アーミッシュ
アーミッシュ(テンプレート:Lang-en[1]、テンプレート:Lang-de[2])とは、アメリカ合衆国のペンシルベニア州・中西部などやカナダ・オンタリオ州などに居住するドイツ系移民(ペンシルベニア・ダッチも含まれる)の宗教集団である。
移民当時の生活様式を保持し、農耕や牧畜によって自給自足生活をしていることで知られる。原郷はスイス、アルザス、シュワーベンなど。人口は20万人以上いるとされている。
目次
発祥
アーミッシュとメノナイトはルーテル派(ルター派)とツヴィングリ派の新教再組織から分かれてスイスのチューリッヒで生まれた一派で、のちにドイツに移住した。キリスト教と共同体に忠実である厳格な規則のある派で、創始者のメノ・シモンズの名前をとってメノナイトといわれ、メノナイトの一員テンプレート:仮リンクは教会の純粋さを保つためにほかのグループから離れて暮らすいっそう保守的な派を作った[3][4]。彼の名前からこの派の人たちのことをアーミッシュという。ライフスタイルは少し違うが、メノナイトもアーミッシュも基本的信条は同じで、ひとくくりにアーミッシュと呼ばれている。
生活
アーミッシュは移民当時の生活様式を守るため電気を使用せず、現代の一般的な通信機器(電話など)も家庭内にはない。原則として現代の技術による機器を生活に導入することを拒み、近代以前と同様の生活様式を基本に農耕や牧畜を行い自給自足の生活を営んでいる[5]。自分たちの信仰生活に反すると判断した新しい技術・製品・考え方は拒否するのである。一部では観光客向け商品の販売などが行われている(アーミッシュの周辺に住む一般人が、アーミッシュのキルトや蜂蜜などを販売したり、アーミッシュのバギーを用いて観光客を有料で乗せたりする例もある)。
基本的に大家族主義であり、ひとつのコミュニティは深く互助的な関係で結ばれている。新しい家を建てるときには親戚・隣近所が集まって取り組む。服装は極めて質素。子供は多少色のあるものを着るが、成人は決められた色のものしか着ない。洗濯物を見ればその家の住人がアーミッシュかどうかわかる。
アーミッシュの日常生活では近代以前の伝統的な技術しか使わない。そのため、自動車は運転しない。商用電源は使用せず、わずかに、風車、水車によって蓄電池に充電した電気を利用する程度である。移動手段は馬車によっているものの[5]、ウィンカーをつけることが法規上義務付けられているため、充電した蓄電池を利用しているとされる[6]。しかし、メノナイトは自動車運転免許を持つことが許されており、家電製品も使用している。
アーミッシュは現代文明を完全に否定しているわけではなく、自らのアイデンティティを喪失しないかどうか慎重に検討したうえで必要なものだけを導入しているのである[7]。
アーミッシュがあまり生活について語らないため謎に包まれている部分もある。写真撮影は宗教上の理由から拒否されることが多い。ただし、これらの宗教上の制限は成人になるまでは猶予される。アーミッシュの子供は16歳になると一度親元を離れて俗世で暮らす「ラムスプリンガ(rumspringa)」(発音は、時に「ルームスプリンガ」ないし「リュームスプリンガ」)という期間に入る。ラムスプリンガではアーミッシュの掟から完全に解放され、特に時間制限もない。子供達はその間に酒・タバコ・ドラッグなどを含む多くの快楽を経験するといわれる。そして、成人になる(ラムスプリンガを終える)際に、アーミッシュであり続けるか、アーミッシュと絶縁して俗世で暮らすかを選択する。ほとんどのアーミッシュの新成人はそのままアーミッシュであり続けることを選択するといわれる[8]。この模様は『Devil's Playground』というドキュメンタリー映画の中で語られている。ただし、2004年のアメリカのテレビ番組『アーミッシュ・イン・ザ・シティ』の中で、アーミッシュの子供達をアーミッシュの居住地域から離れた大都会であるロサンゼルスに連れて行き大学生の生活をさせると、自分の人生の可能性に気付き、彼らの内9割以上が俗世に出ることを選択したという出来事もある[9]。
信仰
政治的には、「神が正しい人物を大統領に選ぶ」との信条から積極的に有権者として関わることはなかった。しかし、2004年アメリカ合衆国大統領選挙では激戦州となったペンシルベニア州やオハイオ州のアーミッシュに共和党が宗教的紐帯を根拠とし支持を広げたという。
