内田貴
内田 貴(うちだ たかし、1954年2月23日 - )は、日本の法学者。法務省経済関係民刑基本法整備推進本部参与、民法(債権法)改正検討委員会事務局長。東京大学名誉教授。法学博士(東京大学、1986年)、学位論文は「抵当権と利用権」。大阪府出身。
人物
星野英一に師事した。民法、英米法を研究対象とし、特に契約法、電子取引法の分野において有名である。『民法I~IV』(東京大学出版会)は従来の体系書の形式ではなく、教科書として執筆されており前から順に読んでいけば民法が理解できるように工夫したとのことである[1]。同じ東大教授であった平井宜雄と論争を繰り広げ平井・内田論争とよばれた[2]。
また、法務省経済関係民刑基本法整備推進本部参与として債権法改正作業に携わり、「民法(債権法)改正検討委員会」[3]の事務局長を勤める。 2009年3月に同委員会の改正試案の取りまとめと理由書が公表されたが、その内容はかなり貧弱なものとなることが予想されていただけでなく[4]、EU統合や不平等条約改正のような政治的背景を持たない現代日本におけるグローバリズムへの安易な迎合、国民不在の最新学説の一人歩き、条文の肥大化、「出来レース」的な一部学者による学者草案で思わぬ危険を生むおそれがある等として、その目的・内容・手段について強く批判されている[5][6][7]。
これらの批判に対し、内田は若干主張を変遷させながらも、世界的にグローバリゼイションが進行する状況で、法の支配を日本の隅々まで行き渡らせることを目的に司法制度改革が進められてきたこと、民法の大改正はその司法制度改革の総括といえるべきものであり絶対にやり遂げなければならないこと、その時期も日本が世界に先駆けて改正することが最も重要であり、このことがひいては日本の発言権を確保するための国家戦略になること、国民一人一人が直接民法の条文を読んで理解できることになることが国民の利益になるなどと反論をしている[8][9]。もっとも、このような考え方の萌芽は後掲『契約の時代 - 日本社会と契約法』で既に明らかにされていた。
学説
出世作は、後掲「抵当権と利用権」で、内容は以下のとおりである。
我妻栄は、抵当権について、交換価値を把握する権利であって、抵当権者は抵当設定者の目的物の利用に干渉する権限を有しないとするドグマから演繹して、改正前民法395条が規定していた短期賃貸借制度の制度趣旨について、抵当権者が把握する交換価値と抵当権設定者の利用権の調和を図るものと解し、経済的弱者を保護するものとして積極的に評価して広く短期賃貸借の成立を認め、また、目的物の利用に干渉する権限を有しない抵当権者は抵当物件を占有する者に対し妨害排除請求権を有しないと解釈していた。
これに対し、内田は、立法者が、抵当権について、単なる交換価値把握権ではなく、むしろ抵当権設定者の利用権を制限するものであるとの見解をとっていたこと、および、短期賃貸借についても、短期賃貸借であれば抵当権者を害しない「管理行為」であるがゆえに抵当権設定者がなしえるのにすぎないとの見解をとっていたことを明らかにした[10]。この見解によれば、短期賃貸借が成立する範囲を必ずしも広く解釈する必要はなく、また、抵当権者に妨害排除請求権を認めない理由もないことになる。
当時、短期賃貸借の制度は、暴力団や占有屋が目的物を占有し、高収益を得る手段として利用されるようになり、その濫用の弊害が指摘されていたことから内田の見解は高い評価を受けた。判例は、当初抵当権者の妨害排除請求権を否定していたが、1999年にいたって、その法律構成はともかく、結論としては妨害排除請求権を認める見解に転じた[11]。また、2004年の民法改正によって短期賃貸借制度は廃止され、抵当権者の同意を得るか、明渡猶予の期間の範囲内で保護されるにすぎないこととなった。
