パーキンソン病

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テンプレート:Infobox Disease パーキンソン病(パーキンソンびょう、テンプレート:Lang-en-short)は、脳内のドーパミン不足とアセチルコリンの相対的増加とを病態とし、錐体外路系徴候(錐体外路症状)を示す進行性の疾患である。神経変性疾患の一つであり、その中でもアルツハイマー病についで頻度の高い疾患と考えられている[1]日本では難病(特定疾患)に指定されている。本疾患と似た症状を来たすものを、原因を問わず総称してパーキンソン症候群と呼ぶ。本症はパーキンソン症候群の一つであるということもできる。

中年以降の発症が多く、高齢になるほどその割合も増える。主な症状は安静時の振戦 (手足のふるえ)、筋強剛 (手足の曲げ伸ばしが固くなる)、無動・動作緩慢などの運動症状だが、様々な全身症状・精神症状も合併する。進行性の病気だが症状の進み具合は通常遅いため、いつ始まったのか本人も気づかないことが多く、また経過も長い。

根本的な治療法は2012年現在まだ確立していないが、対症的療法 (症状を緩和するための治療法) は数十年にわたって研究・発展しており、予後の延長やQOLの向上につながっている。また20世紀末ごろから遺伝子研究・分子生物学の発展に伴いパーキンソン病の原因に迫る研究も進んでおり、根本治療の確立に向けての努力が行われている。

2014年4月7日、原因となる細胞内の異常を除去する際に作り出される物質を突き止めたと、東京都医学総合研究所の田中啓二所長、松田憲之プロジェクトリーダーらの研究チームが発表した。この物質の増加を検査で確認できれば、パーキンソン病を早期発見できる可能性がある。論文は英科学誌ネイチャー電子版に掲載された。

パーキンソン病の歴史

1817年イギリスジェームズ・パーキンソンにより初めて報告された。彼は、現代でいうパーキンソン病の症状を呈した6症例を、振戦麻痺 (shaking palsy) という名で紹介した。彼が記載した症状は、寡動・安静時振戦・姿勢保持障害・前傾姿勢・小字症などで、筋強剛については記載していない。パーキンソンの報告は長い間評価されなかったが、1888年になってフランスジャン=マルタン・シャルコーによって再評価された。シャルコーは筋強剛についても記載し、彼の提唱により本疾患はパーキンソン病と呼ばれるようになった[2]。シャルコーが改名を提唱した理由は、本当の意味での「麻痺」は見られないためと、すべての患者に必ずしも振戦が見られるわけではないためであった[3]。もう一つの主要症候である無動・動作緩慢については、サミュエル・ウィルソンがその教科書の中で提唱している[3]。一方パーキンソン病の病理に関しては、1913年にフレデリック・レビーが神経細胞内の封入体 (のちのレビー小体) を初めて記載、またロシアの神経病理学者Konstantin Tretiakoffは1919年、パーキンソン病の責任病変が中脳黒質にあると発表した[4]

パーキンソン病の治療はすでに19世紀末、ベラドンナアルカロイドが効果のあることがわかり、20世紀に入ってスコポラミンによる治療が、1949年にはトリヘキシフェニジル(Trihexyphenidyl)の治療報告が行われている。L-ドパ (レボドパ) は1913年にはすでに精製単離されていたが、1950年代後半から脳内、特に線条体でのドパミンの存在と、その低下がパーキンソン病で見られることが報告されると、1960年代にL-ドパを使った実験・試験が始まり、その効果が明らかとなった[4]。この当時の状況は (パーキンソン病ではなく、エコノモ脳炎後のパーキンソニズムについてではあるが) オリバー・サックスの著書『レナードの朝』 (原題 Awakenings) に詳しい。

疫学

10歳代~80歳代まで幅広く発症するが、中年以降の発症が多く、高齢になるほど発症率および有病率は増加する[6]。20歳代の発症はまれである。40歳以下で発症した場合を若年性パーキンソン病と呼ぶが、症状に差はない。 日本における有病率は10万人当たり100~150人といわれる[7]。欧米では10万人当たり300人と見積もられており[8]、日本の有病率はやや低い。明らかな人種差や地域差があるかは不明であるが、白人と比べてアフリカ系アメリカ人の発症率は4分の1程度、アジア人の場合は3分の1から2分の1程度とするテキストもある[9]。日本での有病率は増加傾向にあり、これを1)高齢化に伴うパーキンソン病そのものの増加、2)診断率の向上、3)治療の進歩による患者の寿命の延長によるものとする説がある[1]。一方年齢調整後の発症率・有病率は以前とほぼ変化がないとする報告もある[10][11]。性差については、アメリカのテキスト[9]、オランダからの報告[12]など欧米では男性が多いとされている。一方日本ではどの調査でも女性が多いとする報告がなされているが、この違いの理由は未解明である[1]

厚生労働省2008年(平成20年)患者調査では、パーキンソン病患者は約13万9千人となっている[13]。また厚生労働省特定疾患医療受給件数の統計によれば、2011年(平成23年)度の受給件数は116,536件であり、全特定疾患中潰瘍性大腸炎に次いで多い[14]。しかしこれは、2003年(平成15年)10月よりパーキンソン病関連疾患として本疾患に進行性核上性麻痺大脳皮質基底核変性症を併せたものになったため、現在では本疾患の正確な人数を反映する数値ではなくなっている。また特定疾患受給の要件として、後述するホーン・ヤール (Hoehn & Yahr) 分類の3度以上が目安となっているため、実際の患者数はより多いものと予想される。

危険因子と保護因子

危険因子・保護因子として報告されたものには、以下のものがある[1][15][16]。これらは疫学的な研究報告であり、パーキンソン病発症との因果関係があるのかはわかっていないものも多く、また相反する結果の報告も少なくない。因果関係が疑われるものに関しては、原因仮説節の環境因子を参照。

