月1日 1971年6月30日 |
東高船 | 海上幕僚監部調査部長 | 退職 | |
12 | 安永 稔 | 1971年7月1日 1973年11月30日 |
海機47期 | 海上幕僚監部経理補給部長 | 横須賀地方総監 | |
13 | 石野自彊 | 1973年12月1日 1975年3月16日 |
海兵69期 | 練習艦隊司令官 | 退職 | |
14 | 植草重信 | 1975年3月17日 1976年11月30日 |
教育航空集団司令官 | |||
15 | 大賀良平 | 1976年12月1日 1977年8月31日 |
海兵71期 | 護衛艦隊司令官 | 海上幕僚長 | |
16 | 江上純一 | 1977年9月1日 1979年3月21日 |
自衛艦隊司令部幕僚長 →1977年8月1日海上幕僚監部付 |
退職 | ||
17 | 松井 操 | 1979年3月22日 1980年6月30日 |
海兵73期 | 幹部候補生学校長 | ||
18 | 吉田學 | 1980年7月1日 1981年6月30日 |
海兵75期 | 海上幕僚監部防衛部長 | 海上幕僚副長 | |
19 | 山田善照 | 1981年7月1日 1983年4月25日 |
自衛艦隊司令部幕僚長 | |||
20 | 安岡亀雄 | 1983年4月26日 1984年6月5日 |
海兵76期 | 海上幕僚監部調査部長 | ||
21 | 高崎郁男 | 1984年6月6日 1985年12月19日 |
55外4幹候 海保大 |
海上幕僚監部総務部長 | 佐世保地方総監 | |
22 | 金崎實夫 | 1985年12月20日 1987年7月6日 |
56外6幹候 海保大 |
自衛艦隊司令部幕僚長 | ||
23 | 富田成昭 | 1987年7月7日 1989年3月15日 |
56外6幹候 鹿児島大水産 |
教育航空集団司令官 | 退職 | |
24 | 吉川圭祐 | 1989年3月16日 1991年3月15日 |
防大1期 | 海上幕僚監部防衛部長 | ||
25 | 林崎千明 | 1991年3月16日 1992年6月15日 |
防大4期 | 佐世保地方総監 | ||
26 | 猪狩 眞 | 1992年6月16日 1993年6月30日 |
幹部学校長 | 退職 | ||
27 | 塚原武夫 | 1993年7月1日 1995年3月22日 |
防大6期 | 防衛大学校訓練部長 | ||
28 | 五味睦佳 | 1995年3月23日 1996年3月24日 |
防大8期 | 開発指導隊群司令 | 海上幕僚副長 | |
29 | 金子 豊 | 1996年3月25日 1997年3月25日 |
防大9期 | 海上幕僚監部監察官 | 佐世保地方総監 | |
30 | 山崎 眞 | 1997年3月26日 1998年6月30日 |
海上幕僚監部装備部長 | 自衛艦隊司令官 | ||
31 | 長谷川語 | 1998年7月1日 1999年12月9日 |
防大10期 | 自衛艦隊司令部幕僚長 | ||
32 | 牧本信近 | 1999年12月10日 2001年1月10日 |
防大13期 | 海上幕僚監部監理部長 | 幹部学校長 | |
33 | 尾崎通夫 | 2001年1月11日 2002年3月21日 |
幹部候補生学校長 | 佐世保地方総監 | ||
34 | 田内 浩 | 2002年3月22日 2003年3月26日 |
防大12期 | 潜水艦隊司令官 | 退職 | |
35 | 吉川榮治 | 2003年3月27日 2005年1月11日 |
防大15期 | 統合幕僚会議事務局第5幕僚室長 | 横須賀地方総監 | |
36 | 宮本治幸 | 2005年1月12日 2006年3月26日 |
防大16期 | 自衛艦隊司令部幕僚長 | 教育航空集団司令官 | |
37 | 松岡貞義 | 2006年3月27日 2007年3月27日 |
防大18期 | 幹部候補生学校長 | 航空集団司令官 | |
38 | 武田壽一 | 2007年3月28日 2008年7月31日 |
防大19期 | 自衛艦隊司令部幕僚長 | 幹部学校長 | |
39 | 河村克則 | 2008年8月1日 2009年7月20日 |
防大21期 | 海上幕僚副長 | ||
40 | 泉 三省 | 2009年7月21日 2010年7月25日 |
防大22期 | 海上幕僚監部人事教育部長 | 呉地方総監 | |
41 | 武居智久 | 2010年7月26日 2011年8月4日 |
防大23期 | 海上幕僚監部防衛部長 | 海上幕僚副長 | |
42 | 山口 透 | 2011年8月5日 2012年7月25日 |
防大22期 | 防衛大学校訓練部長 | 呉地方総監 | |
43 | 三木伸介 | 2012年7月26日 2013年8月21日 |
防大24期 | 横須賀地方総監部幕僚長 |
室蘭の自衛隊誘致
2006年2月、北海道室蘭市では、市議が発起人となり、室蘭港への海上自衛隊基地誘致を目指す「防災拠点港実現に向けて海上自衛艦を誘致する会」が発足している[7]。室蘭港に耐震構造の防災埠頭を作り、災害発生時の物資輸送、避難・救助活動の拠点港にしようというものであり、海上自衛隊の自衛艦を誘致することで、防災拠点としての実効性が高まり、さらなる港湾整備に弾みがつくという設立趣旨である。
防衛省も、北海道への新たな海上自衛隊基地建設に関心があるとされ、室蘭港を有望な候補先としていると言われる。実際に2004年2月には、自衛隊イラク派遣のため、室蘭港からおおすみ型輸送艦を使って装甲車両などの機材搬出を行っており[8]、海上自衛隊艦船の寄港も多い。設立総会には、大湊地方隊函館基地隊司令が招待された。
ただし、平成23年12月7日の室蘭市議会では、平成10年の自衛艦入港数が15隻あったのが、平成21年には1隻に減少したことが指摘されたが、市側は自衛隊との連携は自衛艦の室蘭港入港促進への積極的な誘致策を行なっていないと答弁している[9]。
脚注
関連項目
- ロシア太平洋艦隊
- 海上自衛隊展示資料館「北洋館」(旧大湊要港部会議所/旧大湊水交支社)
- エフエムむつ 「海上自衛隊アワー」大湊地方隊制作 毎週月曜~金曜 7:00~7:30 14:30~15:00 放送中。
外部リンク
テンプレート:海上自衛隊2- ↑ 1.0 1.1 1.2 大湊地方隊の組織と任務 中山一富 「世界の艦船」1994年9月号 P76-79 株式会社海人社
- ↑ 大湊地方隊 私たちの任務
- ↑ 「アジア太平洋地域の安全保障環境と地域的な安全保障のための取組」 安全保障と防衛力に関する懇談会資料 平成16年6月29日
- ↑ 平成24年防衛白書 ロシアの項
- ↑ 5.0 5.1 大湊と海軍 飛内進 「世界の艦船」1994年9月号 P84-89 株式会社海人社 引用エラー: 無効な
<ref>
タグ; name "sekainokansen199409P84"が異なる内容で複数回定義されています - ↑ 6.0 6.1 6.2 6.3 大湊地方隊の歩み 中名生正己 「世界の艦船」1994年9月号 P69-75 株式会社海人社
- ↑ 防災拠点港実現へ、海自誘致する会が発足 室蘭民報2006年2月23日号
- ↑ 海自部隊も室蘭出港 朝雲新聞 2004年2月26日
- ↑ 平成23年 第4回定例会 室蘭市議会会議録 平成23年12月7日