また、内田は、星野の「日本における契約法の変遷」『民法論集6巻』に触発されつつ、これを更に深化させた。すなわち、関係的契約理論の立場から、意思主義と単発的な契約をモデルにした古典的契約観に基づく法律を継受した我が国には、それとは別個の同胞に対する同情と共感に満ちた日本的契約観に基づく生ける法があり、それは信義則の適用という形で判例や特別法に表れているとし、古典的な契約法の死と日本固有の契約法の再生を説いた[12]。
しかしながら、その後10年の間に規制緩和に基づく国際的な法統一の動きなどによって世界の状況は一変し、内田の予想に反して、むしろ古典的な契約法が日本社会を隅々まで席巻するような状況になったが、内田は、これに対し、日本固有の契約法が実は世界的に普遍的なものであるとのメッセージを発してアンチテーゼを提出すべきだと主張するに至った[13]。
経歴
- 1972年 東京都立小山台高等学校卒業
- 1976年 東京大学法学部卒業、同助手
- 1992年 東京大学法学部教授
- 1995年 - 2003年 司法試験考査委員(民法)
- 2004年 東京大学大学院法学政治学研究科教授
- 2007年テンプレート:09月 東京大学退職
- 2007年10月 法務省民事局参事官・経済関係民刑基本法整備推進本部参与、民法(債権法)改正検討委員会事務局長
- 2014年 東京大学名誉教授
著作
- 『抵当権と利用権』(有斐閣、1983年)
- 『契約の再生』(弘文堂、1990年)
- 『民法I - 総則・物権総論』(東京大学出版会、1994年、第4版2008年)
- 『民法III - 債権総論・担保物権』(東京大学出版会、1996年、第3版2005年)
- 『民法II - 債権各論 』(東京大学出版会、1997年、第3版2011年)
- 『契約の時代 - 日本社会と契約法』(岩波書店、2000年)
- 『民法IV - 親族・相続』(東京大学出版会、2002年、補訂版2004年)
門下生
脚注
テンプレート:脚注ヘルプ テンプレート:Reflistテンプレート:Academic-bio-stub
テンプレート:Law-stub- ↑ パンデクテン体系を崩した説明方法を採る本自体は古くからみられる。公刊されたものでは、鈴木禄彌の体系書の他、穂積重遠『新民法讀本』(日本評論社、1948年)、我妻栄『民法大意(上・中・下巻)』(岩波書店、1971年)等が代表的。非公式の講義録では、富井政章述『債権各論完』(信山社、1994年)を始め無数に存在する。
- ↑ 「契約法学の再構築(1)~(3)」(ジュリスト1158 - 1160号)、『平井宜雄教授著「契約法学の再構築」をめぐる覚書』(NBL684・685号)、『内田貴教授著「契約法学の再構築」をめぐる覚書を読んで』(NBL689・690号)
- ↑ shojihomu.or.jp。
- ↑ 七戸克彦「法律時報増刊民法改正を考える」39頁
- ↑ 川井健「法律時報増刊民法改正を考える」8頁
- ↑ 加藤雅信『民法(債権法)改正――民法典はどこにいくのか』4頁以下(日本評論社、2011年)
- ↑ 鈴木仁志『民法改正の真実 自壊する日本の法と社会』(講談社、2013年)1頁以下
- ↑ 「債権法の新時代」6-17頁(商事法務)
- ↑ これに対し、法典そのものを講義録のようにしてしまうと、講義の順序・内容・定義等は法典にいちいち拘束され、学問の発展は阻害されてしまうというのが富井政章の主張であった。杉山直治郎編『富井男爵追悼集』162頁富井発言(有斐閣、1936年)
- ↑ 上掲『抵当権と利用権』
- ↑ 生熊長幸『抵当権者による目的不動産の不法占有者に対する明渡請求』「ジュリスト平成11年度重要判例解説」(有斐閣)71頁
- ↑ 上掲『契約の再生』
- ↑ 『契約の時代 - 日本社会と契約法』324頁