瀋陽市

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テンプレート:基礎情報 中国の都市 瀋陽市(しんようし/シェンヤンし、中国語:沈阳市、英語:Shenyang)は、中華人民共和国遼寧省省都。欧米諸語では、ムクデン(Mukden)の名もよく用いられる。中国東北部満洲)の主要都市の一つ。市名は、「瀋水ノ陽」の意味で、市内の南部を流れる渾河の古名・瀋水の北に位置することから由来した。国家歴史文化名城に指定される観光都市でもある。経済的重要性から省クラスの自主権をもつ副省級市にも指定されている。都市人口は810万人と東北地方最大の都市である(2011年まで)。

歴史

瀋陽の歴史は大変古く、7200年前には定住集落(新楽遺跡)があったことが知られている。その後はしばらく地域の重要地方都市的な位置にあった。

唐代瀋州が置かれ、元代には瀋陽路明代には瀋陽中衛が設置された。

17世紀初、サルフの戦いに勝利した満洲族ヌルハチ後金を建国、瀋陽を都城と定め、1634年天聡8年)には盛京(満洲語ムクデン)と改称された。その後と国号を改めた後金は1644年順治元年)に明朝の滅亡後の中国を支配し、北京遷都するが、盛京はその後も副都とされた。1657年には奉天府が設置され、形式的ながら中央政府に準拠した官制が整備され、現在でも副都としての瀋陽故宮が残っている。1664年康熙3年)には承徳県が新設され、奉天府の府治とされた。

19世紀後半以降、それまで漢民族の移動が認められなかった満洲が、ロシア帝国南下政策に対抗すべく、禁地政策が解禁され開発が急速に推進されると、瀋陽は地域の中心としての役割を担うようになった。1903年には東清鉄道南満州支線が完成してロシア帝国の勢力下に入り、日露戦争中の1905年奉天会戦の舞台となる。

1910年宣統2年)には承徳県が廃止され、県域は奉天府の直轄とされ、1912年民国元年)、辛亥革命により清朝が滅亡すると、2月に承徳県と改称されたが、河北省に同名の承徳県が存在したことから5月には瀋陽県と改称された。その後は中華民国臨時政府を巡る混乱の中、1923年(民国12年)には奉天市が設置され奉天省の省会とされた。1929年(民国18年)にはそれぞれ瀋陽市遼寧省と改称されている。その後は張作霖張学良を代表とする奉天軍閥の拠点となった。しかし鉄道駅を中心とする市街地の大半は南満洲鉄道の付属地とされ、日本が行政権や警察権を掌握していた。

1931年満洲事変により関東軍に占領されると、奉天市と再度改称、1945年(民国34年)、日本の敗戦・満州国の解体により中華民国に施政権が移管されると、瀋陽市と再改称されている。1949年には中央直轄市に昇格、1954年に地級市に改編され遼寧省の省会として現在に至る。

