輸送機
輸送機(ゆそうき)は貨物等を輸送するための航空機全般を指す。以下のような種類に大別される。
- 主に軍隊で物資や人員の輸送のために使われる航空機(軍用機)のこと。大きく分けて戦術輸送機と戦略輸送機がある。本項で詳述。
- 主に民間で貨物輸送に使われる航空機のこと[1]。 --→ 貨物機を参照のこと。
軍用輸送機
軍用輸送機には固定翼機のものと回転翼機によるものがある。以下では固定翼機による軍用輸送機について説明する。回転翼機による軍用輸送機についてはヘリコプターの一覧#軍用ヘリコプターを参照のこと。
特徴
軍用輸送機に求められる性能は大搭載量と長い航続距離であり、未整備で短い滑走路での運用も求められる。また、空中給油を受ける能力や与える能力に加えて、空中物資投下能力が求められる場合もある。当初から輸送機として設計されたものと、爆撃機や民間旅客機から設計変更や改造されたものに大別される[2]。
輸送機を意味する英語の"cargo aircraft"や"carrier"の頭文字から、"C"で始まる制式名称の機種が多い。
貨物室
21世紀現在の多くの機体は、長く平らな床面を備えた1つの貨物室を持ち、パレットでの荷役効率を高めるレールを床に内蔵するものが一般的である。貨物の積み降し口(カーゴドア)は、古くは機体左側面[3]に大型のドアを設けたものが一般的であったが、現在では、長尺物や車両の自走搭載、パレット化による荷役に適合させるため、機首部分の胴体をチルトアップさせる方法と、機体後尾にスロープ兼用のドロップゲートを設ける方法が多く見られる。
旅客機を元に作られて、構造上、本来の客室の床を取り払うことができない機体では、胴体下部の貨物室とカーゴドアは生かしたまま、2階部分の側面(本来客室のあるレベル)に大型のスイングアップ式のドアを追加したものがある[4]。軍用機では空挺隊員の降下や車輌などの貨物の空中投下を行うため、飛行中でも安全にカーゴドアの開閉が行えるようになっている。
貨物の緊定(タイダウン)が必要なため、補強された床構造をはじめ、貨物室は相応に強固な設計とされている。重量物の輸送に伴い機体構造へ繰り返し加わる通常の応力に加えて、高高度を飛行する機種では貨物室を含め与圧構造とされているために、さらに高い耐久性が求められ、強度部材には十分な強度が見積もられている。また、不整地での離着陸なども考慮して、降着装置や主翼は丈夫に出来ている。このため機体重量は民間用輸送機に比べて増す傾向にある。
軍事作戦だけでなく紛争地帯でも運用される軍用輸送機は、携行式地対空ミサイル (MANPADS) による脅威に曝されるため、自衛用のチャフやフレアの投射器を赤外線警戒センサーによるミサイル警報装置と共にシステムとして搭載することが多くなっている。
翼
主翼は以下の理由によって高翼配置が好まれる。
- 貨物室床面を前後に長く平坦にするには、低翼配置での中央翼構造は邪魔となる
- 翼から地面までの距離が確保できるため、大径の高バイパス比ジェットエンジンやプロペラ、大型フラップの採用が可能となる[5]
- エンジンが高い位置になれば、異物吸入による損傷リスクが小さくなり、不整地での運用に適する
軍用輸送機で採用されるような極端な高翼配置は、飛行体としては不利に働く面もあるが、空力特性よりも広く長い貨物室の空間形状と大容積による貨物収容能力や荷役の利便性といった運用性を優先させた設計が選ばれる傾向が強い。高翼配置を採用することで、低翼配置での主脚の収容空間が得られなくなるため、機体底部の左右にバルジと呼ばれる凸部を設けて多輪式の主脚を格納する形式が比較的多い。
尾翼は、高翼配置によってエンジンが高い位置になることで排気ジェット流も高くなることや、多くの高翼の輸送機が採用する尾部のスロープ式ゲートの位置的な影響から、水平尾翼が垂直尾翼の先端へ取り付けられる形式が比較的多い。
高翼配置を採用しない機体では、上記の利点はほとんどが逆に働くため、貨物の収容能力では比較的劣ることになるが、民間航空機と同様の機体であれば設計や製造、運用コストの低減が期待できるなど、他の利点が存在する。