危険因子
  • 加齢   ほぼすべての研究で高齢になるほど有病率は高くなり、発症率も60から70代が最も高いとされる[1]
  • 性    上記のとおり、男女どちらが発症しやすいかは報告が分かれている。
  • 居住場所   都市部に比べて農村部に多いとする報告と、差がないという報告がある。
  • 除草剤・殺虫剤への曝露   パラコートロテノン・有機塩素剤などが報告されている。
  • 金属への曝露   マンガンなど。
  • ライフスタイル   偏食、飲酒・喫煙をしない、無趣味、仕事中心、無口・内向的で几帳面、など[15]
  • 食事   動物脂肪、飽和脂肪酸の摂取。総脂肪や総コレステロールについては意見が分かれている。
  • 井戸水摂取   危険因子とする報告が多いが、保護因子とするものもある。
  • 頭部外傷・その他の合併症   頭部外傷は危険因子とする報告がある一方、否定的なものが多い。
保護因子


症状

ファイル:Sir William Richard Gowers Parkinson Disease sketch 1886.jpg
ウィリアム・リチャード・ガワーズ『神経系疾患マニュアル』(1886年)に記載されたパーキンソン病のイラスト

パーキンソン病の症状には大別して運動症状と非運動症状がある。非運動症状のなかには、精神症状、自律神経症状などが含まれる。

運動症状

主要症状は以下の4つである。振戦、固縮、無動が特に3主徴として知られている。これらの神経学的症候をパーキンソニズムと呼ぶ。

  • 安静時振戦(ふるえ resting tremor)
    指にみられることが多いが、上肢全体や下肢、顎などにもみられる。安静にしているときにふるえが起こることが本症の特徴である。精神的な緊張で増強する。動かそうとすると、少なくとも一瞬は止まる。書字困難もみられる。指先のふるえは親指が他の指に対してリズミカルに動くのが特徴的であり、薬を包んだ紙を丸める動作に似ていることからpill rolling signとも呼ばれる。
  • 筋強剛(筋固縮) (rigidity)
    力を抜いた状態で関節を他動させた際に抵抗がみられる現象。強剛(固縮)には一定の抵抗が持続する鉛管様強剛(鉛管様固縮、lead pipe rigidity)と抵抗が断続する歯車様強剛(歯車様固縮、cogwheel rigidity)があるが、本疾患では歯車様強剛が特徴的に現れ、とくに手関節(手首)で認めやすい。純粋なパーキンソン病では錐体路障害がないことが特徴である。すなわち四肢の麻痺バビンスキー反射などは認められないのが普通である。
    パーキンソン病をはじめパーキンソン症候群に特徴的な、いわゆる仮面様顔貌(目を大きく見開きまばたきが少ない、上唇が突き出ている、これらの表情に変化が乏しい)は、顔面筋の筋強剛によるものとされる[24]
  • 無動、寡動(akinesia, bradykinesia)
    動作の開始が困難となる。また動作が全体にゆっくりとして、小さくなる。仮面様顔貌(瞬目(まばたき)が少なく大きく見開いた眼や、表情に乏しい顔貌)、すくみ足(歩行開始時に第一歩を踏み出せない)、小刻み歩行、前傾姿勢、小字症、小声症などが特徴的である。ただし床に目印となる線などを引き、それを目標にして歩かせたり、障害物をまたがせたりすると、普通に大またで歩くことが可能である(kinésie paradoxale、逆説性歩行、矛盾性運動)。
  • 姿勢保持反射障害(postural instability)
    バランスを崩しそうになったときに倒れないようにするための反射が弱くなる。加速歩行など。進行すると起き上がることもできなくなる。

多くの症例で、特に病初期に症状の左右差がみられる。進行すると両側性に症状が現れ、左右差はなくなることが多い。マイヤーソン徴候(Myerson symptom)なども診断の参考になる。またL-ドーパ剤投与が奏効する(症状が顕著に改善する)ことが特徴であり、これは他のパーキンソン症候群と本疾患を鑑別する上で重要な事実である。
嚥下障害を認めることがある。質問票では18.5%に、200mL飲水テストでは81%に嚥下障害がみられる。パーキンソン病患者の死因の1位は肺炎で22%を占めている。これは嚥下障害による嚥下性肺炎によるところが大きい。

非運動症状

自律神経症状として便秘、垂涎などの消化器症状、起立性低血圧食後性低血圧発汗過多、あぶら顔、排尿障害勃起不全などがある。

精神症状としては、感情鈍麻 (apathy)、快感喪失 (anhedonia)、不安、うつ症状、精神症候(特に幻視)、認知障害を合併する場合が多い[25]。感情鈍麻はパーキンソン病のうつ症状に合併することが多い[26]が、単独でも現れる[27]。うつ症状はパーキンソン病の精神症候の中で最も頻度の高い症候とされてきたが、実際の頻度については定説がない[25]。最も用いられている数値は約40%である[28]。幻視も頻度の高い精神症候である。この症候は抗パーキンソン薬による副作用と考えられてきたが、近年ではそれだけでなく、内因性・外因性の様々な要素によって引き起こされるとする考え方が有力になっている[29]。以前は特殊な例を除き認知障害は合併しないといわれていたが、近年では後述のように認知障害を伴うパーキンソン病の例が多いとみなされるようになっている。

無動のため言動が鈍くなるため、一見して認知症またはその他の精神疾患のようにみえることもあるが、実際に認知症やうつ病を合併する疾患もあるため鑑別を要する。

また、病的賭博、性欲亢進、強迫的買い物、強迫的過食、反復常同行動、薬剤の強迫的使用などのいわゆる衝動制御障害がパーキンソン病やむずむず脚症候群に合併することが知られるようになっている[30]

認知症を伴うパーキンソン病

パーキンソン病は、高率に認知症を合併する。27の研究のメタアナリシスによると、パーキンソン病の約40%に認知症が合併していた[28]。約30%というメタ解析データもあり[31]、その研究では全認知症症例の3.6%がパーキンソン病であった。パーキンソン病患者は、認知症を発症するリスクは、健常者の約5-6倍と見積もられており、パーキンソン病患者を8年間追跡調査した研究では、78%が認知症を発症した。

