瀉血

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中世ヨーロッパの瀉血

瀉血(しゃけつ)とは、人体の血液を外部に排出させることで症状の改善を求める治療法の一つである。古く中世ヨーロッパで広く行われたが、現代の観点からは医学的根拠は無かったとされる。

現在の瀉血は限定的な症状の治療に用いられるのみである。方法としては17ゲージ前後の注射針を血管に穿刺・留置してチューブを通し吸引機を使用して血液を抜き去る。

概要

古典的な意味での瀉血は、体内にたまった不要物や有害物を血液と共に外部に排出させることで、健康を回復できるという考えによるものであった。初期には創傷などによって皮下にたまったを排出させるため、一度癒着した創傷部を切開したことに由来するといわれている。また鬱血によって皮下にたまった血液を排出させることで、治癒を促すともいい、中国医療のでは、患部に小さな傷をつけ、陰圧にしたガラス製の小さな壷を取り付け血を吸い出す療法もあるが、血液を体外に出すことの是非に関しては、現在の所では効果のほどは不明であるとされる。 またヒル等の吸血動物に血液を吸わせる瀉血法も古くから行われている。

なお現在の日本の法律では、患者の体を切開することは医療行為にあたり、医師にしか許されない。無資格で行えば医師法違反(無資格医業)により処罰の対象となる。前述の刺絡に関しては瀉血であるか否かが議論となっているが、2006年2月1日に無資格者が瀉血を行なったとして逮捕者を出した(同5月11日に有罪判決)。日本刺絡学会の弁に拠れば、(瀉血は血管を切って血を出すものだが)刺絡は身体の所定の箇所(いわゆる「ツボ」)の皮膚に鍼を刺すか小さく切開して、指で絞る(このほか負圧にした小さなガラス容器を吸い付かせるなども)などして血を少量出すだけの、瀉血とは考え方も方法も(加えて排出される血の量も)異なる方法だとしている。ただ一部では、こういった事情にも絡んでか刺絡にしても積極的に血を絞り出させない施術を行なうところも出てきている模様である。

現在的な瀉血は、基本的には献血で血液を採血するのと同様の方法で行われる。献血と違い、瀉血された血液は廃棄される。

ヨーロッパでの瀉血の歴史

瀉血はギリシャに始まり、そしてヨーロッパに広まり、中世初期では修道士が実践していた。

初期の頃には創傷によって皮下にたまった膿などを排出させる治療行為であったが、時代が下ると打撲骨折によって生じた炎症部分を切開し、炎症の軽減を求めるためにも利用され、他方血液のよどみが病気の原因であると考えられたため、血管を切開した。頭痛ではこめかみの血管を切開して、頭痛の軽減を図ろうとしたりする方向へ発展した。

1162年、ローマ法王が瀉血を禁止すると、床屋が瀉血用の小刀が付属したツールナイフを開発して瀉血を引き継いだ。現代の床屋の看板「サインポール」の元である「赤・青・白の縞模様」はもともと「赤・白の縞模様」であり、赤は血、白は止血帯を表し、ポール自体の形は瀉血の際に用いた血の流れを良くするために患者に握らせた棒を表しているという。

なお頭痛治療における瀉血に関しては、頭部穿孔(トレパネーション)の類型であると見なすことも可能だが、その一方で現代医学の範疇でも多血症下記参照)に一定の症状軽減効果があることが知られており、当時としても瀉血療法を施した患者の中に、理由がわからないながらも、一定の効果があった、そしてそれが経験的に知られていた可能性もある。ただ、症候学の未発達な時代でもあったため、多血症に原因がある頭痛にもそれ以外の頭痛でも区別されず、一律にこれら施術を行っていた部分もあるなど、必ずしも根拠に基づいた医療ではなかった。

