ラップ
ラップ(rap)とは、音楽手法、歌唱法のひとつ。小節の終わりなどで韻を踏みながら、あまりメロディを付けずに、リズミカルに喋るように歌う方法の事である。ヒップホップ四大要素の一つ。稀にMCingと呼ばれることもある。
この歌唱法で作られた音楽のジャンルを指してラップと呼ばれることもある。ただし、ラップとは上記のような歌唱法を指す言葉なので、ジャンルを指しては、ラップ・ミュージックやヒップホップ・ミュージックなどと呼んだほうが正しい。
ラップをする人のことをラッパー(rapper)やMCと言う。
概要
メロディをあまり必要とせず、似た言葉や語尾が同じ言葉を繰り返す、韻(ライム)を踏むのが特徴的で、口語に近い抑揚をつけて発声する唱法。曲の拍感覚に合わせる方法(オン・ビート)と合わせない方法(オフ・ビート)がある。レゲエにおけるディージェイが行うトースティングによく似ているが、抑揚の付け方が異なる他、トースティングは独特のメロディを付けることが多いという違いがある。しかし、普通の歌のようにメロディを付けた物[1]や、トースティングのような抑揚の付け方やメロディの物[2]でラップと呼ばれる物もあり、唱者がどのような手法を得意としているかにも因ることがある。
ミクスチャー・ロックにラップを取り入れたものはラップメタルなどと呼ばれ、上記のラップ・ミュージックとは区別される。他にハウス・ミュージックやテクノポップにも取り入れたものもある。
語源
もとは擬音語で、トントン、コツコツ、といった物音を意味する。心霊現象のひとつであるラップ現象(ラップ音)はこの意味である。
俗語としてはさまざまな意味に転じたが、黒人英語では「おしゃべり」や「会話」の意味し、そこから「喋るような歌」という意味に広がった。
歴史
誕生の場は1960~70年代、アメリカニューヨークでみられたブロック・パーティーだと言われるが、古くはアフリカン・グリオ(文盲者に口伝で歴史や詩を伝える者達)にそのルーツが見られ、マルコムXやキング牧師といった政治的指導者のスピーチも大きく影響を与えている。モハメド・アリのインタビューなどで見られた言葉遊びによって、より広まったといわれる。レゲエにおけるトースティングにも影響を受けていると考えられており、トースティングがレコードに収録されているインストゥルメンタルに乗せて行うように、DJがプレイするブレイクビーツに乗せて行ったのが初期のラップの形だと考えられている。あらかじめ用意した歌詞(リリック)ではなく、即興で歌詞を作り、歌詞とライムの技術を競うフリースタイルもある。
また、「ラップする者」を意味するラッパー(rapper)は、1979年シュガーヒル・ギャングのシングル「ラッパーズ・デライト(Rapper's Delight)」のヒット以降に広まった呼称で、人によってはこの呼び名を嫌がり、特にオールド・スクール世代や一部の日本人の「ラップする者」はRun-D.M.C.が名付けたMC(master of ceremony)という名称を好んで使う。ヒップホップ発祥のアメリカでは、ニュー・スクール世代には「ラッパー」という呼称も最近は普通に使われる。日本でも若い世代には定着しており、自称「ラッパー」が増えてきている。
ちなみに、最初に全米1位になりMTVで最初に流されたラップ・ミュージックは、1981年にリリースされた、ブロンディの「ラプチュア(Rapture)[1]」であり[3]、その所為かラップの語源がRapture(ラプチュア)と混同されることが本国アメリカにおいて多々ある。
日本におけるラップ
歴史
1980年代以降、ヒップホップミュージックの隆盛に合わせ、近田春夫やいとうせいこうらにより日本語によるラップの試みが行われ[4]、読経をベースに日本語で押韻する技法が開発されていき、次第に広まりをみせた。1982年、小林克也率いる「ザ・ナンバーワン・バンド」が、「うわさのカム・トゥ・ハワイ」で、広島弁ラップという試みを行なった[5]。1984年には佐野元春が「COMPLICATION SHAKEDOWN」や「COME SHINING」等の楽曲でラップへの接近を試み[6]、同年吉幾三が「アメリカのヒップホップを参考にして」制作した「俺ら東京さ行ぐだ」はオリコンシングルチャート4位のヒットを記録した[7]。また同年、『涙のtake a chance』でブレイクダンスを導入した風見しんごは、1985年の『Beat On Panic』で同様に一部ラップを取り入れていた。1994年に、スチャダラパーの「今夜はブギーバック」やEAST END×YURIの「DA.YO.NE」がヒットしたことなどをきっかけに、以後ラップはJ-POPなど日本のポピュラー音楽にも取り入れられる手法となった。
言語と技法