気候

1月の平均気温は-10.9℃、7月の平均気温は24.7℃、年平均気温は8.5℃、年降水量は690.3mmである。 テンプレート:Infobox Weather

テンプレート:中国地名変遷

行政区画

瀋陽市は地級市(地区クラスの市)として9市区、1県級市、3県を管轄する。

年表

瀋陽市

遼寧省瀋陽市

ファイル:瀋陽市街地.jpg
瀋陽市街地(崇山中路)
  • 1955年3月13日 - 蘇家屯区が南郊区に編入。(12区)
  • 1956年5月23日 (12区1県)
  • 1956年6月22日 - 瀋陽県が遼陽専区に編入。(12区)
  • 1956年8月4日 (9区)
    • 東郊区が遼陽専区瀋陽県に編入。
    • 北郊区が大東区に編入。
    • 西郊区・南郊区が合併し、蘇家屯区が発足。
  • 1958年12月20日 - 鉄嶺専区鉄嶺県法庫県康平県開原県昌図県西豊県、遼陽専区瀋陽県遼中県新民県台安県を編入。(9区10県)
  • 1959年2月18日 (6区10県)
    • 北市区が和平区に編入。
    • 南市区が瀋河区に編入。
    • 北関区が大東区に編入。
  • 1960年1月7日 (7区9県)
    • 瀋陽県の一部が和平区・瀋河区・大東区・皇姑区・鉄西区・蘇家屯区に分割編入。
    • 瀋陽県の残部が区制施行し、新城子区が発足。
  • 1960年8月15日 - 台安県が遼中県に編入。(7区8県)
  • 1961年7月9日 - 遼中県の一部が分立し、台安県が発足。(7区9県)
  • 1964年2月12日 - 鉄嶺県・開原県・昌図県・康平県・法庫県・西豊県・遼中県・台安県・新民県が瀋陽専区に編入。(7区)
  • 1964年4月2日 (9区)
    • 和平区・瀋河区・大東区のそれぞれ一部が合併し、東陵区が発足。
    • 皇姑区・鉄西区のそれぞれ一部が合併し、於洪区が発足。
  • 1966年8月10日 (11区)
    • 東陵区・新城子区のそれぞれ一部が合併し、輝山区が発足。
    • 東陵区・蘇家屯区のそれぞれ一部が合併し、祝家屯区が発足。
  • 1968年6月24日 (9区)
    • 輝山区が東陵区・新城子区に分割編入。
    • 祝家屯区が東陵区・蘇家屯区に分割編入。
  • 1968年12月26日 - 瀋陽専区遼中県を編入。(9区1県)
  • 1969年12月18日 - 鉄嶺専区新民県を編入。(9区2県)
  • 1992年12月12日 - 鉄嶺市康平県法庫県を編入。(9区4県)
  • 1993年6月14日 - 新民県が市制施行し、新民市となる。(9区1市3県)
  • 2004年9月11日 - 東陵区の一部が和平区に編入。(9区1市3県)
  • 2006年10月8日 - 新城子区が瀋北新区に改称。(9区1市3県)
  • 2014年6月17日 - 東陵区が渾南区に改称。(9区1市3県)

瀋陽専区

  • 1964年2月12日 - 瀋陽市鉄嶺県開原県昌図県康平県法庫県西豊県遼中県台安県新民県撫順市新賓県清原県を編入。瀋陽専区が成立。(11県)
  • 1968年12月26日 - 瀋陽専区が鉄嶺専区に改称。
    • 遼中県が瀋陽市に編入。
    • 台安県が盤錦墾区に編入。
    • 新賓県・清原県が撫順市に編入。

軍事

中国人民解放軍の七大軍区の一である瀋陽軍区司令部所在地である。瀋陽軍区は人民解放軍軍区のなかでも独立性が高いといわれる。

軍事機関

瀋陽軍区司令部の所在地。

軍事学校

瀋陽砲兵学院

軍事空港

交通

瀋陽の交通は大きく発達している。

国際空港

瀋陽桃仙国際空港
市の東南にある中国東北地方最大の国際空港である。市内までバスかタクシーで40分から50分。地下鉄2号線を空港まで延伸する計画がある。
国内定期便
香港を含め国内(中国の範囲内)には30以上の定期便がある。
国際定期便
日本成田大阪名古屋札幌福岡
韓国仁川釜山大邱光州清州
北朝鮮平壌
シンガポールシンガポール
ドイツフランクフルトミュンヘン
ロシアイルクーツクノヴォシビルスクウラン・ウデ

鉄道

瀋陽鉄道局の所在地である。瀋陽鉄路局の管理する線路の総括的な延長の長さは約17173km、営業キロは、8809.2km。長春、瀋陽、錦州、通遼、吉林、通化の6箇所の支局がある。

国内鉄道 ハルビン北京天津大連などへと向かう東北地方の主要幹線鉄道5本すべてが経由する。その主要幹線鉄道は、哈大旅客専用線哈大線瀋大線京哈線瀋丹線瀋吉線 がある。

国際鉄道

北京 - 瀋陽 - 満洲里 - モスクワ
北京 - 瀋陽 - 平壌・・ソウル - 釜山(・・下関 - 大阪 - 東京、後の部分は長期の計画)
北京、ウルムチを経由し、中央アジア向けへの国際列車がある。
近年は瀋陽 - シンガポールの国際列車の建設可能性が研究されている。その計画とは、瀋陽 - 北京 - ハノイベトナム) - ホーチミン・・プノンペンカンボジア) - バンコクタイ) - クアラルンプールマレーシア) - シンガポールと見通られる。 もしその計画が実現すれば、瀋陽の国際影響力がより高まることが期待される。

主な駅には、瀋陽駅瀋陽北駅瀋陽西駅瀋陽東駅等がある。
瀋陽駅
東清鉄道南満洲支線の駅として1899年に開業。1904年に奉天駅に改名、1906年より南満洲鉄道(満鉄)の駅となる。1910年10月1日、新駅舎が建設される。1950年に瀋陽駅の名に定着した。東京駅を模したと言われる駅舎の設計は太田毅子(1908年)。建築風格は辰野式(建築家・辰野金吾の名前に由来する)。哈大旅客専用線も通る。
瀋陽北駅
市街地北部にある中国東北部最大のである。1911年に開業した。秦瀋旅客専用線哈大旅客専用線が通っている。

