マツダ・ファミリア

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テンプレート:Main2 テンプレート:Main2 ファミリアFAMILIA )は、1963年(昭和38年)10月から2003年(平成15年)10月まで、マツダ(旧東洋工業)が製造生産していた小型自動車である。現在は日産自動車からOEM供給を受けて販売されている商用車のファミリアバンにその名前が残っている。

世代については、マツダ公式サイト『ファミリア物語』を元にする。

歴史(マツダ自社開発モデル)

ここではマツダ(東洋工業時代を含む)が自社開発した車種について述べる。

初代 SSA/MPA/BSAVD/MSAG型(1963年 - 1968年)

テンプレート:Infobox 自動車のスペック表 当時、主力商品をオート三輪から軽自動車や小型トラックに移行させつつあった東洋工業(マツダ)は、キャロルとファミリアという2つの小型車の開発を開始する。しかし、小型自動車への参入は時期尚早と判断され軽自動車であるキャロルが先に発売された。ファミリアは市場調査の結果、商用車としたライトバンの開発が優先された。セダンとクーペはベルトーネ、トラックは小杉次郎がスタイリングを担当し、個性的で美しいイタリアンデザインで、商業的に成功を収めた。800(782ccエンジン)のモデルは、前方のナンバープレートを上方にめくり上げるとバンパーにクランク棒を通す穴が設けられており、これにより、バッテリー上がり時にはクランク棒による始動ができた。末期に追加された1.0Lエンジンの2ドアセダンにも、この仕組みがある。なお、1.0L 2ドアセダンは、モデル末期の廉価版という位置付けのため、当時装着が義務付けられていなかったサイドマーカーやウインドウォッシャー機構が省略されている。

  • 1963年10月 - ライトバン販売開始。エンジンはキャロル用エンジンの排気量を拡大した水冷 直4 OHV 782cc、最高出力42PS/6,000rpm 最大トルク6kgm/3,200rpm。乗員5名、後部シートを倒した時の積載量400kgであった。テールゲートは上下水平開きで、上側扉はフリーストップと呼ばれどの位置でも固定できる機構が採用されていた。スタンダード車種が43万8千円、デラックス車種は46万8千円で販売された。ファミリアは当時のほかのライトバンと比較し、「貨客兼用というよりも乗用に近い」と評された。
  • 1964年4月 - 乗用タイプとして「ファミリアワゴン800」が追加された。1964年10月に4ドアセダン車種が追加発売され、「ファミリアセダン800」と名づけられた。この時点で総アルミ合金エンジンが搭載され、これは「白いエンジン」と宣伝された。さらに翌月の11月に、2ドアセダン車種「ファミリア2ドアセダン800」が追加された。
  • 1965年11月 - 1.0L エンジンを搭載して「ファミリアクーペ1000」発売。

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2代目 FA3型(1967年 - 1978年)

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  • 1967年11月 - 初のモデルチェンジが行われた。デザインは、時流に乗って丸みを基調に一体感を追求したものとなった。また、三角窓は廃止された。ファミリアとしては最後のトラックモデルであるトラックも同時にモデルチェンジされ、エンジンは1.0Lに一本化された。マーケティング面では、「オリジナル」という最少装備の低価格モデルを打ち出し、客が必要な好みの装備を加えることができるフルチョイスシステムを採り、多くの機能部品やアクセサリーを揃えた。マスキー法をクリアし、「マツダ1000」の名で北米市場参入を果たしたのもこの車である。
  • 1968年2月 - バンのフルモデルチェンジ、4ドアセダンに1200を追加。
  • 1968年6月 - マツダにとって2台目のロータリーエンジン搭載車である、ロータリークーペ(輸出名・R100)が発売。インパネはT型のコクピットタイプ。
  • 1968年9月 - モデルチェンジで絶えていたクーペモデルが復活。レシプロエンジンの1.2Lエンジンを搭載。
  • 1969年7月 - ロータリー4ドアセダンのSSと、平面インパネのロータリークーペEタイプを追加。
  • 1969年10月 - セダンにT型インパネのロータリーTSSを追加。
  • 1970年4月 - マイナーチェンジ。1.0L/1.3LのSOHCエンジンに換装され「ファミリア・プレスト」に改称。トラックを除く全車はファミリア・プレストシリーズとなった。またロータリー車の一部を除きインパネのデザインも一新した。
  • 1970年12月 - レザートップとラジアルタイヤを装備したロータリークーペGSと、1300クーペにT型インパネをもつ1300GFを追加。
  • 1971年9月 - サバンナのレシプロ版であるグランドファミリアが追加された。グランドファミリアはカペラとファミリアの中間的存在であったが、後にカペラのエンジンを搭載しサバンナと肩を並べる存在になった。
  • 1972年2月 - マイナーチェンジ。セダン・クーペ・バンのレシプロ車のフロントグリルは、先に発売されたクーペGFと同じ物へ変更。フロントグリルにPrestoエンブレムを追加。1300は87馬力にパワーアップ。
  • 1973年9月 - セダンとクーペがフルモデルチェンジした後も、バンとトラックはフロントグリルの変更を行い、1978年1月まで従来型を継続生産。最後まで角目2灯ライトであった。1976年2月以降は50年排ガス規制適合、ホイールキャップが廃止された。

