ドクササコ
テンプレート:生物分類表 ドクササコ(毒笹子:Paralepistopsis acromelalga)は担子菌門のハラタケ綱 ハラタケ目に属し、キシメジ科のParalepistopsis 属に分類される 毒キノコの一種である。
目次
形態
かさは径5-10cm程度で、中央がやや盛り上がったまんじゅう形から展開し、すみやかに漏斗状に窪み、平滑でほとんど粘性を欠き、橙褐色ないし帯赤黄褐色あるいは赤みの強いクリ褐色を呈し、乾時には多少とも光沢をあらわす。かさの周縁部はゆるく波打つとともに往々にして浅い裂け目を生じ、幼時には内側に強く巻き込んでおり、条線や条溝を生じない。肉は薄く、幼時はほぼ白色であるが次第にクリーム色ないし淡黄褐色を呈し、変色性を欠き、やや強靭な繊維状肉質で裂けやすく、味もにおいも温和で特徴的なものはない。ひだは幅狭く、柄に直生ないし垂生し、ごく密で淡クリーム色から次第に黄褐色を帯びる。柄は上下同大または基部がやや膨らみ、表面はかさとほとんど同色、中空であるが比較的じょうぶで縦に裂けやすく、基部はしばしば白色かつ綿毛状の菌糸に包まれるとともに、厚い白色の菌糸のマットを形成することが多い。
胞子紋は純白色である。胞子は幅広い楕円形ないし卵形で無色・薄壁、しばしば一個の油球を含み、ヨウ素溶液で染まらない(非アミロイド性 nonamyloid)。シスチジアはなく、菌糸は薄壁でゼラチン化せず、かすがい連結を備える。かさの表皮は、表面に対して平行に匍匐した細い菌糸(淡褐色の内容物を含み、ゼラチン化はみられず、薄壁でかすがい連結を有する)で構成されている。
生態
秋季、おもにタケやぶやササやぶの地上に発生し、ときには菌輪を生じる。まれに、コナラなどを主とした広葉樹林[1]、あるいはスギ林の地上に発生することもある[2][3]。発生環境下では、白い綿毛状の菌糸のマットを落ち葉層に形成するのが認められ、子実体の組織をタマネギ煎汁培地などに植えつければ純粋培養が可能である[4]ことなどから、おそらく落ち葉・落ち枝を分解して生活しているものと考えられる。
分布
山形・宮城・福島・新潟[5]富山[3]・石川(鳳至・羽咋・鹿島などに集中して中毒例が知られ、能美地区における中毒例もある[2])・滋賀・京都[5]・兵庫[6]・和歌山・鳥取[5]など、本州の東北地方および北陸・近畿・山陰地方の日本海側を中心に分布する。四国では、愛媛県(北条市および小松町)のみから知られている[7]。北海道および九州からは見出されていない。
なお、長らく日本特産種であるとされてきたが、韓国にも分布するという[3][8]。
分類学上の位置づけ
石川県金沢市の第四高等学校教授であった市村塘(つつみ)により、新種記載がなされた[9][10]。なお、新種記載に際して用いられた標本について、原記載には「石川県輪島市門前町剱地周辺の竹林の地上で採取されたものである(ad terram in silvis Bambusarum, Tsurugiji, Noto, Japonia.)」と記述されているが、採取年月日については記されておらず、タイプ標本としての指定もなされていない[10]。さらに標本の収蔵機関などについても記述がなく、原記載に用いられた標本は、現時点では所在が不明となっている。また、Clitocybe amblicata (Schaeff.) Quél.との異同について疑問を呈する研究者もある[11]。
かさの裏面がひだ状であること・ひだが柄に対して垂生し、子実体の側面観が多少とも逆三角形を呈すること・胞子が無色(胞子紋が白色)であり、ヨウ素溶液で呈色しない(非アミロイド性である)こと・ひだなどの組織には顕著なシスチジアを欠くこと・かさの表皮がゼラチン化しないことなどの形質は、旧来の形質分類学上におけるカヤタケ属(Clitocybe)の定義にほぼ合致するため、菌学者の間では、長きにわたりClitocybe arcomelalga の学名が使用されてきた。
