オンキヨー

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テンプレート:Infobox オンキヨー株式会社テンプレート:Lang-en-short)は日本音響機器メーカーである。多くの場合「オンキー」と発声されるが、社名表記は「」が大文字である[1]

本社を大阪市中央区北浜2丁目2番22号に、東京オフィスを東京都中央区八重洲二丁目3番12号に置く。なお同社の定款上本店所在地は、かつて本社があり移転後も一部業務拠点が残る大阪府寝屋川市日新町2番1号である。

沿革

1946年昭和21年)9月17日大阪電気音響社として設立、翌1947年(昭和22年)に大阪音響に社名変更。コーン紙まで内作した自社製スピーカーを搭載したラジオを発売。他例は日本国内では三菱電機ダイヤトーンのみである。このラジオは高価格ながらヒット商品になり、余勢を駆ってオーディオ機器テレビ受像機の製造販売にも進出した。

1957年(昭和32年)に、総合電機メーカー化を目指す東京芝浦電気(現・東芝)の資本参加を受け入れ、同じくラジオ・テレビメーカーだった山中電機(テレビアン)、七欧電機(ナナオラ)と共に東芝グループ入りした。その後のオーディオブームでも一翼を担い、輸出でも盛業を極めた。 映画「ゴジラ」(1954)の劇中でもラジオに「オンキヨー」のプラークが見られる。

1971年(昭和46年)、社名を商標のオンキヨー(ONKYO)へ統一。

急速なデジタル化の進展とバブル崩壊で赤字化した1993年平成5年)には、東芝が保有全株式を大朏直人(おおつき なおと、現名誉会長)個人に売却して資本関係を解消した。なお、製品供給関係は継続している。また東芝は1990年代に入って間もなく「Aurex」ブランドの高級オーディオ生産から撤退したため、オンキヨー製品は東芝ストアーにも供給されている。

1980年(昭和55年)以降、手掛けてきたコンポーネントの商品名 「RADIAN」「ZACCS」「INTEGRA」「LIVERPOOL」「ESSAY」他。業務用音響機器向けに「D'ZAC」。「D'ZAC」はコジマ電気向けにカラーテレビのブランドにしていた時期もあった。

1998年(平成10年)長期に続く赤字の影響で主要工場及び1972年より本社であった寝屋川市の日新町と香里園の敷地を、技術センター等の一部施設を残し大幅に縮小。跡地には郊外型ショッピングモールのアル・プラザ香里園が開業する。

2007年(平成19年)、かねてからの友好関係にあり、大朏家の出資していたテクノエイトを株式交換により完全子会社とした[2]が、2009年(平成21年)保有全株式をトヨタグループに譲渡した[3]

2008年(平成20年)9月1日付けでPCメーカーのソーテックを吸収合併した。それ以前のソーテック製PCとは異なり、日本国内組み立てを売りにし、オンキヨーの強みを活かした品質とオーディオ性能の高いPCを発売している。2009年(平成21年)9月にソーテックブランドに加えてオンキヨーブランドのPCを投入すると発表。その時点では、両ブランドの区別は明確に決まっておらず[4]、ソーテック・オンキヨーの両ブランドのPCを当面並行して販売するとしていた[5]。しかし、2010年(平成22年)にソーテックブランドは廃止され、現在ではオンキヨーブランドのPCのみ販売されている。2009年(平成21年)12月には主にノートパソコンを手がける工人舎との協業が発表され、工人舎製のPCを改良したものをオンキョーブランドで発売することとなった[6][7]

2010年(平成22年)1月、大手EMS企業である台湾インベンテック社と資本・業務提携を行う。

2010年(平成22年)10月1日に、単独株式移転を行い、同名の持株会社・オンキヨー株式会社を新規上場し、その完全子会社となり、12月1日に傘下企業の商号変更・事業分社化を行った。なお、1946年(昭和21年)から存続した中核事業会社としてのオンキヨーは「オンキヨーサウンド&ビジョン株式会社」と商号を変更している。

2012年(平成24年)1月、オンキヨーは自社のパソコン販売において、量販店向けのみ「一時的に休止」するという方針を公表した。パソコンの生産は引き続き行い、Web直販と企業向け販売に特化するとしている。一部報道により「パソコン事業から撤退する」とされたが、撤退はしない[8]

2012年(平成24年)1月、世界的に有名なギターメーカーであるギブソン社が資本参加、13.4%を占める第2位の株主となる。

同月オンキヨーはティアックとの間で資本業務提携を結ぶと発表した。オンキヨーはティアック株式の10%を取得し、第2位株主となり、ティアックもオンキヨー株式の9.42%を取得。オンキヨーは、ティアックに取締役1名を派遣する。