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3代目 FA3型(1973年 - 1977年)

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  • 1973年9月 - 排ガス対策を睨んで3代目にモデルチェンジ[1]が行われ、引き続き「プレスト」のサブネームが与えられた。車幅は従来のファミリアプレストより60mm拡大され、1,540mmとなった。さらに、ヘッドランプが角形から丸形に変わり、リヤ周りのデザインが大幅に変更される。その一方で、カペラ、サバンナの登場もあり、ロータリーエンジン搭載車は廃止されている。エンジンは62馬力の1Lと87馬力の1.3Lの2種類。
  • 1976年2月 - 昭和51年自動車排出ガス規制に適合するためのマイナーチェンジを行った際、ファミリアプレスト1300APとなった。APとはAnti-pollution(アンチポリューション:公害対策)の頭文字。1Lモデルが廃止され72馬力にパワーダウンした1.3Lに一本化。セダンとクーペ[2]が存在する。バンは全幅が拡大されず、2代目が基本的にそのまま継続生産された。また、マツダマークが「m」から「Mazda」に変更されたのもこのモデルからである。
  • 韓国の自動車メーカーである起亜産業(現・起亜自動車)では「ブリサ」の名前でライセンス生産した[3]

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4代目 FA4型(1977年 - 1985年)

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  • 1977年1月24日 - 4代目発売。再び車名を「ファミリア」に戻す(正確にはファミリアAP)。当時の欧州小型車の動向に合わせ、ハッチバックの2Boxスタイルを採用したものの、前輪駆動(FF)は採用されず、依然として後輪駆動(FR)であった。当時のマツダにはFRでも、作り方によってはFFのライバル達に(短期的には)充分対抗できる商品にできるという判断もあり、そこから生まれたのが、FRの2Boxハッチバック車という概念であった(理由は異なるが、トヨタ2代目スターレットで同様のパッケージングを選択している)。実際、この4代目ファミリア自体も約3年で89万台以上を販売するなど予想以上の成功を収めたモデルである。フロント周りはコスモAP3代目カペラの初期型と同様の空力理論によるスタイリングとされた。機構的には従来のファミリアのレイアウトを踏襲しているが、唯一、リアサスペンションに2代目コスモの5リンク式車軸懸架を流用したのが大きな変更点である。1.3L 72馬力。グレードは3ドアSTD / DX / GF / スーパーカスタム、5ドアSTD / DX / GL / スーパーカスタム。
  • 1978年3月 - 1400追加。エンジンはUC型・1.4L 80馬力。3ドアツーリングカスタムはハロゲンランプラジアルタイヤが標準装備となった。グレードは3ドアがGF、スーパーカスタム、ツーリングカスタム、エレガントカスタム。5ドアGL、スーパーカスタム、エレガントカスタム。中でもエレガントカスタムのインテリアは、明るいベージュで統一されルーチェ並みに豪華であった。
  • 1978年6月 - バンのフルモデルチェンジ。2ドアと4ドアの二種類。既存ハッチバック車は昭和53年排出ガス規制適合と同時に一部変更。バンパーサイドにラバー横着。スーパーカスタムとGFのフェンダーミラーが角型になる。テールゲートのMazdaロゴ大型化。
  • 1978年7月 - 1400に3速オートマチック車追加。
  • 1979年4月 - マイナーチェンジでヘッドランプが規格型の角形となる。マニュアル車は低速ギヤの歯車比をアップ。その他50項目に及ぶ改良を実施。
  • 1980年6月 - ハッチバック車が満を持して登場したFF(BD系)にフルモデルチェンジされたが、バンは排出ガス規制適応とマイナーチェンジを行い、1985年12月まで生産された。ハッチバックはさらにその後、主要コンポーネンツをそのままにスキンチェンジを行い、東南アジアでの現地生産車である「MR90」へと受け継がれている。

