OHV

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OHVとは、 Over Head Valve(オーバー・ヘッド・バルブ)の略語で、4ストローク機関の吸排気弁機構の形式の一つ。バルブ機構をシリンダヘッド上に備えた形式を言う。日本語では頭上弁式と表記される。カムシャフトをシリンダヘッドに備えたSOHCDOHCも吸排気弁をシリンダヘッドの上部に持つため、広義には頭上弁式に含まれるが、一般的にOHVとはSOHCとDOHCを除いたものを呼ぶ。

構造

ファイル:Engine 134 Norton ES2.jpg
オートバイ用のOHVエンジン
ファイル:Gokoku kerosene engine.jpg
弁機構にOHVを用いた石油発動機の例
ファイル:Pushrod2.PNG
OHVエンジンのプッシュロッド機構

カムシャフトがシリンダの横に位置し、プッシュロッドとよばれる長い棒を介してロッカーアームを押し上げバルブを開閉させる。したがって「プッシュロッドエンジン」と呼ばれることもある。最初のOHVエンジンはスコットランド系アメリカ人であるデビッド・ダンバー・ビュイックにより開発された。それ以前にはサイドバルブ(SV)やスライドバルブが用いられていた。

SVに対してOHVが有利なのは、バルブをシリンダヘッド内部に配置することで、燃焼室を小さくできる点である。 これによりOHVはSVに比べて燃焼室の表面積が小さくなったことで、ヘッドへ逃げる熱が少なくなり、さらにノッキングを起こしにくい燃焼室形状にしやすく圧縮比も高くとれるため、一段と熱効率と出力を向上させることが可能となった。

SV方式からの移行期には吸気弁がOHV、排気弁がSV(Fヘッド)という エンジンも存在した(主に汎用石油発動機に多く見られた)。

長いプッシュロッドではその質量と、熱膨張による寸法変化および、駆動時の弾性変形が問題となるため、カムシャフトを高い位置に配置してプッシュロッドを短くした、ハイカムシャフト方式と呼ばれるものもある[1]。この場合、カムシャフトはチェーンなどを用いて駆動される。この場合動弁系の往復慣性重量はSOHCと比べさほど大きくならずまた、ヘッド直上にカムシャフトがないためDOHC同様のセンタープラグと理想的弁配置が取れる利点がある。

OHV方式の採用例

四輪車

日本では、1960年代から1980年代に製造された乗用車によく採用された。二輪車ではスーパーカブも1958年の発売開始時ではOHVであったが、1964年のモデルチェンジでSOHCに変更されている。同一車種に複数のグレードを設定する場合、上位グレードにはOHCエンジンを、下位グレードにOHVエンジンを採用し差別化を計ることが多かった[2]。代表的な車種は、トヨタ・コロナトヨタ・カローラマツダ・ファミリアマツダ・キャロルいすゞ・ベレット日産・サニー三菱・ランサー[3]など。

これらの車種で、モデルチェンジを行って存続したものは1980年代に入ってOHVの採用をやめた。1990年代以降の日本製の日本国内向け小型自動車ガソリンエンジンに限定すると、トヨタLPG車を含む一部の商用車を除きOHVエンジンはほとんど採用されなくなり、現在はポペットバルブを持たないロータリーエンジンを除いては、すべてOHCエンジン、もしくはDOHCエンジンに置き換えられた。

唯一の例外が水平対向エンジンで、エンジン両脇にシリンダーヘッドを持つ構造から、ながらくOHC化はかえって非効率・重量増過大・整備性悪化とされていた。スバル・レオーネ富士重工のフラグシップ車という位置づけでありながら、長らくOHVであり、1984年になってようやくOHC化した。しかし、それも1,800ccエンジンのみで、1,600ccエンジンは据え置かれた。その後1989年まで同一車種に混在する[4][5]という、バルブ駆動形式だけ見るならば他社に一段遅れた状況を展開していた。

プッシュロッドやロッカーアームの「音」が心地よいことと、オーバーホールリビルドがしやすく、特に二輪車や汎用ディーゼルを含む汎用OHVエンジン全般では、タイミングチェーンがなく[6]、整備しやすいのが長所であることから、趣味の世界では依然としてOHVの人気は高い。