なお、ドクササコをNeoclitocybe 属(タイプ種はN. byssiseda (Berk.) Sing.)に置く意見[12]もあった。Neoclitocybe は、原記載[13]によれば、柄の基部に厚い綿毛状の菌糸マットを備えること、およびかさの表皮層の構成菌糸が多数の短い側枝を生じて魚の骨状をなす(ラメアレス構造 Rameales-structure と称される)ことによって定義づけられており、原記載の段階ではタイプ種を含め9種が所属させられていた。のちにその定義は多少の修正・補足が加えられるとともに、計18種が分類されることとなった[12]が、ドクササコのかさの表皮層の構造はNeoclitocybe 属の定義とは異なっており、これをNeoclitocybe に包含して扱うことに賛同する研究者は少なかった。
近年の 分子系統的な観点からの再検討により、形質的所見に基づいた旧来のカヤタケ属は解体され、ホテイシメジ属(Ampulloclitocybe)[14]・カヤタケ属(Infundibulicybe)[15]およびハイイロシメジ属(Clitocybe)の三つの属に再編成された。この時点では、供試材料に日本産のドクササコは含まれておらず、上記の三属の定義に照らして最も矛盾がないハイイロシメジ属に含められていた[11][5]。
その後、供試材料として日本産のドクササコをも用いた分子系統的研究[16] が行われた結果、新たに設立されたParalepistopsis 属へと移され、2013年9月末の時点ではP. aclomelalga (Ichimura) Vizzini の学名が用いられている。ちなみに、Paralepistopsis 属の基準種であるP. amoenolens (Malençon) Vizzini は、ドクササコ同様にかつては広義のカヤタケ属に所属するものとして扱われていた種で、ヒトが誤って食べればドクササコと同様の特異な中毒症状を起こす(後述)。また、Paralepistopsis の所属種としては、ドクササコとP. amoenolens との二種のみが認められている[16]。
中毒
症状
ヒトの場合
他の多くの毒キノコとは異なる、薬理学的にも特異な中毒を起こす。主要な症状として、目の異物感や軽い吐き気、あるいは皮膚の知覚亢進などを経て、四肢の末端(指先)・鼻端・陰茎など、身体の末梢部分が発赤するとともに火傷を起こしたように腫れ上がり、その部分に赤焼した鉄片を押し当てられるような激痛が生じ、いわゆる肢端紅痛症(末端紅痛症とも、Acromelalgia)をきたす。症状が著しいケースでは、膝・肘の関節部あるいは耳たぶにまで及ぶこともあるという[17]。また、ときには患部に水泡を生じ、重症の場合は末梢部の壊死・脱落をきたす場合がある[18][19]。消化器系の症状はまったくなく、体温・脈拍などの変化もほとんど起こらない。また、血圧や血液中の白血球数なども正常なままで推移する[20]。
発赤と腫脹および疼痛は昼夜の別なく、長期間(しばしば1ヶ月以上)にわたって続く。患者が成人である場合、死に至ることはまれだが、老人あるいは子供では死亡例も報告されている。ただし、死亡例のほとんどは、ドクササコの有毒成分そのものによるものではなく、激痛を緩和するために患部を水に浸し続けた結果、皮膚の水潤・剥離などにより、二次的に感染症などを起こした事によるものである。また、この長期に渡る症状がもたらす精神的苦痛も軽視できず、激痛から逃れるための自殺や、睡眠障害に起因する体力消耗の結果としての衰弱死と見られる例も存在する。比較的最近の平成元年(1989年)10月下旬の例として、石川県鳥屋町において、モミとタケとの混生林内に発生したドクササコを誤食し、68歳の女性が約2週間後に亡くなった例がある[2]。
なお、ドクササコの成分に直接に起因するものか、それとも二次的なものかは断定されていないが、消化管(胃および十二指腸)壁からの潰瘍性出血をみた例が知られている[21]。
ドクササコ中毒の際立った特徴として、摂食から発症までの潜伏期間が1-7日程度におよび、食中毒としては際立って発症が遅い[17]ことが挙げられる。このため、家畜投餌や微量摂食による毒性のチェックもすり抜けてしまい、また発症しても原因が特定しにくく、医学者の間でさえ一種の風土病ではないかと推定されるほどであった。なお、きのこを食べた量が多いほど潜伏期が短く、潜伏期が短い症例ほど重くなる傾向がある[17]。