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  • FRであったがゆえに、この車体に13B型などのロータリーエンジンを搭載したカスタムが各国のユーザーによって制作された。

5代目 BD型(1980年 - 1985年)

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  • 1980年6月 - 5代目発売。ボディは当初は3ドアと5ドアのハッチバックのみ。9月に1978年に生産中止となって以来となる4ドアサルーンを追加。ワゴン・バンはラインナップされていない。スタイルはウェッジの効いたローワーボディと、大きなグリーンハウス(窓面積)によるクリーンなものに様変わりした。サルーンはハッチバックとは顔つきの異なる逆スラントノーズを採用。5代目のプラットフォームは、このクルマのために新規に開発されたもので、マツダ・BDプラットフォームと名づけられた。この世代で駆動方式が後輪駆動から前輪駆動となり、エンジンとトランスアクスルとを同軸に配するジアコーサレイアウトを採用した。リアには台形に配した2本のラテラルリンクと、長いトレーリングリンクをそれぞれのストラットによって支持する「SSサスペンション」と名づけられた、変形パラレルリンクストラット式を開発、簡潔な構造ながら抜群の操縦安定性を獲得した。シートはフルフラット化が可能な前席と、2分割でたためる上に角度調整(リクライニング)も備える背もたれを持った後席となっている。特に、3ドア「1500XG」の後席は、背もたれ部と側面内張りが丸みを帯びて連続するラウンジソファシートが採用されている。当時単独提供していた2時間のラジオ番組のCM枠を全て使って前輪駆動独特の操作感覚を克服した事をアピールしていた。その結果このBD型ファミリアは月間販売ランクで1982年に3度、1983年に5度、1位に立ち、デビューから1983年2月まで33か月間連続で前年同月の販売台数を更新するなど、大ヒットを記録した。なおこのファミリアは第1回日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞車でもある。サーフボードをルーフキャリアにボルトで固定させた赤いファミリアに乗る、「陸(おか)サーファー」なる流行語を生むなど社会現象となった。輸出仕様のファミリアには無塗装ドアミラーが最初から装備されていたが、国内仕様車にもドアミラーの取り付け部は目隠しされていただけで取り付け可能であることが分かり、この無塗装ドアミラーを注文して国内仕様のファミリアのフェンダーミラーをドアミラーに改造する若者も続出したが当時はこの種の車にドアミラーは違法であり、取締りの対象となっていた。 後にアメリカオーストラリアでもカー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。モータースポーツでも輝かしい功績を上げ、WRCモンテカルロ・ラリーではクラス優勝を果たした。
  • 1982年7月 - 生産台数100万台を達成。
  • 1982年10月 - 姉妹車フォード・レーザーオートラマ店にて発売される。
  • 1983年1月 - マイナーチェンジ。電子制御燃料噴射「EGI」エンジンの「XGi」(3ドアハッチバック/4ドアサルーン)を追加。サルーンは逆スラントノーズからハッチバックと同じ顔つきへ変更。
  • 1983年6月 - ファミリア初のターボエンジン搭載車となる「XG-R」(3ドアハッチバックのみ)、「XGターボ」(3ドアハッチバック/4ドアサルーン)を追加。この頃に待望されていたドアミラー車も設定された。

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6代目 BF型(1985年 - 1994年)

