PAO〜N
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テンプレート:Otheruseslist PAO〜N(パオーン)は、福岡・KBCラジオのラジオ番組。
かつて「PAO〜N ぼくらラジオ異星人」(パオーン ぼくらラジオいせいじん)として、1983年5月30日(月) - 1990年4月6日(金)まで放送された。
2003年1月1日の新春特別番組「元旦だよ、PAO~N復活祭」(がんたんだよ、パオーンふっかつさい)を経て、 2003年3月31日より、平日帯の昼ワイド「PAO〜N」として、放送を再開した。ここではその全てについて触れる。
目次
夜のワイド番組『PAO〜N ぼくらラジオ異星人』
- 1983年5月30日(月) - 1990年4月6日(金)の月曜 - 金曜 21:30 - 24:30(時期により変動あり。放送時間帯の変遷は後述)に放送。
- KBCラジオの夜の若者向け帯番組『カプセルマガジン』が好評だった事を受け、1983年5月23日 - 5月27日のプレ番組「PAO〜N 予告編」を経て、1979年10月に終了した『KBCナイトタウン』以来の夜ワイド番組として開始した。
- 番組の放送開始前、番組スタッフが東京に出向き、当時首都圏で人気を得ていた、文化放送の夜ワイド番組『吉田照美のてるてるワイド』の現場を見学。「いくつか見た中で、この『てるてるワイド』が一番面白かった」という事で、同番組を研究。内容の一部は模倣する形で制作された[1]
- 1988年からは、番組の機関紙「PAO〜N ペーパーラジオ」の発行が開始された。翌年の1989年6月には、月刊「ラジオパラダイス」誌上で「KO〜MON通信」として、本番組とタイアップしたコーナーが連載されていた((同年7月号 - 1990年5月号まで)。
- KBCラジオがニュース・情報主体の新編成「KBC-INPAX」をスタートした事を受け、1990年4月6日の放送を以て、7年間の歴史に幕を下ろした。沢田は本番組で、自ら「結婚する」とリスナーに向けて、正式発表を行った。
パーソナリティ・放送時間
- 放送開始 - 1983年秋
- 1983年秋 - 1984年春
- 放送時間:21:00 - 24:30[2]
- 月曜・火曜日:沢田幸二
- 水曜・木曜日:師岡正雄
- 金曜日:二木清彦
- 1984年秋 - 1986年春
- 放送時間:21:00 - 24:30
- 月曜 - 水曜日:沢田幸二
- 木曜・金曜日:師岡正雄
- 1986年春 - 放送終了
- 放送時間:21:00 - 24:30[4]
- 月曜 - 金曜日:沢田幸二
- 月 - 金の日替わりで、DJギャル(番組で公募した素人アシスタント)が登場。番組のアシスタントを務めた[5]
- その他、主な出演者は園田哲也(当時、KBCアナウンサー)、巽孝之(当時、KBCアナウンサー)、中島浩二、瀬筒義久[6]など。ラビット浦山、中郷ライパチ、佐藤スケコマ、ノック門田、ゴマ太郎といった、番組スタッフが出演していた。
主なコーナー
- テレフォンワープ のっけからフトッパラ
- クイズ 1人に聞きました
- 恋のフォーカス
- 王様の耳はロバの耳
- バースデーリクエスト
- 今夜もウフッ[7]
- 敗北者
- おだまり![8]
- キャンパス漫遊記
- 学校対抗 重箱の隅つつき大会
- 企画対象コーナー
- 何を隠そう 私は知っている
- 君の名は…
- レンタン(連単)ゼミナール
- ものまね講座
- 芦屋小雁コーナー[9]
- 私はあんなおじさんを見たコーナー
- 地味変コーナー[10]
- PAO~N 生活の知恵百科
- 翻訳事始
- KBCトピックス 単なるお便り ホッとひと息
- クイズ さるカニ合戦[11]
- ハニワの部屋
- AVコーナー
- The koji Sawada Talk Show -銭形幸二捕物控- [12]
- リクエスト わけありベスト10[13]
- 超心理学コーナー
- リットン調査団[14]
