マツダ・カペラ

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テンプレート:告知 カペラCapella )はかつてマツダで生産されていた乗用車である。21年と8年の期間にわたり、ファミリアとともにマツダ乗用車の基幹車種として広く知られていた。

世代についてはマツダ公式サイトのHISTORY OF MAZDAを元にしている。書籍によっては記述が異なる場合もある。

日本国外では「Mazda 626」として販売され、「カペラ」という名のみ基本的に日本国内専用であった。

歴史

初代 SNA/S122A型(1970年 - 1974年)

テンプレート:Infobox 自動車のスペック表

  • 1970年5月登場、愛称は風のカペラ。当初は、ファミリアの上位機種として、12Aロータリーエンジンを搭載するモデルと、1,600ccレシプロエンジンを搭載するモデルがあった。12Aロータリーエンジンはカペラロータリーのために開発されたもので、基本的には10A型と同じだったが、ローターハウジング一つあたりを軸方向に10mm延長し、単室容積で573ccの排気量を得た。また、排気孔をハニカムポートとして燃焼効率を上げ、トルク特性を改善した。最高出カ120仏馬力/6,500rpm(グロス)、最大トルク16.0kgf·m/3,500rpm(グロス)、さらに最高速度は190km/h(MT車)で、当時の日本車としては、並はずれたパワーを誇った。そのエンジンパワーを生かし、レースにも出場。当時無敵を誇った日産・スカイラインGT-Rに挑んだが及ばず、打倒GT-Rは、サバンナまで待つ必要があった。
  • 0 → 400m ( SS 1/4マイル ) = 15.7秒(MT車)と、当時としては圧倒的な加速力を示し、ストックの状態でこれを上回るのはポルシェ・911だけとまで言われた。
  • タイヤは13インチを採用し低重心化を図った。また、1クラス上のトヨタ・マークIIに匹敵する車内空間を有す。
  • 軽量化を図ってボディをステンレス鋼とする計画があったが、安全面で当局の認可が下りずに販売を断念。この試作車両(ロータリーエンジン累計生産20万基記念車)がマツダR&Dセンター横浜にて保存・展示されている。
  • 1970年10月、レシプロエンジンに1,500ccが追加される。
  • 1971年10月、マイナーチェンジ。デビューしたサバンナとの差別化を図るためにGシリーズとして、4灯ヘッドライトを採用。ロータリー車に初のATであるREマチック仕様が登場した。ロータリーに合わせた特性で、0→400m=17.5秒だった。
  • 1971年から1973年までがカペラを含めたロータリー全盛期で、1971年は6万3,389台、1972年は5万7,748台、1973年は5万4,962台販売された。
  • この初代モデルのみ、輸出名は「マツダ616」「マツダ618」(末尾の数が6なら1.6Lモデル、8なら1.8Lモデル)。またロータリーエンジン搭載モデルは「マツダ・RX-2」の名が付けられた。


2代目 CB12S型(1974年 - 1978年)

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  • 1974年2月に「ビッグチェンジ」としてフェイスリフトを受け、2代目カペラロータリーAPとなった。初代と基本的なボディ形状は変わらなかったが、フロントマスクが変更され、フロントノーズも110mm延長された。またインパネも4連丸形メーターの新デザインに変更された。レシプロエンジン1,800cc、そして1975年の排ガス規制に適応したロータリーAP、レシプロエンジン1800APが追加された。1975年10月に1,600cc、1,800cc、ロータリーともに1976年の排ガス規制に適応した。低公害車であったが、サーマルリアクター方式を採用し、当時の他の車両と比べて性能低下は少なく、また有鉛・無鉛ガソリンの両方を使用することができた。
    • 1970年から1978年までの、初代と2代目のカペラロータリー累計販売台数は22万5,003台販売した。
    • マツダ公式サイトHISTORY OF MAZDAでは、型式が変わったことからフェイスリフト後のカペラロータリーAPを2代目としている[1]。一方、二玄社発行の別冊CG自動車アーカイヴVol.5 70年代の日本車篇(ISBN 4544091756)などでは、このモデルを初代後期とし、CB系を2代目としており、以降、1世代ずつずれているので、それも追記する。


3代目 CB型(1978年 - 1985年)

