ニコチン
ニコチン (テンプレート:En) は、アルカロイドの一種の有毒物質である。揮発性がある無色の油状液体で、化学式は C10H14N2。主にタバコ属(ニコチアナ)の葉に含まれる。
天然由来の物質であり、即効性の非常に強い神経毒性を持つ。半数致死量は人で0.5mg~1.0mg/kgと猛毒で、その毒性は青酸カリの倍以上に匹敵する。人体に対して神経毒としての有害性は持ち、ニコチン自体に発癌性はないが代謝物であるニトロソアミンに発癌性が確認されている[1]。
複数回の摂取によりニコチン依存症を発症させる。WHO世界保健機関は「ニコチンはヘロインやコカインと同程度に高い依存性がある」と発表している[2]。 しかし日本の柳田知司はアカゲザルの実験を元に、「ニコチンは依存性薬物ではあるものの、身体的な依存性は有ったとしても非常に弱いもので精神依存の増強は認められず、その精神依存性は他の依存性薬物と共通する特性が見られるものの主要な依存性薬物と比較して明らかに弱いこと、また精神毒性(例えば、ニコチンの摂取は自動車の運転などの作業に悪影響を及ぼさない)も依存性薬物の中では唯一、これが認められない」と発表している[3]。柳田知司の実験結果は日本たばこ産業の公式サイトに採用され掲載されている。
ほぼ全ての生物に対して毒性を発揮するため、殺虫などの用途で使用されている。しかし人間に対しても毒性を発揮するため、近年テンプレート:いつは昆虫などに対してのみ選択的に毒性を発揮するよう改良されたネオニコチノイドなどが開発され使用されるようになった。
「ニコチン」の名前は1550年にタバコ種をパリに持ち帰ったフランスの駐ポルトガル大使ジャン・ニコ(テンプレート:Fr, 1530年 – 1600年)に由来する。
目次
合成経路
トリプトファンを出発物質としてキヌレニン経路の数段階の合成経路を経てニコチン酸がまず出来上がる。そして、ニコチン酸にオルニチン由来のピロリジン環が付加することでニコチンが合成される。また、ニコチン酸にリシン由来のピペリジン環が付加する事で、類縁化合物のアナバシン (テンプレート:En) が合成される。
なお、ニコチンはタバコ葉内にリンゴ酸塩、またはクエン酸塩として存在する。ニコチンの類縁化合物はアナバシンを含めて30種類以上あり、ニコチン系アルカロイドと総称されている。
薬理作用
ニコチンは主に中枢神経および末梢に存在するニコチン性アセチルコリン受容体 (nAChR) に作用することで薬理作用を顕すと考えられている。nAChRは中枢神経の広範囲に分布しているため、ニコチンは脳の広い範囲に影響を与える。依存性薬物の中で唯一、精神毒性がない[4]。
そのうち、特に依存性の形成に関与する部位として中脳辺縁系のドーパミン神経系が挙げられる。中脳の腹側被蓋野、側座核などの nAChR にニコチンが結合すると、直接的あるいはグルタミン酸の放出を介してドーパミン系神経の脱抑制を起こす。このドーパミン神経系は「報酬系回路」として知られており、快の感覚を個体に与えるため、強化行動をひき起こす。テンプレート:要出典がテンプレート:要出典、麻薬とはされておらず、毒物に指定されている。末梢においては、中枢神経からの間接的な作用と、末梢の nAChR に作用することで毛細血管を収縮させ血圧を上昇させるが、ヒトにニコチン 1.5 mg/分を5分間静注すると脳血流が増すという報告[5]もあり、縮瞳・悪心・嘔吐・下痢などをひきおこす。中毒性があり、テンプレート:要出典。ニコチンは体内で急速に代謝され、コチニンとなって主に尿中から排泄される。ニコチンの血中半減期が20~30分であるのに対し、コチニンの血中半減期は30時間以上と長い。この長い半減期の差を利用して、喫煙(受動喫煙含む)者・非喫煙者の判別テストなどが行われる。
医学応用研究
タバコの誤食によるニコチン中毒
誤食・誤飲によるニコチン中毒患者の多くは乳幼児である。誤食では、胃液の酸性のためにニコチンの溶出が悪く吸収は遅い。しかし、すでに水に溶けたニコチンは、吸収が早く症状も重いとされている。
致死量の目安
乳幼児ではニコチン量で10–20mg(タバコ0.5–1本)、成人は40–60mg(2–3本)を、直接、溶液で飲下した場合に急性中毒に達する(急性致死量)[8][9]。
毒物及び劇物取締法上での毒物は誤飲した場合の致死量が2g程度以下のものとされ、薬事法上の毒薬は経口投与で体重1kgあたり30mg以下、皮下注射で体重1kgあたり20mg以下のものをいう。このため、ニコチンは毒物及び劇物取締法上での毒物であり、薬事法上の毒薬ではないが、急性中毒による死亡リスクをとらえ、最小中毒量を最小致死量の目安とすれば、いずれの致死量に関する条件にも合致する。
