野沢直子

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テンプレート:Infobox お笑い芸人 野沢 直子(のざわ なおこ、1963年3月29日 - )は、日本お笑いタレント。本名、Naoko Auclairナオコ・オークライヤー、旧姓、野沢 直子)。

東京都出身。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。祖父は作家の陸直次郎、叔父は声優・演出家の野沢那智、いとこは俳優の野沢聡サンフランシスコ在住。

来歴・人物

東京農業大学第一高等学校在学時に、所ジョージが司会を担当していた素人参加番組『ドバドバ大爆弾』(テレビ東京系)に出演。その様子が、大御所お笑いタレントの目に止まり、スカウトされ、1983年に芸能界デビュー。一時期劇団テアトル・エコーに入団するも、芸風が合わなかった為にあっさり退団。その後、叔父の野沢那智が吉本興業の木村政雄に野沢を紹介したことがきっかけで吉本興業に入社。吉本興業に所属してからは、突拍子もない話術、奇抜な服装等で話題となり、同年代のダウンタウンウッチャンナンチャン清水ミチコと共演したコント番組『夢で逢えたら』(フジテレビ系)などの人気番組に出演する。清水や小川菜摘KABA.ちゃんとはプライベートでも大の親友である。

1991年3月、日本での芸能活動休止を宣言、それまで出演していた全てのレギュラー番組を降板。単身渡米する。バンド仲間で知り合ったギタリストのボブ・リンプと結婚した後は、日本からアメリカに活動の舞台を移し、アメリカで舞台をしながら年に1〜2度日本に帰国してゲスト、解答者としてテレビに出演し、大橋巨泉に次ぐ出稼ぎタレントとして有名である。日本滞在中は実家で過ごすが、2013年は実家が使えないため、友人の小川に誘われて浜田家に滞在し、浜田家に届く御中元を食べて生活していることを明かした[1]

2012年現在は1男2女の母親である傍ら、アメリカ在住でも吉本から給料は出ているらしく(真偽は定かではないが、本人談として日本で仕事をした場合を除き、月15万程度と話している)、年1度程(主に子供が夏休みに入る夏に)帰ってきてはいろんな番組に出演して帰っていく。夫のボブと一緒にバンドとして出演した事もあったが、演奏はガレージ・サウンドを地でいく破天荒さだった。

ボブは奇抜なファッションでいきなり奇声をあげるエキセントリックな人物だが家族を愛していて、うなじに妻と長女の名前のタトゥーを入れてもらおうと、その字を直子に書いてもらい、タトゥー屋で入れてもらったのだが、彫ってもらう方も彫る方も日本語を読めないので「直子 真珠」という文字を上下逆に彫られてしまったという逸話がある。野沢も腕にカタカナで“ボブ”と旦那の名前を入れており、名前の下には結婚記念日を迎える度に小さいバナナのタトゥーを入れ増やしていっているが、途中から面倒くさくなり12年目以降は入れておらず、現在腕には11個のバナナしかない(2009年現在、結婚16年目)。

一時期、春一番と交際していた事を2006年8月21日放送の『クイズ!紳助くん』(朝日放送)で激白。実際、1987年9月に春一番との交際記事が写真週刊誌『FLASH』によって報じられている。

吉本興業に入る以前、ビートたけしたけし軍団入りを志願したものの、「女はダメ」と断られたことがある。

2006年7月16日、『FNS26時間テレビ 国民的なおもしろさ!史上最大!!真夏のクイズ祭り 26時間ぶっ通しスペシャル』内の『クイズ!ヘキサゴンII』のスペシャルで、予選のペーパーテストをカンニングをして(メークさんにやってもらった。覗き見は後に上地雄輔スザンヌがしている。通常はスタジオに全員が集まってテストを受けるが、この日は楽屋で実施したため)、最終的に18人中最下位の成績を記録。

子どものころ、叔父の野沢那智が吹き替えをしている海外ドラマをテレビで見ている際に、親から「あの人が叔父さんよ」と言われ、自分の叔父は外国人なのか、と勘違いしたという。

2006年9月13日、「愛のエプロン」(テレビ朝日系)に出演した際、ひつまぶしをつくるも、うなぎのぬめりも取らず、煮干とにんにくを一緒に油でソテーした、謎の一品を完成させた。にんにくの臭いのせいでとんでもない異臭を放ち、武内絵美のしわレベルが最大値の10になった。またこの回では自らを、「天才」と自称した。結局この番組で、126人中124位となってしまたが、「私は料理を作るだけ作って、アメリカに帰ってしまうの」と、全く気にしている様子はなかった。

日本テレビ系の人気クイズ番組だった『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』に約2年半2枠レギュラー解答者として出演。その素っ頓狂な言動と破天荒な解答で、周囲を笑いの渦に引きずり込んだ。特に司会を務めた逸見政孝は当時フジテレビアナウンサーからフリー司会者に転身したばかりで、野沢の言動に振り回されっぱなしであった。なお、野沢の珍解答・迷解答には、以下のようなものがある。