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  • 1978年10月、マツダの他の主力車種ファミリアルーチェサバンナRX-7に遅れる形で、初代登場から8年5ヶ月ぶりにフルモデルチェンジを行い3代目カペラになった(カペラAPが2代目のため)。3代目よりロータリー車は設定されずにレシプロ専用モデルとして登場、ファミリーカーに生まれ変わった。グランドファミリアセダンの後継モデルとしての意味合いも兼ねている。
    • ボディタイプは従来からの4ドアセダンとともに、2ドアを先代までのクーペスタイルではなく、フロントドアサッシュレス&Bピラーレスのハードトップスタイルへと変更する。空気抵抗は当時の車種としては良く、ハードトップはCd値=0.38だった。また、同クラスの車種と比べて車内の居住空間及びトランクスペースは大きい方だった。デビュー当初のフロント周りは、グリル部のみが傾斜し前照灯部が切り立ってSAE規格の角型2灯ランプを配した奥目がちなデザインであった。エンジンは発売当初は1,600ccと1,800ccの2タイプが用意された[2]
  • 1979年3月、2,000cc(MA型 110馬力)車と、タクシー向け1,800ccLPG車追加。
  • 1980年9月、マイナーチェンジでフロント部の大幅変更を受け、角型異型レンズの採用でグリル面との連続性を持った、当時流行のマイナーチェンジ手法ともいえるスラントノーズデザインとなった。
  • 1982年に後述の4代目(GC系)が登場してからも、4ドアセダンの1800LPGタクシー仕様は、FR駆動で整備性が良く価格も安いことから地方の事業者での支持が多く、1985年まで生産・販売が継続されていた。
  • なお、参考画像の3代目カペラは前照灯にSAE規格の角型2灯ランプを配したものではあるが、これは日本仕様では後期型となる角型異型ライトのカペラをベースに、SAE規格の角型2灯を配した北米輸出仕様の「Mazda 626」で、フロントエンドの造形は1980年9月のマイナーチェンジより前の国内仕様とは違うものである。これは当時の米国ではまだ市販車両に於いて、前照灯の規格に非常に厳しい制限があり、当時のSAE規格に準じた丸型及び角型のランプ以外の使用を認めていなかったためである。


4代目 GC型(1982年 - 1987年)

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  • 1982年9月登場。駆動方式をFFに変更する。エンジンは新開発の1600、1800、2000EGIで「マグナム」の名称が与えられた。ボディは4ドアセダンと初代以来となる2ドアクーペ、後のマイナーチェンジで追加される5ドアハッチバックの3タイプ。また、この代からフォードブランドの姉妹車であるフォード・テルスターが登場。
  • 1983年9月、セダンに2,000ccのディーゼル車と1800LPG車(タクシー、教習車のみ)が追加される。
  • 1983年10月、グロス145PSの2000EGIターボモデルを追加、ターボ車はヘッドライトが角型4灯となり、他のグレードと差別化された。
  • 1985年5月、マイナーチェンジ。テルスターに採用されていた5ドアハッチバックが追加される。5ドアハッチバックにはワゴン的にも使用できるシートアレンジメントが可能。安全対策としてシートベルトの機構部には急ブレーキをかけたときにロックされるテンションディヒューザーが採用される。
  • この4代目GC系は、1982年-1983年の 日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞している。また、韓国起亜自動車ではこれをベースにしたモデル、コンコード (ko:기아 콩코드) を1987年1995年にかけて生産したことがある。


5代目 GD/GV型(1987年 - 1999年)

