ハートランドフェリー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
テンプレート:Infobox ハートランドフェリー株式会社 (Heart Land Ferry) は、日本の海運会社。
北海道から離島および、サハリン(樺太)のコルサコフ港(旧・大泊)へのフェリー航路を運航している。旧称は東日本海フェリー(ひがしにほんかいフェリー)。
目次
歴史
昭和初期に稚内港と利尻・礼文島間の定期航路を開設した事が事業の始まりであるが、丸一水産の頃から赤平町で陸運業などを手がけていた蔦井與三吉が経営参画し、稚内利札運輸と改組した頃から道内で海運を中心に手広く事業を興す。1972年に東日本海フェリーへ社名変更を行い、奥尻島-江差港航路を蔦井が経営する道南海運から譲受され、日本海側の道内都市と離島間の輸送に特化している。1999年には国際航路の運航を開始。2008年1月に現社名に変更した。
沿革
- 1925年 - 宗谷地方沿岸部で水産業開発を行う丸一組合が鴛泊村に創業する。
- 1934年7月1日 - 開発にともなう海運需要から丸一組合を解散させ、丸一水産株式会社として設立する。
- 1937年6月 - 水産業を新設した利尻漁業株式会社へ分割譲渡。社名を稚内利礼運輸株式会社に変更し、本社を稚内市へ移転する。
- 1943年2月 - 蔦井商船株式会社と合併する。
- 1946年7月 - 国鉄との連絡運輸を開始。
- 1970年4月 - 初のカーフェリー「第一宗谷丸」が就航する。
- 1972年2月 - 社名を東日本海フェリー株式会社に変更する。
- 1973年2月 - 乗合旅客自動車運送業などを奥尻町に譲渡。
- 1980年10月 - 本社を札幌市に移転。
- 1993年7月 - 北海道南西沖地震による津波被害により、奥尻港ターミナルビルが損壊し使用不能となる。(1994年7月復旧)
- 1994年 - ロシア・サハリン州の船舶会社がコルサコフ-稚内航路を開設し、稚内港へ入港開始。
- 1999年6月 - 「アインス宗谷」を稚内-コルサコフ航路に就航させ、日本の船舶会社として同航路の運航に参入。
- 2007年3月31日 - JR北海道との連絡運輸が廃止となる。
- 2008年1月1日 - 社名をハートランドフェリー株式会社に変更する。
- 2013年 - 旅客大幅減少により、利尻・礼文航路の夏季の運行を1日4往復を3往復へ減便。
航路
就航中の航路
- 利尻・礼文航路
- 奥尻航路
- サハリン航路
- 稚内港 - コルサコフ ※運航日は不定期。おおむね6~9月。
船舶
運航中の船舶
利尻・礼文航路
- フィルイーズ宗谷
- 2000年9月竣工、2001年5月就航。3,551総トン、全長95.70m、幅15.00m、出力4,700kw、航海速力19.5ノット(最大20.4ノット)。
- 旅客定員500名(夏期632名)。車両積載数:トラック(8t)21台・乗用車66台。内海造船瀬戸田造船所建造。
- 船名は、心の癒しをテーマとし「落ち着き・安心」の意をもつ。
- 日本の離島航路初の、交通バリアフリー法適応船。
- ボレアース宗谷
- 2002年6月竣工、2003年5月就航。3,578総トン、全長95.70m、幅15.00m、出力4,700kw、航海速力19.7ノット(最大20.4ノット)。
- 旅客定員500名(夏期632名)。車両積載数:トラック(8t)21台・乗用車66台。内海造船瀬戸田造船所建造。
- 船名の由来は、就航地域特有の自然である北風から、ギリシア神話の北風の神「ボレアース」より。
- サイプリア宗谷
- 2008年1月20日進水、2008年4月20日竣工、同年5月1日就航。3,555総トン、全長95.70m、幅15.00m、速力19.6ノット。(最大20.5ノット)。
- 旅客定員475名(夏期600名)。車両積載数:トラック(8t)21台・乗用車55台。
- 船名の由来は、礼文島にのみ生息する野生のラン「レブンアツモリソウ」の学名(w:Cypripedium)と、国・地域名(IA)を合わせた造語。
- 本航路に就航する船舶としては初めてフィンスタビライザーを装備。バリアフリー設備としてエレベーターを設置。
奥尻航路
- アヴローラおくしり
- 1999年3月竣工、1999年4月就航、2000年改装。2,248総トン、全長76.66m、幅14.50m、出力4,000ps、航海速力17.1ノット(最大17.7ノット)。