モータースポーツでは、カーボンコンポジットのプッシュロッドも登場している[7]。また、アメリカンモータースポーツの代表格といえるNASCARにおいては、原則として参加する車のエンジンがOHVに限定されているため、トヨタ・タンドラのように市販車ではDOHCエンジンを搭載している車がわざわざOHVにエンジンを換装して参加している例もある。 インディ500においては、1994年ペンスキーが3,400ccOHVターボのメルセデスエンジンで優勝を飾っている。当時フォード・コスワース・DFSエンジンなどにおされ、旧式化していたビュイックエンジンの救済のために存在したOHV優遇規定[8]に則る形でイルモアの手により作られたこのエンジンは、最高回転数10,000rpm以上で1,000馬力を超える出力を発揮するOHVエンジン[9]となった。OHVエンジンは低出力というイメージがあるが、競技用エンジンとしてはNASCARで用いられている自然吸気のエンジンが800馬力、NHRAのトップフェールクラスで用いられている過給エンジンが8500~10000馬力と非常に高い出力を発生させている。

またアメリカではコストダウンの波に押されて徐々に減りつつあるが、依然としてOHVエンジン搭載車が多く存在する。その一例としてシボレー・コルベットには、1980年代末期にZR-1と呼ばれるDOHC搭載モデルが存在したが、現行モデルではDOHCを廃しすべてOHVエンジンとなっている。これは、シリンダーヘッドの部分が複雑で大型になるため、重量が大きく重心の高くなるDOHCエンジンに対し、OHVにはそれがないというメリットがあり、重心を低くすることで運動性能を高めるという設計意図による。特にV型エンジンや水平対向エンジンなどにおいてはDOHCでは4本、SOHCでは2本のカムシャフトが必要となるがOHVであれば1本で済むため、それによるメリットは大きい。 またDOHCのように回転数で馬力を稼ぐエンジンではなく、低回転だが大トルクによって馬力を稼ぐエンジンが、コルベットのアイデンティティであるという考え方による。またクライスラーは半球形の燃焼室に由来するヘミエンジンを21世紀に復活させた。これには、数ある自動車メーカーのなかで、自社のアイデンティティを前面に打ち出し、差別化を図る狙いがある。 現代のDOHCエンジンにおいては位相変化タイプの可変バルブタイミング機構は一般的となっているが、1本のカムシャフトで吸排気バルブを駆動する関係上、OHVでは吸気と共に排気の位相も変化するため、オーバラップ量変化による効果は得られない。このためOHVでの採用は遅れたが、オーバーラップ量が変化せずとも、負荷や回転数にあわせバルブタイミングを最適化することで一定の効果が得られるため、GMスモールブロックやHEMIなどの大排気量OHVエンジンにも可変バルブタイミング機構が採用されるようになっている。またホットロッド向けのアフターパーツも存在する。欧州でもベントレーのOHVエンジンに可変バルブタイミング機構を採用している例がある。さらに近年ではダッジ・バイパー(2009年モデル以降)が二重構造の中空カムシャフトを用いることで、排気のみ位相変化をさせる機構を採用している。バイパーでは排気のみの位相変化としているが、機構上は吸気のみ位相変化や吸排気それぞれの位相変化も可能であり、可変バルブタイミング機構に関してのDOHCとの差はある程度減じているといえる。

アメリカやイギリス、オーストラリアなどではOHVエンジンのプライベートチューンも盛んで、日本では1990年代の省燃費型エンジンからようやく採用が始まったローラーロッカーアームが、比較的早い時期からチューニングパーツとして販売されていた。 OHVエンジンのカムとリフター(タペット)の間には高荷重がかかり、滑り摩擦となるフラットタペットなどでは極圧条件となるためエンジンオイルにはある程度の耐摩耗性が求められる。近年の新しい規格のエンジンオイルでは耐摩耗性が不足するケースもあるとされ、特にバルブスプリングレートを強化している場合はさらに高い荷重がかかるため注意が必要となる。海外ではフラットタペットOHVエンジン向けに耐摩耗性を強化したエンジンオイルの設定されていることもある。またローラーロッカーアームなどと同様に摩擦と摩耗を低減するためにローラーリフター仕様とするチューニングも一般的に行われている。

二輪車

オートバイにおいてはハーレーダビッドソン1936年のナックルヘッドエンジン以来、伝統的にOHV形式の空冷V型2気筒エンジンを搭載し続けていることが広く知られている。ハーレーのエンジンは典型的な低回転高トルク型の設計で、当時の競合他社の車両もおおむねハーレーと同様の状況であった。

ホンダ1977年にOHVながら4バルブを採用したV型2気筒エンジンを搭載したホンダ・GL400/500を市販した。これはキャブレターを内側に追い込んでライダーの膝元に余裕を持たせ、かつ吸排気を直線化するために、シリンダー方向をねじる目的であえてOHVを採用し、ツイステッドOHVと称している)このエンジンは最高出力を9,000rpmで発生し、約10,000rpmまで回った。