診断

確定診断は病理所見を待たなければならないが、上記の症状を呈する緩徐な進行性の疾患であること(他の神経変性疾患では病勢が亜急性に進むものもある)、CTMRIの画像所見で特異的な異常が認められないこと(特徴的な所見を示す神経変性疾患や脳血管障害性パーキンソニズムを除外する)、L-ドーパ投与で症状が改善することがあれば、臨床的にはパーキンソン病と診断できるとされている[32]

簡便な病期診断として、5段階の病期分類がある(Hoehn-Yahr分類)

1度 一側性パーキンソニズム
2度 両側性パーキンソニズム
3度 軽度~中等度のパーキンソニズム。姿勢反射障害あり。日常生活に介助不要
4度 高度障害を示すが、歩行は介助なしにどうにか可能
5度 介助なしにはベッド又は車椅子生活

運動症状・非運動症状を含めた各症状を総合的に評価する方法としては、パーキンソン病統一スケール (Unified Parkinson's disease rating scale, UPDRS)[33]がある。

鑑別診断

パーキンソニズムを呈するすべての疾患。その中にはパーキンソニズムを合併する他の神経変性疾患多系統萎縮症進行性核上性麻痺シャイ・ドレーガー症候群大脳皮質基底核変性症など)、症候性パーキンソニズム(脳血管障害性パーキンソニズム、薬剤性パーキンソニズム、中毒性パーキンソニズム、感染後パーキンソニズムなど)などが挙げられる[32]。特に薬剤性パーキンソニズムは原因薬物の投与中止によって完治することのできる疾患なので、鑑別が重要である。パーキンソン症候群を参照。

パーキンソン病の治療

2011年現在、パーキンソン病に対する根本的な治療法はない。病気の進行を遅らせる治療法すら確立していないのが現状であり、ADLを向上させたり生命予後を延長することはできるようになったが、運動症状や精神症状、自律神経症状などの非運動症状にたいする対症療法がほとんどである。しかしながら、神経変性の機序が明らかになるにつれ、変性すなわち症状の進行を遅らせるための治療法(神経保護薬による治療法)が試みられるようになってきた。また変性した神経を再生させる遺伝子治療幹細胞移植などの根本治療も現実的なものとして視野に入っている[34]。ここではまず現実的な治療について概説し、さらに新しい治療についても現在の到達点と将来的な見通しを記す。

日本において本疾患は1978(昭和53)年10月1日に特定疾患治療研究事業対象疾患に指定され、公費受給が可能となっている(ただし前述のように、ホーン・ヤール分類の3度以上が認定の目安となるため、病初期の治療は健康保険の範囲内で自己負担せざるをえない)。

運動症状に対する治療

薬物療法

テンプレート:国際化 日本で推奨され、また治療可能なもの[35]を中心に記述するが、日本以外で用いられているものも記載する。ドパおよびドパミンは、それぞれドーパ・ドーパミンと同じものだが医学・医療における一般的な呼称なので[36][37]、本項では混乱のないようにドパ・ドパミンを用いる。

1960年代のL-ドパ大量投与療法の開始以来、運動症状を改善させる種々の薬物が開発・発見され、パーキンソン病は神経変性疾患の中では唯一効果的な (対症療法ではあるが) 治療の選択肢が多い疾患である[38]。しかしすでに述べたとおりまだ根本的な治療法がないこともあり、どのような治療法を選択するかの判断は容易ではない。早期パーキンソン病と運動合併症の現れる進行期でも治療法は異なっている (後述)。

すべての薬物がそうであるように、抗パーキンソン病薬にも副作用 (有害事象) があり、なかでも中心的な薬物であるレボドパは長期服用によって運動合併症を引き起こす。また多くの抗パーキンソン病薬治療下で、悪性症候群が起こりうる。幻覚・妄想の出現も主な合併症の一つである。