ドクササコによるのではないかと推定される中毒事件としては、1890(明治23)年10月に福島県信夫郡平野村(現在の飯坂町平野)において、11歳から48歳までの男女5人が患者となった例[22]があり、その翌年の1891(明治24)年には京都府[23]および福島県 [24]からも報告された。しかし、この時点ではきのこの正確な同定はなされず、また医学界においてさえ周知が徹底されなかった上、ましてや一般人への啓蒙も行き届かなかった。1899(明治32)年に、新潟県頚城郡において起こった中毒(7名が発症)例においても、主治医となった小池亮琢からの聞き取り調査に対し、中毒患者らは「思い当たる原因がなく不安に陥り、神の祟りを恐れて村の占者に相談したが、家屋新築したことによる金神の祟であると告げられた」と答えている。さらに重ねての医師からの問診により、ようやく、自宅近くの神社の境内で、俗に「ゴミ茸」あるいは「チョク(猪口)茸」と称されるきのこを採取し、発症の7日前の夕食の献立に加えて食べた、との証言が患者から得られ、初めてきのこが原因となった食中毒ではないかとの推測がなされたという。ただし、この中毒例でも、原因となったきのこの分類学的な位置づけは最後までなされないままに終わっている[25][26]。また、石川県鹿島郡の龍尾村においても、 先端紅痛症 を主な症状とする症例が毎年のように発生し、死亡者も出ていた事例があるが、この例については、1911(明治44)年に公にされた報文[27]中でさえも「原因不明」とされ、きのこ中毒である可能性は看過されていた。ちなみに、龍尾村の例では、秋になると毎年のように先端紅痛症をきたす患者もあったが、きのこに原因を求める者はやはりなかったという[27]。
近年の中毒例としては、2012年10月下旬に奈良県宇陀市の50代男性が[28]、2013年10月下旬に新潟県魚沼市の男性2名が[29]それぞれドクササコ中毒により手足の痛みやしびれを訴えて手当てを受けたが、いずれも命に別条はなかった。
動物の場合
ドクササコの子実体を乾燥・粉砕し、水に浸して得たエキスは、ラットやマウス・モルモット、あるいはカエルに対して致死的毒性を示すが、個々の生物への水エキス投与によって発現する症状は、ヒトのドクササコ中毒によるものとは大きく異なっている。カエルでは反射運動阻害・呼吸運動阻害がみられ、いっぽうでラットやマウス・モルモットでは呼吸中枢の麻痺による呼吸困難ないし停止が起こる。モルモットでは筋肉の痙攣がみられるが、それ以外の動物では発現せず、交感神経の興奮・脈拍増大・血管収縮と血圧の上昇はマウスにのみ起こる[30]。
ニワトリに対し、乾燥・粉砕したドクササコを直接与えた実験では、体重1kg当り100mgを一日一回投与することによって、7日めごろから衰弱および食欲不振があらわれ、鶏冠が黄色みを帯びてくる。10日めには歩行困難となり、およそ30日ほどで死亡する。また、変色した鶏冠には壊疽が発現する。この過程は投与量を多くすると早まり、1000mg/kgを毎日与えた場合には、死亡までの期間は7日前後となるという。死亡後のニワトリの鶏冠の組織を詳細に検査した結果から、壊疽の発現は鶏冠部の血管の異常な拡張によるものと推定されている[31]。
ヒト以外の動物(ラット・マウス・モルモット・ウサギ・ニワトリ・カエルなど)では、ドクササコの子実体を経口投与しても、ヒトのドクササコ中毒における典型的な症状である末端紅痛症は発現しない。ただし、ナイアシンをまったくふくまず、かつトリプトファンの含有量を抑えた制限食を飼料として与え、ナイアシン欠乏状態にしたラットでは、ドクササコ(乾燥粉末)を加えた飼料を与えてから三日後に、四肢の先端の発赤・腫脹が発現した[32]。
治療法
確実に症状を軽減する有効な治療法はなく、対症療法が優先される。
ドクササコ中毒患者の主訴である身体末梢部の熱感および激しい疼痛に対しては、鎮痛剤の投与はほとんど無効である。モルヒネは、ラットに対する腹腔内投与試験では、疼痛を抑制する効果が認められた[33]が、 ヒトのドクササコ中毒に対する臨床現場では著効をみた例がほとんどない。また、非ステロイド性抗炎症薬の一種であるケトロラック(Ketrolac)によっても、鎮痛効果は示されなかった[33]。
