カトー・カンブレジ条約
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
カトー=カンブレジ条約(仏:Traités du Cateau-Cambrésis, 独:Frieden von Cateau-Cambrésis, 西:Paz de Cateau-Cambrésis)は、16世紀前半のイタリアを巡る戦争(イタリア戦争)を争ったヴァロワ朝(フランス)とハプスブルク家(オーストリア・スペイン)が1559年に結んだ講和条約。カトー=カンブレジテンプレート:Enlinkは、フランス北部ノール県の町で、アンリ・マティスの生地でもある。
この条約で、フランスはイタリアへの権利を放棄し、ミラノ、ナポリ、シチリア、サルデーニャ、トスカーナ西南岸がハプスブルク家の統治下に定まった。代わりにフランスはロレーヌを譲受した。これによってイタリア戦争は完全に終結する。スペインのフェリペ2世はフランス王アンリ2世の娘エリザベートと結婚した。また、フィレンツェ公国のメディチ家はシエーナを獲得した。