ドパミン補充療法
レボドパ
ドパミンの前駆物質であるレボドパ (L-ドパ) を投与する。ドパミンを直接投与しないのは、ドパミンが血液脳関門を通過できないためである[39]。ドパミン脱炭酸酵素阻害薬であるカルビドパ(商品名メネシット、ネオドパストンなど)あるいはベンセラジド(商品名イーシー・ドパール、ネオドパゾール、マドパー)との合剤を用いることが多い。1960年代に臨床応用されて以来、薬物治療のゴールデンスタンダードであり、主に運動症状 (3主徴) に対し極めて有効に働く。振戦の改善はその他の抗パーキンソン病薬に比べるとマイルドである。十分な量の投与で、運動機能が長期間良好に維持され、QOLの改善や生存期間の延長につながる。
発症早期のパーキンソン病において、レボドパはドパミン受容体作動薬やMAO阻害薬と遜色が無い効果を示す。[40]長期にわたる服用によりオン・オフ現象(突然薬の効果がきれ体が動かなくなる)やウェアリング・オフ現象(内服直後や時間がたった時に効果が突然切れる)、ジスキネジアといった副作用(運動合併症)が現れる。
レボドパやドパミンアゴニストを投与すると悪心・嘔吐の副作用が出ることが多いが、これに対する治療としての制吐剤には、パーキンソニズムを悪化させるものが多い。メトクロプラミドはこの用途には用いず、ドンペリドンを用いるのが一般的である(パーキンソン症候群の薬剤性パーキンソニズムの項を参照)。
運動合併症を改善できるよう新たな剤型や誘導体が開発・製品化されている (後述)。
ドパミン受容体作動薬
ドパミンアゴニストとも呼ばれる。麦角系としてカベルゴリン(商品名カバサール)、ペルゴリド(商品名ペルマックス)、ブロモクリプチン(商品名パーロデルなど)、非麦角系としてプラミペキソール(商品名ビ・シフロール)、ロピニロール(商品名レキップ)、タリペキソール(商品名ドミン)などがある。レボドパ製剤と比較してウェアリングオフやジスキネジアを起こしにくいことから、認知症を伴わない70歳未満の患者については、レボドパではなくこちらを第一選択とすることが推奨されている[41]。幻覚(幻視が主である)などの精神症状が強く出やすいため、認知障害のある患者では投与を避ける。
また麦角系ドパミンアゴニストでは重篤な副作用(心臓弁膜症間質性肺炎など)を起こすことがわかり[42]、新たに投与を開始する場合はまず非麦角系薬を選択し、治療効果が不充分であったり忍容性に問題があるときのみ麦角系薬を使用する[43]ことになっている(その場合、投与開始前および開始後定期的に心臓超音波検査をはじめとするフォローが必要である)。ただし、非麦角系薬にも突発的睡眠などの重大な副作用があるため、注意が必要であることには変わりがない。また、これらの薬剤を内服している人が急に内服を中止すると悪性症候群などの重大な副作用を引き起こす危険がある[44]ので、必ず医師に相談する必要がある。
アポモルヒネはドパミン受容体のうちD1およびD2受容体の作動薬で、即効性がある。すでに1950年代からパーキンソン病への適応が検討されていたが[45]初回通過効果を受けやすいため経口薬としては使えなかった。その後皮下注射薬が開発されて即効性と半減期の短さから、進行期のオフ症状に対するレスキュー役として使われるようになった (日本では2012年3月承認)。さらに持続的に皮下注射を行っている国もある[46]
MAO-B阻害薬
選択的不可逆的モノアミン酸化酵素B (MAO-B) 阻害薬である。中枢内に多く存在し、ドパミンの代謝経路として働くMAO-Bを選択的に阻害することで、ドパミン濃度を高める働きがある。セレギリン(商品名エフピー)が現在日本で使用されている唯一のMAO-B阻害薬である。セレギリンは治療量内ではMAO-Bに対して選択的に働くが、高用量になるとMAO-AおよびMAO-Bに対して非選択的に阻害してしまうので注意が必要である。また、進行期パーキンソン病の運動合併症であるジスキネジアの発現を増強するため、ジスキネジアが出現した場合には投与を中止する。
セレギリンは神経保護作用もあるといわれているが、その効果については報告によって違いが見られ、議論が分かれている。COMT阻害薬と異なり、MAO-B阻害薬単独でも効果はあるといわれている (NHS <英国国立医療技術評価機構によるガイドラインNICE[47]> あるいは国際運動障害学会によるレビュー[48]などの推奨) が、日本ではL-ドーパとの併用のみが認められている。
セレギリンは代謝されアンフェタミンメタンフェタミンが産出され、覚醒方向に働き不安、不眠の副作用が生じることがあり夕の内服は避けられる傾向がある。ウェアリングオフやすくみ足といった他の抗パーキンソン病薬では効果が低い症状に有効である。しかしピークドーズジスキネジアは出現しやすくなる。そのため早期パーキンソン病ではレボドパの開始と同時期に開始し、病気の進行を遅らせたり後期パーキンソン病で幻覚や認知症のない例でウェアリングオフが認められジスキネジアが認められない例で用いられる場合が多い。メペリジン、三環系抗うつ薬、SSRIとは急性の中毒性相互作用(セロトニン症候群)が知られている。また血圧を下げる作用があるため起立性低血圧が認められる場合は増悪する可能性がある。またMIBGシンチグラフィーの検査に影響を与えることが知られている。
ラサギリン (ラサジリンとも。日本未承認のため定訳がない) はセレギリン同様に選択的MAO-B阻害薬だが、セレギリンと異なり代謝されてアミノインダンとなる。セレギリンの代謝産物であるアンフェタミン・メタンフェタミンが神経毒性を持つのに対して、アミノインダンは神経保護作用を持つ可能性がある[49][50]。早期パーキンソン病に対して単独投与での運動症状改善が示されており[51][52][53]、また進行期のオフ時間を減少させることも明らかになった[54]。ヨーロッパ (2005年) やアメリカ (2006年) では発売されているが、日本では未承認である (2012年現在申請されていない)。
その他の抗パーキンソン病薬
COMT阻害薬
中枢外に存在するドーパミン代謝経路の酵素であるカテコール-O-メチル基転移酵素 (COMT) を阻害する薬剤である。末梢でのL-ドーパ分解を抑制して中枢への移行性を高めるための薬剤であり、レボドパとの併用のみで用いられる。エンタカポン(商品名コムタン)およびトルカポンが開発されているが、トルカポンは致死的な肝障害の副作用が見られたため、現在米国以外では使用されていない。日本ではエンタカポンが2007年1月に承認されている。ウェアリングオフ現象の改善に有効であるが、ジスキネジア、精神症状の増悪が認められることがある。
ドパミン放出促進薬
アマンタジン(商品名シンメトレルなど)は、もともとインフルエンザ治療薬として開発されたが、本剤を投与されたパーキンソン病患者の運動症状が改善されたことから、抗パーキンソン病薬としても認められるようになった。NMDA型グルタミン酸受容体に対する拮抗作用があり、これが抗パーキンソン作用の原因となっているという考えがある。また神経保護作用もあるといわれるが、証拠はまだない。アマンタジンはセレギリンと同様に覚醒させる方向に働くとされており、朝、昼に内服する場合が多い。初期パーキンソン病の運動障害の改善の他、運動障害を悪化させずにジスキネジアを改善させる作用がある。運動障害の改善のためには100~200mg/dayの投与で十分であるが抗ジスキネジア作用を期待するには300mg/day以上の投与が必要である。腎排泄性の薬物であり高齢者の投与の場合は減量が必要である。血液透析で除去されにくいのも特徴である。また高齢者、腎機能障害者に投与した場合、副作用である幻覚ミオクローヌスが出現しやすい。ミオクローヌスと振戦の区別が難しい場合もある。その他の副作用としては網状皮膚斑などが知られている。
抗コリン薬
アセチルコリン受容体のうち、ムスカリン受容体をブロックする薬剤である。最も古くから使用されている抗パーキンソン病薬であり、19世紀から天然アルカロイドが用いられていた。1949年に合成薬トリヘキシフェニジル(Trihexyphenidyl)(商品名アーテンArtaneなど)が開発されて以来、様々な薬剤が使われている。主な抗コリン薬としては他にビペリデン(商品名アキネトンなど)、プロフェナミン(商品名パーキン)、メチキセン(商品名コリンホール)などがある。2002年のガイドラインではあくまで補助的な薬物として位置づけられている。前立腺肥大、緑内障の患者では禁忌であり、幻覚、妄想、せん妄、認知症の悪化という副作用も認められるため認知症が認められる患者や高齢者ではあまり用いられない。少量から開始し、中止する場合もゆっくりと減量をする。
フェノチアジン系抗ヒスタミン薬であるプロメタジン(商品名ピレチアなど)はパーキンソン病の振戦の緩和作用が知られている。中枢性抗コリン作用を持つためである。鎮静作用が強く不眠改善も期待できる。
ノルアドレナリン作動薬
ドロキシドパは日本で開発されたノルアドレナリンの非生理的な前駆物質である。進行期パーキンソン病のすくみ足や姿勢維持障害に効果があるといわれている。また起立性低血圧にも効果がある。
ゾニサミド
元来は日本で開発された抗てんかん薬である。てんかんを合併したパーキンソン病患者の治療過程で、偶然にパーキンソン病の運動症状に対する効果のあることが示唆された[55]。その後の大規模二重盲検試験では進行期パーキンソン病の運動症状を改善し、特に進行期のウェアリングオフ現象のオフ時間を短縮する効果が明らかにされた[56]。その作用機序は、線条体でのチロシン水酸化酵素 (チロシンからドパミンを生成する反応の律速酵素) 産生を高めてドパミン合成量を増やすこと、ある程度のMAO-B阻害作用を持つことなどが考えられている[57]
新しい抗パーキンソン病薬

