国道36号

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福住駅周辺から千歳方面の様子。奥に見えているのは札幌ドーム
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恵庭市郊外(2004年10月)

国道36号(こくどう36ごう)は、北海道札幌市から北海道室蘭市へ至る一般国道である。国道37号交点まで道央自動車道と並走する。

概要

所管

  • 札幌開発建設部
    • 札幌道路事務所:札幌市中央区北1条西3丁目(北1西3起点) - 札幌市清田区・北広島市界
    • 千歳道路事務所:札幌市清田区・北広島市界 - 千歳市・苫小牧市界
  • 室蘭開発建設部
    • 苫小牧道路事務所:千歳市・苫小牧市界 - 苫小牧市・白老町界
    • 室蘭道路事務所:苫小牧市・白老町界 - 室蘭市海岸町1丁目(終点)

歴史

札幌と室蘭とを結ぶ国道は、1873年(明治6年)に完成した函館 - 札幌間の新道にまで辿ることができる。同年11月5日太政官布告第364号により、この新道は札幌本道(さっぽろほんどう)と定められた。札幌本道は函館からまで現5号、森から室蘭までは航路、室蘭から札幌まで現36号のルートをとるものであった。室蘭から札幌までは室蘭街道(むろらんかいどう)とも呼ばれた。札幌本道は1885年(明治18年)の内務省告示第6号「国道表」で国道42号「東京より札幌県に達する路線」に指定された。

1907年(明治40年)5月13日に国道42号、国道43号のルートが変更され、国道42号は現在の国道5号のルートとなった。国道43号(東京より根室県に達する路線)は青森 - 室蘭間の航路を経由して旭川第七師団に至る路線(東京より第七師団に達する路線)に変更されたが、現36号のルートをとるのは室蘭 - 苫小牧間のみで、苫小牧からは室蘭本線に並行する現在の国道234号岩見沢以北は国道12号のルートであった。この結果、苫小牧 - 札幌間は国道から外された(改正後の国道表)。

1920年(大正9年)施行の旧道路法に基づく路線認定では、旧43号がそのまま国道28号「東京市より第七師団司令部所在地(旭川区)に達する路線(乙)」となった。

1952年(昭和27年)12月4日、新道路法に基づく路線指定で、一級国道36号(北海道札幌市 - 北海道室蘭市)が指定された。1907年以前の国道42号の室蘭 - 札幌間が復活した形となった。これに先立つ同年10月から札幌・千歳間の舗装工事が始まり、翌1953年(昭和28年)11月2日に34.5キロメートルの工事が完了した。北海道初の舗装道路(市街地を除く)となったこの区間は、弾丸道路(だんがんどうろ)とも呼ばれた。この弾丸道路区間は道幅7.5 m・最高設計速度75 km/h という高規格道路基準で建設され、コンクリート舗装が主流だった当時としては珍しく、アスファルト舗装が採用された。アスファルト舗装を採用した背景にはメンテナンスの容易さとコスト低減、北海道の舗装道路において悩みの種となっていた「凍上」(厳しい寒さによって地中の水分が凍って地面を盛り上げる現象。雪解け時に舗装を破損させる要因となっていた)対策が背景にあった[1]

1965年4月1日、道路法改正によって一級・二級の別がなくなり一般国道36号となった。

通過市町村

接続路線

バイパス

トンネル

  • 汐見トンネル(上り167m、下り165m)
  • 御崎トンネル(上り374m、下り370m)

主な橋梁

  • 豊平橋
  • 月寒橋
  • 千歳橋
  • 苫小牧橋 竣工1966年
  • 寿橋 竣工1967年
  • 社台橋
  • 竹浦橋
  • 登泉橋 竣工2010年
  • 幌別橋
  • 鷲別橋

道の駅

別名

  • 室蘭街道
  • 室蘭国道
  • 札幌駅前通(札幌市内)
  • 月寒通、月寒中央通(札幌市内)
  • 明野南通(苫小牧市内)
  • 大通(苫小牧市内)
  • 室蘭新道(室蘭市内、母恋IC - 輪西IC - 登別市境界。単に「新道」と呼ばれることが多い)

豆知識

テンプレート:複数の問題

  • 沿線住民や国道36号をよく利用するドライバーの一部からはさぶろくという愛称がつけられている。
  • ほぼ全線にわたって片側2車線化が進んでいるが、苫小牧市樽前-登別市幌別間に断続的に片側1車線が残っており(主に白老町内)、盆/正月は渋滞を起こしやすい。
  • 道央道北広島IC付近は、渋滞緩和のため、中央にある車両通行帯が上り線、または下り線へと変更する(リバーシブルレーン)。
  • かつて交通事故による死者が多年にわたり全国一であったことと、建設工事中の死者が多かったことから(特に千歳-苫小牧間の勇払湿原の工事は難工事だったと伝えられる)、棺桶街道というありがたくない蔑称もある。
  • 札幌市内区間は豊平区清田区と札幌中心街を結ぶ大動脈である。混雑が著しく、札幌市営地下鉄東豊線の南半分の区間や羊ケ丘通は、国道36号の状況改善を主要目的として建設された。
  • 北海道開拓時代の初期は、鹿道と呼ばれ、札幌市立月寒小学校から札幌第一高等学校福住北海道農業研究センターを通り千歳市まで至る狩猟の道であった。
  • 1967年頃は、千歳市美々から登別市鷲別町までの区間の一部で、制限速度が70km/hに指定されていた[2]

関連項目

脚注

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外部リンク

  • "北海道スタンダードが全国へ それは弾丸道路から始まった",かいはつグラフ2011年1月号(北海道開発局Web広報誌)
  • 北海道開発局『北海道における道路交通の現状について』、1967年1月