実用上で有効な鎮痛方法は局所麻酔による硬膜外神経ブロックに限られており[34]、完全な治療法は確立されていない。赤く腫れ上がった患部を切開しての瀉血 [35][36]や血液透析、あるいはナイアシン [34][35]とATPとの投与により、症状が軽減することがある[34]ともされるが、それらによる効果も確実なものではない[37]。ナイアシンの投与は、ナイアシン欠乏症に陥ったラットにドクササコを与えることでヒトと同様の末端紅痛症が発現したこと[32]に着想を得たものであるが、実際にはドクササコを投与されたラットにおいては、トリプトファン-ナイアシン転換経路は阻害されずにむしろ亢進されることから、外部からのナイアシンの投与・補給による治療効果を疑問視する意見もある[38]。
なお、発症から約3週間を経過した後、左右の股動脈から7パーセント炭酸水素ナトリウム水溶液を一日当り20-40mlずつ注入すると疼痛は軽減しはじめ、これを9日間継続した結果、ほとんど消失したとの報告がある[20]。また、抗ヒスタミン剤(ピリベンザミン)およびエフェドリンの投与によって、3日ほどで疼痛が軽減して患部の冷水浴が不要となり、7日めには浮腫が消失したという[39]。
注意喚起など
色調や形態に毒々しさがなく、味も温和であり、さらに子実体が繊維状肉質で容易に縦に裂けるなど、食用きのこと判断される形質を備えていることや、ひとたび見出されたおりには多数の子実体が得られることが少なくないことなどから、誤食される危険が高い[1][40][41][42]毒きのこの一つである。本種の分布が確認された地域では、自治体による注意喚起がしばしば行われている。
成分
毒性画分
ドクササコの毒成分として最初に単離されたのは、、ヌクレオシドに属するクリチジン(Clitidine=1,4-ジヒドロ-4-イミノ-1-(β-D-リボフラノシル)-3-ピリジンカルボン酸)である[43]。4-アミノキノリン酸(後述:アスパラギン酸とジヒドロキシアセロンリン酸とから作られたキノリン酸がアミノ化されて生じる)と5-ホスホリボシル-1-ピロリン酸とに酵素が働いて4-アミノニコチン酸モノヌクレオチドとなり、さらに脱リン酸およびアミノ基還元を経て生合成されるものと推定されている[44][38]。
水によく溶け、マウスに対し50mg/kgを腹腔内注射で投与すれば7-10日、100mg/kgでは15-25時間で死亡する。投与を受けたマウスは尾を挙げた姿勢をとるとともに、後足が硬直して前足のみで動くようになるという[18]。いっぽう、ニワトリに対しては、皮下注射で50mg/kgを与えても、衰弱はみられるものの鶏冠の変化はまったく観察されなかった[18]。
クリチジンはまた、血管拡張作用を有する [37][45]が、あまり著しいものではない。イヌの動脈へのクリチジン(結晶の水溶液)注射によって発現する血管拡張作用は、ニコチンアミドや4-アミノニコチン酸によってもたらされるそれとほぼ同等で、6-アミノニコチン酸によるものよりもやや弱い程度である[18]。
クリチジンに次いで単離された毒成分として、非たんぱく性アミノ酸の一種であるアクロメリン酸(Acromelic acid)およびクリチジル酸(Clitidic acid=クリチジン5’-モノヌクレオチドClitidine 5’-mononucleotide)[46]などがある。
アクロメリン酸には、AとB[47][48]・C[49]・DおよびE[50]の五種が区別される。アクロメリン酸A-Eの、ドクササコ子実体中における含有量はごく微量であり、たとえばアクロメリン酸Aは、生の子実体16.2 kg から110 μg、Bは同じく40 μgしか得られない[48]。カイニン酸やドウモイ酸に類似した基本骨格を持ち[47][48]、後二者と同様に、脳のグルタミン酸受容体を介した著しい神経興奮作用を有し、神経毒として働く[51][52]。これらのうちでは、発見・単離の歴史が比較的古いAおよびBについての研究が、より進んでいる。
アクロメリン酸Aをラットに経口投与すると、脊髄の腰仙髄部の神経細胞が傷害される。 腰仙髄部の神経細胞に対するアクロメリン酸Aの半数効果濃度はおおむね2.5 μMで、カイニン酸のそれ(70 μM)に比べて非常に小さく、非N-メチル-D-グルタミン酸受容体に直接に作用して壊死させると考えられている[53]。非N-メチル-D-グルタミン酸受容体の阻害物質(たとえば 2,3-ジヒドロ-9-ニトロ-7-スルファモイルベンゼンなど)や、 AMPA受容体に対するカルシウム浸透型の阻害剤としてのジョロウグモ毒素は、アクロメリン酸Aによる末端紅痛症の発現を阻害するが、アクロメリン酸Bに対しては無効であるという[54]。
