ルリクワガタ属
ルリクワガタ属は昆虫綱甲虫目クワガタムシ科に属する比較的古いタイプの分類群のひとつ。日本を含む東アジアやヨーロッパ、北アメリカなどの冷涼な温帯地方に生息する。
体長は1cm程度、雄の大顎も大きく発達せず、決して目立った属ではないが、青、緑、黄色など色彩変異に富んだ瑠璃色に輝くことから、熱心な収集家も多い。
他のクワガタムシとは違い、春から初夏にかけて、標高の高いブナ帯に現れる。採集方法はこの属はブナの新芽を傷つけて吸汁することが知られているため春に新芽を見て回ることや冬に立ち枯れや倒木などの材を材割りして蛹室内で越冬中の成虫を採集することが多い。成虫が小型で寿命が短いこと、気温の高い都市部では温度管理は必須であることなどから1990年代以降のクワガタ飼育ブームでも注目されることはなかった。
種類
世界で30種程が記載されている。もともと小さい上に、微妙な色合い、発達の悪い大顎の形状や前胸背板の形、交尾器の形態などによって見分けるため、慣れなければ非常に難しいし、確実な同定には双眼顕微鏡が必要となる。また、雌雄の判別も難しく、高山に住んでいる事も本種の生態の解明を阻んでいる。
日本
4種が生息する。
- ルリクワガタ Platycerus delicatulus Lewis, 1883
- コルリクワガタ Platycerus acuticollis Y. Kurosawa, 1969
日本国内で最も個体数が多いルリクワガタ属。前胸後縁左右両端が尖っている。幼虫は林床、地面に埋もれ掛けた水分の多い朽木に棲む。成虫は春期にブナ等の新芽に盛んに飛来する。
- 地域ごとに多くの亜種があるが、種単位でさえ判別が難しいため、亜種を判別するのは更に難しい。
- ホソツヤルリクワガタ Platycerus kawadai Fujita et Ichikawa, 1982 - 和名検討中に「ニセルリクワガタ」という名が候補に挙がったほどルリクワガタに似るが、青みと光沢がより強い。また、オスの大顎外縁基部が切れ込む。幼虫が比較的水分の少ない朽木に棲むのもルリクワガタと同様だが、本種は太さが人の腕ほどしかない細めの朽ち枝に多い傾向にある。関東地方から中部地方に生息する。♂は緑または青、♀は緑色でルリクワガタ属のなかでも美麗。
最近の知見
2007年11月、井村有希は雌雄の交尾器、特に雄交尾器の内袋を完全に反転膨隆させて形質を比較することで、日本鞘翅学会の英文誌"Elytra"に日本産ルリクワガタ属の分類を再検討する論文2報を発表した [1] [2] 。これらの論文でタカネルリクワガタ Platycerus sue Imura が新種記載されるとともに、従来、ニセコルリクワガタ Platycerus sugitai(基産地四国)の紀伊半島に産する群とされた個体群がキイルリクワガタ Platycerus akitaorum、九州に産する群とされた個体群がキュウシュウルリクワガタ Platycerus urushiyamai と種に格上げされ新たに新種記載、Platycerus sugitai の和名はシコクルリクワガタとあらためられた。 タカネルリクワガタを含めた上記4種は、外形的にはよく似ているが、井村によると雌雄生殖器の形態が大きく異なり既知種との判別は容易であるとされている。
またここで新種タカネルリクワガタ Platycerus sue Imuraについては、生息地が四国の石鎚山の一部であり、産地名の公表が採集者の殺到と乱獲を招きかねないため、分布範囲、生息環境、生態等に関するより詳細な知見が明らかになり、かつ保全対策に対する目処が立つまで、産地名の公表は差し控えたいとしており、詳細な原記載産地が公表されない形で新種記載が行われるという異例の事態となった(のち記載者らにより公表された)。[3]
また、ルリクワガタ Platycerus delicatulus については、1969年のコルリクワガタの記載以前はルリクワガタ属の各種が「ルリクワガタ」と称されていたことなどから、混乱を避けるため、種としての和名を「オオルリクワガタ」と変更することが提案されている。
これら井村に従えば、本邦産のPlatycerus属は次の7種となる。
- オオルリクワガタ Platycerus delicatulus Lewis, 1883 [ルリクワガタの和名改称]
- ホソツヤルリクワガタ Platycerus kawadai Fujita et Ichikawa, 1982 - 関東地方から中部地方に生息する。♂は緑または青、♀は緑色でルリクワガタ属のなかでも美麗。
- コルリクワガタ Platycerus acuticollis Y. Kurosawa, 1969 - 地域ごとに多くの亜種があるが、種単位でさえ判別が難しいため、亜種を判別するのは更に難しい。
- シコクルリクワガタ Platycerus sugitai Okuda et Fujita, 1987 - 四国に生息する。[ニセコルリクワガタの原記載産地個体群である四国産個体群:和名改称]
- キイルリクワガタ Platycerus akitaorum Imura, 2007 - 紀伊半島に生息する。[ニセコルリクワガタの紀伊半島産個体群とされていたものを新種記載]
- キュウシュウルリクワガタ Platycerus urushiyamai Imura, 2007 - 九州に生息する。[ニセコルリクワガタの九州産個体群とされていたものを新種記載]
- タカネルリクワガタ Platycerus sue Imura, 2007 - 四国石鎚山に生息する。体長9、8mm~12、1mm。2007年に[新種記載]され2008年3月26日から2011年3月25日まで絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律による緊急指定種に指定されていたがこの間産地を公表しなかったため新しい産地で本種を採集しても違法になる可能性があると批判もあった(後に記載者らにより産地は公表された)。
