夕立
夕立(ゆうだち)は、夏の午後から夕方にかけてよく見られる天気。激しいにわか雨を伴う。まれに夕立ちとも。
語義
古語としては、雨に限らず、風・波・雲などが夕方に起こり立つことを動詞で「夕立つ(ゆふだつ)」と呼んだ。その名詞形が「夕立(ゆふだち)」である。
ただし一説に、天から降りることを「タツ」といい、雷神が斎場に降臨することを夕立と呼ぶとする[1]。
夏の季語。歳時記などではゆだち、驟雨、白雨、喜雨などを異称とする。
気象学における夕立
夕立という現象は、気象学的には驟雨、にわか雨、雷雨、集中豪雨といった現象にあたり、「夕立」という独立した現象があるわけではない。ただ、通常の驟雨などに比べて発生する時間帯などが特徴的で、一般的によく知られているため、日本では「夕立」という用語を気象学でも(特に天気予報で)用いる。
現象としては、急に発達した積乱雲によりにわか雨を降らせ、雷、突風、雹(ひょう)などを伴うことがあるものである。
時間帯では、正午を過ぎたころから日没後数時間までに発生するものを指す。これに対して、早朝に発生するにわか雨を「朝立」と呼ぶこともあるが、夏特有の現象というわけではなく、単純に早朝に発生するにわか雨のことを指しているだけで、あまり使用されない言葉である。
時期では、梅雨明け頃から秋雨が始まるころまでで、夏の晴れが多い時期に発生するものを指す。異常気象により最近では、5~6月にも夕立が見られるようになった。さらに、これまた異常気象のせいで、近年の夕立はもはや夕立などと風情のあるものではなく、ゲリラ豪雨の形を取ることが多い。テンプレート:要出典
前線、特に寒冷前線通過に際しても、突発的な強雨、強風、雷などの夕立に似た現象が起きるが、この場合は季節や時間を選ばず広範囲に起こるので、夕立とは区別される。また、低気圧の周辺で発生するもの、台風の周辺で発生するものも夕立とは呼ばない。
原因
夕立の発生は通常、午前中からの日射により地表面の空気が暖められて上昇気流を生じ、水蒸気の凝結によって積乱雲を形成して降雨をもたらすという過程を取る。上昇気流、上空と地表付近の大きな気温差、高温多湿の空気の3つの条件が揃うと、大気が不安定になり夕立の雲が発生する。
高温多湿の空気は、気圧配置の影響が大きい。台風や低気圧が日本の南海上にあるときは、湿った空気が上空から供給される。
気温差は、上空に寒気が流れ込んだり、猛暑が続いて地表の温度が高くなると生じやすい。また、台風や低気圧が日本の北方にあるときや、日本が高気圧の辺縁部にあるときは、湿暖流が流れ込んで気温を上昇され、湿った空気をも供給する。
上昇気流は、地形の影響が大きい。山沿いでは、水平に流れていた風が山にぶつかることで強制的に上昇気流が生じるため、積乱雲ができやすく夕立も多い。また近年は、ヒートアイランド現象による都市の高温化や高層ビル群に起因する上昇気流が、積乱雲のできやすい状況を作っているのではないかという指摘もある。
経過
高温でも比較的空気が乾いた「カンカン照り」の日や風が強い日には起きにくい。湿度が高く蒸し暑い「油照り」の日の午後によく発生する。
短時間で雲が出てきて大粒の雨が降るのが特徴。青空に突然積雲が現れ、それが雄大積雲、積乱雲へと成長し雲のてっぺんの高さが高度5,000~10,000m程度に達するまでに掛かる時間は、普通は1~2時間程度、短くて数十分のときもある。雨が降り出すのは、雲の成長がピークを迎えた頃からで、冷たい強風とともに雨が降り出す。冷たい強風を伴うのは、雨が下降気流と一緒に落下してくるためで、下降気流は雨を押し下げ、雨も自身の重力によって周囲の空気を押し下げることで、下降気流は上空で次第に強まりながら地上に吹き降ろしてくる。
この下降気流による冷たい強風は、積乱雲の下や周囲の気温を急激に下げ、夏の暑さを和らげてくれる。また、強い雨が降ると蒸発の際に地面から多くの気化熱が奪われてさらに気温が下がる。夕立が起こる前の気温が高い場合は、夕立によってその場の気温が数十分間で15℃程度下がることもある。
一方、冷たい強風は時に激しい突風をもたらすことがある。多いのはダウンバーストで、稀に竜巻が発生することがある。
夕立の雨がにわか雨なのは、積乱雲の中の気流の乱れに関係している。1つの巨大な塊に見える積乱雲でも、その中ではいくつかの気流循環のまとまり(セル、降水セルとも言う)があり、下降気流や上昇気流の部分がそれぞれ複数存在し、まばらに分布している。このせいで、地上から見れば、積乱雲の移動に伴って雨が降ったり止んだり、雨の強さも変わりやすくなる。
