レジオネラ
レジオネラ (Legionella) は、レジオネラ属に属する真正細菌の総称であり、グラム陰性の桿菌。レジオネラ肺炎(在郷軍人病)等多くのレジオネラ症を引き起こす種を含む。少なくとも46の種と、70の血清型が知られている。通性細胞内寄生性菌である。
目次
発見
1976年にアメリカ合衆国ペンシルベニア州テンプレート:仮リンクの大会が開かれた際、参加者と周辺住民221人が原因不明の肺炎にかかり、一般の抗生剤治療を行なったが34人が死亡した。ウイルス、リケッチア等が原因の候補に挙げられたがそれらしいものは検出されず、新種のグラム陰性桿菌が患者の肺から多数分離された。発見された細菌は在郷軍人 (legionnaire) にちなんで Legionella pneumophila と名づけられた。種形容語の pneumophila は、本菌が肺に感染することから、「肺(ギリシア語でpneumōn)を好む (-phil)」を意味する。この集団感染事件は、在郷軍人会の大会会場近くの建物の冷却塔から飛散したエアロゾルに起因していたとされている。
特徴
レジオネラ属菌は2 - 5µm位の好気性グラム陰性の桿菌で、一本以上の鞭毛を持っている。
通常の細菌検査用培地では生育しないが、これはグルコースなどの糖を利用できない事に起因する。このため培養の際にはレジオネラがエネルギー源および炭素源として利用できるシステインやセリン、スレオニンなどの特定のアミノ酸を加える必要がある。特にシステインは必須である。脂肪酸により発育阻害を受けるためこれらを除去しなければならない。また、有機鉄も要求する。培養条件は厳しく、pHが6.7~7.0でないと増殖せず、至適温度は36°Cである。分裂周期は数時間で、増殖には時間がかかり、バンコマイシン等の抗生物質を加え他の菌の生育を抑えて培養する。
環境中では人工培地とは異なり幅広い環境で生育可能である。主に沼や河川などの水の中や、土壌に存在している自然環境中の常在菌の一種としても知られる。レジオネラは通性細胞内寄生性であり、これらの場所ではアメーバなどの原生生物など他の生物の細胞内に寄生したり、藻類と共生しており、これによってさまざまな環境での生育が可能になっていると言われている。上記の人工培養条件下で必要とされる厳しい栄養要求は、当然のことながら他の生物の細胞内では容易に得られるものである。水中でも長期間( - 数年)生存できる。
ヒトの生活する環境においても、大量の水を溜めて利用する場所でレジオネラが繁殖する場合が知られている。特に Legionlla pneumophila は、空調設備に用いる循環水や入浴施設においてよく見られ、しばしばこれらの水を利用する際に発生する微小な水滴(エアロゾル)を介してヒトに感染する。
レジオネラを含んだエアロゾルがヒトに吸入されると、レジオネラは肺胞に到達し、そこで肺胞のマクロファージに貪食される。しかし、レジオネラは通性細胞内寄生性であり、その殺菌機構を逃れてマクロファージ内で増殖することが可能である(→サルモネラのマクロファージでの増殖参照)。レジオネラはマクロファージに取り込まれる際に出来る食胞に作用し、食胞膜の性質を変化させてリソソームとの結合性を失わせるとともに、その変化した食胞 (LCV, Legionella containing vesicle) 内で増殖する。LCVは、粗面小胞体と同様にリボソームが表面に結合した、多重の膜構造を持つ小胞であり、この小胞を形成することでレジオネラは分解されることなく細胞内に感染することが可能だと考えられている。
人工環境では、レジオネラはしばしばアカントアメーバなどのアメーバ類に寄生していることが知られているが、この生活様式が衛生学上、レジオネラを除去しにくいことに関わっている。これらの自由生活アメーバは浴槽などの表面に形成される、主として細菌や藻類のコロニーに起因する粘液状の微生物層(バイオフィルム)に付着して生活していることが多いため、レジオネラは循環式のろ過処理設備から逃れて増殖可能である。レジオネラ自身、単独でもバイオフィルムの形成が可能である。またバイオフィルムの存在と、アメーバの細胞内に寄生していることによって、レジオネラに対して消毒薬が直接到達しにくいため、消毒薬の効果が妨げられる。さらに自由生活アメーバの中には、生育環境が悪化するとシスト(嚢子、のうし)と呼ばれる、耐久型の構造を形成するものがあり、この状態では熱や消毒薬に対する抵抗性が増加するため、内部のレジオネラが保護される形になって完全な除菌が難しくなるという問題が生じる。
