東神奈川電車区
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テンプレート:出典の明記 東神奈川電車区(ひがしかながわでんしゃく)とは、東神奈川駅(横浜市神奈川区)付近にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)横浜支社の運転士が所属する組織である。
かつては車両も配置されており、検修業務も行われていたが、1981年に横浜線用の車両の所属が蒲田電車区に集約されてからは、運転士のみ所属の職場となる。東神奈川駅北西側に留置線(鎌倉車両センター東神奈川派出所)が存在し、横浜線および京浜東北線・根岸線用車両が留置されている。過去には南東側にも検修庫や留置線が存在したが、こちらは1982年11月15日国鉄ダイヤ改正で使用停止となり、その後敷地の一部が京浜東北線南行の線路になるなど大きく変貌しており、2010年現在ではその当時の面影は全くない。
運転士乗務範囲
ダイヤ乱れ時には赤羽まで業務に就くことがある
略号
「南ヒナ」 - 東京南鉄道管理局を意味する「南」と、東神奈川を意味する「ヒナ(ヒカシカナカワ)」から構成される。1969年3月までは東京鉄道管理局の管轄で「東ヒナ」であった。
沿革
- 1914年(大正3年)12月20日 - 品川電車庫分庫として開設。
- 1915年(大正4年)12月7日 - 東神奈川電車庫として独立。
- 1945年(昭和20年)5月29日 - 横浜大空襲により被災。
- 1960年代 - 東神奈川電車区を橋本駅付近に移転する計画が国鉄内部で持ち上がる(結局は豊田電車区橋本派出所としての増設という形となる)。
- 1981年(昭和56年)6月1日 - 検修部門を蒲田電車区に分離し、蒲田電車区東神奈川派出所(現在の鎌倉車両センター東神奈川派出所)となる。横浜線用の103系は全て蒲田電車区に転出。
配置されていた車両
横浜線で運用される車両が配置されていた。最終配置車両は103系7両編成9本と予備車4両の計67両。
その他
- 1975年(昭和50年)1月30日に日本車輌製造豊川蕨製作所で落成した中央東線用115系300番台(三鷹電車区配置)の最初の新製車8両は、湘南色から横須賀色への塗装変更の入場待ちで、同年2月の初め頃から10日間ほど当時の橋本派出所に留置された。なお、サハ115形以外の6両は1986年(昭和61年)に岡山電車区に転属し、ほどなくして湘南色に変更されている。
- 留置編成 [←東神奈川]
- クモハ115-301+モハ114-329+クハ115-348+サハ115-306+サハ115-307+クモハ115-302+モハ114-330+クハ115-350