彼らは専用の教会をその集落に持たず、普通の家に持ち回りで集い神に祈る[10]。これは教会が宗教を核とした権威の場となることを嫌って純粋な宗教儀式のみに徹するためである。学校教育はすべてコミュニティ内だけで行われ、教育期間は8年間である。1972年に連邦最高裁において独自学校と教育をすることが許可された。教師はそのコミュニティで育った未婚女性が担当する。教育期間が8年間だけなのは、それ以上の教育を受けると知識が先行し、謙虚さを失い、神への感謝を失うからだとされる[5]。教育内容はペンシルベニアドイツ語と英語と算数のみである。
言語
アーミッシュの言語はドイツ古語(初期新高ドイツ語)の一派が第二次子音推移を経た高地ドイツ語のうち上部ドイツ語に属するアレマン諸語やその一方言であるスイスアレマン語およびアルザス語などがアメリカドイツ語と融合したペンシルベニアアレマン語を基本とする。
しかし、現在の南ドイツにいるアレマン人の言語はペンシルベニア・アレマン語の話者にとって、きわめて困難かつ理解できない言語である。前述のとおり、ペンシルベニア・アレマン語はアメリカ内で上部ドイツ諸語およびアメリカドイツ語などが複雑に融合して形成された言語であり、従来のアレマン諸語のシュヴァーベン方言、スイスアレマン方言(ドイツ語圏)、アルザス語などの話者と会話をしても、標準ドイツ語の影響を受けたこれらの言語は、まったく通じない言語である。
そのため、彼らは「外の世界」とのコミュニケーションのためにアメリカ英語の言語を使用する傾向がある。
芸術
アーミッシュキルトが有名で、着古した服の端切れを集めて作られ、言いようのない深い渋みをたたえているといわれる。宗教学者の町田宗鳳は円形を並列させた構図が密教の「金剛界曼荼羅」にそっくりなことに驚かされたという[10]。
アーミッシュの人形も古切れを縫い合わせた丁寧な作りである。顔に目・鼻・口などが描かれることはないが、アーミッシュの少女は人形を我が身の分身のように大切にするという[10]。
音楽は楽器を所有したり演奏したりすることが禁じられている。理由は、個人を引き立て、虚栄心をあおる可能性があるからである[11]。歌は斉唱である。これも個人を引き立たせることを禁じているからである[12]。1曲歌い終わるのに15分くらいかかるものが多い。アーミッシュは「速い」よりも「遅い」ことに価値を見出しているからである[13]。
農業
アーミッシュでは独自の農業を行いほぼ完全な自給自足の生活を送っている。農業は農薬や化学肥料を全く使わずアーミッシュの農作物は市場では高値で売られ一部の高級ホテルや高級レストランで重宝されている。
規律
アーミッシュには「オルドゥヌンク[14]」という戒律があり、原則として快楽を感じることは全て禁止される。以下のような規則を1つでも破った場合、アーミッシュを追放され、家族から絶縁される。
- 屋根付きの馬車 は大人にならないと使えない。子供、青年には許されていない。
- 交通手段は馬車(バギー)を用いる。これはアーミッシュの唯一の交通手段である[5]。自動車の行き交う道をこれで走るために交通事故が多い。
- アーミッシュの家庭においては、家族のいずれかがアーミッシュから離脱した場合、たとえ親兄弟の仲でも絶縁され互いの交流が疎遠になる。
- 怒ってはいけない。
- 喧嘩をしてはいけない。
- 読書をしてはいけない(聖書と、聖書を学ぶための参考書のみ許可される)。
- 賛美歌以外の音楽は聴いてはいけない。
- 避雷針を立ててはいけない(雷は神の怒りであり、それを避けることは神への反抗と見なされる)。
- 義務教育以上の高等教育を受けてはいけない(大学への進学など)[15]。
- 化粧をしてはいけない[15]。
- 派手な服を着てはいけない。
- 保険に加入してはいけない(予定説に反するから)。
- 離婚してはいけない。
- 男性は口ひげを生やしてはいけない(口ひげは男性の魅力の象徴とされる歴史があったから)。ただし、顎ひげや頬ひげは許される。
銃撃事件
2006年10月、ランカスター郡の小学校に「神を憎む」という男が闖入し児童や教員を銃で殺傷する事件が発生し、13歳のアーミッシュの少女が 自分より小さな子供に銃口が向けられた際身代わりとなって射殺されその妹も銃撃された。その後彼女らの祖父は犯人に恨みを抱いていないことを表明し、犯人の家族を葬儀に招いた。町田宗鳳はアーミッシュの伝統を重んじる信仰生活が決して形式的なものではなかったと評している[16]。
その他
その独特の生活様式は1985年のアメリカ映画『刑事ジョン・ブック/目撃者』で取り上げられた。
ハリソン・フォード演じる主人公の刑事が、偶然殺人事件を目撃したアーミッシュの子供を守るため、アーミッシュの家庭に身を寄せるうちにその母親と恋に落ちるという物語である。日本ではこの映画ではじめてアーミッシュの文化を知る人が多い。