病原性
レジオネラは環境中に普通に存在する菌であり、通常では感染症を引き起こすことは少ない。しかしながら感染しやすい環境に示すような環境下では、特に高齢者等抵抗力の少ない人々にとって、主にレジオネラ属の一種、L. pneumophila が、ヒトのレジオネラ感染症(レジオネラ肺炎およびポンティアック熱)の原因になる。
- レジオネラ肺炎
- 2 - 10日の潜伏期間を経て高熱、咳、頭痛、筋肉痛、悪感等の症状が起こる。進行すると呼吸困難を発し胸の痛み、下痢、意識障害等を併発する。死亡率は15% - 30%と高い。
- ポンティアック熱
- 多量のレジオネラを吸い込んだとき生じる。潜伏期間は1 - 2日で、全身の倦怠感、頭痛、咳などの症状を経て、多くは数日で回復する。
レジオネラ感染症は、1976年に初めて報告された新興感染症であり、日本では感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律によって四類感染症に指定されている。これは日本でのレジオネラ発生の増加を踏まえて2003年の改正の際に行われたものであり、従前の感染症法では規定されていなかった、汚染施設の消毒などに対する行政措置が可能になるような改正が盛り込まれた。
感染しやすい環境
前述のようにレジオネラの病原性は低く、健康人がただ風呂に入っただけでは感染しない。空調冷却水内で増殖した菌が冷却塔(クーリングタワー)から飛散したり、入浴施設の水循環装置や浴槽表面で増殖した菌がシャワーなどで利用されたり、浴槽の気泡装置で泡沫に含まれたりしてエアロゾルとなり、それが気道を介して吸入され、肺に存在するマクロファージ(肺胞マクロファージ)に感染することによって発病する。日本でも毎年数人がレジオネラにより死亡している。
感染源
特に日本では入浴設備からの感染事例が多い。1996年レジオネラの存在が確認され易いとして、通産省から製造元・発売元に家庭用24時間風呂浴水の衛生対策の要請がなされた。これを受け、1997年レジオネラ対策24時間風呂が各社から発売されている。これ以降も各地の温泉や共同入浴施設では、感染して死者が出ているのが現状であり、衛生管理の難しさを物語っている。前述のように、レジオネラは入浴施設で多用される濾過循環装置の濾材では、処理できない。そのため循環式浴槽を持つ共同入浴施設では、
- 塩素消毒を行い、また定期的に湯をおとし清掃すること(レジオネラ繁殖を抑制する)
- 泡風呂にしないこと、湯面より高い位置にある注ぎ口ではなく浴槽内から循環させること(エアロゾル形成を抑制する)
の二点が指導されている。
また、L. longbeachae による疾患も報告されており、こちらは土壌に存在する病原菌が園芸用のたい肥等を通じて感染する事が多い。
新潟県新潟市で超音波式加湿器を使用していた男性が2007年10月上旬にレジオネラ症で死亡した。この件について同市は11月21日、家庭用の超音波式加湿器が感染源の可能性が高いと発表した。同市保健所によると、死亡した男性の痰(たん)の菌と、部屋で使用していた超音波式加湿器に付着していた菌の遺伝子パターンが一致した。超音波式加湿器は、殺菌に必要な加熱をせずに水を霧状の水滴にするため、レジオネラ属菌が増殖しやすい。厚生労働省も1999年の防止指針で「最も危険性が高い」と警告している。
埼玉県北本市の温泉施設で、利用客からレジオネラ菌が検出され、男性客1人が2014年6月上旬に死亡した。 同店の浴槽水からは、県の基準を上回るレジオネラ菌を検出。死亡した男性から採取された菌と検出された菌の遺伝子パターンが一致した。
レジオネラは、水道の蛇口やシャワーヘッドにも存在する。特にシャワーヘッドは、エアロゾルが形成されるために、2週間に一度の塩素殺菌が望まれる。また、変わった感染例では、車のエアフィルターからのレジオネラ肺炎の感染例が海外の報告にあった。