高速道路

全国的には北京大連ハルピン丹東への高速道路が瀋陽から放射状に伸びている。

また、市内には二環路、三環路があり、今は四環路が計画中、五環路(全長は405km、遼寧省中部環路、或いは瀋陽外環路とも言われる)も建設中。

地下鉄

路面電車

4路線の路面電車渾南新区に建設された。一号線(会展中心~新松智慧園、全長12km)、二号線(桃仙飛行場~奥体中心、14.8km)、三号線(東北大学~世紀大廈、11.3km)、五号線(奥体中心~瀋撫新城、21.4km)である[1][2]。 2013年8月31日に開幕した第12回全運に併せて、8月15日から三号線を除き乗客を乗せる無料の試運行を開始[3][4]、10月8日から有料での正式運行を開始する[5]。三号線も工事は終わっているが、運行開始時期を調整中。

経済

工業が盛んであり、市の郊外には多くの重化学工場が立ち並んでいる。瀋陽市内のみならずその近隣都市圏は撫順石炭鞍山鉄鉱石、やや遠いながら黒竜江省大慶市油田などの豊富な資源を生かした一大コンビナートであり、20世紀後半の中国を工業面で支えた。この中には、戦闘機生産(瀋陽飛機工業集団)、自動車生産(華晨汽車、ドイツBMWの生産)などもある。

しかし近年外資を導入した長江デルタ珠江デルタ地域の経済発展に比べ、瀋陽を始めとする満洲は取り残された感が否めない。このため中国政府は東北振興を旗印に東北開発を重点的に支援しており、瀋陽も近代都市に変貌しつつある。中国最大のソフトウェア開発ITサービス会社(東軟グループ)も本社を置いている。2003年の全市生産総額(GDP)は1,602億人民元で、全省の4分の1を占める。

瀋陽に本社を置く最大の銀行盛京銀行(もと瀋陽市商業銀行)である。

外交

在瀋陽総領事館は6ヵ国が設置している。その総領事館は、相関法律の規則により、管轄する範囲が中華人民共和国遼寧省吉林省及び黒竜江省である。

在瀋陽総領事館

旅行、観光

後金の皇居で、の入関後の離宮。
後金の2代目ホンタイジの陵墓。
後金の建国者で初代皇帝・ヌルハチの陵墓。
7200年前の定住集落遺跡。
張作霖張学良ら張氏軍閥の官邸及び私邸。
満洲事変の跡につくられた記念館。
市街地南部にある高さ305.5mのテレビ塔。
延寿寺および付近の瀋陽コリアン・タウン
2008年北京オリンピックのサッカー予選がここで開催された。
  • 棋盤山国際観光区
東郊外に瀋陽植物園・瀋陽世博会公園(2006中国瀋陽世界園芸博覧会の会場で、ヌルハチサルフの戦いの実演もある)、棋盤山、秀湖、別荘地帯など。

最近は外国人観光客、特に韓国人観光客が多く訪れている。地勢的距離の近さもさることながら、韓国と満洲との密接な経済的関係も韓国人観光客増加の大きな理由である。観光スポットとしては清代史跡がメインであり、華南の華やかさと対比してまことに質実剛健な華北・東北部の文化を見ることができる。また、20世紀前半の張作霖時代・満洲国時代の欧風を取り入れた建築物も市街地各所に現存している。

[1]中山広場の歴史的建築物 [2]歴史的建築物 [3]遼寧賓館

スポーツ

教育

出身有名人

満洲国時代の在留日本人

市長

各時代によって市政府の編成や名称が異なるが、ここでは奉天市政公所(1923年8月1日最初成立)、瀋陽市政府(1929年4月2日改名)、奉天市政府(1931年9月20日改名)と瀋陽市人民政府(1948年11月2日成立)の歴任市長を列挙する。

中華民国時代

奉天市時代

中華民国時代 (第二次世界大戦後)

中華人民共和国時代

姉妹都市

関連項目

脚注

テンプレート:Reflist

外部リンク

テンプレート:Sister

テンプレート:遼寧省の行政区画

テンプレート:中華人民共和国の主要都市テンプレート:Link GA
  1. 当初の計画では5路線であった(現代風な路面電車が瀋陽に (中国語))が現在の4路線に修正された。
  2. 沈阳有轨电车项目开工 4条线路明年6月建成通车
  3. 中国首个现代有轨电车网开始载客试运营
  4. 沈阳浑南现代有轨电车正式投入运营
  5. 今日起至10月7日 可免费乘坐有轨电车 不再需要试乘票