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  • 1987年5月登場。タクシー仕様は5代目が最終となった(後継はカスタムキャブに統合)。
  • 1987年7月、カペラCGにセンターデフ方式のフルタイム4WDを追加。同時代のファミリアのフルタイム4WDと違い、2,000ccにはリアデフにビスカスLSDが標準搭載された。
  • 1988年2月、電子チューナーラジオ、オートアンテナなど装備を充実した特別仕様車1,800ccプロフィールシリーズを追加(セダン・SG-X、SG-Xi、CG・SG-R、SG-Ri)。
  • 1988年、これをベースにしたハードトップペルソナが登場。翌年には、ペルソナの姉妹車ユーノス300が登場。
  • 1988年2月、これまでカペラCGのみの採用であった4WSがセダン、C2にも設定拡大。
  • 1988年3月、ステーションワゴンのカペラカーゴワゴンを追加。加えてLA系ベースのルーチェバンの後継として商用車(ライトバン)のカペラカーゴバンを販売。カペラカーゴワゴンは最後部に跳ね上げ式後ろ向きのシートを備え7人乗車が可能でもあった。カペラカーゴはローライダーカスタムを好む層から一時期人気があった。
  • 1988年6月、クーペC2をベースにした300台の限定車「∞(アンフィニ)」登場(2,000ccMTのみ)。メーカチューンされているが、主な内容は、ハイオク化により10psアップの150psとなったエンジン、ビスカスLSDの装備やリアストラットタワーバーの追加による足回りの専用チューニング、専用のシート・ステアリング・シフトノブを備えた内装など。なお、このエンジンは翌年のマイナーチェンジで搭載されるものの実質的な先行投入であった。
  • 1989年6月、マイナーチェンジ。これまでCGのみであった4WDをセダンにも設定。2,000ccDOHCエンジンは圧縮比を上げハイオク化され、MT車は150PS、AT車は145PSに向上した。1,800ccにDOHCエンジンを追加[3]
  • 1990年10月、カーゴに2,000cc4WD(5人乗り)の「GT」を追加。
  • 1991年10月にはクロノスアンフィニMS-6MX-6の登場でセダン、CG、C2が生産終了。しかし、クロノスではステーションワゴンはラインナップされず、カーゴの続投で、スバル・レガシィに端を発するステーションワゴンブームを乗り切らなければならなかった。
  • 1992年8月、カーゴがマイナーチェンジ。グリルを変更し、ボディカラーを完全に一新。1,800cc車がDOHC化されディーゼル4WDを追加。グレード体制を大幅に一新し、「GL-X」「GT」の2グレードから「SV」「SX」「GT」の3グレード体制になった。のちにFF車のサードシートを省いて5人乗りとした「SV-F」が追加される。
  • 1994年10月、マイナーチェンジ。セダン復活に伴い、ステーションワゴンの名称をカペラカーゴワゴンからカペラワゴンに改名し、フロント、リア、ルーフの造形が大幅に変更され(カーゴバンはルーフのみ変更)、テルスターワゴンとインパネを入れ替えるなどで内装を変更する。グリルガード付きの2L 4WD専用グレードFX(FIELD CRUISERの意)と、タウンユース系で後ろ向きサードシートを備えるFF車のSX、下位グレードのSV(4WD / FF)に変更。フロントグリルが大型化され、4WD車はボディー同色、FF車はメッキ仕上げとなる。4WD車は、いわゆる「RVブーム」の影響からいずれも最低地上高が上げられており、悪路走破性が増している。
  • 1996年7月、ワゴンをマイナーチェンジ。リアスタイルが変更される。コンセプトカーBU-Xデミオ)を彷彿させるバンパーとフロントグリルが一体化したクルージング系(FX-CRUISING(2L 4WD) / SX-CRUISING(2L FF))と、SVの補完グレードSV-F(1.8L FF)を追加。2,000ccディーゼルエンジンは88ps、2,000ccDOHCエンジンは165psとなる(FX/FX-CRUISINGのみ)。
  • 1997年7月3日、シリーズで10年製造され続けたGD/GV型として最後の特別仕様車「SV-CRUISING」を発売。「SV」をベースに、上記のクルージング系のデザインを移植。又、ハイマウントストップランプや4W-ABSも装備しながら、価格はベース車より引き下げられている。
  • 1997年11月17日、GV系カペラワゴンをフルモデルチェンジ。カーゴバンにこの年から制定されたマツダの現在のCIマークが装着。
  • 1999年、カーゴバンが廃止(1クラス下のファミリアバンに統合)。


6代目 CG型(1994年 - 1997年)