日本人アーティストによるラップは日本語によって行われることが多い[8]。しかし、日本語は英語とは文法や発声法、音韻が大きく異なる。そのため、日本語のラップはしばしば倒置法や喚体句などの修辞技法や、半韻や多重韻、英語風の発音が使用され[8]、しばしば喋り言葉とはかけ離れた語調・文体となる。近田春夫などは、この日本語のラップにおける不自然な日本語に対し否定的見解を示しているが[9]、一方でMummy-Dなどのように、日本語のラップが既存の日本語詩とは異なる表現技法や詩情を開拓した点を肯定的に捉える意見も存在する[10]。また、YMOなどは英語で、Shing02は曲ごとに日本語と英語を使い分け、SOUL'd OUTやVERBAL、KM-MARKITなどは曲中で多言語を混交させるバイリンガルスタイルでラップを行っている。
関連用語
主なものを取り上げる。
- リリック(lyric) - いわゆる歌詞。普通は抒情詩の意味で使われる言葉だが、叙事的な内容の場合もリリックという。
- 韻 - 語尾の母音を合わせることや、子音も含めて似た響きの言葉の繰り返し。単語単位に限らず、文全体として似た響きを繰り返したりもする。動詞の場合は「韻を踏む」と表現する。
- ライム(rhyme) - 韻を踏む行為。
- フロウ(flow) - ラップの手法。ラップの節回し、節の上げ下げなど。多くの場合、メロディに乗せた歌の部分を指す。拡大解釈され、ラップの個性など。「彼のフロウは真似できない」など。
- フリースタイル(free style) - 無構成の音に自由な型のラップをハメる事。また、最近では、ある程度即興でリリックを考え、ラップする事もフリースタイルと呼ばれる様になってきている。フリースタイルバトルでは、お互いがリリックの内容で攻撃し合う。実際の大会では、有能な対戦相手の弱点を研究し、対策リリックをある程度作ってから臨むこともある。一方で特に即興性の高いものはトップ・オヴ・ザ・ヘッドと呼ばれる。 フリースタイルのイベント・大会等も開催されている。海外アーティストではJINなどがフリースタイル大会の出身者である。
- ビーフ(beef) - アーティスト間の論争、(非物理的な)喧嘩の事。1984年に放送されたアメリカのウェンディーズのCMで架空のチェーン店がハンバーガーと称する、クッションのように大きいパンに挟まった小さな肉におばさんが憤慨して「Where's the beef?(肉はどこにいったの?)」といったのが語源。CMはウェンディーズが競争相手のマクドナルドやバーガーキングより中身の牛肉のパティが多いことを印象づけるためのものであった。流行語となり、この年の大統領選挙の民主党候補を決定する予備選挙で政策の中身の優劣を議論する際にスローガンとして使われた。
- ワック(wack) - スラングで不出来な、あるいは偽物の意。「ワックMC」等、他のアーティストをディスる(批判する)時に使用する。
- マイクリレー(mic relay) - 複数のMCが決められた小節を担当し、楽曲をつないでいくこと。
関連項目
脚注
- ↑ ネリー (ラッパー)「Dillemma」など
- ↑ KRS-One「The Bridge is Over」など
- ↑ http://www.vh1.com/shows/dyn/pop_up_video/50274/episode_about.jhtml
- ↑ 大石始いとうせいこう インタビュー - e-days.cc、2010年6月9日閲覧。
- ↑ 平山雄一『弱虫のロック論 GOOD CRITIC』角川書店、2013年、p.148、『SWITCH』(VOL.30.2012年7月、スイッチ・パブリッシング)p.19-21、SPEEDSTAR ONLINE - Victor Entertainment - 小林克也&ザ・ナンバーワン・バンド
- ↑ 「OPUSコラム第23回 佐野元春」 - 『bounce』256号、2004年、2010年6月9日閲覧。
- ↑ 「宇多田ヒカル、Perfumeとコラボ 吉幾三「俺ら東京さ行ぐだ」大人気」 -J-Castニュース、2008年04月22日、2010年6月9日閲覧。
- ↑ 8.0 8.1 Shigeto Kawahara"Half rhymes in Japanese rap lyrics and knowledge of similarity"『Journal of East Asian Linguistics』Volume 16, Number 2(2007年6月)掲載、2010年6月9日閲覧。
- ↑ 菊地成孔『CDは株券ではない』2005年、ぴあ、ISBN 978-4835615639、P11 - 17
- ↑ 猪俣孝『ラップのことば』P-Vine Books、2010年、ISBN 978-4860203825