兵藤ゆき

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テンプレート:ActorActress 兵藤 ゆき(ひょうどう ゆき- )は、日本タレントエッセイストである。

愛知県名古屋市出身。ジェイピィールームアップフロントグループ)所属。

来歴

高校卒業後、常盤女学院服装デザイナー科に進み、ファッションショーの演出や構成を手がける。東海ラジオで投稿葉書整理を担当していた時に、ラジオ番組のパーソナリティのピンチヒッターを務め、そのままレギュラー番組を持つようになり、タレントとしてのスタートを切る。名古屋のローカルタレント時代の代表的な番組としては、1976年より20年間にわたり続いた『ナゴヤフォークタウン』や、1983年8月まで放送された東海ラジオの看板番組『ミッドナイト東海』、つボイノリオとのコンビで司会を担当したCBCラジオの『土曜天国』などがある。

1983年、『笑っていいとも!』(フジテレビ)出演をきっかけに、その人気は全国区となる。さばさばした性格と、コミカルなキャラクターで、「ゆき姐(ゆきねえ)」と呼ばれ、人気を博す。

天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ)で、人気は不動の物となり、共演者であった高田純次とのデュエット曲「CHANCE!心ときめいて」をリリースした。

ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ)のコント「西日本番長地図」では、「悩みの相談、兵藤ゆき」と名古屋名物のひとつに数えられている。

1996年に『ザ・ハングマン』の主題歌「あ・れ・か・ら」で知られるミュージシャン文田博資(ヒロスケ)と結婚。同年に長男を出産。夫の大学留学のため、1997年春から、家族とともに、アメリカニューヨーク市で生活。夏休みの7、8月頃に日本に一時帰国して、ゲストでテレビ出演することが恒例となっていた他、子育てやニューヨークでの生活を題材としたエッセーの執筆活動を行う。夫の留学の目的であった社会学博士号取得の目処が立ったため、2007年7月に帰国し、現在は東京とニューヨークを行き来している[1]

エピソード

野沢直子などと同様に、日本の若者女性に「…よ」「…じゃない?」から「…だよ」「…じゃん?」というような言葉を広めた一人でもある(若者言葉)。

年に500回は料理するほどの料理上手であり、2006年9月13日に放送された『愛のエプロン』(テレビ朝日)では、その腕前を披露して特エプを獲得した。

出演番組

現在の出演番組

過去の出演番組

著書

  • 「猫ナンパ日記」(KKベストセラーズ
  • 「僕が僕である理由」(双葉社
  • 「ぶんちんタマすだれ」(ワニブックス
  • 「ゆき姐のニューヨーク裏うら散歩」(ワニブックス)
  • 「でこぼこなクラス写真」(ワニブックス)
  • 「ニューヨーク熱血井戸端会議」(集英社文庫
  • 「頑張りのつぼ」(角川書店
  • 「子どもがのびのび育つ理由 ニューヨークで見た子どもと大人のいい関係」(マガジンハウス
  • 「ゆき姐の漫画エッセイ 英語と格闘 in New York」(日本放送出版協会

音楽

シングル

  • Chance!心ときめいて(1988年) - 高田純次とのデュエット、作詞も担当
  • DEAR MY FRIEND(1988年) - ばんばひろふみとのデュエット
  • 地図にない街(1989年)
  • 僕たちの日々(1989年)
  • ときめきエール(1991年) - 兵藤ゆき&ABブラザーズ名義
  • ギター覚えた頃(1991年) - 兵藤ゆき&ABブラザーズ名義
  • ぼくとディジャヴ / だってネコだもん(1993年)

アルバム

  • 僕たちの日々(1989年)
  • やっ!(1990年)

賞歴

脚注

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関連項目

外部リンク

テンプレート:アップフロントグループ

テンプレート:スタジオパークからこんにちは司会者
  1. 中日スポーツ2007年7月14日号。
  2. 「ノリサメ」で、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』で共演していたタレントの高田純次とともに受賞。