更に時代を下ると伝染病敗血症循環器系障害等にまで積極的に使用されたという。この時代においては衛生の維持が不十分であったため、切開部が感染症を引き起こすことも多く、また体力が落ちている患者にまで瀉血療法を行った結果、いたずらに体力を損耗させ、死に至るケースも珍しくなかった。そのケースに当てはまる可能性のある著名人には、エイダ・ラブレスモーツァルトジョージ・ワシントンなどがいる。

一部では神秘主義と結合し、体内に巣食った的なものが血液と共に排出されると考えられた部分もあり、このような瀉血の汎用は長く続き、またヨーロッパ一帯に広まって近代医療の発展する時代まで続いたという(呪術医の項を参照)。ヒポクラテスの唱えた四体液説が当時の医学の根本的な考えであったことも使用に拍車をかけた(四体液説では体液のバランスが健康に影響するとされているため、崩れた体液のバランスを戻すために血液の量を減らす目的で瀉血が行われた)。

後に、いたずらに体力を消耗させる瀉血療法の治療効果が疑わしいとして、18世紀以降には次第に汎用されることは減っていった。 しかしながら、ハンセン病の「悪血」を排出することを目的とした瀉血は18世紀以降際立ってくる[1]。古代中国の医書「黄帝内経」に患部の腫れた所から瀉血する記載がある。日本の近世医書にも当初から同病の瀉血療法に関する記載は珍しくない。実際に瀉血することはまれであったが、18世紀半ば以降行なわれるようになったのは西欧の瀉血の影響であろう。難点は大量の出血を伴うことである。

沖縄の瀉血療法

沖縄では伝統的な民間療法が見られる。この沖縄の民間療法における瀉血では、ハンセン病以外に熱発を伴う風邪、ハブ咬傷など色々な疾患にも使われていた[2]。名称として乱切・瀉血療法といっている文献もある[3]。瀉血の場所は頭痛の場合は頭部であるが、一般的には背部が多く、その他の場所でもある。その部位を柄つき剃刀で切り出血させる。芭蕉の芯で拭き出血を増大させ、泡盛で消毒する。火吹き竹で出血を増大させることもあり、そのためにブーブーともいう。開始時期は明確でないが、江戸時代か明治時代の文献がある。昭和42年においても、都市部で15.1%,離島では50%近くの子供にもみられた。非医師(ヤブ)や家族により施行された。実施の時期は乳幼児59.1%,幼児期、27,8%,新生時期、2.0%。背部では細い瘢痕、頭部では小さいハゲとして残る。宮古療養所、昭和12年年報や沖縄本島の患者の思い出の話にも記述がある。

現代医療における瀉血療法

現代医療では、いくつかの症例において治療法の一つとして、この瀉血療法が行われる場合があり、これらは医学的にも根拠のある治療手段である。以下に例をあげる。

多血症
種類が多々ある多血症の中でも造血機能が自律的に異常亢進する真性多血症では、赤血球が異常に産出され、頭痛めまいを始めとする様々な症状を起こし、また脳血栓心筋梗塞といった他の症状を合併しやすい。この場合、合併症の予防と自覚症状の軽減に瀉血が明らかな効果を挙げる。ただしこれは対症療法であり、治癒には至らない。必要に応じて化学療法など他の治療と並行して行われる。真性多血症以外の多血症でも状況によっては瀉血を行う。
C型肝炎
ウイルス性肝炎の一種であるC型肝炎では、体内に異常蓄積された分を減らすため、食餌療法と並行して瀉血療法が行われることがある。C型肝炎では、肝臓に蓄積された鉄分により活性酸素が発生し、肝炎症状の悪化を招く。このため肝臓に蓄積された鉄分を減らすために通常は鉄分を含む食品を取らないようにして症状の悪化を食い止めるが、既に鉄分が過剰に蓄積されている状態では、通常の新陳代謝ではなかなか状態が改善しないことがある。このため、瀉血によりヘモグロビンの形で多量の鉄を内部にもつ赤血球を体外に排出させ、体内の鉄の総量を減少させる治療が行われる。[4][5]これは、あくまで肝炎の進行を抑え肝硬変及び肝がんへの移行を防ぐための対症療法であり、肝炎自体の治癒を目的とするものではない。
ヘモクロマトーシス
体内に鉄が沈着するヘモクロマトーシスでは、体内に沈着した鉄を除去するために瀉血を行う。遺伝性ヘモクロマトーシスでは瀉血が第一選択であり、定期的に行う必要がある。二次性ヘモクロマトーシスでも輸血が原因であったり貧血を伴ったりするものを除いて瀉血を行う。
接合手術後の処置
切断された四肢の端部の接合手術後、接合された部分に血液が循環せずに鬱血する場合があり、接合部分の傷口に大型の無菌化したヒルを当て血液を吸わせ、接合した部分の血液循環を促進させ、壊死を防ぐという療法が存在する。