高回転指向でないクルーザーオートバイでは近年ではハーレーダビッドソン社の他にヤマハ発動機カワサキも、V型二気筒エンジンを限界まで大型化するにあたって、エンジン高を抑えるためにOHVを採用している。また、ホンダからは整備事情が悪い東南アジア・南米諸国向けにOHV125ccエンジンを搭載したCG125やXR125Lが現在でも販売されている。なおスズキも2003年から2007年にかけて製造販売したチョイノリに専用設計のOHV50ccエンジンを採用していた。

航空機用エンジン

ファイル:Wright R-1820 Engine.jpg
ライト R-1820 サイクロン 9
航空機用レシプロエンジンに求められる性能は、中低回転数域での高いトルクである。これはプロペラにおいては、先端が音速に達すると衝撃波による効率低下が発生するため、回転数を一定以下に下げる必要があり、エンジンの回転をプロペラに伝える際に変速機を用いているからである。当然ながら、エンジン回転数が高いと、変速機もより大掛かりなものとなり、効率が悪い。従って、前述された高速回転域における問題は発生し得ない。また、空冷エンジンではシリンダが直列に配置されることはまれで、特に星型エンジンの場合はOHCによるバルブ駆動はほとんど不可能である。

汎用エンジン

OHVは、同じ排気量のSOHCエンジンと比べて構造が単純なため整備しやすく(とはいえSVほどではないが)、軽量・コンパクトという利点があり、4ストロークエンジンによる自家発電機ポンプ、農耕用等の汎用エンジンといった自動車以外の用途では主役の座を維持している。しかし、一方で汎用エンジン大手の本田技研工業2003年に従来の同社のOHVエンジンより軽量コンパクトな SOHCエンジン、GX35(排気量:35.8cc、主に1インチエンジンポンプ、動力散布機刈払い機用)を発表し、続いて2005年にもSOHCのiGX440(排気量:438cc)を発表するなど動弁機構をOHV からSOHCに置き換えている。

OHVは往復運動する部品が多く、特にプッシュロッドの重量が高回転時のバルブの追従性を悪化させるバルブジャンプ、往復運動機構の共振によるバルブサージングが発生しやすく、エンジンの許容回転数を上げることが難しい。しかし、飛行機船舶などのレシプロエンジンではプロペラを定められた回転数よりも高速に回転させる必要がない上、耐久性と信頼性に優れるため、 OHV は多用されている。これは、ディーゼルエンジンにも当てはまるが、自動車用でも小型のものはガソリンエンジンとの設計の共通化が進み、部品点数の削減や軽量化の面でもOHCが有利とされ、OHVは中型以上に見られるのみとなった。

脚注

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関連項目

  • 自動車用日本メーカーのOHVエンジンでの例・トヨタ・K型およびDOHCヘッド仕様を除くT型、日産・A型、三菱・4G4型など
  • ただし逆の場合もあった。
  • 初代A73型の1,200cc車。
  • その後、1,800cc車はレガシィへの移行により廃止。しかしその後もレオーネの1,600cc車は廉価車種として生産され続け、1994年にようやくカタログ落ちしている。
  • なおスバルの直列エンジンは市販車初投入以降一貫してOHC(含むDOHC)である。
  • ただし一部の自動車用は例外的にタイミングチェーンやタイミングベルトが用いられる場合がある。
  • B110・310系サニーは、レース仕様としてA12エンジンをベースにプッシュロッドをカーボン素材とし、10,000rpmという高回転を実現し、現在に至るまで伝説になっている。当時はまだ、市販用エンジンベースではOHCであっても達成不可能だった。
  • 当時、DFSエンジンなどの市販車用エンジンブロックを用いないDOHCエンジンは排気量が2,650ccと規定されていたが、ビュイックエンジンなど市販車用のエンジンブロックを用いOHVを採用した場合に限り、3,400ccまで排気量を拡大することが許されていた。
  • 高回転高出力を実現するための機構の工夫も特徴で、ロッカーアームにはスイングアーム式ローラーロッカーアームを採用。ロッカーアームやバルブリフターの支点、接点には全てニードルローラーベアリングを用いるなど徹底したフリクションロス低減の策が採られた。DOHCのDFSエンジンがカムが4本必要だったのに対し、OHVのメルセデスエンジンはカムが1本で済む事も軽量化の上で大きな差となった。