なお、ラットへの腹腔内投与における最低効果濃度は、アクロメリン酸Aでは50 ag/kgないし0.5pg/kg、アクロメリン酸Bでは50 pg/kgないし50 ng/kgであり、Aのほうが強力に作用し、Bの100万倍の低濃度で効果をあらわす[54] 。上述のように脊髄の神経細胞に対するアクロメリン酸Aの効果は、カイニン酸のそれに比べてはるかに強力である。これに加え、 海馬の培養細胞に対するアクロメリン酸Aの半数効果濃度はやや大きい(18 μM)のに対し、カイニン酸では、脊髄に対するのと同等の濃度で作用することなどから、脊髄においては、アクロメリン酸Aに対する特異的な受容体が存在するのではないかと推定されている[53]。また、ラットの前肢の長指伸筋-総腓骨神経に分布する機械感受性筋C 線維受容器 (伝導速度:2.0 m/s 以下)を材料とした研究によれば、機械感受性筋C 線維の約半数にアクロメリン酸Aへの感受性が認められたことから、脊髄ばかりではなく、末梢侵害受容器の終末部分にもアクロメリン酸A の受容体が存在する可能性が示唆されている[55]。アクロメリン酸Cについても、体重kg当り10mgの投与によってマウスに致死毒性を発現させるとの報告[49]がある。また、アクロメリン酸のオルソ位がアニシル化された異性体(ドクササコの子実体には含まれていない)は、アクロメリン酸Aよりもさらに低濃度の投与で、ラットの紅痛症を惹起するという[56]。
ドクササコの子実体からは、神経毒性を持つ化合物としてスチゾロビン酸およびスチゾロビニン酸も見出されている。アクロメリン酸の構成要素となっているピリドン骨格は、D-DOPAを出発点とし、スチゾロビン酸やスチゾロビニン酸を経て生合成するものと推定される[57][44]。
アクロメロビニン酸(Acromelobinic acid=(S)-(-)-3-(6-カルボキシ-2-オクソ-3-ピリジル)-L-アラニン)およびその異性体のアクロメロビン酸(Acromelobic acid)=(S)-(-)-3-(6-カルボキシ-2-オクソ-4-ピリジル)-L-アラニン)は非たんぱく性アミノ酸の一種で、ラットに対して神経興奮性を示す[58]。これら2種、あるいはドクササコの子実体から見出されたもう一つの非たんぱく性アミノ酸であるN-[2-(3-ピリジル)エチル]-L-グルタミン酸は、いずれも、クリチジン・クリチオネイン・アクロメリン酸など、より高分子の有毒成分の生合成過程における中間体として存在するものと考えられている[44][59]。
非毒性画分
子実体に含有される成分のうち、非毒性の化合物としては、クリチオネイン(Clithioneine)[60][61]や、4-アミノピリジン-2,3-ジカルボン酸(4-Aminopyridine-2,3-dicarboxylic acid:別名 4-アミノキテリン酸)[62]が見出されている。前者はアミノ酸ベタインの一種であるが、マウスに対し 100 mg/kgを投与してもなんら影響を与えなかった[37]。後者はピリジン誘導体の一種である。
また、イソニペコチン酸誘導体の一種であるピペリジン-2,4,5-トリカルボン酸[63]および 4-アミノキノリン酸[64]なども検出されている。イソニペコチン酸はGABAAの受容体の一つであるが、ドクササコに含まれるピペリジン-2,4,5-トリカルボン酸の生理活性作用については、まだじゅうぶんに検討されていない。いっぽう、4-アミノキノリン酸は、トリプトファン-ナイアシン代謝系の中間体であるキノリン酸の誘導体であり、ドクササコの子実体中においては、有毒成分であるクリチジンの生合成過程における中間体として存在するのではないかと推定されている[38]。
ドクササコの子実体には、このほかにジペプチドの一種であるN-(γ-アミノブチリル)-L-グルタミン酸[65]、あるいはオパイン類(アミノ酸の一種であるが、菌類における産生例は珍しい)に属するバリノピン・エピロイシノピン・イソロイシノピン・フェニルアラニノピン[66]などが含まれているが、これらの成分の、ドクササコの代謝系における役割あるいはヒトその他の生物に与える生理活性などについては、まだじゅうぶんに知見が集積されていない。 なお、糖アルコールとしてD-マンニトールも見出されている[67]が、これはドクササコに限らず、多くのきのこに普遍的に存在する成分の一つである。