歴史
第二次世界大戦の前半において、ドイツ国防軍は空挺部隊を効果的に運用した。特に1941年のクレタ島における戦いでは、ドイツ軍は多数のJu 52を用いて、空輸作戦を行いクレタ島を占領した。また、独ソ戦においても各所で物資を空中投下する空中補給を効果的に用いた。日本軍はパレンバン空挺作戦にて、高性能の一〇〇式輸送機などを用い陸軍空挺部隊の降下に寄与、空挺部隊は太平洋戦争の最重要攻略目標であるパレンバン大油田を制圧したが、国力の差から連合国やドイツのような輸送機の大量保有や運用は行えず、以降は沖縄戦時の独立混成第15連隊の例を除き、1,000人を超えるような大規模な空挺作戦や空輸作戦は行われていない。
第二次世界大戦後半においては、連合国が同様にノルマンディー上陸作戦をはじめとして、多数のC-47を用い空挺作戦や空中補給を効果的に行った。
1948年にベルリン封鎖が発生すると、アメリカ合衆国をはじめとする西側諸国は輸送機を総動員し、西ベルリンへ補給物資を輸送した。第二次世界大戦時の空輸による補給物資輸送は、一時的措置のものであったが、ベルリン封鎖時の空輸による補給物資輸送は継続的なものであり、輸送機が恒常的に大量の物資を輸送できることを示した。
1950年代には、戦術輸送機の決定版と言われ、現在でも改良型の生産が続いているC-130が開発された。この機体は、それまでの軍の経験を踏まえ、十分な量の貨物を搭載でき、また貨物の積み下ろしが容易で、前線の不整備な飛行場でも運用できることから評価が高い。物資輸送任務以外に特殊部隊の展開支援にも供されており、用途に合わせて独自に改良されたMC-130Hが空軍特殊部隊に配備されている。
航空自衛隊はC-1を独自開発しC-130に代えるつもりだった。しかし、周辺諸国への配慮からあえて航続距離を短く設計され、極端に使いづらい機体になってしまった。特に開発後に返還された沖縄県周辺や海外での活動となるとこの欠点は致命的である。結局、C-130が導入され主力となっている。現在、後継のXC-2が開発中である。
C-130は、あくまでも戦術輸送機であり大陸間の輸送を行うには航続距離が不足している。そこで、アメリカ軍は大陸間の輸送を行う戦略輸送機として、C-5等を使用していた。1990年代に入り、C-130なみに前線の不整備な飛行場でも運用ができ、かつ大陸間の輸送ができるC-17が開発され、アメリカ合衆国本土からヨーロッパ・中東への輸送に活躍している。
旧ソ連やロシアでは、国土が広く利用可能な海洋が少ないことから、輸送手段としての航空機開発には熱心であった。そのため、Il-76やAn-124などの大型機からAn-2のような小型の機体まで多くの輸送機を開発している。また、ロシアは特に冬季の気候が厳しい上、必ずしも整備状況の良い飛行場ばかりではない。そのため、旧ソ連の輸送機のいずれもが未整地でも運用できるという特長を持っている。
現代の主な軍用輸送機
過去の代表的な輸送機(一部は現役)
脚注
- ↑ 民間貨物機は、貨物輸送機を意味する英語の"freighter"の頭文字"F"から、型式の末尾に"F"を付けて表される傾向がある
- ↑ 爆撃機から設計変更された機体としては、60年ほどの長期間に渡って活躍しているB-29 の派生機一族が知られている(B-29 → C-97 → プレグナントグッピー → スーパーグッピー)
- ↑ 機体左側面に貨物の積み降し口を備えたのは、舵が右舷に出ていた古典的な船舶からの習慣に由来する。船舶用語では、左舷をポートサイド(Port side)、右舷をスターボードサイド(Steering board side から Starboad side へと変化)と呼び、航空機や宇宙船もこれを踏襲している。
- ↑ 変り種としては、カナダの元カナディア社(現在のボンバルディア社)のCL-44のスイングテール式が知られている。
- ↑ 地面効果の影響が小さくなるが、翼から地面までの距離が確保できれば、多段式フラップなどを用いてSTOL性能の向上が期待できる。