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  • 1994年8月登場。クロノスの登場でセダンの生産は一旦中止されていたが、5チャンネル体制による姉妹車種の肥大化と、税制改正に乗じた3ナンバー化(ユーノス500を除く)を中心とした販売戦略が原因で、クロノス系姉妹車は販売不振に陥り、早急な車種統合と後継車種の投入に迫られた。GEプラットフォームのクロノスをベースに、ユーノス・500のサスペンションを流用したCGプラットフォーム#CGのセダンが復活した。この開発期間は9ヶ月と異例の短期間であり、マツダがいかに追い込まれていたかを物語っていた。センティアをシャープにしたようなフロントノーズは、これまでのスラントノーズが持ち味のカペラと比べ、かつてのカペラのクオリティとは比較にならないほどチープと酷評されたが、5ナンバーサイズに戻されたこと、当時のこのクラスのセダンにふさわしい快適装備を持ちながらも車両本体価格が抑えられたことなどから買い得感は高く、商品的にはそれなりの成功を収めた。
    • クロノスの姉妹車3代目テルスターよりインパネを流用。
    • ステーションワゴンは先代のカーゴを大幅にマイナーチェンジしてカペラワゴンに改名し、1994年10月に販売された。
    • 6代目は事実上日本国内専用車であったが、香港マカオなど、設計変更が伴わない地域に限り輸出された。なお、6代目の販売中、日本国外ではクロノスを継続販売していた。


7代目 GF/GW型(1997年 - 2002年)

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  • 1997年8月20日にモデルチェンジされる。先代で酷評された質感はアップされ、クロノス譲りのプラットフォームも改められ先代モデルのような急仕込み的なものではない。ボディは4ドアセダンと5ドアワゴンの2種。海外向けには5ドアハッチバックセダンも存在する。助手席シートが前に倒れテーブルになるなど多彩なシートアレンジが売りであり、セダンは「ワゴンを学んだセダンです」ワゴンは「37の室内を持つ」というコピーだった。
    • このモデルから、E-GDER より続いた、2,000cc の Full Time 4WD 車のリアデフに組み込まれていた 純正LSD が落とされ、オープンデフとなった。
    • エンジンは直列4気筒DOHCで、2,000ccはダイリューテッドバーン(通称:Dバーン,希釈燃焼)と呼ばれる170馬力版と140馬力版の2本、1,800ccは125馬力の1本、そして、ワゴンの4WD仕様のみ、クロノス譲りのK型2500DOHC、200馬力の計4本のラインナップからスタート。1998年7月、2,000ccクラス初となる直4SOHC16バルブ直噴ディーゼル仕様が追加される。
  • 1999年10月8日、マイナーチェンジが行われ、セダン、ワゴンとも同じフロントマスクとなる。また、2,000ccFF車にアクティブマチックが追加。ディーゼル仕様はカタログから落とされた。
  • 2000年5月22日、ワゴンのみに、当時のマツダが行っていたプロジェクト「MMプロジェクト」による特別仕様車「ブリーザ」を追加。フロントエアダムスカート&サイドシルプロテクター&リアアンダースカート、同色フロントおよびリアバンパーモール&サイドプロテクションモール、フロントフォグランプ、ダークティンテッドガラスなどを特別装備。
  • 2001年4月23日、ワゴンのSXスポルトをベースとした、「MMプロジェクト」による特別仕様車「@NAVIスポーツ」追加。マツダテレマティックス対応DVDナビを標準装備したほか、カーボン調インテリアパネル等を特別装備。1,650台限定。
  • 2001年12月20日、カペラ史上最後の追加仕様となる「SXスポルトII」を発売。新デザイン(ファミリアS-ワゴンと共用)の16インチアルミホイール、インダッシュ6連奏CDチェンジャー、ガラスハッチ、ハイマウントストップランプ内蔵大型ルーフスポイラーを採用した。これにより「SX」および「SXスポルト」は新機種「SXスポルトII」に統合された。
  • 2002年、後継車のアテンザの登場後も数か月間、在庫整理として継続販売されていたが、同年8月におよそ8年間続いたカペラ(第2期)のネーミングは消滅した。

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プラットフォーム

プラットフォームは、ベース車がFF化されて以降は主にマツダ・Gプラットフォームが採用されていた。クロノスの販売不調を受けて急遽復活した際、3ナンバー化したマツダ・Gプラットフォームに代わりマツダ・CGプラットフォームが採用されていた(期間は1994年から1997年)。

車名の由来

脚注

テンプレート:Reflist

関連項目

テンプレート:Sister

テンプレート:自動車テンプレート:マツダ車種年表 (初期)

テンプレート:マツダ車種年表
  1. 参考
  2. 後に2ドアハードトップは4・5代目のクーペ、やがて1992年登場のMX-6へと進展した。
  3. 1,800ccEGI-SOHCはカーゴで、1,800ccキャブレターSOHCはセダンで継続。