すでに実用化されている、もしくは臨床試験の段階にあるもの。新薬ではないが、新しい概念・目的で作られた剤型のものも解説する。

持続性ドパミン刺激
CDS (continuous dopaminergic stimulation) の訳語。これまでのレボドパ内服療法では、長期間投与につれてウェアリングオフ・ジスキネジアなどの運動合併症が現れる。この運動合併症の出現を遅らせたり抑止すること、あるいは出現した症状を軽減することが長年課題となってきた。この目的のために、ドパミン受容体を持続的に刺激する方法が指向されている (運動合併症の機序は後述)。
レボドパ/カルビドパの持続的十二指腸内投与  レボドパとカルビドパの合剤をゲル状にしたものを、造設した胃瘻を通じて十二指腸内に留置したチューブから持続的に投与する方法 (商品名デュオドパ)、薬液はポンプにいれて携帯する[46]。進行期パーキンソン病において、既存の多剤内服療法に比べてオン時間の延長を認め、ジスキネジアの増悪もなく生活の質の向上が見られる[58]。また安全性も高く、そのためアポモルヒネ持続注射法や (視床下核脳深部刺激に代表される) 外科的治療が無効だったり、もともと適応がない場合には最後の砦となる治療法である[59]。 
レボドパ徐放剤  IPX066は経口のレボドパ/カルビドパ合剤で、導入が検討されている。 
レボドパ誘導体 レボドパのエチル化誘導体であるエチレボドパ[60]やメチル化誘導体のメレボドパ[61]。水溶性でレボドパに比べて吸収が早くなること、それによってno on、delayed onの改善が予想され、レボドパに代わるという期待がかけられている。
ロチゴチン 非麦角系ドパミンアゴニストの貼付剤 (皮下投与薬)。 経口の徐放剤に同じく1日1回貼付となる。早期・進行期でともに有意な運動症状の改善を認め、進行期でのオフ時間の短縮もプラミペキソールと同等である[46]
ドパミンアゴニスト徐放剤 プラミペキソール徐放剤、ロピニロール徐放剤が開発され製品化されている。いずれも1日1回の内服となり、ドパミン受容体への持続的な刺激が期待できるだけでなく、患者にとっても利便性が向上する。
アデノシン受容体拮抗薬
アデノシンA2a受容体に対する選択的拮抗薬イストラデフィリン (KW6002) は、低容量のレボドパとの併用で抗パーキンソン効果をあらわした。さらに維持量のレボドパ投与に比べてジスキネジアを軽減し、レボドパの半減期を延長した[62]。アデノシンA2a受容体は線条体から淡蒼球に投射するニューロン上で多く発現しており、ドパミンD2受容体・代謝型グルタミン酸受容体などと機能的な2量体を形成することもある。この受容体への刺激はドパミンD2受容体の働きに拮抗している。そのためA2a受容体を遮断することは、ドパミン刺激を介さずに抗パーキンソン作用を示すことになる[63]。2012年現在イストラデフィリンが承認申請中 (米国および日本)、プレラデナントなどが臨床試験実施中である。
グルタミン酸受容体作動薬
ドパミン放出効果を持つアマンタジンはグルタミン酸受容体のうちNMDA受容体拮抗薬である。その他の受容体ではAMPA受容体拮抗薬の抗パーキンソン効果が期待された[64]。AMPA受容体拮抗薬であるペランパネルは臨床試験の段階にまで進んでいるが、安全性は認められたもののパーキンソン病の運動症状を改善する効果は認められなかった[65]。このような状況で、日本の企業はペランパネルの抗パーキンソン病薬としての開発を断念している[66]

外科療法

ファイル:Parkinson surgery.jpg
脳の深部に固定された電極。

脳神経外科学領域において視床下核定位脳手術が著効する例もあるが、侵襲をともなう治療法であるために慎重な適応が必要である。パーキンソン病に対する外科的アプローチは20世紀前半から行われていた。1950年代に視床VL,Vim核淡蒼球内節、視床下核破壊術が確立したが、その後これらの部位に電極を埋め込む深部脳刺激術 (Deep brain stimulation therapy, DBS) が開発され、現在はこの方法が一般的である。外科療法の適応となるのは、L-ドーパによる治療効果があり、治療が十分に行われたがADL(日常生活で行う活動)に障害をきたしている場合である。ただし認知障害があったり著しい精神症状がある場合、重篤な全身疾患がある場合には適応除外となる。年齢による適応の制限はない。