類似種
無毒種
カヤタケ(Infundiblicybe gibba (Pers.: Fr.) Harmaja:カヤタケ属の基準種)は、子実体がより柔らかくて淡色(特に柄の部分)であり、かさは多少ビロード状をなすことが多く、一般に光沢に乏しい。さらに、タケやぶやササやぶに限らず、種々の林内、あるいは草原などの地上に発生することで異なる[68]。食用にされることもあるが、ドクササコとの識別が難しい場合もあり、あまり推奨できない。
ハイイロシメジ属に置かれるアカチャイヌシメジ(Clitocybe sinopica (Fr.) Kummer)は、かつてはヤブシメジモドキの仮称で呼ばれた[69]こともあり、橙褐色のかさや柄および白っぽいひだを有する点でドクササコに類似しているが、一般にドクササコより子実体が小さく、肉がもろくて縦に裂けにくいこと・ひだがより荒くて幅広いこと・全体に粉くさい臭気を有すること・カヤタケ属のきのことしては胞子が非常に大きいことなどの点で異なる。また、タケやぶやササやぶに限られることなく、庭園・公園内の植え込みの中や人家の生垣の下など、人為の影響を受けやすい場所に好んで発生することでも区別される[70]。
北方系のコブミノカヤタケ(Paralepista flaccida (Sowerby) Pat.)も褐色系のきのこで、外観はドクササコと非常にまぎらわしいが、おもに針葉樹(アカエゾマツなど)の林内に発生することと、胞子が明瞭ないぼ状突起を備えることで異なる[16][71]。
チチタケやナラタケ類と誤食された例もあるが、両者ともにドクササコとはかなり縁が遠いきのこである。前者は子実体がもろくて縦に裂けず、新鮮なものを傷つけると牛乳のような乳液を多量に分泌する[68]ことで区別することができる。また、後者は普通はドクササコよりもきゃしゃであり、通常は枯れ木上あるいは樹木の切り株の周囲(地中の、枯れた根を栄養源とする)などに発生すること・かさは光沢に乏しく、一般的には深い漏斗状にくぼむことはなく、しばしば黒くて微細な粒状のささくれを備えること・柄に明瞭な膜質のつばを有することなどにおいて異なっている[68]。
有毒種
ドクササコと同様の中毒症状を起こすきのことして、パラレピストプシス・アモエノレンス(Paralepistopsis amoenolens (Malençon) Vizzini)が知られている。この菌は、モロッコ産の標本をタイプとして記載されたものである[72]が、その有毒性については、記載されてからも長期にわたって明らかになっていなかった。しかし、1996年にフランスのサヴォア県(モーリエンヌ渓谷周辺)において発生した、ドクササコに似た症状をきたす中毒の原因となったきのこを詳しく調査した結果、P. amoenolens であることが確認された[73]。
Paralepistopsis amoenolens は、日本産のドクササコに多少似た外観を有するが、全体により小形であり、かさは赤みが弱くて淡黄褐色ないしクリーム色を呈すること・モミ属の樹木を主とした針葉樹林に発生することで異なる[74][75]。また、末端紅痛症を起こす点ではドクササコと共通するが、きのこを食べてから発症までの潜伏期が短く、早い場合には24時間経過後には症状が発現する。ラットへの投与実験においては、うずくまり・歩行困難や体重減少などとともに四肢の末端の発赤が生じ、また、坐骨神経の軸索密度の減少と神経線維の変性とが認められた[76]。
Paralepistopsis amoenolens の子実体が含有する成分としては、日本産ドクササコと共通してアクロメリン酸Aが見出されたが、ドクササコをも用いて定量を行い、両種の含有量を比較したところ、P. amoenolens では乾燥した子実体1 mg当り325 ng、ドクササコでは同じく 283 ngであったという。その他の成分に関してはまだじゅうぶんに研究されていない[77]。
Paralepistopsis amoenolens による中毒症例に対して、英語ではAcromelalga-Syndromeの呼称が用いられている。P. amoenolens はイタリアからも見出されている[78]が、日本に分布するか否かは不明である。