- あなたのクラブを、もっとメジャーに
- 今日も元気だ メシがうまい -電話で世間ばなし-
- PAO~N 夜回り隊[15]
- さしすせそのだ(園田哲也が、メインパーソナリティを務めたコーナー)
- パットン戦車隊[16]
- 暴れん坊将軍[17]
- ハニワちゃんの恋の伝言板
- なにげない感動
など
内包していた、主なコーナー番組
- 23:30 - 24:00の時間は、放送開始から1986年春まで「HITACHI MUSIC INN」、1986年春から放送終了までは「HITACHI FAN! FUN! TODAY」を放送した。番組開始前は独立番組であった「夜にくちづけ・マッチとデート」「中森明菜・ひとつめのサヨナラ」「チャレンジ名作ライブラリー」「武田久美子・PIONEERサウンドハイスクール」なども、この番組のコーナー番組として、内包した。
- この他、「ジャンピングジャーニー少年隊」「照美と優の○○△×□」「とんねるずの二酸化マンガンくらぶ」「菊池桃子の桃子ぽいね」「千倉真理の地球はまあるいよ」(以上、文化放送制作)、「柏原芳恵の青春音楽館」「仲村トオル・待たせてゴメン!」「大槻ケンヂのセニョール!セニョリータ!」「おちゃめな夜だよいたずらレモン」(以上、ニッポン放送制作)を、本番組中に内包していた。
- KBCラジオの自社制作番組が、24:15 - 24:25の時間帯に放送していた事があり、「STEPの青春恥しらず」(1987年4月 - 同年9月)、「永井真理子のDebutお元気予報」(1988年 - 1989年3月)などを放送していた。
放送企画
- PAO〜N ラジオ祭り(1984年3月27日、福岡市民会館)
- PAO〜N 夏休み大集合(1984年7月23日、海の中道海浜公園サンシャインプール)
- PAO〜N 800回記念 海の中道・プールでサバイバル(1986年)[18]
- 盆踊りデュランデュラン大会(1986年夏、北九州市小倉南区徳力団地)[19]
- 第1回アームレスリング大会(1987年3月21日)
- 国鉄最後の日・博多駅から生放送(1987年3月31日)
- PAO〜N 1002回記念 PAO〜N!大集合in壱岐アイランド(1987年4月23日)[20]
- オーストラリアから生放送(1987年7月28日)[21]
- 日本一のテレほんとか大賞(1987年10月18日、シーモールホール)[22]
- PAO〜Nチームvs西鉄ライオンズOBチーム野球大会(1987年11月23日、平和台球場)[23]
- ティッシュペーパー空箱投げ大会(1988年10月10日 他)[24]
- 大運動会「フィールド・サバイバル」(1988年10月29日 他)
- ゲーム大会「PAO〜N 史上最大のサバイバル」(1989年5月3日、北九州プリンスホテル)[25]
- オールナイトDE PAO〜N(1989年7月14日 [26]
- PAO〜Nで春休み(1990年4月1日、博多駅前特設会場)[27]
- オールナイトPAO〜N[28]
新春特別番組『元旦だよ、PAO〜N復活祭』
- KBC開局50周年記念として、2003年1月1日に新春特別番組「元旦だよ、PAO〜N復活祭」を放送した。沢田幸二、中島浩二、奥田智子の3人がパーソナリティを務めた。英太郎、原田愛子[29]がレポーターを担当、9:00 - 21:00までの12時間に渡って放送された。
- 往年の人気コーナー「ハニワの部屋」「テレフォンワープ のっけからフトッパラ」「リクエスト わけありベスト10」「AVコーナー」などが13年振りに復活。当時のヘビーリスナーや番組スタッフが多数集結。おすぎが電話出演をして、大盛況のうちに幕を閉じた。
- この番組がきっかけとなり、同年3月31日から平日帯の昼ワイド番組「PAO〜N」として復活。PAO〜Nの後の時間帯に放送していた「栗田善成のまずはラジオでおつかれさん」も同じ日に復活した。
昼のワイド番組『PAO〜N』
- 2003年3月31日放送開始。『PAO〜N ぼくらラジオ異星人』から引き続き、沢田幸二がパーソナリティを務めている。
