他人の顔

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

テンプレート:基礎情報 書籍他人の顔』(たにんのかお)は、安部公房長編小説1964年(昭和39年)、雑誌『群像』1月号に掲載され、同年9月25日に講談社より単行本刊行された。1966年(昭和41年)7月15日には安部自身の脚本で、勅使河原宏監督により映画化された。

化学研究所の事故によって顔面に醜い火傷を負い「顔」を失った男が、「仮面」を作成し、自己回復のため妻を誘惑しようとする物語。新たな「他人の顔」をつけることにより、自我と社会、他人との関係性が考察され、「人間という存在の不安定さ、あいまいさ」が描かれている[1][2]

なお、単行本は初出誌版を大幅に加筆・改稿し、約2倍の分量に増加した形のものが刊行された。おもに顔や仮面についての哲学的な考察や終局部が加筆された[3][4]

あらすじ

高分子化学研究所の液体空気の爆発事故で負ってしまった重度のケロイド瘢痕のために、自分の顔を喪失してしまった所長代理の「ぼく」は、顔を失ったことで、おまえ(妻)や職場の人間との関係がぎこちないものに変わり、周囲の目を異常に気にするようになってしまった。「ぼく」は、精巧なプラスチック製の人工皮膚の仮面を作り、誰でもない「他人」になりすまし、最大の目的であったおまえの誘惑にも簡単に成功する。しかし自分という夫がありながら「他人」と密通するおまえへの不信感は募り、「仮面」に嫉妬しながらも関係をやめられない自分に苦悶していく。

「ぼく」は「仮面」を抹殺するために、おまえに全ての経緯の手記を読ませるが、おまえは、交際していた「他人」が実は「ぼく」であったことに気付いていた。おまえは自分へのいたわりのために、「ぼく」が「他人」を演じているのだと理解していたが、「ぼく」がおまえに恥をかかせるための目的で暴露の手記を読ませたことを知り、「ぼく」への非難や愚弄を指摘した手紙を残して家を出ていった。その絶縁状を読んだ「ぼく」は再び「仮面」を被り、空気拳銃を手におまえを捜して街に出た。おまえの実家や友人らの家を巡った「ぼく」は、怒りに「野獣のような仮面」になり、銃の安全装置を外して路地に身をひそめ、近づくおまえらしき女の靴音を待ち構えた。

作品評価・解説

テンプレート:Cleanup 平野栄久は、「仮面」の作成の過程や、「ぼく」の「仮面」との分裂・対立を描く安部の筆は、自由かつ精緻で、安部が力をこめて書いた作品であることが充分うかがえると述べ[5]、「『純粋な自由の消費が、じつは性欲だった』ということについての綿密な考察や、仮面が大量生産されたらという仮定から出発し、その社会的な意味を問いつめることにより、『国家自身が一つの巨大だ仮面』ではなかろうか、という結論を出されるまでの着想と論理などすぐれた部分は少なくない」[5]と評している。しかしその一方、作品全体としては物足りなかったと述べ[5]、「『デンドロカカリヤ』や『』以来――殊に戯曲の中で――安部の文体に常に蔵されていた、しぶといフモール(の精神)といったものや、『第四間氷期』がもっていた無意味さや、また『砂の女』が与えてくれたアクチュアリティも感じなかったものである」[5]とも述べている。

三島由紀夫は、『他人の顔』と、同時期に発表された大江健三郎の『個人的な体験』を比較した論文の中で、技術的な面では『個人的な体験』の方が優れ、大江の苦闘的な文体は、安部の簡素な文体よりは三島の好みであると述べつつも、大江作品の方は、副人物像や、暗い主題に対して安易に明るい偽善的なラストをつけたことにがっかりしたと評し[1]、芸術的な面では安部の『他人の顔』の方が優れていると総評している[1][6]。そして『他人の顔』の主題に対する安部の意図について、以下のように解説している。 テンプレート:Quotation また三島は、「仮面を作るといふ作業」は、その問題性を突き詰めれば、「宇宙の秩序にひびを入れ、自然の歯車を狂はせるやうな、とてつもない作業だといふことがわかつてくる」とし[1]、それは「もつとも徹底的な、認識による革命」であり、「この世界にもし一個の完璧な仮面が現はれたが最後、社会秩序の崩壊はつい目の前にある」と考察し、このことが、「芸術行為が真に社会的現実性を帯びることを禁じられてゐる根本原因」だと解説している[1]

映画

テンプレート:Infobox Film テンプレート:ウィキポータルリンク 『他人の顔』(東京映画・勅使河原プロダクション、東宝

1966年(昭和41年)7月15日公開。モノクロ・スタンダード、122分。

1966年度映画記者会賞ベスト3位、NHK映画賞ベスト7位、優秀映画鑑賞会ベスト2位に選出。

安部公房の脚本は、1966年(昭和41年)、「キネマ旬報」3月上旬号に掲載され、1986年(昭和61年)10月に創林社より刊行された『安部公房映画シナリオ選』に所収。他に、映画公開を記念して作られたと思われる非売品の、『“東宝シナリオ選集”「他人の顔」』もある。映画の脚本は小説とは異なるラストとなっている。

なお、新橋ビヤホールでのシーンに安部本人も出演しているという[7]

音楽を担当した武満徹は、劇中の『ワルツ』を弦楽合奏のための『3つの映画音楽』第3曲として編曲している。

キャスト

スタッフ

ソフト化

おもな刊行本

  • 『他人の顔』(講談社、1964年9月25日)
  • 文庫版『他人の顔』(新潮文庫、1968年12月20日。改版1989年、2013年)
    カバー装画:安部真知。付録・解説:大江健三郎
    ※ 2013年改版より、カバー装画:近藤一弥(フォト:安部公房)。
  • 『安部公房 映画シナリオ選』(創林社、1986年10月5日)
    収録作品:壁あつき部屋、不良少年、砂の女、他人の顔、燃えつきた地図
    ※ 映画シナリオ版が所収。
  • 英文版『The Face of Another』(訳:D.E. Saunders)(Tuttle classics、1967年)

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ テンプレート:Reflist

参考文献

  • 文庫版『他人の顔』(新潮文庫、1968年。改版1989年、2013年)
  • 『安部公房全集 17 1962.11-1964.01』(新潮社、1999年)
  • 『安部公房全集 18 1964.01-1964.09』(新潮社、1999年)
  • 『安部公房全集 20 1966.01-1967.04』(新潮社、1999年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第33巻・評論8』(新潮社、2003年)
テンプレート:安部公房
  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 三島由紀夫「現代小説の三方向」(展望 1965年1月号に掲載)
  2. 「カバー解説」(文庫版『他人の顔』)(新潮文庫、1968年。改版1989年。2013年)
  3. 『安部公房全集 17 1962.11-1964.01』(新潮社、1999年)
  4. 『安部公房全集 18 1964.01-1964.09』(新潮社、1999年)
  5. 5.0 5.1 5.2 5.3 平野栄久「仮面の罪――安部公房『他人の顔』における作家主体と作品世界」(新日本文学 1966年8月号に掲載)
  6. 三島由紀夫「すばらしい技倆、しかし……―大江健三郎氏の書下し「個人的な体験」」(週刊読書人 1964年9月14日号に掲載)
  7. 「作品ノート20」(『安部公房全集 20 1966.01-1967.04』)(新潮社、1999年)