江崎鉄磨

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テンプレート:Ambox-mini テンプレート:政治家 江崎 鉄磨(えさき てつま、1943年9月17日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(5期)。父は元衆議院議員の江崎真澄

来歴・人物

愛知県一宮市生まれ。愛知県立一宮高等学校立教大学文学部教育学科卒業。1967年から宗道臣少林寺拳法開祖)の秘書を務めた後、1971年から父・江崎真澄の秘書を務める。その傍ら、1986年から一宮サッカー連盟会長、1993年から学校法人一宮女学園理事を歴任。

同年、父の引退を受け第40回衆議院議員総選挙旧愛知3区から出馬、初当選(新生党公認。当選同期に安倍晋三田中眞紀子熊代昭彦横内正明岸田文雄塩崎恭久野田聖子浜田靖一高市早苗山岡賢次など)。1994年新進党結成に参加。小選挙区比例代表並立制が導入された1996年第41回衆議院議員総選挙では愛知10区から新進党公認で出馬し、再選。新進党解党後の1998年には自由党の結党に参加。財団法人日本武道館評議員を務める。

2000年、外務総括政務次官就任。自由党の分裂に伴い、保守党の結党に参加。直後の第42回衆議院議員総選挙に保守党公認で出馬するが落選。2003年第43回衆議院議員総選挙で国政に返り咲く。選挙後、保守新党の解党により自由民主党に入党。2005年国土交通副大臣就任。

2009年第45回衆議院議員総選挙で落選したが、2012年第46回衆議院議員総選挙で当選し3年ぶりに国政復帰。落選中に所属派閥であった旧二階派志帥会(当時は伊吹派)に併合されたため、江崎の新たな所属先も二階達と同じ志帥会となった。間もなく伊吹の衆議院議長就任により、二階が新しい志帥会の長となり、同派の通称は以前所属していた派閥と同じく「二階派」となっている。なお、保守新党合流時代から二階と共に行動し、なおかつ現在も二階と同じ派閥に属する衆議院議員は江崎ただ一人である[1]

2013年10月15日衆議院法務委員長に就任。

所属団体・議員連盟

不祥事

統一協会の集団結婚に対する祝電疑惑

日本共産党の機関紙しんぶん赤旗に、2006年6月の統一教会による集団結婚式(天宙平和連合祖国郷土還元日本大会)に祝電を送ったと報じられた[2]

運動員が選挙違反事件で逮捕

2005年の衆院選直後に、票のとりまとめを依頼した容疑で江崎派の愛知県扶桑町議が逮捕された[3]

脚注

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外部リンク

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テンプレート:S-off |-style="text-align:center" |style="width:30%"|先代:
蓮実進岩井國臣 |style="width:40%; text-align:center"|テンプレート:Flagicon 国土交通副大臣
岩井國臣と共同→松村龍二と共同
2005年 - 2006年 |style="width:30%"|次代:
望月義夫渡辺具能 テンプレート:S-par |-style="text-align:center" |style="width:30%"|先代:
石田真敏 |style="width:40%; text-align:center"|テンプレート:Flagicon 衆議院法務委員長
2013年 - |style="width:30%"|次代:
現職

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テンプレート:国土交通副大臣

テンプレート:衆議院法務委員長
  1. 45回総選挙時点で二階と同派閥であった保守新党出身者のうち、海部愛知は引退、井上は落選中に逝去し、金子は衆院選に不出馬であった。唯一共に当選した松浪健四郎も、志帥会には入会していない。
  2. 統一協会・集団結婚に祝電 小坂文科相・中川政調会長も 安倍官房長官、広島大会にも送付 しんぶん赤旗 2006年6月25日
  3. 酒食で接待、愛知10区・江崎鉄磨派町議を逮捕 読売新聞 2005年9月14日