さらに、ほかにいくつかの症状に効果がある可能性がある。

細菌・真菌感染症
動物実験で、瀉血によりヴァソプレシン免疫を活性化するホルモン)の分泌が増えることが確認されている。また、血液は鉄分に富み、瀉血により患者は鉄分不足に陥るため、増殖に鉄分を必須とする細菌の増殖を抑えるという説がある。
笹針
に対して、馬針(三稜針)というの形に似た特殊な針を刺して瀉血する治療法である。競走馬は、血液の循環が悪くなり、うっ血状態を起こすと、全身コズミ(筋炎や筋肉痛の俗称)や跛行を呈することがある。これを解消するために針を刺してうっ血を取ることを笹針治療(乱刺手術)という。日本独自の治療法であり、欧米では行われない。[6]

類似の療法

カッピング療法(吸い玉療法)として、中を火であぶった竹筒ないしガラス容器など(容器内部の空気を急速に加熱膨張させ、それが冷える過程で負圧となる)を利用した陰圧で、皮下にうっ血を生じさせる伝統療法が、西洋東洋を問わず存在した。たんにうっ血を生じさせるだけでなく、そこを切開して瀉血を行う場合も多かった。現代においても民間療法として存在する。あるいは伝統中国医学ないし鍼灸治療刺絡(中国式表記では刺血)として存在する。これは過去のヨーロッパや現代でも行われる積極的に血管を切開して出血させる瀉血法とは別のものと見る考えもある[7]。ただ、第162国会質問主意書第26号(2005年6月14日)答弁に拠れば定義がはっきりしておらず、「個々の事例に則して判断されるべきもの」[8]としている。科学的な根拠は無いとされる。肩こり五十肩などには効果があるとする意見もあるが、これらはそもそも疾病の原因が科学的に解明されておらず、現在の所は経験則の域を出ていない。

脚注

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  1. 『歴史のなかのらい者』藤野豊編・『近世らい病観の形成と展開』鈴木則子(ゆみる出版・1996)
  2. 沖縄県医師会会報・随筆(宮古南静園 菊池一郎・平成11年7月号)
  3. 『沖縄県における乱切瀉血療法』菊池一郎・『皮膚科の臨床45(4)』435-437,2003.
  4. Yano, M., et al. A significant reduction in serum alanine amino-transferase levels after 3-months iron reduction therapy for chronic hepatitis C: a multicenter, prospective, randomizend, controlled trial in Japan. J.Gastroenterol. 39;570-574, 2004.
  5. Kato, J., et al. Normalization of elevated hepatic 8-hydroxy-2'-deoxyguanosine levels in chronic hepatitis C patients by phlebotomy and low iron diet. Cancer Res. 61;8697-8702, 2001.
  6. JRA競走馬総合研究所
  7. 日本刺絡学会リリースコメント
  8. 参議院議員谷博之君提出鍼術における刺絡鍼法に関する質問に対する答弁書

関連項目

外部リンク

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