夕立は雷を伴うことが多い。積乱雲が成長する過程で、水滴や氷晶がぶつかり合って発生する静電気が大量に蓄積されるためで、雲から最初の雨が降り出すのに前後して雷が鳴り出す。
また、雹や霰が降ることもある。積乱雲は、雲自身が成長する過程で上昇気流を誘発して強める。この強い上昇気流によって、雲の中の氷晶が落下と上昇を繰り返すことで、解けてくっついて凍ってという成長のサイクルも繰り返されて氷晶が大きくなり、やがて落下する。静電気は水より氷のほうが起きやすいため、雷が激しいほど、雹が降る可能性も高い。雹が降るのは上昇気流が弱まり始めたときが多く、雹が降り出したら夕立が収まる前兆ともいえる。
雨は強いが継続時間は短く、せいぜい2~3時間であり、範囲も狭く数キロメートル四方程度であるため、水害の規模は小さい。道路の冠水や小規模河川の氾濫が起こったり、山間部の傾斜が急な河川では鉄砲水が発生することがあるが、大規模な洪水が起こることはほとんどない。ただ、落雷による被害が起こる場合があり、ちょうど夏休みの時期で外出が増えるため、屋外で被害に遭う可能性は高い。また、稀にダウンバーストや竜巻による被害が発生することもある。
夕立が終わった後は雲も消えて晴れ間が広がり、気温も下がっているため過ごしやすくなる。但し、熱気が抜けきらないと、雨で湿度が上がり非常に蒸し暑くなることもある。虹が発生することも多い。
夕立を起こす積乱雲は、東寄りに移動することが多いが、春や秋の低気圧や高気圧が同じように移動するのに比べ、その頻度は低い。夏の時期は強い偏西風が日本の北方に北上してしまっているため、日本上空の偏西風が弱く、夏の南東季節風の影響力が強いためである。気圧配置次第ではさまざまな方向に積乱雲が移動するため、その日の風の状況を知らなければ移動方向を予測するのは難しい。
予報と警戒
夕立の発生を予報し防災に役立てる手段は、大きく2つ考えられる。1つは、夕立が発生しやすい気象状況を予報し周知するもので、数日前~当日に分かるものである。もう1つは、夕立の発生後に雲の状況や移動方向・雨量などを予報し周知するもので、数時間~数十分前に分かるものである。
前者については、テレビ・新聞などでも使用される地上天気図のほか、高層天気図を用いて、全体的な大気の安定度を予測するもので、その日に夕立が起こりやすいかどうか程度の情報を得ることはできるが、具体的にどこで夕立が発生するかというのは、コンピュータの数値予報においてもカオス的な結果しか出ないため、精度の高い予測は不可能である。「大気の状態が不安定」「夕立が起こりやすい」といった情報が発表される。レジャーなどで外出する際には、前日や当日にこういった情報を得て夕立に注意を払うことが可能である。
後者については、日本ではこれまでラジオゾンデやレーウィンゾンデから高層気象の状況を、気象レーダーから高精度の雨量データを集めて夕立の雲の移動や強さを把握し、予想していた。これに合わせて、降水量などに応じて大雨注意報・警報、洪水注意報・警報、雷注意報が発表されていた。しかし、2005年からはウインドプロファイラから高層の風のデータを、2008年からはドップラー・レーダーから広域的・立体的な風速を入手し、予想に役立てている。合わせて2008年から突風の発生を警戒するよう呼びかける竜巻注意情報も発表されるようになった。ただ、現在のところ情報の発表が間に合わない場合があるほか、積乱雲の発達の予測精度が低いという問題もある。夕立の発生後の警戒については、積乱雲が接近してきた場合に建物に退避するなどの行動をとれば、予報の情報が無くても被害を予防することができる。
日本以外の類似現象
台湾の夏季には台湾語「サイパッホー(sāi-bak-hō)」(普通は西北雨と表記、正しいのは夕暴雨)と呼ばれる猛烈な夕立が多い。
熱帯地方のスコールも発生する時間帯は夕立と同じであるが、熱帯地方は日本の夏のような気象状況が1年中続くため、発生する時期も長い。また、熱帯地方は日本よりも対流活動が活発(大気が不安定)で水蒸気の量も多いため、雨などがより激しい。
雷との連動
関東内陸部の栃木県、群馬県は夕立による雷の発生が多いことで有名である。
夕立に伴う雷の予測として「急に冷たい風が吹く」や「AMラジオに〝バリバリ〟とノイズが入る」と雷雲が近い、と言われている。