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  • 1985年1月 - 発売。先代の成功からキープコンセプトとなり、スタイルの新鮮さよりも中身の熟成をアピールするモデルとなった。モデルチェンジでのボディの大型化を極力押さえ、デザインや設計を見直して室内の広々感を高めた。バリエーションは非常に豊富で、定番の3ドア・5ドアハッチバックと4ドアセダン、久しぶりのモデルチェンジで前輪駆動化されたバンとワゴン、1.6L DOHCターボ、日本初のフルタイム4WD、実用的なディーゼルエンジン、ファミリアで唯一のオープンカーであるカブリオレ、可変吸気システムを採用したスポルト16、後輪部に日本初のビスカスLSD(リミテッド・スリップ・デフ)採用したラリー競技ベース車であるGT-Aなどがある。 プラットフォームマツダ・BFプラットフォームを採用。派生車にスペシャリティカー風のエチュードがあった。 前期型はBDファミリアから受け継いだタイミングチェーン式カムシャフトのE3型 / E5型エンジンが採用されていた。
  • 1985年7月 - ファミリア初となるディーゼルエンジン車(1.7L)を追加。
  • 1985年10月 - 1.6L DOHC16バルブターボモデルを追加(3ドア∞、3ドアGT、4ドアセダンGT)。当時国内1.6Lクラス最高の140ps(ネット)を発揮。同時に日本初となるフルタイム4WDモデルも追加(3ドアGT-X、3ドアGT(ともにB6型ターボ、型式名「BFMR」)、3ドアXG 4WD、3ドアXR 4WD(共にE5型、シングルキャブレター)。投入されたフルタイム4WDのBFMRは、マツダ・ヨーロッパのラリーチームにより、RX-7と入れ替えで参戦。スエディッシュラリーでの優勝などから、雪の女王とも呼ばれるようになった。フルタイム4WD発売記念限定グレード「ラリースポルト」が発売されている。
  • 1985年12月 - 4代目から継続生産されていたバンモデルがフルモデルチェンジ。4ドア車2/5人乗り車に一本化され、これと同じボディのワゴンモデルが初代以来の復活となった。ワゴンのグレードは1.5L EGI搭載の「XGi」のみ。
  • 1986年3月 - カブリオレを追加。塗色は専用色とされ、E5型ターボ、5速MT車の一仕様のみ。
  • 1986年7月 - 1500ターボに代わって1600 DOHC16バルブの自然吸気仕様のスポルト16を追加。
  • 1987年2月 - マイナーチェンジ。外観を大幅にフェイスリフト。ターゲット層が異なるハッチバック系とセダン系・ファミリー系とスポーティ系とで差別化を図った。タイミングチェーン駆動のE型エンジンは廃止され、B6型と同じタイミングゴムベルト式で油圧式ラッシュアジャスターを採用するB5型(1.5L、SOHC 8バルブ)、B3型(1.3L、SOHC 8バルブ)エンジンへと改良。これによりE型のタペットを叩くようなシャカシャカ音はなくなり、マツダ特有の図太いノイズエンジン音に変化した。更にフルタイム4WDをセダンにも拡大採用。豪華仕様XGiグレード(B6型 1.6L EGI)の追加等も相まって、マツダのフルタイム4WD生産台数100万台への後押しとなった。ちなみにこのXGi 4WDには、マツダ4WD初の4速ロックアップ付きATが搭載されていた。その後カブリオレのエンジンをB6型 1.6L DOHCへと変更。4速AT車を追加。 後期型のフルタイム4WDには、競技モデルに快適装備を追加したGT-Aeが存在した。また後期型は、セダン拡販にも力を入れており、1500XGをベースにしたスポーティモデルのグランツなど、多岐にわたるモデルが存在した。
  • 1987年4月 - ワゴンはマイナーチェンジされ、ボディのフェイスリフト&エンジンをE型からB型の1.6L EGIへと換装(バンは最後までE型を搭載)。「フルタイム4WD XGi」のみとなった。同年8月に4速ロックアップ付きAT車を追加。6代目が登場した1989年11月には最後のマイナーチェンジを行い、1.3L &1.7Lディーゼルの「DX」と1.5Lの「XE」を追加。「XGi」はタイヤが175/70R13から175/65R14にインチアップされ、フロント&リアバンパーを一体成型のカラードタイプへと変更。7代目登場後の1994年9月まで生産され、以降は日産のOEM車となった。ちなみに、1.6Lの「フルタイム4WD XGi」は型式こそE-BWMRだったが、コンポーネンツはE-BFMRと共通である。
  • 1988年1月 - 各種特別仕様車を発売。1.3Lモデルの最廉価グレードをベースにエアコン、パワーステアリングなどが標準装備された「クレール」シリーズ、フルタイム4WDの「3ドア XR」、「セダン XL」をベースにタコメーターを省略した廉価グレード「レバンテ」、そして4ドアセダンのB6型DOHCエンジン搭載グレード「4ドアセダン GT」をベースにし、資生堂の男性用化粧品「タクティクス」とのコラボレーションから生まれた「ファミリア タクティクスバージョン」(全国100台限定)を発売。現在も南米にて、セダン、ハッチバックが継続生産されている。
モータースポーツ

