横須賀海軍施設

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横須賀海軍施設(よこすかかいぐんしせつ、U.S. Fleet Activities Yokosuka FAC3099)は、日本神奈川県横須賀市にある在日アメリカ海軍基地である。

一般には横須賀基地(よこすかきち)と呼ばれることが多いが、日本政府の公的資料では「横須賀海軍施設」と呼称される。なお、地元では「ベース」、アメリカ軍関係者などからは「横須賀ベース」と呼ばれている。

概要

神奈川県横須賀市本町、稲岡町、楠ヶ浦町、泊町、大滝町、浦郷町、箱崎町、田浦港町に位置する。海上自衛隊横須賀基地(長浦港)に隣接し、アメリカ海軍の、中華人民共和国北朝鮮などの仮想敵国をはじめとする対アジア諸国、同じく潜在的な仮想敵国であるロシア旧ソ連)、そして太平洋及びオセアニア諸国の前方展開拠点および修理・補給基地と位置づけられ、在日米海軍司令部や極東海軍施設部隊が置かれている。

また、第7艦隊に所属する原子力航空母艦ジョージ・ワシントン』、揚陸指揮艦ブルー・リッジイージスシステムを搭載したミサイル巡洋艦及びミサイル駆逐艦イージス艦)といった軍艦が事実上の母港としている。「事実上の」と呼称しているのは、母港がアメリカ本国にありながら横須賀を実質的な拠点として運用されているためである。アメリカ国外では唯一空母の母港として機能している。なお、配備する空母に関しては、対日感情に配慮し、第二次世界大戦で活躍したアメリカ海軍将校を冠した名前の空母は避けるなどの措置が取られている。ジョージ・ワシントンは、2008年9月25日に横須賀へ初入港した[1]

大日本帝国海軍の施設を現在も使用しており、海上自衛隊と日米地位協定により一部地区を共同使用しているほか、住友重機械工業も共同使用している。なお、日米地位協定に伴い、施設の水域内は漁船の操業制限のほか、海上保安庁告示による運航制限が設けられており、許可を受けた船舶しか航行することができなくなっている。

施設内部には、アメリカ海軍の軍人とその家族、各種施設で働く職員がいるが、職員には日本人も含まれており、一般公募もされている。なお、職員として採用された場合は準公務員となる。

歴史

1865年江戸幕府により設立された横須賀製鉄所を基に、1871年横須賀造船所として設立された。その後1903年以降は大日本帝国海軍により横須賀海軍工廠として利用され、横須賀海軍航海砲術学校や横須賀海兵団、海軍工機学校、海軍病院、横須賀鎮守府、鎮守府文庫、海軍軍法会議所などの施設が置かれた。

第二次世界大戦における日本の敗戦後の1945年9月2日に、日本を占領下に置いた連合国軍の1国であるアメリカ海軍に接収され、これらの施設はアメリカ海軍によって使用された。

連合国軍による占領終了後も、1952年4月28日に発効した「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(旧安保条約)」の批准を受けて、アメリカ海軍がそのまま利用し、生活及び娯楽施設などを拡充させ現在に至る。

機能

ファイル:USS APL-40.JPG
接岸中の支援船「APL-40」

基地内には大型艦船用ドックがあり、各艦艇の日々の点検及び修理業務は横須賀基地内で行われる。横須賀基地が機能しなければ、艦船の点検及び修理などは往復におよそ半月から1か月を要するハワイ州オアフ島真珠湾、またはアメリカ本土の基地内の修理施設で行う必要がある。そのため、極東から中東へ至る地域の戦略に重要な意味をもつこの施設は、施設、人員とも優秀な整備能力を示しており、また、多くの日本人も勤務している。

ドックの中には幕末に建設されたものもあるが、いまだ現役で使用されている。なおこれらのドックの石材は、千葉県鋸山や横須賀市の鷹取山から産出したもので、フランス人技師レオンス・ヴェルニー江戸幕府勘定奉行小栗忠順が中心となって建設された。空母専用のドックは「信濃 (空母)」の建造に使用した第6ドックを現在も使っている。

2005年には、老朽化した通常推進の「キティホーク」を原子力推進の「ジョージ・ワシントン」へ2008年に置き換えると、J・トーマス・シーファー駐日アメリカ大使が発表した。搭載する原子炉の安全性についての不安等から配備を問題視する声もあり、2005年に就任した蒲谷亮一横須賀市長も反対の姿勢をとっていたが、最終的には合意に達した。