症状 視床(Vm核、VL核) 淡蒼球内節 背側視床後部、不確帯尾側部 視床下核
振戦 著効 効果あり 著効 効果あり
筋固縮 著効 著効 著効 著効
無動 効果少ない 著効 著効 著効
歩行障害 効果少ない 効果あり? 著効? 著効?
レボドパの減量 効果少ない 効果あり 効果あり 著効
ジスキネジア 効果少ない 著効 効果あり 時に悪化
語想起障害 左で出現 左で出現 出現
ドパミン調節異常症候群 影響なし 稀に悪化 影響なし 時に悪化
視床の手術
視床Vim核の刺激術は振戦の改善に有効であり、本態性振戦で用いられることもある。VL核の刺激術は筋固縮やジストニアのような筋緊張の亢進は改善するものの無動に対しては効果が薄い。
淡蒼球内節の手術

GPiの刺激術は全てのパーキンソン病の症状を改善させる。特にオン時のジスキネジアの改善に効果的である。しかし振戦の改善は視床Vim核の手術ほどの改善は見込めない。レボドパの減量効果も視床下核の手術ほどではない。ジストニアの治療のターゲットとしても注目されている。

腹側視床後部、不確帯尾側部の手術
振戦や筋固縮を強く抑制し、小字症など無動や姿勢保持反射、歩行障害に有効である。ジスキネジアに対する抑制効果も報告されている。
視床下核の手術
効果がレボドパに類似しておりレボドパの減量が期待できる。しかし長期的には認知機能の低下や歩行障害、うつの発生などが認められる。
脚橋被蓋の手術
十分なデータが蓄積されていない。

リハビリテーション

運動療法
患者は進行性に運動が困難になっていくが、放っておくと廃用によって二次性の筋力低下や関節拘縮をきたすことがあるため、極力運動を行うように心がけることが大切である。またそのことによって少しでも症状の進行を遅らせることができるともいわれている。近年はパーキンソン病体操なども開発されている。
音楽療法
運動療法と組み合わせて音楽を用いたリハビリテーションを行うだけでなく、音楽の持つリラクゼーション効果やヒーリング効果に期待する。歩行訓練を伴わない音リズムだけによる刺激によっても、パーキンソン病の歩行障害(小刻み歩行や歩行速度の低下)が改善したとする報告がある[67]

非運動症状に対する治療薬

自律神経症状や精神症状に対しては、それぞれの症状に対する治療薬を用いる。抗精神病薬は、フェノチアジン系やブチロフェノン系などの定型抗精神病薬にパーキンソニズムを誘発する副作用があるためほとんど用いられない。現在推奨されているのは、クロザピンクエチアピンオランザピンリスペリドンなどの非定型抗精神病薬である。

早期パーキンソン病の治療

まず最初になされることは、パーキンソン病がどのようなものか (経過と治療法、予後など)をきちんと説明されること。次には薬物治療開始のタイミングを観察すること、さらにリハビリテーションを開始することなどである。

いつから薬物治療を開始するか
1) 診断がついた時点ですぐに始めるべきとする意見と、2) ある程度日常生活に支障が出た時点で始めるべきという意見、さらに3) できるだけ開始を遅らせるべきとする意見があり、議論が分かれている。第2の意見がコンセンサスとなっていた。レボドパの長期服用による運動合併症の発現をできるだけ遅らせるため、またレボドパ自体が神経毒であるという説があった[68]ためである。しかしいくつかのランダム化比較試験 (たとえば[69])でレボドパがプラセボ群に対して有意に運動症状の改善を認め、レボドパ投与によるパーキンソン病の進行ではなく、逆に早期からのレボドパ投与で運動機能がよく保たれる可能性が認められた。また (レボドパの投与期間を短縮する目的でも) 治療開始を遅らせることは、それによって神経変性が予防されて病気の進行が遅くなるわけではない。このため、治療開始を遅らせる理由はない。
何から始めるか
運動症状に対する薬物療法は、ドパミン補充療法で開始する点は確立しており以下のようになる[70][35]
1)非高齢者 (70-75歳を境界として) で認知症のない場合は、基本的にはドパミンアゴニストから開始し、改善が不十分なときにはレボドパ/カルビドパ合剤を追加する
2)同じ条件でも、現在の運動症状の改善を優先したい事情がある場合は、ただちにレボドパ/カルビドパ合剤から開始して、改善不十分な場合にドパミンアゴニストを追加する。
3)認知症がなく、運動症状が軽度の場合は、MAO-B阻害薬から開始する。
4)高齢者の場合、または認知症のある場合は、初めからレボドパ/カルビドパ合剤を使う。

日本ではMAO-B阻害薬 (現在はセレギリンのみ)の単剤服用は認められていないので、3)の選択肢は選べない。

進行期パーキンソン病の治療

レボドパ長期内服で生じる運動障害の対応
パーキンソン病が進行すると、いずれはほぼレボドパ治療が必須となるが、レボドパの長期服用は運動合併症という問題を引き起こす。
ウェアリングオフ
レポドパ製剤の半減期は60~90分であるが早期パーキンソン病ではその効果が切れることを体感することはほとんどない。しかし進行期パーキンソン病では次の内服時間の前に運動障害が悪化するウェアリングオフが認められることがある。この場合は症状日誌MASAC-PD31で症状の変動、オフ期の有無を評価する。そしてジスキネジアが増悪しないように内服調節を行う。具体的には、オフの時間帯に合わせてレボドパを追加する、COMT阻害薬を追加する、ドパミンアゴニストを追加、変更、増量しオフ時状態の改善(底上げ)を行う、MAO-B阻害薬を追加するといった方法がある。内服調節でコントロールが困難な場合は脳深部刺激療法も考慮する。
不随意運動
振戦以外にパーキンソン病治療薬によって不随意運動が生じることがある。ジスキネジアが一般的であるが、ジストニアバリズムが起こることも知られている。レボドパの血中濃度が最大の時に生じるピークドーズジスキネジア、急激な濃度変化でおこる二相性ジスキネジア、薬効が切れた時に生じるオフジストニアがよく知られている。内服調節で改善することもあるが治療は難渋する場合が多い。定位脳手術が施行されることもある。