WRCでは次なるBG8Zファミリアにバトンタッチするまで、前期型を継続採用。日本国内においても、このWRCカーのベースモデルである3ドアGT-Xが圧倒的な人気を誇った。

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7代目 BG型(1989年 - 1996年)

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  • 1989年2月 - 7代目発売。フルタイム4WDはB6キャブレター車は先代同様、センターデフロックスイッチ付きのフルタイム4WDとなった。1800ccのターボ車は、センターデフにビスカスLSDを配し、デフロックスイッチがなくなった。1.5Lの4WDは廃止され、B6に一本化された。セダン4WDからは、先代にあったリアワイパーも廃止された。寒冷地仕様のフルタイム4WD車には、ヘッドランプウォッシャーが装備された。デザインは3ドア、セダン、5ドアがそれぞれ全く別の異なったデザインとなり、同じファミリアの名前を用いていても外観は完全に別々の車の形状をしていた。3ドアは全長を詰めてコンパクトさを演出し、フランス車を思わせる小粋なハッチバック、セダンは当時発売されていたメルセデス・ベンツ 190Eの影響を大きく受けたボディフォルム、後述する5ドアは、従来のものとは一線を画すイタリアン・デザインを与えられ、「アスティナ」として独自の道を歩みはじめる。なおワゴン・バンは先代BFのままでエンブレムの変更など、一部の改良にとどまった。プラットフォームマツダ・BGプラットフォームを採用。エンジンはディーゼルを除き、DOHCだけでなくSOHCも全て16バルブ化され、ホイールのPCDが114.3mmから100mmに変更になった。
  • また、この7代目でも平行して姉妹車フォード・レーザーがオートラマ系列で販売されたが、ファミリアと大幅に異なるデザインが与えられ、特に3ドアは「クーペ」スタイルとなった。
  • 1991年1月 - マイナーチェンジ。内外装のフェイスリフトを行い、1.5L DOHCエンジンの可変バルブ化ならびにキャブ仕様の電子制御燃料噴射(EGI-S)仕様への変更が行われた。
ファミリアアスティナ

5ドアモデルのアスティナは、それまでのホンダ・シビックなどを含めて、全ての車が追求してきた実用車としての5ドアハッチバック、という概念をまったく覆す「4ドア・クーペ」のコンセプトで作られ、新たに「アスティナ」のネーミングを与えられた。同型の姉妹車となるユーノス100ユーノス店向けに供給された。ボブスレーがデザインのモチーフとされている。リトラクタブルヘッドランプの採用などにより、非常にスポーティなスタイルであったが、大人4人分の空間と荷物スペースはきっちりと確保されており、この高い実用性と走りの融合がヨーロッパで人気を集めた。このアスティナは次世代でランティスへと発展する。

サプリーム

通常グレードとは別に高級仕様として設定されたセダン。前後バンパーが北米仕様の長いものとなり、リアナンバープレートの取り付け位置がトランクリッド側にある。内装は電動スライドシートを装備するなど5ナンバーのファミリカーでありながら一つ上のクラス並の装備を備える。エンジンなどは1.5Lのセダンと同じものとなる。