しかし、必ずしもアーミッシュの人々の中ではこの映画は好意的に受け止められていないようであり、実際は共同体外部の異性と恋愛をすることは現在でも皆無とされる。
また、アーミッシュが多く居住するランカスターはスリーマイル島から南東に40kmほどに位置しており、スリーマイル島原子力発電所事故(結果的には健康被害はなかったとされる事故)のような技術災害が、技術自体を好む好まずに関係なく社会全体に影響することの代表例として知られている。
オーストラリア在住の日本人サイコロジスト/臨床心理士の高史行は、アメリカ留学中の1996年7月から8月までの約2ヶ月間インディアナ州のアーミッシュ農家と共同生活をした。そのときの模様を2007年に写真展「Amish Way of Life」としてニコン札幌サービスセンター内で発表・展示した。
アーミッシュを題材とする作品
映画
- 『刑事ジョン・ブック/目撃者』1985年/アメリカ
- 『大富豪、大貧民』1997年/アメリカ
- 『ジーパーズ・クリーパーズ』2001年/アメリカ
- 『Devil's Playground』2002年/アメリカ
- 『ヒューマン・キャッチャー/ジーパーズ・クリーパーズ2』2003年/アメリカ
- 『ヴィレッジ』2004年/アメリカ
- 『コラムニスト・サラの選択』 2007年/アメリカ
ドラマ
- 『冒険野郎マクガイバー』(シーズン4 第3話「アーミッシュの村で」) 1988年/アメリカ
- 『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学』(シーズン3 第13話「大いなる期待」) 2007年/アメリカ
- 『コールドケース』(シーズン5 第3話「儀式」) 2008年/アメリカ
- 『ボーンズ』(シーズン5 第3話「The Plain On The Prodigy」) 2009年/アメリカ
- 『マイネーム・イズ・アール』(シーズン3 第21話「夫婦円満の極意(原題)Camdenites - Part 1」) 2009年/アメリカ
- 『マイネーム・イズ・アール』(シーズン3 第22話「ビリーとカルマ(原題)Camdenites - Part 2」) 2009年/アメリカ
漫画
- 『アメリカなんて大きらい!』
- 『ゴルゴ13』(第391話「パッチワークの蜜蜂たち」;134巻収録)
書籍
- 『ペンシルバニア・ダッチ・カントリー〜アーミッシュの贈り物』 ジョセフ・リー・ダンクル 著、 主婦の友社、1995年
- 『アーミッシュの赦し―なぜ彼らはすぐに犯人とその家族を赦したのか』 ドナルド B.クレイビル著、亜紀書房、2008年
- 『アーミッシュの謎―宗教・社会・生活』 ドナルド B.クレイビル著、 論創社 、1996年
- 『アーミッシュに生まれてよかった』ミルドレッド・ジョーダン 著、評論社、1992年
- 『Crossing Over: One Woman's Escape from Amish Life』Ruth Irene Garrett、Rick Farrant著、HarperOne、2003年
- 『アーミッシュ―もう一つのアメリカ』菅原 千代志 著、 丸善ブックス、1997年
- 『アーミッシュの食卓』菅原 千代志 著、 丸善ブックス、1999年
- 『アーミッシュ・キルトと畑の猫』菅原 千代志 著、 丸善ブックス、2001年
- 『アーミッシュへの旅 私たちのなくした世界』菅原 千代志 著、 ピラールプレス、2010年
音楽
脚注
参考文献
関連項目
テンプレート:Link GA
- ↑ テンプレート:IPA-en(アーミシュ)、テンプレート:IPA-en(アミシュ)。
- ↑ アレマン語も同様のスペルである。
- ↑ 『人類は「宗教」に勝てるか』 161頁。
- ↑ 『アーミッシュの人びと』 pp. 84-87頁。
- ↑ 5.0 5.1 5.2 5.3 『人類は「宗教」に勝てるか』 162頁。
- ↑ 『アーミッシュの人びと』 112頁。
- ↑ 『アーミッシュの人びと』 199-201頁。
- ↑ 『アーミッシュの人びと』 p. 190
- ↑ テンプレート:Cite book
- ↑ 10.0 10.1 10.2 『人類は「宗教」に勝てるか』 164頁。
- ↑ 『アーミッシュの人びと』 177頁。
- ↑ 『アーミッシュの人びと』 130頁。
- ↑ 『アーミッシュの人びと』 176頁。
- ↑ テンプレート:Lang-de-short、「秩序」を意味する。
- ↑ 15.0 15.1 『アーミッシュの人びと』 p. 114
- ↑ 『人類は「宗教」に勝てるか』 165-167頁。