起亜自動車

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起亜自動車(きあじどうしゃ、Kia Motors Corp.)は、韓国自動車メーカー。かつてはマツダフォード・モーターと密接な関係だったが、1998年の経営破綻を境に現代自動車の傘下に入って以来、現代と密接な関係となり、「現代-起亜自動車グループ(現・現代自動車グループ)」を構成している。

概要

起亜自動車の2008年の韓国国内での販売台数は31万5276台で、残りが海外輸出と海外工場での生産となる。

日本での活動

  • 1992年、日本法人「起亜ジャパン株式会社」を東京都港区芝公園に設立。前身は「起亜自動車日本支社」。同じく「起亜自動車」技術開発部門の東京R&Dセンターが港区芝公園に所在。
  • 1995年には東京R&Dセンターを千葉ニュータウン千葉県印西市)に移設。地上9階建ての自社ビルを建設。1996年からは「起亜ジャパン株式会社」の一部機能が同ビル内へ統合され、1999年まで同所にて営業。現在は現代-起亜自動車グループの日本での開発拠点となっている。
  • 東京モーターショーへは、1991年より出展。以後、1993年、1997年、1999年と連続して出展した。
  • 「Kia Elan」を日本名「ビガート(Vigato)」として日本で発売。東京輸入車ショー、名古屋輸入車ショーなどに出展した。
  • 2013年3月、起亜ジャパンを清算[1]
  • 1998年に現代自動車の傘下に入ってからは、部品を現代自動車と共同で輸入するなどしていて、日本法人では事実上ほとんどやることがなかった。

日本への輸出

  • 日本へは1990年代にはフォード・フェスティバ(キア・プライド)の派生モデルの5ドア版「フェスティバ5」やセダン「フェスティバβ」(両方とも左ハンドル)、1997年にはロータス・エランのライセンス生産モデル「ビガート」を輸出していた。

社名の由来

社名の「起」は立ち上がる、「亜」はアジアの意味からとっており、「アジアからの躍進」を意味している。

類似性の問題

親会社の現代自動車同様、各メディアにてオピラスソレントK9レイといった車種のデザインが日本や欧米の他車種のデザインに酷似していると指摘されている。

歴史

現行車種一覧

ファイル:KIA K7.jpg
2009年から発売を開始したキア・K7

乗用車

過去の車種一覧

コンパクトカー・軽車(キョンチャ)

乗用車(コンパクトに該当しないセダン・ハッチバック)

ミニバン

クーペ系

SUV

商用車

関連項目

脚注・資料

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外部リンク

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ヒュンダイ・シータエンジン

テンプレート:自動車
  1. 韓国2位の起亜自動車 日本から撤収 2013年6月12日、KBS WORLD。
  2. 日本へは「ビガート」の名称で輸出された
  3. このため、以後開発された起亜車はそれまでのマツダ車ベースから、現代車(三菱自動車系技術)ベースとなった
  4. 現代・起亜車、米国で190万台のリコール 2013年4月4日、中央日報。
  5. 5.0 5.1 5.2 5.3 5.4 5.5 5.6 5.7 5.8 5.9 当初は亜細亜自動車から製造・販売