  • 「遊園地のジェットコースターに乗った後の若い女性達が、身に付ける物で一番多い落とし物は?」という問題では、「メーク」と解答(正解は「イヤリング」)。司会の逸見は苦笑いしながら「メークが落ちるんですか?」の問いに対し、野沢自身は「落ちます! 私も経験した事あるんですから。どんなにお化粧しててもね、ああいう乗り物に乗って、降りた時には『すっぴん』になっちゃった…」と真顔の表情で発言。スタジオ全員を爆笑の渦に巻き込み、隣に座っていた芳村真理も大笑いを堪えきれなかった。
  • 「山梨県のイチゴ栽培の農家が、ビニールハウスで苺の栽培をする際に用いる使い捨てのものは?」の問題で、野沢はミリオンスロットで「50萬」を出して大喜び。しかし逸見と同じ司会の渡辺正行は「また無駄遣いとなってしまいました。直子ちゃんに50萬は『猫に小判』、『豚に真珠』」と皮肉交じりにコメント。野沢の解答は「長野のイチゴ」(正解はミツバチ)で「長野のいちごを見せるとあの苺達は焼き餅を妬いて、それで大きくなろうとするんですね!」と述べていた。その直後渡辺は、野沢のミリオンスロットを指差しながら「あなたね、50萬よ!50萬!!」と咎めるも、野沢は「だって、これ書いた時には50萬出るなんて知らないし…」と困惑。隣の山城新伍は失笑が止まらず、逸見は野沢の迷解答に思わず膝まづき「久々に泣きましたよ…」と涙を拭いながら呆れ返っていた。他解答者も四方義朗が「馬のフン」、稲川淳二は「いちご虫」など珍解答が続出し、逸見は再び泣きながら「こんなに…ここの番組は、情けない人達ばかり集まって…」と絶句していた。
  • 「ガス漏れを調査する会社の職員が、ガス漏れチェックに使うために客から借りる事ができる道具は何でしょう?」という問題では、「ライター」と解答(正解は「洗剤」)。野沢曰く「だから『危険な賭け』か? って聞いたんじゃないですか!」と理由を説明するも、逸見は「危な過ぎますよ、ソレ!」と呆気にとられる。しかも当時4枠ゲストの中村あずさまで当初「マッチかライター」と解答していたので、中村が「私も一緒なの…」と笑いながら言うと、野沢は「いっしょ? バッカねえ…」と中村を冷たい視線で見ながら罵り、その中村はただ苦笑し続けるだけだった。
  • さらに、早押しクイズ「何屋さんでしょうか?」で、正解が「蛇の毒吸い出し屋」であるところを、野沢は大きく自信を持って「昆虫採集!!」と叫び、逸見を悶絶させていた。
  • 同じく同番組で、イタリアにいるイメージだけでヌードを描いてくれる絵描き屋さんに、「ラストスロットで初の『100萬』を出してゴールドプレートを獲得し、大いにはしゃいだ時」のポーズを取った時の自身のヌードを描かれた。そのヌードの絵画がスタジオに持ち込まれると野沢は「いや~もお~、信じらんな~い!やだあ~!!」と吃驚仰天し、「こんな格好で脱ぐ女います!?」と半ば呆れ気味で叫んでいた(同解答者の中畑清高木美保らは大いに受けていた)。更にヌードの絵を司会の逸見と渡辺に度々出された時には「一々出さなくてもいいの!!」と憤っていた(因みに時々番組のロゴ文字で局部の部分を隠したシーンもあった)。そして一番悪い成績の解答者が野沢のヌードの絵を持ち帰る事になったが、結果野沢が最下位だったために、野沢自身がそのヌードの絵を持ち帰る羽目となってしまった。
  • 同番組のレギュラー解答者だった山城新伍は、「真面目一本だった逸見政孝を、あそこまで面白いキャラクターに育てたのは、野沢直子の功績が大きい」と語っていた。

出演番組

結婚後は日本では年に1〜2回、不定期に「出稼ぎ」と自称するゲスト出演を行っている。

過去の出演番組

関西ローカル

中京ローカル

CD

  • はなぢ(「おーわだばく」「マイケル富岡の夜は更けて」「極悪アルプスの少女ハイジ」収録)
  • ふかづめ
  • トン吉チン平カン太(山本リンダカバー曲「こまっちゃうナ」収録)
  • 生理でポン!
  • 野沢直子スーパー・ベスト
    • 上記のアルバムのいずれにも収録されていないシングルとして『大丈夫、大冒険/メラ、テンテンキラクラ』(テレビアニメまじかるハット」主題歌 )があったが、2009年9月16日に、全シングルと4枚のオリジナルアルバムからセレクトされた『ゴールデン☆ベスト』が発売された。

映画・舞台

小説

外部リンク

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ

  1. Sponichi Annex2013年7月24日『野沢直子 浜田雅功の家に居候中「お中元バンバン食べてる」』