GT-X

WRCをねらったモデルは、GT-Xとして登場した。1.8Lで180psを出すこのグレードは、旋廻性を考慮して、センターデフロックを排除し、ビスカスLSDが導入された。リアデフも純正でビスカスLSDが装備された。前後輪の駆動力配分は前43、後57。1.8Lのインタークーラー付きターボモデルのGT-Xは180psものパワーを出し、WRCで1989年グループN部門のマニュファクチュラーズ・チャンピオンシップおよび1991年のドライバーズ・チャンピオンシップを勝ち取った。しかし、インタークーラーが横置きで、放熱に問題があった。その後、1992年1月にWRCでのパワー不足を補うためにGT-R(210ps)を発売。インタークーラーもフロントに設置された。バブル崩壊による会社の資金難により、ワークスチームは1992年をもってWRCからは無期限撤退となり、以降の参戦はなかったが、プライベートチームにより、1993年グループNチャンピオンとなるほか、全日本ダートトライアル選手権三連覇を達成した。他には先代と同様にGT-Xベースの競技モデルとしてGT-A、そしてその後継にGT-RベースのGT-Aeがある。

∞(アンフィニ)

当時RX-7カペラにてスポーツチューンの特別限定車として発売されていたアンフィニ(∞)グレードが、セダンに設定された。GT-Xと同じ1.8Lエンジンを搭載したがNA化され、アンフィニグレードの特徴であるFFスポーツとなった(4WDではない)。フロントデフはビスカスLSDが標準装備された。リアに張られた∞デカールと、フロントノーズの一部が(3ドア)ハッチバック用のものを流用している点、グリルに∞マークがある点、専用ボディカラー(シェイドグリーンメタリック)の設定が、一般のファミリアセダンとの見分けポイントである。

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8代目 BH型(1994年 - 1999年)

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  • 1994年6月 - 8代目発売。プラットフォームマツダ・BHプラットフォームを採用。ホイールベースが伸ばされ、セダンはマツダの時流であったイタリアンなデザイン、3ドアハッチバックには「ネオ(NEO)」というサブネームが付けられ、2代目フォード・フォーカスのようなクーペルック(カムバックスタイル)の奇抜なデザインだった。イメージ的にはランティスの3ドアクーペ版とされる。セダンは、初代ルノー・ラグナのデザインと共通性がある。ラグナをデザインしたパトリック・ル・ケモンは、8代目ファミリア開発当時フォードのデザイナーであり、その後ルノーに移籍しラグナをデザインした。
エンジンは1.5L・1.6L(フルタイム4WDのみ)1.8L(後に追加された)・いすゞ製の1.7L 空冷インタークーラー付ターボディーゼル(スポーツカー以外では珍しく、ボンネットにダクトが設けされている)の3本立てとなり、1.5Lにはリーンバーンエンジン車も設定された。3ドアにおいては、「NEO」のグレード展開の兼ね合いのため、1996年10月まで先代モデルの1.3L[4]が継続生産されていた。この代以降、ワゴンとバンの自社開発をやめ、日産からOEM供給を受ける[5]。姉妹車のフォード・レーザーは、この代で再びファミリアとデザインが共通化される。
発売当初はクラストップの低価格を売りとしていたが、実態は最廉価モデルの価格であり、中級以上のグレードではライバル車と価格面での優位性はほとんどなかった。当時は各社がコスト削減に取り組んでいた時代で、このモデルも先代よりコストダウンされていた。
しかし、3ドアNEOにおいては、日本国外では高い人気を獲得したが日本では奇抜なデザイン故に不評となり、マツダの基幹車種であるにもかかわらず月販100台前後を彷徨うという惨憺たる非常事態に陥る。
  • 1995年12月 - ファミリア生産累計1,000万台を達成。
  • 1996年10月 - マイナーチェンジ。NEOは国内向けラインナップから外され、代わりにオーソドックスなスタイルの3ドアハッチバックが加わる[6]。日本国外向けはNEO(名前は異なる)を継続販売。セダンは新3ドアのデザインに合わせてフェイスリフトされ、全車インパネを刷新。ヘッドランプは全車マルチリフレクター化された他にも、全車エアバッグ標準装備となった。1.3L SOHC 16バルブ EGIガソリンエンジンを追加。

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9代目 BJ型(1998年 - 2004年)