また、タバコや禁煙補助薬はニコチンを含み、一般人でも簡単に購買可能であり、子供・老人による誤食事故が問題になることがある。
症状
軽症では嘔気やめまい、脈拍上昇・呼吸促迫などの刺激・精神の脱抑制や興奮症状がみられる。重くなると、徐脈・痙攣・意識障害・呼吸麻痺などの抑制症状が見られる。嘔吐は 10~60分以内、中毒症状は2~4時間の間にほとんど現われ、誤食による中毒症状の出現頻度は、軽い症状も含めて14%程度とされる[8]。
検査
低カリウム血症、低血糖、白血球増加など。重症では、ショックに伴う臓器障害を起こしうるので、肝機能・腎機能・凝固線溶系の異常が見られることがある。動脈血ガス分析では、呼吸麻痺による低酸素血症や高 CO2 血症がみられる。
治療
タバコを飲み込んだ場合は、他物の誤食と異なり、水やミルクを飲ませた後に吐かせる方法は、痙攣を突発的に誘発することがあるので勧められないが、ニコチン自身の作用によって自然に嘔吐することも多い。摂取1時間以内で、重い症状を示したり致死量を摂取していると思われる場合のみ胃洗浄をおこない、重症なら活性炭・下剤で排泄を促進する。 徐脈に対してはアトロピンを投与する。摂取後4時間経っても症状が出ない場合は、治療は不要である。
また、たばこ1本でニコチン量20mgとすれば、胃酸中では一時間に2.4mg(0.2%/分)人体に吸収されること[8]から、無理に吐かせようと水などを多く飲ませる処置が、胃酸を薄めニコチンの吸収を速めて重篤化を招くことを重くみて、米国では、乳幼児のタバコの中毒量はタバコ2本(吸いがら6本)以上[8]とされ、それ以下では処置しないと報告されており、摂取後4時間および24時間までの経過観察を、電話などで丁寧におこなう方法がとられる(旅行などの際には、注意すること)。
法規
テンプレート:国際化 日本では、毒物および劇物取締法に毒物として指定されている。
煙草以外の用途
ニコチンを硝酸などにより酸化すると、ニコチン酸が得られる[10]。ニコチン酸はニコチン酸アミドとともにナイアシンの成分として知られる。
参考文献
- ↑ ニコチン | e-ヘルスネット 情報提供 - 厚生労働省2014年8月2日
- ↑ WHO/Addiction to Nicotine2014年8月2日
- ↑ 公益財団法人喫煙科学研究財団 ニコチン依存性の生理・薬理2013年7月19日
- ↑ ニコチンの精神毒性に関する研究
- ↑ 喫煙と循環器機能-血液循環動態に及ぼす喫煙の影響- 2013年6月22日閲覧
- ↑ Acute nicotine improves cognitive deficits in young adults with attention-deficit/hyperactivity disorder. Potter AS, Newhouse PA.Clinical Neuroscience Research Unit, Department of Psychiatry, College of Medicine, University of Vermont, Burlington, VT 05401, United States. Alexandra.Potter@uvm.eduPharmacol Biochem Behav. 2008 Feb;88(4):407-17. Epub 2007 Sep 26.[1]
- ↑ Nicotine treatment of obsessive-compulsive disorder.Lundberg S, Carlsson A, Norfeldt P, Carlsson ML. Source Psychiatric Clinic, Kungälvs Sjukhus, Kungälv, Sweden.Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 2004 Nov;28(7):1195-9. [2]
- ↑ 8.0 8.1 8.2 8.3 日本小児科学会こどもの生活環境改善委員会 「タバコの誤飲に対する処置について」『日本小児科学会雑誌』102巻5号613、1998年。
- ↑ 広島舟入こども救急室 こどもの事故 たばこの誤飲
- ↑ McElvain, S. M. Organic Syntheses, Coll. Vol. 1, p.385 (1941); Vol. 4, p.49 (1925). オンライン版
関連項目