- 同年10月、前番組の『本の気持ちです』を吸収して、放送時間を変更。月 - 金曜日 13:00 - 16:00 → 12:00 - 16:00となった。
- 2011年4月より、番組を大幅リニューアル。放送時間が1時間繰り下げられ、月 - 金曜日 13:00 - 17:00となった。
- 2014年4月より、放送時間が1時間短縮され、月 - 金曜日 13:00 - 16:00となった。
曜日ごとのパーソナリティ
- 月 - 水曜日:「ダブル・コージの(月 - 水)曜日」
- 木曜日:「バウバウな木曜日」
- 金曜日:「尻上がりの金曜日」
パーソナリティの変遷
放送期間 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 |
---|---|---|---|---|---|
放送開始 - 2003年9月 | おすぎ 原田らぶ子 |
上野敏子 原田らぶ子 |
大庭宗一 奥田智子 |
中島浩二 原田らぶ子 |
いけだ聖佳 |
2003年10月 - 2004年3月 | 田上和延 浜田しのぶ | ||||
2004年4月 - 2006年3月 | 栗田善太郎 原田らぶ子 | ||||
2006年4月 - 2008年9月 | 中島浩二 原田らぶ子 | ||||
2008年10月 - 2009年3月 | 和田安生 原田らぶ子 |
ねんど大介 原田らぶ子 | |||
2009年4月 - 2009年9月 | にしおかすみこ 原田らぶ子 |
にしおかすみこ (第2金曜日以外) ねんど大介 (第2金曜日のみ) 原田らぶ子 | |||
2009年10月 - 2010年3月 | 中島浩二 原田らぶ子 |
和田安生 原田らぶ子 | |||
2010年4月 - 2010年9月 | 武内裕之 原田らぶ子 | ||||
2010年10月 - 2011年3月 | 矢野ペペ(パラシュート部隊) 原田らぶ子 | ||||
2011年4月 - 2012年3月 | 中島浩二 | BLUE RIVER | |||
2012年4月 - 2013年8月 | 中島浩二 石井しおり |
中島浩二 深瀬智聖(LinQ) |
中島浩二 小柳有紀 |
BLUE RIVER 小柳有紀 | |
2013年9月 - 2014年3月 | 中島浩二 深瀬智聖(LinQ) |
BLUE RIVER 岩部見梨 | |||
2014年4月 - 現在 | 松村邦洋 深瀬智聖(LinQ) |
ムーベ 岩部見梨 |
- 上記の他、KBCアナウンサーの影平晶が『本の気持ちです』コーナー担当(月 - 金)として、紀伊国屋書店福岡本店から中継していた。影平は2006年9月のコーナー終了後、ナイターオフ期のワイド番組『もう夜なのか』のパーソナリティを務めていた。
- 2009年4月から、2009年9月までの金曜日のねんど大介出演は原則 第2金曜日のみだったが、変則的に出演することがあった。
- おすぎは稀に、スケジュールの都合で早退。または欠席することがあった[30]
- 原田らぶ子は2011年3月で、レギュラー出演を終了。平日の夕方の番組「らぶチャンネル」のパーソナリティを担当しているが、当番組内の一部コーナーに出演する事があった。
タイムテーブルとコーナー (2014年4月時点)
- 13:00 オープニング[31][32][33]
- 13:15 日刊! ニュースπ(パイ)[34]
- 13:30 交通情報
- 13:35 ジャパネットたかた ラジオショッピング
- 13:40 壱岐x壱岐スクランブル(火)、平戸市 福岡情報局 発信! 平戸んどん(木)、今夜のしあわせレシピ(金)
- 13:45 エリア51丁目 街角超常現象[35]
- 13:50 KBC朝日新聞ニュース、天気予報
- 14:00 クイズ 秘密の箱[36]
- 14:05 金の卵[37]
- 14:25 ひまわり号リポート[38]
- 14:30 交通情報
- 14:32 KBC朝日新聞ヘッドライン、PAO~N フラッシュ[39]
- 14:35 インフォマーシャル
