森本貴幸
テンプレート:サッカー選手 森本 貴幸(もりもと たかゆき、1988年5月7日 - )は、神奈川県川崎市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ジェフユナイテッド市原・千葉所属。ポジションはフォワード。元日本代表。
目次
経歴
東京ヴェルディ
2004年、ヴェルディジュニアユースに所属していた際に、オズワルド・アルディレス監督(当時)によってトップチームへの帯同が許可される。中学卒業直前の3月13日、Jリーグ公式戦のジュビロ磐田戦(アウェイ)に後半6分から出場。Jリーグ史上最年少の15歳10ヶ月6日で公式戦出場を果たした。デビューから6試合(いずれも途中出場)は無得点が続いたが、5月5日の市原戦(味の素スタジアム)で決勝点となるゴールを決め、15歳11カ月28日というJ1最年少得点の記録保持者となった。その後、シーズン終了までに計4得点を挙げ、同年のJリーグ最優秀新人賞を獲得。これも史上最年少(16歳)での受賞となった。
翌年の2005年3月19日には、Jリーグヤマザキナビスコカップ予選·川崎戦(味の素)でナビスコカップの史上最年少ゴール(16歳10ヵ月12日)も記録した。しかし、この年チームの成績は低迷しJ2降格を経験した。
カルチョ・カターニア
2006年7月23日、イタリア・セリエAに昇格したカターニアへの1年間のレンタル移籍が決定[1]。移籍後しばらくの間はユースチームでプレーしていたが、そこでゴールを量産したことが認められ、12月3日のアスコリ戦で初のベンチ入りを果たした。
2007年1月29日(日本時間)、アタランタ戦の後半39分から初出場し、後半43分に初ゴールを決めた(出場・ゴールともにセリエA日本人最年少記録)。3月6日の練習中、左膝前十字靭帯断裂の大けがを負い、シーズン残りを棒に振った。6月17日、代理人のジョヴァンニ・ブランキーニがカターニアへの完全移籍が完了したことを明らかにした。
2007年8月26日、シーズン開幕となるパルマ戦で自身初スタメンとなり1ゴール、1アシストを記録。怪我からの復活を果たしたが、このシーズンのリーグ戦でのゴールはこの1点のみにとどまった。シーズン後の2008年8月には北京オリンピックサッカー日本代表メンバーに選出。2試合に出場したが活躍をみせられず、チームも3戦全敗でグループリーグで敗退した。
2008年12月、カターニアが森本との契約を2011年6月末まで延長したことを発表[2]。2008年最終戦となる12月24日のホームでのローマ戦では初のドッピエッタ(1試合2得点)を達成。マンオブザマッチに選ばれ、その節のベストイレブンにも選出された。2009年最初の試合となったアウェーでのナポリ戦では、前節での活躍から初めてキャプテンを任されたが、試合には1-0で敗れた。2月8日、ホームでのユヴェントス戦で1得点を挙げた。日本人選手でユベントスからの得点は、元日本代表の中田英寿以来[3]。3月1日、アウェイでのパレルモ戦(シチリアダービー)では前半だけで1ゴール、1アシストの大活躍を見せた。結局、このシーズンはリーグ戦23試合出場で7ゴールを記録し、飛躍の年となった。
2009-10シーズン開幕戦の2009年8月24日のサンプドリア戦では自身2度目となる開幕戦ゴールを記録。カターニアでの活躍が認められ9月のオランダ遠征でA代表に初選出されたが、左太ももの違和感のため辞退した。翌月には再び日本代表に選出され、10月10日のキリンチャレンジカップ・スコットランド戦で代表デビューを果たした[4]。続く10月14日のトーゴ戦では代表初スタメンとなり、相手DFを背負いながら反転してシュートを決めて代表初得点も記録した[4]。しかし、その後はチャンスこそ作るものの決定機でシュートをGKに当ててしまうなどスランプに陥り、クラブで4ヶ月得点が奪えず冬に加入したアルゼンチン人FWマクシミリアーノ・ロペスにスタメンを奪われ出場機会が減った。2010年6月に南アフリカで行われた2010 FIFAワールドカップの日本代表メンバーに選出されたが本大会での出場機会はなかった。
2010-11シーズンは出場機会に恵まれず、ほとんどが途中出場となり出場はわずか12試合、得点も1得点のみと低調な成績に終わり、シーズン終盤には移籍を希望した[5]。
ノヴァーラ・カルチョ
2011年7月11日、出場機会を求め、この年55年ぶりにセリエAに昇格したノヴァーラ・カルチョへ移籍した(契約はカターニアとの共同保有[6])。9月17日、第3節カリアリ戦で移籍後初得点を決めた。9月20日、長友佑都との日本人対決が実現した第4節インテル戦では、PKを獲得するなど2得点に絡む活躍でチームのリーグ戦初勝利に大きく貢献した[7]。しかし、チームは低迷し続け、森本自身の調子も下降気味になっていく。さらに、11月に右膝半月板損傷により約3週間の離脱が発表された[8]。2012年1月、キエーヴォへの期限付き移籍が報道されたが、メディカルチェックでパスできず、移籍は破談になった[9]。その後、中々出場機会に恵まれずチームも2部に降格した。