東かがわ市直営の白鳥温泉(香川県東かがわ市入野山)の、女性浴場でも、基準値を超えるレジオネラ菌が検出されたこと[1]が、2007年10月16日に分かり、この事態を受け、市は女性浴場の清掃と消毒を実施したことがあった(男性浴場は基準値内だった)。
汚染状況
- 循環式
- 掛け流し式
- 従来、循環式よりは汚染の程度は低いと考えられているが、宮城県保健環境センターによる22施設の調査では、約30%の施設で公衆浴場法および旅館業法施行細則の基準を超える汚染が確認され[2]、浴槽内の菌と浴槽付近のぬめりの菌のPFGEパターンが一致し、周囲のぬめりが浴槽の汚染源になっている可能性を報告している。同時に、掛け流し式温泉に於いても十分な衛生管理を行い感染事故の防止の必要があるとしている。
日本における主なレジオネラ感染事例
- 1996年1月 東京都新宿区の大学病院で、新生児3名が発症し、うち1名が死亡した。加湿器が感染源と考えられた。
- 1999年6月 愛知県で自宅の24時間風呂で水中分娩したことにより新生児が感染し、死亡した。
- 2000年3月 静岡県掛川市内にオープンした複合レジャー施設内の温泉が感染源となり、23名が発症し、うち2名が死亡した。
- 2000年6月 茨城県石岡市にオ-プンした入浴施設が感染源となり、143名が発症し、うち3名死亡した。
- 2002年7月 宮崎県日向市にオープンした温泉入浴施設が感染源となり、295名が発症し、うち7名が死亡した。
- 2002年8月 鹿児島県薩摩郡東郷町(現薩摩川内市) の温泉施設が感染源になり、9名が発症し、うち1名が死亡した。
- 2007年10月 新潟県新潟市で超音波式加湿器が感染源となり、男性1名が死亡[3]。
- 2008年2月 前年8月に鹿児島県指宿市内の足湯で、高圧洗浄機で浴槽を清掃していた男性1名が発症していたことが判明。全国初の足湯での感染に至った。
- 2011年10月 群馬県みなかみ町の旅館に宿泊した60歳代の男性が入浴施設が感染源となり、発症し、死亡した。
- 2012年11月 埼玉県日高市にある温泉施設の浴槽が感染源となり、利用した客4人が発症。
- 2013年2月 千葉県船橋市の入浴施設を利用した60歳代の男性が発症し、死亡した。
- 2014年6月 埼玉県北本市の温泉施設を利用した男性客3人が、発熱や呼吸困難などの症状を訴え、60歳代の男性が死亡した。
海外における感染事例
- 2012年夏。カナダのケペック州でレジオネラ症感染者が続出した。CNNのリポートでは、9月3日に165人感染、10人死亡[5] CBC・モントリオール発信では、11人の死亡を報告した[6]。9月7日の保健所の発表では、176人の感染と11人の死亡、感染元となった冷却塔からの感染は終息の兆しとなった[7]。
- 2005年のカナダのトロント市では、21人が死亡し、127人が感染した[8]。
治療法
細胞内寄生菌であるため、細胞内への浸透性の悪い薬剤の効きが弱い。またβ-ラクタマーゼを産生するものが多いため、ペニシリン、セフェム系の抗菌薬は効かない。食細胞内に移行性の高いマクロライド系、ニューキノロン系、リファンピシン、テトラサイクリン系の抗菌薬を投与する。
関連項目
脚注
- ↑ [1]
- ↑ 掛け流し式温泉における微生物生息状況 (pdf) /2006 宮城県保健環境センター
- ↑ 家庭用超音波式加湿器が感染源と考えられたレジオネラ症の1例 国立感染症研究所
- ↑ 天然鉱石を使用した入浴施設が原因であると推定されたレジオネラ感染事例-群馬県 国立感染症研究所
- ↑ CNN.co.jp 9月3日(月)11時9分配信
- ↑ [2]
- ↑ The Canadian Press Friday September 7, 2012 17:44配信 [3]
- ↑ CBC Montreal 9月7日19時33分配信 [4]
外部リンク
- レジオネラ症について - 横浜市衛生研究所 感染症・疫学情報課
- 旅館・公衆浴場等におけるレジオネラ症防止対策についてのホームページ - 厚生労働省
- 抗レジオネラ用空調水処理剤協議会
- 舘田一博:レジオネラ感染症の最新の診断と治療 (pdf) 埼玉医科大学