- 14:40 コウジの部屋[40]
- (月) BOOKS ナカジマ
- (火) オリビア・ニュートン「しおり」のキン肉留学
- (水) アイドル ブチョー
- (木) 松村邦洋のコマンタレ ブーちゃん
- (金) ドライブ情報
- 14:50 KBC朝日新聞ニュース、天気予報
- 15:00 カンパニー漫遊記
- 15:15 クイズ 秘密の箱 答え合わせ、正解者の発表
- 15:25 インフォマーシャル
- 15:30 交通情報
- 15:33 PAO~N ファイル
- 15:50 KBC朝日新聞ニュース、天気予報
- 15:56 エンディング
- 「中西和久 ひと日記」放送期間中は、「PAO~Nファイル」を短縮し、ニュース・天気・エンディングをそれぞれ繰り上げ(15:54.00まで)。
特記事項
- 2014年3月までは16時59分00秒までの放送だが、1年のうち2ヶ月ほど「中西和久 ひと日記」(期間限定の人権啓発番組)が放送される時期があり、その間は16時54分00秒までの放送となった。2014年は6月23日 - 8月29日の15:55に放送(初回は15:50からの拡大版)。
- 台風がエリア内に接近、または直撃の際には番組が台風情報を中心とした内容に変更する。[44]
- ジャパネットたかた ラジオショッピングは、基本的にパーソナリティ全員が掛け合いに参加するが、おすぎのみ参加しなかった[45]。ダイレクト テレショップは原田、奥田と、ダイレクト テレショップのスタッフのみである。また、はぴねすくらぶ ラジオショッピングでは原田らぶ子が参加しなかったことがあった。
- 祝日に「KBCダイナミックホークス実況中継」(プロ野球 デーゲーム中継)の放送がある日は、14時試合開始の場合は13:55までの短縮版となり、「エリア51丁目 街角超常現象」の時間は「ホークス戦 直前情報」のコーナーに変更となる。また、デーゲーム中継のオープニングとエンディングのコメント(カードおよび出演者の紹介。提供クレジットは、当番組コーナースポンサーを含めオールスポット扱いのため、無し)は沢田やアシスタントのアナウンサーが担当する。
- 水曜日の交通情報は、奥田智子が「似せようともしていない物真似」を披露していた(2009年3月で終了)。
- 「PAO~N フラッシュ」で紹介するニュースは沢田幸二が読み上げるが、2011年3月までの水曜日などは奥田智子が読み上げていた。
- 提供スポンサーのクレジットは2011年3月まで原田らぶ子、奥田智子など女性パーソナリティが担当していたが、2011年4月からは沢田幸二が担当した[46]。2012年4月以降は、女性パーソナリティが担当。
- 2011年3月までの月曜日から木曜日は12:45頃に、ラジオショッピングが入る時があった。無い時はメールを読み上げ、金曜日は「きかせて福岡県」を放送していた。
- 2011年3月までの各曜日の呼称は、
- 月曜日「おかまな月曜日」
- 火曜日「ダブルコージの火曜日」
- 水曜日「元気でもっこり水曜日」
- 木曜日「尻上がりの木曜日」
- 金曜日「抱腹絶倒の金曜日」
- KBCでは、ニッポン放送制作全国ネットの「ミュージックスクランブル」を放送しない代わりに、同番組で紹介する楽曲(週替わりで2曲)および提供スポンサーのCMを当番組内で放送している(企画ネット扱い、2006年3月までは番組そのものをネットしていた)[47]。
以前のコーナー
- 福岡特許許可局局長
- PAO~N 留学[48]
- 部長 沢耕作
- ミュージックスクランブル[49]
- 沢田企画研究所
- 新日本語紀行
- はたらくおじさん PAO~N お仕事図鑑
- PAO~N 凸凹大学校[50]
- 日本全国 お土産行脚
- Dr.ピンキーの心理テスト
- 超心理学コーナー
- ペット大集合
- 新設診察室視察
- スペ金 名作劇場
- クリゼンの真拳勝負
- 本の気持ちです[51]
- 職場 ラ・バンバー
- 一刀両断! 今日の奥様相談室
- 温泉博士よ GoGoGo!
