久万高原町

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四国カルストを五段城より撮影

久万高原町(くまこうげんちょう)は、2004年平成16年)8月1日愛媛県上浮穴郡久万町面河村美川村柳谷村が合併して誕生した町。町名の由来は、中心となる地域一帯の名称である。面積は県内市町村で最大。

地理

位置

松山市から三坂峠を越えた南の地域。仁淀川上流域にあたる。北を三坂峠をはさんで松山市と、皿ケ峰連峰をへだてて東温市、石鎚連山を境として西条市に接している。西は、砥部町内子町西予市といずれも山々で接している。南および東は高知県である。高知県と接しているため、町内でも、柳谷、美川などの地域では高知県佐川町梼原町[1] などとの行き来もある。

隣接している自治体

地形

仁淀川上流域であり、森林が大半をしめ、渓谷に沿って集落が点在している。久万地域には比較的なだらかな高原地域が広がり、当地域の中心地となっている。

気象

町名の通り、高原地域にあるため、四国では比較的冷涼な気候で、「四国(愛媛)の軽井沢」と呼ばれる。こうした気候を生かして、高原野菜トマトなど)の栽培、観光農園リンゴなど)やスポーツ合宿ラグビーなど)などの地域活性化の取組みが行われている。冬季には積雪がみられる。山地のため、トンネルを抜けると降雪状況が全く異なり、日陰の路面凍結もあるため、冬季の運転には注意が必要である。降水量も多い。

町名の由来

久万高原町の地域、仁淀川上流域一帯の総称として室町時代から「久万」が使われていた。また、「久万山」(くまやま)とか「久万郷」(くまごう)とも呼ばれてきた。

「くま」とは、元々が山の奥、山と山にはさまれた土地をさす言葉とされる。

2004年の4町村の平成の合併に際して、「久万」に「高原」を付して「久万高原町」となった。

なお、「久万高原」という名称は旧・久万町が観光レクリエーションのPRに用いてきた名称でもある(この経緯については後述の「平成の市町村合併の経緯」の項目参照)。

歴史

※これ以前の歴史は、旧町村の記事を参照。

  • 2004年(平成16年)8月1日 - 上浮穴郡久万町、面河村、美川村、柳谷村の1町3村が合併して誕生。

行政

町長

  • 職務代行者: 木下久敬(旧美川村長
  • 初代: 玉水 寿清(旧久万町長)(平成16年9月12日 - 平成20年9月11日)
  • 二代目: 高野宗城(たかのむねき、スキー場等経営)
玉水町長は出馬せず、前教育長および町出身で元茅ケ崎市議会議員との3名での選挙戦を制して初当選。

庁舎

  • 本庁(旧久万町庁舎)
  • 支所
    • 面河支所(旧面河村庁舎)
    • 美川支所(旧美川村庁舎)
    • 柳谷支所(旧柳谷村庁舎)

平成の市町村合併の経緯

上浮穴郡5町村は共同事務処理の実績もあり、行政同士の地域としてのまとまりはあった。

郡の南西に位置する小田町は、河川流域が小田川(肱川の支流の1つ)で他の4町村と異なること、久万町との境の国道380号の真弓峠付近の整備が進んでおらず、行き来の障害となっていること、などから結局は内子町・五十崎町との合併を選択した。そのため、合併は4町村で進められることとなった。

庁舎位置問題は、人口が他町村を引き離して最も多く、上浮穴郡の中心であり、警察署、県土木事務所、県立高等学校などのある久万町の庁舎を使うことですんなりと決着が付いた。

町名では若干の議論があった。当初は「高原町(こうげんちょう)」とすることにしていたが、旧・久万町を中心に町名再考を求める動きがあり他の3村も同意、再協議の結果、「久万」を付けて「久万高原町」とした。久万高原という名称は、旧・久万町が観光PRにかねてから称しており、イメージや通りもよいということから採用された。

主要行政施設・機関

  • 久万高原町役場本所、面河支所、美川支所、柳谷支所
  • 久万高原警察署
  • 久万高原消防本部・署
  • 町立病院
  • 久万保健センター
  • 美川保健センター
  • 柳谷保健センター
  • 愛媛県農業試験場久万試験地
  • 愛媛県中予地方局久万高原土木事務所
  • 愛媛県林業技術センター
  • 四国森林管理局愛媛森林管理署上浮穴森林事務所・面河森林事務所
  • 面河少年自然の家