先端的な治療

遺伝子治療

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細胞移植治療

2008年4月、新型の万能細胞「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」から作り出した神経細胞を使い、パーキンソン病のラットを治療することに、マサチューセッツ工科大学(米国)のルドルフ・ヤニッシュ教授らのグループが成功した[71]。 研究グループはマウスの皮膚からiPS細胞を作り、神経伝達物質のドーパミンを分泌する細胞に分化させた。パーキンソン病を人工的に発症させたラット9匹 の脳に移植したところ、8匹の症状が改善、特有の異常動作がなくなった。移植した細胞がラットの脳内に定着し、ドーパミンを正常に分泌し始めたらしい。患 者自身の皮膚などからiPS細胞を作れば、拒絶反応なしにこうした移植治療ができると期待される。

その他の知見

Sept4タンパクが、パーキンソン病の原因物質と考えられるα-シヌクレインの蓄積を抑える性質を持っていることが確認された[72]。これは「進行を遅らせる効果が確認された」という趣旨の発表であり治療法が確立されたわけではないが、病気のメカニズムの解明がまた一歩進んだことを示す。

また、米シリコンバレーの研究所で、タバコに含まれるニコチンに当該疾患の予防効果があるという研究結果が発表されている。ニコチンを投薬したマウスは、それ以外のものと比べて運動障害の発生率が50%抑制されたという。ただ、ニコチンは毒性が強いため、医療用としての転用には更なる研究が待たれる。

予後

パーキンソン病は、それ自体で生命を落とす疾患ではない。パーキンソン病患者の死因としては、臥床生活となった後の身体機能低下による感染症(下気道感染や尿路感染)、転落による外傷などが原因となることが多い。運動症状を改善させる治療法が進んだために、生命予後は改善しているとみられるが、総合的な検討はまだなされていない[73]

病理

肉眼的には黒質青斑核の色素脱失がみられ、組織学的には、黒質や青斑、迷走神経背側核、視床下部交感神経節などの神経細胞脱落が生じていて、典型的には残存神経細胞やその突起の一部にレビー小体(Lewy body)という特徴的な封入体が認められる。近年ではレビー小体は自律神経節など末梢レベルでも蓄積していることが明らかになってきた。レビー小体には、リン酸化α-シヌクレインの異常な蓄積が認められる。

病態

ファイル:DA-loops in PD.jpg
正常(左図)およびパーキンソン病(右図)でのドーパミン作動性経路の流れ。青の矢印は標的への刺激、赤の矢印は標的への抑制を示す。

中脳黒質のドーパミン神経細胞減少により、これが投射する線条体(被殻と尾状核)においてドーパミン不足と相対的なアセチルコリンの増加がおこり、機能がアンバランスとなることが原因と考えられている。しかしその原因は解明に至っていない。このため、パーキンソン病は本態性パーキンソニズムとして、症状の原因が明らかでないパーキンソニズムに分類される。また腸管におけるアウエルバッハ神経叢(Auerbach plexas)の変性も病初期から認められており、この病気が全身性疾患であるとの再認識をされるようになっている。

病因

病理および病態で詳述するように、中脳黒質緻密質のドーパミン分泌細胞の変性が主な原因である。ほとんどの症例 (90-95%) が孤発性であり、神経変性の原因は不明(特発性)である。メンデル遺伝による家族性発症もあり2012年現在いくつかの病因遺伝子が同定されている。その他毒素、頭部外傷、低酸素脳症、薬剤誘発性パーキンソン病もわずかながら存在する。

遺伝子異常

近年、少なからぬ数の特定遺伝子の突然変異がパーキンソン病の原因となることが発見されている。この中には相当数の患者が存在する地域(イタリア、コントゥルシ・テルメ)もある。遺伝子の変異で、パーキンソン病患者のごくわずかについては説明がつく。患者の中には、血縁者の中にやはりパーキンソン病患者がいることがある。がそのことだけでは、この疾患が遺伝的に伝わることにはならない。

家族性パーキンソン病の原因として同定されている遺伝子には以下のものがある[74][75]

タイプ 遺伝子 遺伝子座 遺伝形式 発症年齢 備考
PARK1 SNCA 4q22 常染色体優性 40歳前後 [注 1]
PARK2 Parkin 6q26 常染色体劣性 40歳以下 [注 2]
PARK3  ? 2p13 常染色体優性 ごくわずかの家系だけに見られる。
PARK5 UCHL1 4p13 常染色体優性 50代以前か [注 3]
PARK6 PINK1 1p36.12 常染色体劣性 30歳前後 [注 4]
PARK7 DJ-1 1p36.23 常染色体劣性 20代 - [注 5]
PARK8 LRRK2 12q12 常染色体優性 65歳以下 [注 6]
PARK9 ATP13A2 1p36.13 常染色体劣性 10代で発症 [注 7]
PARK10 1p32 非若年性 -
PARK11 GIGYF2 2q37.1 常染色体優性 非若年性 [注 8]
PARK12 Xq21-q25 非若年性 -
PARK13 Omi/HTRA2 2p13.1 非若年性 [注 9]
PARK14 PLA2G6 22q13.1 常染色体劣性 20代 [注 10]
PARK15 FBXO7 22q12.3 常染色体劣性 10代 [注 11]
PARK16 NUCKS1 1q32 非若年性 -
PARK17 VPS35 16q11.2 VPS35遺伝子のヘテロ変異。
PARK18 EIF4G1 3q27.1 EIF4G1遺伝子のヘテロ変異。

