サイドバルブ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

サイドバルブ(Sidevalve engine、省略形はSV)とは、4サイクルレシプロエンジンの1形式。主要諸元表などには日本語で「側弁式」と表記されている場合も多い。また、シリンダーヘッドが平らな形をしていることから、「フラットヘッドエンジン」とも呼ばれている。

概要

ファイル:Single-cylinder T-head engine (Autocar Handbook, 13th ed, 1935).jpg
1935年のザ・オートカー誌に掲載されたクロスフロー・Tヘッドエンジンの構造図
ファイル:Side valves engine top.jpg
シリンダーヘッドを外した
サイドバルブエンジン
ファイル:Side valves engine bottom.jpg
同、バルブスプリング側
この下にカムシャフトが位置する

DOHCSOHC自動車オートバイエンジンの主流となっている現在、すでに旧式となりつつあるプッシュロッド駆動式のOHV(オーバーヘッドバルブ)よりも、更に旧式の機構である。吸・排気バルブピストンの上ではなく、シリンダーの横に並んで上向きに配置されているのが大きな特徴。これをクランクシャフト近くに配置されたカムシャフトで直接駆動する。

構造が非常にシンプルであり、エンジン本体(特にシリンダーヘッド)をコンパクトにすることができ[1]、エンジン内部の駆動箇所が少ないために丈夫なエンジンになる。ヘッドには点火プラグ以外の付属部品が不要で、ヘッドを外しての修繕や調整も容易である[2]

しかしその反面、燃焼室が横に長く広い形状になってしまうため、圧縮比を十分に上げることができない、燃焼室の表面積が大きく、あまりにも熱損失が大きいためにデトネーションバックファイアなどの発生率が高いなどの欠点を持つ。

また、多くのサイドバルブエンジンがターンフローの吸排気レイアウトを持つ事と相まって、吸排気の流れが非常に悪く、火炎伝播にかかる時間が長いため、エンジンの許容回転数も4,000rpm程度か、それ以下に制限されてしまうなど、制約上最高出力がディーゼルエンジンより低くなってしまうというのが最大の弱点である。これらの欠点を解消すべく、レシプロエンジンの構造はOHV、更にはOHC(オーバーヘッドカムシャフト、SOHC→DOHC)へと進化していくこととなったのである。

なお、サイドバルブからOHVへと至る過程の中途には、動弁形式は側弁のままで吸排気レイアウトのみをクロスフローへ改良したものが存在したが、動弁系の配置や構造が複雑となる割に出力向上は低く、後発のOHVに出力面でも生産性でも劣っていた事から、短期間の内に姿を消している。この形式はシリンダーと燃焼室が呈する形状からTヘッドエンジンとも呼ばれ、サイドバルブをターンフローとクロスフローに敢えて分類して論じる際には、前者をLヘッド、後者をTヘッドとして区分が行われる。

また、ターンフローレイアウトで吸気弁のみをOHV、排気弁をSVとした折衷的レイアウトも1900年代に出現し、イギリス車を中心とした一部のモデルで使われた。これを「Fヘッド」と呼び、第二次世界大戦後もローバーランドローバーも含むモデルに搭載したほか、ロールス・ロイスが軍用車両向けに生産したエンジンにもこのレイアウトが使われていた。もっともこのレイアウトを用いるぐらいならOHVの全面採用に踏み切るメーカーも多く、主流の方式とはならなかった。

サイドバルブは、第二次世界大戦当時の各国の軍用車両(アメリカ軍のウィリス・アーミージープハーレーダビッドソン・WLA、ドイツ軍のBMW・R12、旧日本軍の九七式側車付自動二輪車など)では、本国から遠く離れた戦地での劣悪な補給・整備事情も考慮した結果、整備性や信頼性の高さを買われて当時登場し始めたばかりのOHVを差し置いてサイドバルブ付きエンジンが積極的に採用された事もあったが、戦後になるとOHVやOHCの爆発的な普及により日本車ではオートバイは1959年の陸王・RT-2[3]、自動車では1963年のダットサン・キャブライトの生産終了を最後に純然たるサイドバルブエンジンは姿を消し、フラットヘッド型燃焼室も1973年の三菱・ジープJ3R型[4]を最後に姿を消した。

トヨタは、戦前のAA型で、既にOHVのA型エンジンを採用しているが、戦後のトヨペット・SA型で、あえてサイドバルブのS型エンジンを採用し、後のSKB型トラック(後の初代トヨエース)初代コロナ、フォークリフトに用いている。事情は同項を参照のこと。

現在ではもはや自動車・オートバイ用機関としては成立せず、用途は発電機ポンプ用、一部の管理機用(マキタ沼津(旧・富士ロビン、現・マキタ)製「ラーニー管理機」(現・ラビット管理機)シリーズの一部)などの汎用エンジン(例・富士重工業製ロビンエンジン「EY型(ガソリン)/EY-K型(ケロシン)シリーズ」等)に限られている。しかしその汎用エンジンでも、近年の排出ガス規制の影響ですでに主力はOHV、更に上級機種ではSOHC(そのほとんどがホンダ製)に取って代わられてしまっているのが現状であり、最後まで汎用型サイドバルブエンジンの牙城を守り続けてきた富士重工業製ロビンエンジンのEY型/EY-K型汎用エンジンシリーズの国内向け製品が2008年9月までに販売終了したため[5]名実共に日本国内におけるサイドバルブエンジンは姿を消すこととなった。

近年の動向

2007年スペインガスガストライアルバイク4ストローク化にあたりサイドバルブを採用する車両を発表した。燃料噴射装置を採用した水冷単気筒エンジンは、サイドバルブの特徴を生かし、トライアルバイクとして有利な、極めてコンパクトで軽量かつ低重心なものとなっている。

また、共産圏では軍用バイクとして近年まで、或いは現在でもサイドバルブ仕様のオートバイやサイドカーが生産されている事例もある。その代表例が中国長江・CJ-750である。これらは戦前のBMW製オートバイのコピー生産品であり、長い期間戦前とほぼ同じ形態で製造され続けられている事から、比較的安価に入手可能なサイドバルブ車両として世界中でカルト的な人気を博している。

脚注

  1. ただし、サイドバルブ主流であった時代の自動車は、後年の自動車に比べてボアが小さくストロークの長いロングストローク型であり、またエンジン全高に比してボンネットが高く作られる傾向があったため、エンジン全高抑制のメリットはあまり生きなかった。
  2. これは軍用や産業用といった用途で比較的後年まで好まれる原因になった。
  3. 本家のハーレー・ダビッドソンでは、サイドバルブエンジンはサービカー用として1973年まで製造され続けた。
  4. J3R型ジープのJH4ジャパンハリケーンエンジンはFヘッド構成であった。
  5. なお、EY型/EY-K型汎用エンジンシリーズは途上国向け用に限り2011年頃まで生産・販売を継続していた。

関連項目

外部リンク