甚目寺町
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テンプレート:Infobox 甚目寺町(じもくじちょう)は、愛知県の中西部に位置していた町。2010年3月22日に同郡美和町、七宝町と合併してあま市となり消滅した。市外局番は052である(以前は0560であった)
目次
地理
隣接している自治体・行政区
歴史
『海道記』に萱津とある。
渡りはつれば尾張の國に移りぬ。(中略)萱津の宿に泊りぬ。
沿革
- 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制施行により、
- 甚目寺村・坂巻村・本郷村が合併し、甚目寺村。
- 上萱津村・中萱津村・下萱津村が合併し、萱津村。
- 石作村・方領村・小路村が合併し、春富村。
- 西今宿村・上条村・土田村・迫間村が合併し、白鷹村。
- 及び、森村、新居屋村、東今宿村の7村が誕生。
- 1906年(明治39年)7月1日 - 甚目寺村、萱津村、森村、春富村、新居屋村、東今宿村、白鷹村が合併し、甚目寺村発足
- 1919年(大正8年)10月 - 廻間地区を清洲町に編入する。
- 1933年(昭和8年)8月1日 - 町制施行をし甚目寺町となる。
- 1943年(昭和18年)1月1日 - 土田・上条地区を清洲町に編入する。
- 2008年(平成20年)[1]
- 2009年(平成21年)
行政
- 町長:村上浩司(2006年12月25日 - )
周辺町村と病院組合を作り、甚目寺町はその中心となっている。1955年より甚目寺町、大治町、七宝町、美和町、新川町(現・清須市)の5町で公立尾陽病院(合併後はあま市民病院に改名)を設立している。
経済
名古屋市中心部からの距離が近いが、その割に地価が低いとされる。
商業
教育
高等学校
中学校
- 甚目寺町立甚目寺中学校(合併後はあま市立甚目寺中学校に改名)
- 甚目寺町立南中学校(合併後はあま市立甚目寺南中学校に改名)
小学校
- 甚目寺町立甚目寺小学校(合併後はあま市立甚目寺小学校に改名)
- 甚目寺町立東小学校(合併後はあま市立甚目寺東小学校に改名)
- 甚目寺町立南小学校(合併後はあま市立甚目寺南小学校に改名)
- 甚目寺町立西小学校(合併後はあま市立甚目寺西小学校に改名)
交通
鉄道路線
道路
高速道路
- 東名阪自動車道(現・名古屋第二環状自動車道):甚目寺南IC - 甚目寺北IC
一般国道
主要地方道
一般県道