カラハツタケ(Lactarius torminosus)もまた、かさが多少とも漏斗状を呈し、かつ赤褐色を帯びる点ではドクササコとの共通点がないではないが、日本ではおもにカンバ属(Betula)の樹下に発生すること・かさが粗雑な毛状物に縁どられること・組織に多数の嚢状細胞を含むために、子実体は縦に裂けにくいこと・子実体を傷つけると白い乳液を多量に分泌すること・著しい辛味を有すること・胞子が類球形で、その表面に刺状の突起とそれを互いに結合する畝状の紋様とを持つことなどの点で、ドクササコとはまったく異なる菌である[1][3][35][79]。カラハツタケについて末端紅痛症の原因となるとの報告がなされたこともあった[22]が、これは、ドクササコの中毒患者からの、中毒からの回復後における事情聴取(中毒経験者からは「アカハツ(Lactarius akahatsu)によく似て、タケやぶに発生するきのこであった」との発言があったという[22])や、中毒事件が起こった地域の外で得られたさまざなきのこを中毒経験者に送付しての間接的な照らし合わせなどによる誤りであるとされている。ただし、末端紅痛症の原因となり得る化合物が検出されていないとはいえ、 カラハツタケは激しい辛味を持ち、消化器系を刺激して中毒症状を起こすとされている[80]。さらに、カラハツタケのほか数種のチチタケ属のきのこに含有されるベレラールなどの成分もまた、人体には好ましくない影響をもたらすとされている[81][82][83]ため、食用にはしないほうがよい[84]。
和名・学名・方言名
新種記載[9]がなされた時点では、提唱された和名はヤケドキン(火傷菌)で、別名としてヤブシメジ(藪占地)の名が挙げられている。少なくとも明治の終わりから大正時代にかけての時期において、石川県下では、竹林やササやぶに生えるきのこ類(必ずしもドクササコのみとは限らない)を総称した方言名としてヤブシメジの呼称が用いられていたとされる[85]が、正式和名としては、その特異な中毒症状を示す名のほうが適切であると考えられた可能性がある。また、ヤブシメジの名を正式名とする研究者もあった[20][67]が、のちに、中毒患者を扱った内科医の山田詩郎によってドクササコ(毒笹子)の名が提唱された[85][17]。いっぽう、昭和30年代後半以降に発行されたきのこ類図鑑には、ヤブシメジの和名を用いたものがなお少なくない [1][86][40][41]が、ドクササコの名を当てたものも僅かにあった。昭和の末から平成にかけては、再びドクササコの名を当てる文献が大半を占めるにいたっている[35][87][88]が、これには、和名に「毒」の字を配することにより、一般人への警戒感を喚起するためもあったかと思われる。
属名のParalepistopsis は、「コブミノカヤタケ属(Paralepista )まがいの」の意である。Paralepista は、ギリシア語の前置詞または副詞 para(παρά:~に近似の)[89]と、属名Lepista (ムラサキシメジ属)とを結合したもの[16]であり、さらにLepista はラテン語の「酒器」あるいは「杯」を起源とし、じゅうぶんに開いたかさが浅い漏斗状にくぼむことに由来するという[1]。種小名 acromelalga は、中毒症状として発現する先端紅痛症(Acromelalgia)にちなむ[9]。
方言名については、きわめて小さな地政的単位(村落・部落など)間で異なる場合もあり、同一地域においても時代的推移・変化が起こることもあり得る。また、外観的・生態的に類似するのみで、分類学的にはまったく異なるものが混同されている可能性もあるが、ドクササコについて、文献上にあらわれた方言名ないしは異称の例としては、以下のようなものがある。
- 宮城県下における名
- けやきもたし(伊具郡角田町=現:角田市)[17]
- 新潟県下における名
- ききょうたけ(佐渡郡水津村=現:佐渡市)[17]
- 京都府下における名
- ささたけ(山科)[17]
保護状況
長野県では絶滅危惧ⅠB類(EN)[91]、三重県では情報不足(DD)[92]、兵庫県では要調査種[93]、愛媛県では県調査種[7]にそれぞれカテゴライズされているが、具体的な保護対策としては、兵庫県において発生環境の保全が指摘されているに過ぎない。
脚注
外部リンク
- ドクササコ(pdf)-財団法人 日本中毒情報センター
- 毒キノコデータベース-滋賀大学
- ドクササコ