2014年(平成26年)6月24日、オンキヨーはパイオニアの子会社であるパイオニアホームエレクトロニクスの株式の一部を中国香港投資ファンドであるベアリング・プライベート・エクイティ・アジアと共に買収することで基本合意したと発表した[9]

今後、製品・サービスの共同開発、製造・販売・物流面での連携を強める見込みである。

現状

車載用スピーカーではOEMを含めてトップシェアを誇るテンプレート:要出典。東芝の薄型テレビREGZA」の一部にオンキヨー製のスピーカーが使われている。

携帯ゲーム向けスピーカーやPCパチンコ台などのサウンドカード[10]も手掛ける。特にPC向けサウンドカードは高級オーディオ並みの音楽再生を目指していることに特徴がある。

2006年以降はアメリカ合衆国モンスターケーブル社の代理店になっている。2005年(平成17年)にはWindows WMAフォーマットで、96kHz/24ビットの高音質音楽配信サイト「e-onkyo music store」を開設した。

子会社

2010年(平成22年)設立のオンキヨーの子会社一覧は以下の通りである。なお、関連企業は国内に10社、海外に11社存在する。

会社名 資本金 議決権比率(%) 主要な事業内容
オンキヨーサウンド&ビジョン株式会社 3億800万円 100 オーディオ・ビジュアル関連機器の製造、販売
オンキヨーデジタルソリューションズ株式会社 3億800万円 100 PC製造および販売
オンキヨーディベロップメント&マニュファクチャリング株式会社 3億800万円 100 OEM事業
オンキヨーマーケティングジャパン株式会社 3億800万円 100 日本国内におけるオーディオ及びPC関連機器の販売
オンキヨートレーディング株式会社 3億円 100 PC製造、販売及び保守修理
オンキヨーエンターテイメントテクノロジー株式会社 3億800万円 100 商品開発、音楽配信
ONKYO ASIA ELECTRONICS SDN. BHD. 100 AVC事業,OEM事業
ONKYO U.S.A. CORPORATION 1,220千米ドル 100 AVC事業,OEM事業
ONKYO EUROPE ELECTRONICS GMBH 429千ユーロ 100 AVC事業


宣伝活動

  • 後楽園球場 - 東京ドームの一塁ベンチ後方の2階席スタンドの前面にONKYO(昭和50年代中期までは”オンキヨー”とカタカナ表記)の看板を掲げていた。2014年現在は撤退。
  • 1980年(昭和55年) - 1983年(昭和58年)においてはニッポン放送の土曜深夜から日曜未明の『所ジョージの足かけ二日大進撃』のスポンサーとなっており、「男は度胸 コンポはオンキヨー」のうたい文句とコンポ(ZACCS)のCMが流れた。
  • 雑誌広告主体の宣伝活動を展開していたが、バブル期1986年(昭和61年)から数年間、デビュー間もない南野陽子を自社コンポ・RADIANのCMキャラクターとした宣伝を流す。
  • FM大阪FM東京などの民放FMが開局した時にはスポンサー番組をもっていた。その後1990年代後半になって『ONKYO サウンドアドバイス』というミニ番組のスポンサーになっていたが、2014年現在は撤退している。

脚注

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関連項目

外部リンク

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  1. 同社の他に社名表記で拗音を小書きしない例は、キユーピーシヤチハタキヤノンジヤトコ(旧・ジャトコ)、マルキユーなどがある。なお、この表記は「拗音に用いる『や,ゆ,よ』は、なるべく小書きにする」としか定めていない現代仮名遣いには反していない。
  2. 株式交換によるテクノエイト株式会社の完全子会社化に関するお知らせ
  3. 子会社の異動(譲渡)に関するお知らせ
  4. テンプレート:Cite web
  5. テンプレート:Cite web
  6. 個性的な高付加価値製品パーソナルモバイル 「ONKYO」ブランドにて3シリーズを展開 ONKYO PRESS RELEASE 2009年12月10日
  7. テンプレート:PDFLink ONKYO PRESS RELEASE 2009年12月10日
  8. オンキヨー、量販店向けのパソコン販売を休止
  9. パイオニアがAV機器事業を売却、オンキヨーと共同運営へ ロイター - Yahoo!ニュース 2014年6月24日
  10. オンキヨーでは「オーディオボード」と呼称する。