火災事故などによる遅れがあったものの、2008年9月25日原子力空母「ジョージ・ワシントン」が入港し、横須賀基地を事実上の母港として配備された(同艦は同年5月22日に軽微ながら火災事故を起こし、配備が延期されていた)。今までにも「エンタープライズ」など原子力空母が日本に寄港したことはあるが、配備は初めてのことである。

なお、これまでに横須賀を母港としてきた航空母艦は「ミッドウェイ」、「インディペンデンス」、「キティホーク」の3艦で、「ジョージ・ワシントン」は4代目に当たる。ミッドウェイは退役後アメリカ本国に戻り記念艦として保存されている。

横須賀を母港としている部隊

「事実上の母港」としているものも含む。

  • 第74任務部隊 (Task Force 74, CTF-74)
    • 第7艦隊潜水艦部隊 (Submarine Force, Seventh Fleet)

主な施設

ファイル:Yokosukafoodocourt.JPG
「メイン・ストリート・フードコート」

国道16号に面した「メインゲート(Main Gate、正門)」や、神奈川歯科大学病院に隣接した「ウォンブルゲート(Wonble Gate、三笠ゲート)」、「ショッパーズプラザ横須賀」に隣接した「ダイエーゲート(Daiei Gate)」などの、複数の通用門がある。

施設内の道路には「ニミッツ大通り (Nimitz Blvd.) 」や「クレメント大通り (Clement Blvd.) 」などの名称がつけられており、基地外部同様に左側通行である。なお、施設内には路線バスが走っているほか、施設内用のタクシー日産・キューブ)も走っている。

また、基地内部では基本的にアメリカドルが使用されるが、多くの生活施設では日本円、アメリカドル双方の通貨が使用可能である。なお、自動販売機の多くは日本円のみに対応している。

  • 生活施設[2]
    • 将兵用住宅:高層集合住宅のほかに低層集合住宅、戸建て住宅などがある。多くの住宅施設には駐車場も併設されている。また、池子住宅地区根岸住宅地区などの基地外部にあるアメリカ海軍向けの住宅施設や、基地外部の一般の賃貸住宅に在住する将兵も多い。
    • 病院米海軍病院、日本人の研修医が戦後から働いており、多くの著名な医師を長年にわたり輩出している。日米医学交流に多大に貢献。
    • 歯科医
    • 動物病院
  • その他
    • 消防署
    • CLUB ALLIANCE
      • 日米文化交流センター

交流と一般公開

日米文化交流センター

基地内は通常部外者には公開されておらず、部外者はアメリカ海軍から入場許可を受けた者(基地内に勤務する者の紹介など)でないと入場できないが、基地ゲート脇にある「CLUB ALLIANCE」ビル1階に、基地住民と地元住民との交流を目的に設置されている「日米文化交流センター」には入場許可なしで入館できる。なお同センターは、日本国内のアメリカ軍基地で初めて入場許可なしで自由に出入りできる場所となっている。

一般公開

また、近隣住人をはじめとする日本人との親善と理解促進を目的に、年4回「日米親善ベース歴史ツアー」が開催されている[4]。さらに毎年夏に「ネイビーフレンドシップデー」が開催され、基地内の一部や艦艇が一般公開されているほか、年に2-3回程度、基地内外でのイベントが行われる際に基地内の一部が一般公開されている[5]

なおこれらの一般公開の際は、日本及びアメリカ国籍の者はパスポートなどの国籍が分かる写真付き身分証明書を所持、提示することが求められている。また、防衛機密上、治安上の観点から、日米国籍以外の者は入場時に必ず外国人登録証を提示することが求められている上、提示を拒否した場合には入場が拒否される。なお「日米親善ベース歴史ツアー」も、日本国籍以外のものは参加できない[6]

アクセス

鉄道

自動車

出典

  1. 神奈川県公式サイト(横須賀海軍施設)
  2. 「USSジョージ・ワシントン」Yokosuka Base Map
  3. Navy Exchange Yokosuka
  4. 横須賀市オフィシャルサイト「ここはヨコスカ 日米親善ベース歴史ツアー」
  5. 横須賀市オフィシャルサイト「ここはヨコスカ」
  6. 横須賀市オフィシャルサイト「ここはヨコスカ 日米親善ベース歴史ツアー」

関連項目

外部リンク

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