経済

農林業を主たる産業としており、経済力は大きくない。

産業

  • 林業
森林地帯であり、林業が盛んであったが、外材の流入、木材価格の低迷などにより、芳しくない。間伐等の作業を受託する第3セクターいぶき」を他の地域に先駆けて設立、活用している。
  • 農業
高原の気候と、松山への近さを生かした野菜等の農業が行われている。トマト、とうもろこし、ピーマンなどのほか、果樹としてリンゴ等も栽培されている。一部は、松山市等の在住者向けの市民農園観光農園となっている。なお、久万高原町をエリアとする農業協同組合は広域合併した松山市農業協同組合である。
  • 観光
面河渓石鎚山御三戸四国カルスト皿ヶ嶺など春の新緑、夏の涼や秋の紅葉を求めての山岳観光は従来から有名である。その他、観光農園や、久万地域には町営ラグビー場があり、ラグビーや陸上競技合宿が行われることが多く、民宿も10軒余りある。

地域

人口

テンプレート:人口統計

教育

高等学校

中学校

小学校

社会教育

公民館

久万地区公民館
  • 明神分館、落合分館、上直瀬分館、下直瀬分館、二名分館、露峰分館、父野川分館、久万分館、野尻分館、上畑野川分館、下畑野川分館
面河地区公民館
  • 前組分館、相の峰分館、笠方分館、渋草分館、城山分館、中組分館、若山分館
美川地区公民館
  • 仕七川分館、東川分館、黒藤川分館、二箆分館、美川西分館、美川南分館
柳谷地区公民館
  • 中津分館、西谷分館、柳井川分館

博物館

図書館

体育施設

その他

交通

バス

松山駅久万高原駅落出駅間の普通便が運行されている。
かつては、松山高知急行線として、松山駅〜高知駅間で、JR急行バス「なんごく号」が運行されていたが、高知自動車道の開通などにより、松山〜高知間の特急バス路線は所要時間と快適性に勝る高速道路経由となり、松山〜高知間の国道33号を走る急行便はなくなった。
さらにさかのぼると、戦後しばらくまでは国鉄バスが西谷まで運行されており、1953年(昭和28年)の「時間表」折込の路線図に路線と「古味」(こみ)という末端停留所名が見える。当時を知る関係者によると、林業景気に沸き、時には乗れない人が出るくらいお客が多かったとのことである。
久万営業所から町内の面河(おもご)、御三戸(みみど)方面への路線もあるが、本数はあまり多くない。主に通学に利用されている。
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ごうかく駅
国道440号沿いにある久万高原町営バスの駅。
古味線の途中にある「ごうかく」停留所は、受験生の守り神として毎年受験シーズン前に話題となり、専用切符も売り出される。その専用切符は、同路線の「旭(朝日)」〜「ごうかく(合格)」、「ごうかく(合格)」〜「大成(おおなると読み、大成(たいせい)の意味で解釈)」、と2つの切符に分かれている。
簡単に解釈すれば、『朝日が昇って受験をしたら、合格して大きくなっていく』
JR四国バスの急行「なんごく号」廃止後、落出駅〜佐川駅間を1日2便(休日は運休)運行する。[2]

道路

一般国道

都道府県道

主要地方道
一般県道

道の駅

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

久万高原は、 旧久万町において使用されている観光案内上の地名であり、「四国の軽井沢」とも自称していた。結局、その通り・響きの良さもあいまって、平成の市町村合併後の新町名ともなった。

名所

四国八十八箇所
山岳・渓谷
スポーツ施設
その他

祭り・イベント

名産

  • 農産物 - りんご、トマトレタスまいたけ、しいたけ、美川など
  • 農産加工品 - はったい粉、美川そうめん、手延べうどん、やまごぼうみそ漬、ヨモギ粉、わさび酢漬、さしみコンニャク、山菜五色煮、とうふの梅漬
  • 林産物 - 久万銘木
  • 工芸品 - 伊予すだれ、木工品
  • 魚・同加工品 - あまごの甘露煮、アメノウオ
  • その他 - 「合格」きっぷ、「合格」破魔矢

出身有名人

その他

脚注

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外部リンク

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  1. テンプレート:Cite press release
  2. テンプレート:Cite web