遺伝子異常と家族性パーキンソン病 テンプレート:Reflist

孤発性パーキンソン病の原因仮説

孤発性パーキンソン病は、多くの遺伝子と環境因子が原因となる多因子疾患だと考えられている。上記の家族性パーキンソン病の研究などからさまざまな原因やその機序の仮説がたてられ、ほぼ一致をみているものも多い。以下に説明する仮説も競合・排他的なものではなく、これらの要因が積み重なることで発病に至ると考えられる。

ミトコンドリア機能障害仮説
MPTPやロテノン[103]アンノナシン[104]といったミトコンドリアに機能障害を起こす薬物により、ヒトや実験動物においてパーキンソン病様の病態が起こること、孤発性のパーキンソン病においてミトコンドリアの呼吸鎖の機能障害が観察されることから、パーキンソン病原因の1つの仮説としてミトコンドリアの機能障害が想定されている。
ミトコンドリアは外膜と内膜の二重の膜からなり、好気的呼吸が行われる場所である。特に内膜上には酸化的リン酸化を行い、最終的にATP産生にかかわるタンパク複合体およびATP合成酵素が存在する。タンパク複合体は4種類あって、順にIからIVと呼ばれる。このタンパク複合体が電子伝達を行いながらH+ (プロトン) を内膜の内側 (マトリックス側) から外側に輸送することでプロトン勾配を形成、その結果生じる膜電位によって、ATPが産生される 。このプロトン勾配=膜電位は、さらに細胞質内のCa2+濃度維持、TCAサイクルなどの代謝反応、ミトコンドリアと細胞質相互間の物質輸送などのもととなる[105]。(詳細はミトコンドリアの項を参照)
MPTPは1970年代にデザイナードラッグとして合成されたMPPPという物質に混入していた[106]。MPTPは脳内 (主にアストロサイトセロトニン作動神経)に存在するモノアミン酸化酵素 (MAO, 主としてMAO-B) に代謝されてMPP+となり、これが毒性を持つ。ロテノンは農薬として長く使用されている。またカリブ海諸島で常食されるトゲバンレイシ (サワーソップ) 中にアンノナシンが含まれている。これらの物質はいずれもミトコンドリア複合体Iの阻害薬である。また一酸化炭素 (CO) 中毒でもパーキンソニズムを呈し、淡蒼球の壊死が見られた[107]、COは複合体IVの阻害薬である。
遺伝子異常の項でも説明したように、ミトコンドリアが傷害されて内膜の膜電位が低下するとまずピンク1タンパクがミトコンドリアに蓄積しこのピンク1がパーキンタンパクをミトコンドリア外膜上にに移動させる[108]。パーキンは膜タンパクをユビキチン化し[87]オートファジー機構を介して傷害ミトコンドリアを選択的に除去する[109]。パーキンソン病ではこのシステムが破綻していると考えられる。
酸化ストレス仮説
好気的呼吸における電子伝達系の過程では、必然的に活性酸素種 (reactive oxygen species, ROS) や活性窒素種 (reactive nitrogen species, RNS) が生成する。ROSにはスーパーオキシド過酸化水素ヒドロキシルラジカル一重項酸素などがあるが、これらは生成されるとすぐに生体内の抗酸化酵素・抗酸化物によって取り除かれる。抗酸化酵素にはスーパーオキシドジスムターゼ (SOD) 、カタラーゼグルタチオンペルオキシダーゼなどが、抗酸化物にはビタミンACE尿酸ユビキノンなどがある。もし何らかの理由で抗酸化作用が不十分になると、活性酸素種は脂質過酸化を起こし、さらにタンパク・DNAを酸化し細胞を傷害する。これが酸化ストレスである[110]
ドパミンがモノアミン酸化酵素で代謝される際に過酸化水素が生じる。過酸化水素は2価の鉄イオンと反応して非常に反応性の高いヒドロキシラジカルを生じる (フェントン反応)。ドパミンの酸化物ドパミン合成の律速段階であるチロシン水酸化酵素の活性には補因子として鉄が必要であり、ドパミン作動性細胞内には鉄が豊富に含まれている。抗酸化作用が不十分になると、これらの活性酸素種はドパミン作動性細胞の変性につながる可能性がある[111]。さらにドパミンの酸化による中間代謝産物そのものが、酸化ストレスの原因となる (ドパミンは最終的に神経メラニンとなって細胞内に沈着し、黒質の「黒さ」の原因となる)。:酸化ストレスはユビキチン化を阻害し、酸化されたタンパクによってプロテアソームも損傷を受ける。そしてプロテアソームの障害は活性酸素種を生じてさらなる酸化ストレスを生み出すという悪循環となる[112]
抗酸化作用をもつDJ-1タンパクをコードするDJ-1遺伝子の変異が家族性パーキン病の原因 (PINK7) となることから、酸化ストレスがパーキンソン病の原因となる
感受性遺伝子
一般にある疾患にかかるリスクを高める遺伝因子を疾患感受性遺伝子と呼ぶ。パーキンソン病患者と非患者 (対照) のゲノムワイド関連解析 (多数のの遺伝子の一塩基多型を比較することで感受性の高い遺伝子を選び出す解析) によって、α-synuclein (これについてはすでに症例対照研究でも明らかにされている[113]) および LRRK2 が白人と日本人に共通な感受性遺伝子、Tau はヨーロッパだけで感受性が見られた。さらに日本では新たな遺伝子 PARK16 (推定責任遺伝子NUCKS1)、 BST1 が感受性を持つことが分かった[114][115][116]
また稀な遺伝疾患であるゴーシェ病のユダヤ人家系に、有意にパーキンソン病患者が多い[117]ことから、さまざまな国でゴーシェ病の原因遺伝子 GBA 変異を調べたところ、孤発性パーキンソン病患者で有意に GBA 保因者が多いことが分かった[118][119]。ただしその機序は不明である。

罹患した著名人

出典

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参考文献

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  • 岩田誠『神経症候学を学ぶ人のために』、医学書院、1994年 ISBN 4260117866


関連項目

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外部リンク

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