イギリスの首相
グレートブリテン及び北アイルランド連合王国の首相(グレートブリテンおよびきたアイルランドれんごうおうこくのしゅしょう、テンプレート:Lang-en)は、イギリスの女王陛下の政府の長である。イギリスにおける実質的な行政権を掌握している。
目次
概要
以下に述べる歴史的経緯から、現在のイギリスの首相の正式な肩書きはグレートブリテン及び北アイルランド連合王国首相 兼 第一大蔵卿 兼 国家公務員担当大臣(Prime Minister, First Lord of the Treasury and Minister for the Civil Service of the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)となる。
イギリスにおける今日的な意味での最初の首相は、1721年に第一大蔵卿(First Lord of the Treasury)に就任し、内閣が議会に対して責任を負う議院内閣制の基礎を築いたロバート・ウォルポールであると考えられているが、イギリスで「首相(Prime minister)」という役職が法律で定められたのは1937年のことで、この年までは「首相」という語は大臣法に無かった。ただし、外交文書ではこれよりも前に「首相」という語が使われている。
一般にイギリス首相官邸とされるダウニング街10番地は、正式には第一大蔵卿官邸であるが、これはウォルポール以来の慣習でもある。
1968年11月1日の行政改革で、国家公務員(Her Majesty's Civil Service)(直訳は「女王陛下の官吏」)の長として官僚達を指揮する国家公務員担当大臣(Minister for the Civil Service)が設けられると、首相がこれを兼務する事となった。
首相の選出方法
イギリスの首相は慣習法(憲法的習律)により、庶民院(下院)議員(Member of Parliament, MP)の中から、総選挙で下院の過半数の議席を獲得した政党の党首が国王によって任命される。慣習法により、下院議員である必要がある。日本やドイツなどで行われているような首相指名選挙は行われない。下院は首相及び内閣に対して不信任決議権を持つ。また、首相を含む下院議員の任期は5年間であるが、首相はいつでもこれを解散できる。
単純小選挙区制が採用されているイギリスでは通常、二大政党のいずれか一方が単独で過半数の議席を獲得するが、稀にどの政党も単独過半数の議席を獲得できない「ハング・パーラメント」と呼ばれる状態になることがあり、こうした場合には二大政党のいずれかが少数政党と連立政権を組むか、もしくは少数与党政権となる。また、ハング・パーラメントとは異なるものの、世界恐慌時や戦時体制下などにおいては挙国一致内閣が組まれた例がある。
第二次世界大戦後のイギリスでは、1974年と2010年の総選挙においてハング・パーラメントが発生している。1974年の際は労働党の少数与党政権となって不安定な政権運営が続き、8ヶ月後に再び解散・総選挙が行われたが、2010年の際には保守党と自由民主党による連立政権が組まれた。
首相および内閣の権限
イギリスにおける行政の最高権は名目上、国王およびその諮問機関である枢密院が持っていることになっているが、「国王は君臨すれども統治せず」の原則により、国王の政治的権力は実際には行使されることが無い。形式上は現在もなお内閣よりも上位に位置する枢密院も、議会権力の強化とともに形骸化し、内閣が議会の信任によって成立し議会に対して責任を負う議院内閣制の仕組みが確立していった。
そのため現在では、イギリスの憲法を構成するとされている成文法典および慣習法(不文憲法)に基づき、首相を中心とする内閣が行政の実権を握っている。首相は、閣僚の任免権・下院の解散権・宣戦布告などの国王大権の行使を、国王に代わって実質的に決定する。議会における国王演説も、内閣があらかじめ用意した原稿をそのまま読み上げるだけである。
なお、下院において政府に対する不信任決議が成立した場合には、首相は内閣総辞職か下院の解散・総選挙のいずれかを行わなければならない。
歴代のイギリス首相
歴代首相の一覧
存命中の歴代首相
イギリスの首相に関する各種記録
最長記録
イギリスの首相を最も長期間にわたって務めたのは初代首相のロバート・ウォルポールであり、1721年4月4日から1742年2月11日までの21年と314日に及ぶ長期政権となった。この間、ウォルポールは庶民院における与党・ホイッグ党の勢力安定を政治的基盤に指導力を高め、対外的には平和政策を推進しつつ、国内においては近代的な議院内閣制の基礎を固めていき、その統治は「パックス・ウォルポリアーナ」(ウォルポールの平和)と呼ばれた。
最短記録
歴代首相の中で最も在任期間が短かったのは1827年に就任したジョージ・カニングであり、就任直後に健康状態が悪化して死去したため、119日間の短命政権となった(連続在任日数では、1782年に首相に返り咲いたロッキンガム侯チャールズ・ワトソン=ウェントワースの第2次政権が在任日数96日で最も短いが、1765年から約1年ほど続いた第1次政権との通算では、カニング及び他の何人かの首相よりも長くなる)。
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小ピット(左)とグラッドストン(右) |
年長・年少記録
イギリス史上、最も若くして首相に選ばれたのは、1783年に24歳の若さで首相に就任したウィリアム・ピット(小ピット)であり、1801年まで約17年に及ぶ長期政権を築いた。また、1804年には再び首相に選ばれ、通算で18年と343日にわたって首相を務め、ウォルポールに次ぐ歴代2番目の長さとなった。
最も高齢で首相に任命されたのはウィリアム・グラッドストンであり、1892年に彼が4度目に首相に就任した際には82歳であった(初回の首相就任時に最も高齢だったのは1855年に就任したパーマストン子爵ヘンリー・ジョン・テンプルで、71歳であった)。なお、4回にわたって首相を務めたグラッドストンは、就任回数が最も多い首相でもある。
在任中に死亡した首相
在任中に死亡した首相はこれまでのところ、ウィルミントン伯爵スペンサー・コンプトン、ヘンリー・ペラム、ロッキンガム侯チャールズ・ワトソン=ウェントワース、ウィリアム・ピット(小ピット)、スペンサー・パーシヴァル、ジョージ・カニング、パーマストン子爵ヘンリー・ジョン・テンプルの計7人である。スペンサー・パーシヴァルは、政権の経済政策に不満を持つ者による銃撃によって死亡し、イギリス史上唯一の暗殺された首相となった。