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  • 1998年6月 - ファミリア最後のフルモデルチェンジ。開発費を抑えるため、主要パーツはカペラと共通化された。プラットフォームマツダ・BJプラットフォームを採用。セダンのデザインは保守的なものだったが、5ドアは販売戦略上「S-ワゴン」と呼ばれ、インプレッサスポーツワゴンや後発のアルテッツァジータ同様の、“ショートワゴン”的な5ドアハッチバックである。S-ワゴンの「S」には、“スポーティ、スタイリッシュ、ショート”の意味が込められている。4WDは、マツダとしては初となるスタンバイ式を1.5Lに(セダン/S-ワゴン)、フルタイム式を1.8Lに(S-ワゴンのみ)設定。先代までの1.6L B6エンジンは当初より設定されなかった。1.8L/フルタイム式は、1999年に追加された「スポルト20」に4WDが設定された事もあり、2000年10月のマイナーチェンジ時にカタログ落ちした。1.5L エンジンは、ZL-DE(110ps)とZL-VE(130ps)の2種類がラインナップされ、ZL-VEにはS-VT(シーケンシャルバルブタイミング)を採用した(エンジンカバーには“VARIABLE VALVE TIMING”と表記)。なお、3ドアハッチバックは先代モデルで継続生産・販売されていた(1999年まで)。
  • 1999年8月 - 2.0L エンジンを積みエアロ外装を纏った「スポルト20」が追加された(セダンは2001年に追加)。2.0LのFS-ZE型はカペラからの移植。出力は170ps(排ガス規制クリアのため、2002年9月に165psにダウン)。「スポルト20」のAT/FF車はアクティブマチック(マニュアルモード付きAT)が備わる(S-ワゴンのAT/4WD車はホールドモード付きAT)。
  • 2000年1月 - S-ワゴンの1.5S(AT/FF)をベースに専用のエアロパーツやシートなどを採用した限定車「エアロード」を発売。
  • 2000年5月 - S-ワゴンの1.5S(FF)をベースにリアルーフスポイラーやボディと同色サイドモールなどを採用した限定車「ブリーザ」を発売。
  • 2000年10月 - マイナーチェンジ。内外装フェイスリフト。グレード構成変更。S-ワゴンの1.5L・RS(ZL-VE)のAT車はアクティブマチックに。セットオプション(Sパッケージ)を選択することにより、外観をスポルト20に近づけることが可能。
  • 2001年2月 - インターネットを使った受注生産(BTO)による「web-tuned@S-WAGON」を発売。
  • 2001年4月 - S-ワゴンの1.5RS(FF/AT)をベースにエアロパーツやカーボン調パネルなどを採用した限定車「@NAVI SPORTS」を発売。
  • 2001年5月 - セダンの1.5RS(FF)をベースにS-ワゴンのスポルト20用の2Lエンジンに換装した限定車「マツダスピードファミリア」を発売。(詳細後述)
  • 2001年10月 - S-ワゴンのスポルト20をベースにしたアウトドア向けを謳う特別限定車「フィールドブレイク」を発売。
  • 2003年10月 - 後継のマツダ・アクセラが発売され、セダン販売終了。
  • 2004年4月[7] - セダンの販売が終了した2003年10月から半年間、在庫整理の為に継続販売され、S-ワゴン販売終了。「マツダ ファミリア」のブランド自体は、現在も販売中のファミリアバン日産・ADOEM)により継続されている。台湾ではmazda3(アクセラ)が発売された後でもしばらくの間、併売でこのBJ型が「マツダ・イサム・ゲンキ」の名で生産・販売されていた。なお"ゲンキ"の名はmazda3のサブネームとして残っている。
マツダスピードファミリア

セダンタイプのスポーティーバージョンとして、2001年5月に100台限定として発売された限定車である。その後、同年9月に100余台が追加生産された。エンジンは当時セダンには非搭載であった、Sワゴンのスポルト20用のFS型をハイカム、ハイコンプピストン、ポート研磨、ピストンのクリアランス最適化、ステンレス製集合菅、専用低排圧サイレンサでチューンして搭載。外装はスポルト20用エアロパーツを基本的にはそのまま装着し、リアバンパーは北米仕様の大型バンパーを装着していた。足回りは専用のハードダンパーと大径スタビライザーで強化され、205/45R17の大径サイズタイヤを標準装着していた。制動器も15インチローターと強化されている。BJ5P改とされたこのセダンは、NAで175psを発生し、久々にスポーティなファミリアが登場した。ただし、マツダスピード側のエンジンチューンが不完全であり、アイドルが安定しないため、パワーよりアイドル安定性を求めるユーザー向けに専用カムシャフトへの無償交換が案内された。ボディーカラーは専用色スターリーブルーマイカという青色のメタリックであり、標準装着のホイールがゴールドであることもあいまってインプレッサによく似た外観となっていた。北米ではMazda Protegé MP3[8]として発売されたが、国内では「マツダスピード」の方が知名度が高いため、マツダスピードのグレードネームが与えられた。北米では、このProtageに、2000ccFSエンジン+シングルターボを搭載した、マツダスピードプロテージが発売された。