- 旅客定員393名(夏期534名)車両積載数:トラック(8t)18台・乗用車48台。内海造船瀬戸田造船所建造。
- 船名の由来は、前年に北海道南西沖地震からの「復興宣言」が成されたことから、ローマ神話の夜明けの女神「アウローラ」のロシア語読みより[1]。
サハリン航路
- アインス宗谷
- 1997年6月25日竣工、1997年7月就航。2,628総トン、全長76.70m、幅14.50m、出力4,000ps、航海速力17.1ノット(最大17.7ノット)。
- 旅客定員(国際)223名。車両積載数:トラック(8t)18台・乗用車48台。内海造船瀬戸田造船所建造。
- 船名は、ドイツ語で「1」および「最高」の意をもつ。
- 利尻・礼文航路に就航したあと、1998年5月1日より本航路に就航。
過去に就航していた船舶
- 第一宗谷丸
- 1970年4月就航。初めて就航したカーフェリー(いわゆる「公団船」)。
- 第二宗谷丸
- 1972年4月就航。1988年10月、北海商船へ傭船。現在はフィリピンCokaliong Shipping Lines「Filipinas Dinagat」。
- 第二大函丸
- 1972年5月、当社にて就航(他社からの譲受船)。
- 第五宗谷丸
- 1975年5月。現在はフィリピンCokaliong Shipping Lines「Filipinas Dapitan」。
- 第七宗谷丸
- 1981年3月、当社にて就航(他社からの譲受船)。利尻・礼文航路に就航していた。
- 第八宗谷丸
- 1982年10月、当社にて就航(他社からの譲受船)。利尻・礼文航路に就航していた。
- 第十宗谷丸
- 1984年5月就航。利尻・礼文航路に就航していた。現在はフィリピンGothong Southern Shipping Lines 「Doña Rita Sr」。
- 第十一宗谷丸
- 1986年5月就航。利尻・礼文航路に就航していた。
- 第五ひやま→アインス宗谷2
- 1987年5月、奥尻航路に就航。1999年5月、利尻・礼文航路に転配し改名。
- ニュー宗谷
- 1989年6月就航。利尻・礼文航路に就航していた。
- クイーン宗谷
- 1991年10月竣工、1992年6月就航、2000年改装。3,531総トン、全長95.70m、幅15.00m、出力6,000ps、航海速力19.5ノット(最大20.4ノット)。
- 旅客定員500名(夏期632名)。車両積載数:トラック(8t)21台・乗用車66台。内海造船瀬戸田造船所建造。
- 船名は、「女王」「王妃」の意。利尻・礼文航路に就航していた。
- プリンス宗谷
- 1994年5月竣工、1995年3月就航、2000年改装。3,554総トン、全長95.70m、幅15.00m、出力6,000ps、航海速力19.5ノット(最大20.4ノット)。
- 旅客定員500名(夏期632名)。車両積載数:トラック(8t)21台・乗用車66台。内海造船瀬戸田造船所建造。
- 船名は、凛々しいイメージから「王子」の意をもつ。
- 2007年10月19日、船体デザイン刷新の第1船として就航。
- 2009年11月20日をもって運航が終了。売船された。
- リバティベル
- 2000年11月、当社にて就航(他社からの譲受船)。RO-RO船(貨物船)。
- 利尻・礼文航路に不定期に就航していた。
- ニューひやま
- 1990年10月竣工、1991年6月就航。2,258総トン、全長76.61m、幅14.50m、出力4,000ps、航海速力17.1ノット(最大17.7ノット)。
- 旅客定員370名(夏期534名)。車両積載数:トラック(8t)18台・乗用車48台。内海造船瀬戸田造船所建造。
- 奥尻航路に就航していた。2009年度末海外売船された。
事業所
- 本社:札幌市中央区大通西8丁目2番地 住友商事フカミヤ大通ビル7階[2]
- 稚内支店:稚内市開運2丁目7番1号[3]
- 江差支店:檜山郡江差町姥神町江差港北埠頭
- 奥尻支店:奥尻郡奥尻町字奥尻309番地先
- 瀬棚営業所:久遠郡せたな町瀬棚区外岸壁埠頭 ※5月から9月までの季節営業
関連項目
脚注
- ↑ アヴローラおくしり 江差 - 奥尻 - 江差町(2011年12月22日閲覧)
- ↑ 2008年1月28日、現在地に移転。
- ↑ 2008年5月12日、新フェリーターミナル開業と同時に移転。
- ↑ 日本全国たのしい船旅2 p23より
参考文献
- 日本船舶明細書I 2008年版 - 社団法人 日本海運集会所(2007年12月30日発行)
外部リンク
- Heart Land Ferry(公式サイト)