※なお日本鞘翅学会などの調査で生態的特性の近いコルリクワガタと比較しても生息密度が高いことや生息地は国定公園や森林生態系保護地域などにより保護されていることや生息地が急峻な斜面であるため人工構造物を設置することや捕獲は難しいなどの理由で絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律による国内希少野生動植物種への指定は後に見送られることになる。
中国
最近新種の記載が多く、現在10種余りが知られている。
- テツイロコルリクワガタ Platycerus tabanai
- 陝西省に生息する。銅色だが光沢はない。
- キタワキルリクワガタ Platycerus kitawakii
- 大巴山に生息する。
- ルゴススコルリクワガタ Platycerus rugosus
- 大巴山に生息する。前種とは、艶がないことで区別できる。
ヨーロッパ
種や亜種の整理がされておらず、いくつか形態などの点で異質な個体群が確認されているものの、ヨーロッパルリクワガタの亜種なのか独立種なのかもはっきりとしていない。これからの研究が期待される。
中国産に極めて近い種類が多いとされている。
- ヨーロッパルリクワガタ Platycerus caraboides
- ヨーロッパとその周辺に広く分布する本属の基準種。大顎は小さく、全体的に青味がかる個体が多い。
- カプレアルリクワガタ Platycerus caprea
- P.caraboidesによく似るが、より大型になり形態に若干の違いがある。分布は前種と重なる部分が多いが、地域により住み分けていると思われる。
- トゲアシルリクワガタ Platycerus spinifer
- イベリア半島に分布する。名前通り、脛節の棘が他種よりも目立つ。また、大腮は基部が外側に張り出す。黒っぽい個体が多い。
- コーカサスルリクワガタ Platycerus caucasicus
- コーカサス地方特産。大型個体はオレゴンルリクワガタに似た細長い大腮を持つ。体色は青~青紫で、光沢がやや強い。
- プリミゲニウスルリクワガタ Platycerus primigeius
- 前種と同じくコーカサス地方に分布する。体色は緑がかり、特に前胸背板の光沢が強い。
北アメリカ
北アメリカにはルリクワガタ属の他に、後述するニセルリクワガタ属と、ムカシルリクワガタ属の3属が分布している。
- オレゴンルリクワガタ Platycerus oregonensis
- オレゴン州などの西部に生息する。
- ビレスケンスルリクワガタ Platycerus virscens
- 東部に生息する。
近縁な属
ルリクワガタ属以外にも、「ルリクワガタ」とつく属がいくつか存在し、それらはルリクワガタ属ほど金属光沢がない。ムカシルリクワガタ属(Platyceropsis)と、ニセルリクワガタ属(Platyceroides)の2属に分かれている。
このうち、ムカシルリクワガタも、ニセルリクワガタも、あまりルリクワガタのスマートな形状に似ておらず、ズングリして、地味な色彩の姿はルリクワガタというよりは、ゴミムシダマシ類や、マグソクワガタ類に似ており、化石などで見つかる原始的なクワガタムシにも形状が似ている。
- オパクスニセルリクワガタ Platyceroides opacus
- カリフォルニア州に生息している。
- ラティコリスニセルリクワガタ Platyceroides laticollis
- オレゴン州に生息している。
- ムカシルリクワガタ Platyceropsis kenni
- 北アメリカ西部や、クイーンシャルロッテ島に生息。
外部リンク
脚注
テンプレート:Reflist- ↑ テンプレート:Citation.邦題は『日本産ルリクワガタ属の雄交尾器内袋構造と2新種の記載』。雄交尾器の内袋構造の検証により、日本産ルリクワガタ属の分類を再検討するとともに、キイルリクワガタとキュウシュウルリクワガタの新種記載を行っている。著者の井村は医師を本業とするがオサムシの系統分類においても日本を代表する研究者のひとりで、生命誌研究館のオサムシ研究グループに加わって大きな成果を挙げている。雄交尾器の内袋を反転膨隆させて形態を精査する手法は、オサムシの系統分類の研究で伝統的に有力な研究手法とされてきたもので、ゴミムシの系統分類の研究でもしばしば行われる。クワガタムシ科の属するコガネムシ上科ではコガネムシ科のスジコガネ亜科などで検証されているが、体サイズの小さいルリクワガタ属では反転膨隆させる操作そのものが困難なこともあり、ほとんど注目されたことはなかった。キイルリクワガタの種小名の akitaorum は三重県と奈良県を主たる研究フィールドとしている高名な甲虫研究家秋田勝己とちひろ夫人へ、キュウシュウルリクワガタの種小名の urushiyamai は、九州のルリクワガタ属相の解明に貢献した漆山誠一への献名。
- ↑ テンプレート:Citation.邦題は『本邦から発見されたルリクワガタ属の顕著な1新種』。タカネルリクワガタの新種記載論文。前胸背板の後角が尖るコルリクワガタ群に属すが、雌雄交尾器の形態が大きく異なるため、容易に既知種から識別できるとしている。また当時は四国の石鎚山の一角からしか採集されておらず、分布が極めて局地的と考えられていたため、採集者の殺到と乱獲、それによる環境破壊、社会問題を避けるため、分布範囲、生息環境、生態などがより詳細に判明し、保護対策にめどがつくまで産地公表を控えるとしている(のちに記載者らにより産地は公表された)。種小名の sue は、著者の夫人への献名で、愛称のスーによる。
- ↑ 実際この新種記載を受けてタカネルリクワガタの標本がネットオークションにかけられ高額で落札される例が見られたこともあり、環境省がネット売買による乱獲を危惧し、2008年3月24日から2011年3月25日まで「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」による緊急指定種に指定されていた(下記参照)。