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OEMモデル

ここでは1994年より日産自動車からOEM供給を受けている車種について述べる。

バン/ワゴン Y10型(1994年 - 1999年)

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バン/ビジネスワゴン Y11型(1999年 - 2008年)

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Y11型ファミリアバン
(後期型)
  • 1999年6月10日 - ADバンのフルモデルチェンジと同時に登場。ターゲットをビジネスユーザーに絞る。先代モデルの流れから装備でバンと差別化したビジネスワゴン[9]がラインナップされる。この代からカペラカーゴを統合。また、この代のみ2WD車と4WD車のP.C.D.が異なる。
  • 2000年1月21日 - バンのガソリン車の排気ガスをクリーン化し、平成12年(1.3L/1.5L・2WD車)又は平成13年(1.8L・4WD車)排出ガス規制に適合。同時期にビジネスワゴンを廃止した。以降、ADバンと同調してマイナーチェンジを行っていく。
  • 2007年1月24日 - 4AT車をY12型へフルモデルチェンジ。なお、「DX」の1.5L・2WD・5MT車と1.8L・4WD車(5MT・4AT共)及びCNG車の「XL」は当面の間継続販売した。
  • 2008年12月 - Y12型に4WD車が設定されたことに伴い、生産終了。

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バン Y12型(2007年 - )

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  • 2007年1月24日 - ベース車のAD、ADエキスパートから約1か月遅れでファミリアバンがフルモデルチェンジ。フロントグリルとバンパーが日産ADとやや異なっている。また、ロゴも他の現行マツダ車同様のものに改められた上で「Familia VAN」となった。エンジンは1.2L/1.5L/1.8Lの3種類で、トランスミッションは4速ATのみ。
  • 2008年10月1日 - 原材料の高騰に伴い、2WD車の車両本体価格を3.5万円値上げ。
  • 2008年12月 - 一部改良。新たに、1.6L・4WD車を追加。
  • 2010年8月25日 - 一部改良。新たに助手席エアバッグ、電源コンセント(100V・100W)、アシストグリップ(「DX」・「VE」は助手席、「GX」・「LX」・「VX」は助手席+後席左右)を標準装備し、機能を向上させた。
  • 2013年5月28日 - 一部改良。「DX」・「VE」・「GX」の2WD車のトランスミッションをCVTに変更したことで燃費を向上し、「平成27年度燃費基準+20%」を達成。全車においてはメーター内に瞬間燃費・平均燃費・渡航可能距離表示機能を追加し、インパネデザインを黒基調に変更した。なお、今回の一部改良により「DX」と「VE」に設定されていた1.2L車を廃止した。

車名の由来

ファミリアとはスペイン語で「家族」の意味で、「家族揃ってドライブを」という想いがこめられている。ヨーロッパでは「Mazda 323」の名称で販売されている。また、北米では「Mazda GLC (グレート リトル カー)」、1990年代より「プロトジェ」の名称で販売されていたこともあった。

脚注

  1. 厳密にはビッグマイナーチェンジに近く、ドアは従来型の流用となる。
  2. 1965年より続いたファミリア最後の2ドアクーペモデル。1987年にエチュードとしてファミリアベースの2ドアクーペが復活したが、1代で消滅した。
  3. 브리사기아자동차
  4. 自家用向けのクレールGスペシャルとビジネス向けのTB
  5. ワゴン/バンが日産のOEMとなった背景についてはボンゴの項目を参照。
  6. 姉妹車のレーザーはNEOのボディで継続販売した。
  7. [1]
  8. ちなみにProtegé MP3のCDプレイヤーMP3に対応していた。
  9. 3-2年車検の5ナンバー登録ながら、バンに順ずる内外装を持つ。歴代ボンゴなどにも設定あり。

関連項目

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外部リンク

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