2012年6月22日、ノヴァーラの公式サイトで2年ぶりとなるカターニア復帰が発表された[10]。しかし、カターニア復帰後も度重なる怪我に泣かされ出場機会に恵まれなかった。
アル・ナスルSC
2013年1月12日、かつてカターニアの監督を務めたワルテル・ゼンガが率いるUAEリーグ・アル・ナスルSCへの期限付き移籍が発表された[11]。日本人では初の中東のクラブへの移籍となった。2012-13シーズンは、13試合で6得点を挙げ、AFCチャンピオンズリーグ2013では3得点を決めた。
ジェフユナイテッド市原・千葉
2013年8月、ジェフユナイテッド市原・千葉に完全移籍で加入[12]。Jリーグへの復帰は7年ぶりとなった。
エピソード
- カターニアへの完全移籍が完了した後から通訳を付けておらず、インタビューで簡単な言葉で受け答えできる程度はイタリア語を習得している。以降普通に話せる程上達しているが、2010年より日本代表監督に就いたアルベルト・ザッケローニによると、森本の発音は「カターニア地方の訛りがひどい」とのこと[13]。
- ブラジル代表のアレシャンドレ・パトはコッリエレ・デッロ・スポルト紙のインタビューで2008-2009シーズンで最も印象的であった同年代の選手として、森本の名を挙げた[14]。
- 2010 FIFAワールドカップ開催国の南アフリカから帰国した2010年7月1日、関西国際空港にて日本代表選手団の記者会見中、岡田武史監督が今野泰幸に対して何か言うように指示、今野がこの会見に1人不在だった田中マルクス闘莉王の物真似を披露すると、会見場は爆笑の嵐が巻き起こる。その後も岡田監督は「誰かいるか、ほかに?」と他選手らを見回しながら、「今度は森本が南アフリカの歌を歌うらしいです」とコメント。岡田監督の突然の指示に、森本は困惑しながらもアフリカの民族音楽を意識した「アア~~ア~アーー!!」と大声で奇妙な歌声を披露し一礼すると、再度岡田監督やチームメートらの大爆笑の渦に包まれた[15]。
所属クラブ
- ユース経歴
- 1995年 - 1997年 津田山FC
- 1998年 - 2000年 読売SCジュニア
- 2001年 - 2003年 ヴェルディジュニアユース
- 2004年 - 2004年5月 ヴェルディユース
- プロ経歴
- 2004年5月 - 2006年7月 テンプレート:Flagicon 東京ヴェルディ1969
- 2006年8月 - 2011年 テンプレート:Flagicon カルチョ・カターニア
- 2011年 - 2012年 テンプレート:Flagicon ノヴァーラ・カルチョ
- 2012年 - 2013年8月 テンプレート:Flagicon カルチョ・カターニア
- 2013年1月 - 同年8月 テンプレート:Flagicon アル・ナスルSC (期限付き移籍)
- 2013年8月 - テンプレート:Flagicon ジェフユナイテッド市原・千葉
個人成績
テンプレート:サッカー選手国内成績表 top テンプレート:サッカー選手国内成績表 th |- |2004||rowspan="3"|東京V||25||rowspan="2"|J1||22||4||2||0||0||0||24||4 |- |2005||rowspan="2"|17||18||1||2||2||1||0||21||3 |- |2006||J2||6||0||colspan="2"|-||colspan="2"|-||6||0 テンプレート:サッカー選手国内成績表 th |- |2006-07||rowspan="5"|カターニア||rowspan="5"|15||rowspan="7"|セリエA||5||1||0||0||colspan="2"|-||5||1 |- |2007-08||14||1||3||1||colspan="2"|-||17||2 |- |2008-09||23||7||1||2||colspan="2"|-||24||9 |- |2009-10||27||5||4||1||colspan="2"|-||31||6 |- |2010-11||12||1||1||1||colspan="2"|-||13||2 |- |2011-12||ノヴァーラ||11||18||4||1||0||colspan="2"|-||19||4 |- |2012-13||カターニア||15||5||0||3||0||colspan="2"|-||8||0 テンプレート:サッカー選手国内成績表 th |- |2012-13||アル・ナスル||9|||UAEリーグ||13||6||3||1||colspan="2"|-||16||7 テンプレート:サッカー選手国内成績表 th |- |2013||rowspan="2"|千葉||30||rowspan="2"|J2||12||2||colspan="2"|-||2||0||14||2 |- |2014||11||||||colspan="2"|-|||||||| テンプレート:サッカー選手国内成績表 通算始40||5||4||2||1||0||45||7 テンプレート:サッカー選手国内成績表 通算行18||2||colspan="2"|-||2||0||20||2 テンプレート:サッカー選手国内成績表 通算行104||19||13||5||colspan="2"|-||117||24 テンプレート:サッカー選手国内成績表 通算行13||6||3||1||colspan="2"|-||16||7 テンプレート:サッカー選手国内成績表 通算終175||32||20||8||3||0||198||40 |} その他公式戦
- 2013年
- J1昇格プレーオフ 1試合0得点
テンプレート:サッカー選手国際成績表 top テンプレート:サッカー選手国際成績表 th |2013||アル・ナスル||9||6||3 |- !通算!!colspan="2"|AFC |6||3 |}
個人タイトル
- 2003年 - マンチェスター・ユナイテッド・プレミアカップ・ワールドファイナル 2003 MVP受賞
- 2004年 - Jリーグ最優秀新人賞(新人王)
代表歴
- 2004年 - AFCユース選手権・マレーシア大会(3位)
- 2005年 - FIFAワールドユース・オランダ大会(ベスト16)
- 2008年 - 北京オリンピック・サッカー(グループリーグ敗退)
- 2009年 - A代表
- 初出場 - 2009年10月10日 スコットランド戦(キリンチャレンジカップ)[4]
- 初得点 - 2009年10月14日 トーゴ戦(キリンチャレンジカップ)[4]
- 2010年 - 2010 FIFAワールドカップ登録メンバー
試合数
- 国際Aマッチ 10試合 3得点(2009年 - 2012年)[4]
テンプレート:サッカー代表個人成績 |- |2009||2||1 |- |2010||7||2 |- |2011||0||0 |- |2012||1||0 |- !通算 |10||3 |}
ゴール
# | 開催年月日 | 開催地 | 対戦国 | 勝敗 | 試合概要 |
---|---|---|---|---|---|
1. | 2009年10月14日 | 日本、宮城 | テンプレート:TGOf | ○5-0 | キリンチャレンジカップ2009 |
2. | 2010年9月7日 | 日本、大阪 | テンプレート:GTMf | ○2-1 | キリンチャレンジカップ2010 |
3. |
脚注
関連項目
- 神奈川県出身の人物一覧
- 高校生Jリーガー
- U-20サッカー日本代表
- オリンピックサッカー日本代表選手
- 東京ヴェルディ1969の選手一覧
- ジェフユナイテッド市原・千葉の選手一覧
- 日本国外のリーグに所属する日本人サッカー選手一覧
外部リンク
テンプレート:ジェフユナイテッド市原・千葉のメンバー テンプレート:Jリーグベストヤングプレーヤー賞
テンプレート:Navboxes- ↑ 森本貴幸選手 期限付き移籍決定のお知らせ(7/23)
- ↑ Takayuki Morimoto signs new Catania deal
- ↑ 4.0 4.1 4.2 4.3 4.4 引用エラー: 無効な
<ref>
タグです。 「daihyo
」という名前の引用句に対するテキストが指定されていません - ↑ 森本「カターニアに残留、絶対ない」 今季後移籍の意向 朝日新聞 2011年9月17日閲覧
- ↑ Takayuki Morimoto al Novara テンプレート:It icon カルチョ・カターニア公式サイト 2011.7.11付ニュースリリース
- ↑ 森本、2得点を演出しノヴァーラがインテルに金星…長友はフル出場SOCCER KING、2011年9月20日
- ↑ [森本、ひざの手術で3週間の離脱 http://www.asahi.com/sports/fb/world/goal/GOC201111180016.html?ref=reca]朝日新聞、2011年11月18日
- ↑ 森本貴幸、キエーヴォ移籍まとまらず…フィジカル面に問題SOCCER KING、2012年2月1日
- ↑ ノヴァーラ、森本のカターニア復帰を発表 Goal.com
- ↑ カターニア、森本のアル・ナスル移籍を発表
- ↑ テンプレート:Cite pressrelease
- ↑ セリエ組のイタリア語は?長友は正しい発音、森本はなまりが… スポーツニッポン、2010年10月5日
- ↑ Goal.com パト:「最も印象的だったFWは森本」
- ↑ sponichi annex 2010.07.02