青木一咸

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青木 一咸(あおき かずひろ、文政11年(1828年) - 安政3年8月20日1856年9月18日))は、摂津麻田藩の第13代藩主。

豊前中津藩主・奥平昌高の十二男。正室は松本藩主・戸田光庸の養女(松本藩主・戸田光行の娘)。一男あり。官位は従五位下、甲斐守。

嘉永2年(1849年)10月2日、先代藩主の一興が嗣子なくして死去したため、末期養子となって跡を継いだ。同年12月16日、従五位下甲斐守に叙任する。安政3年(1856年)8月20日に29歳の若さで死去し、跡を第11代藩主・重龍の五男で一興の甥の重義が継いだ。墓所は東京都港区白金台の瑞聖寺。

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