- 世界の道の駅から[52]
- 京楽プレゼンツ 必殺! クリゼン侍
- 味に出会う 白水と出会う[53]
- THE ALFEE MY CHEERFUL SONG[54]
- 細川茂樹と若林史江の株式講座〜スタイリッシュ証券投資講座〜[55]
- クリゼンの独走最前線(金曜日)[56]
- 眠り姫 智子の快眠ゼミナール(水曜日)[57]
- エコノミスト 佐藤治彦のこれで、だいjob!!(火曜日)(~2008年3月)[58]
- よっ!日本一!(オフシーズン期の金曜日)[59]
- らぶ子のごMENください(金曜日)[60]
- 街かど偉人伝~2008年長浜の戦い[61]
- 山本モナコーナー(金曜日)[62]
- 夏休み限定 こども電話相談室(金曜日)[63]
- リクエスト大作戦(火曜日)[64]
- 血液型選手権(金曜日)[65]
- 魔界のつぶやき~私の本音~(木曜日)(2008年12月)
- ラジオ うちエコ! 応援団(金曜日)(2008年12月~2009年2月)
- 幸二・智子の発見! タイランド(水曜日)[66]
- 幸せをつれてくる言葉(熊本放送制作)(火曜・金曜日)(~2009年9月)
- エキゾチック・ジャパン(金曜日)[67]
- おやじの三番勝負(火曜日)[68]
- PAO~N 不思議通信(水曜日)[69]
- PAO~N 名言集(オフシーズン期の金曜日)[70]
- ほめられタウン スバラシッ!!(水曜日)
- クラウンレコード1万円クイズ(~2010年3月)
- 一刀両断 今日のなんでも相談室[71]
- 今さら聞けない(金曜日)[72]
- 日刊 情報昼ズ(~2011年3月)
- 街や商品の情報をそれぞれの店や施設からのリポート等で伝えるコーナーで、CDショップ・スーパー・コンビニ・映画館・道具・食べ物など、扱う物は様々である。
- 月曜日
- 隔週でDVDレンタルランキングとそれに対するおすぎの辛口コメントが出る。
- 後半はおすすめのDVD映画を紹介するコーナーになっている(これは「本の気持ちです」時代からの名残りである)。
- また隔週で「らぶ子のワタシのた・べ・て♪」というコーナーがある。前半は原田が料理したものをおすぎと沢田が食べるコーナーだが、原田の料理は2人にボロクソにけなされる事が多い。後半はプロのシェフが原田と同じ素材を用いて料理を作り、3人で食べながら品評するコーナーとなる。このコーナーから、am/pmとのコラボ商品「パオちゃんぽん」と「PAOコッコ丼」を開発し、期間限定で販売した。
- 火曜日
- 旅行をテーマにした話題を紹介。
- 水曜日
- 前半は「ニュース井戸端会議」。大庭・奥田・沢田の3人が、その週に一番気になったニュースを取り上げ、批評をする。
- 後半は「大庭宗一の『喝っ!』」[73]
- 木曜日
- 前半は、週代わりで様々なジャンルの専門家が電話出演し論説する「情報ソムリエ」。
- 後半は、沢田が洋楽の曲と余り知られていない、その曲のエピソードを紹介する「音楽ソムリエ」。
- 「情報ソムリエ」で電話出演する、専門家のスケジュールの都合によっては「音楽ソムリエ」を先に放送して、「情報ソムリエ」をしたり、専門家と連絡が付かなかったりした場合、中島が(時間を埋めるため)自分が知っている話を披露する。
- 金曜日
- きかせて福岡県(金曜日)
- クイズ 3択勝負 レッツラゴー
- リスナー参加型の3択クイズ。毎日、リスナーと電話をつなぎ、3択問題3問にチャレンジしてもらう(リスナーは「芸能」「スポーツ」「一般」からジャンルを1つ選ぶ)。
- 3問全問正解で3000円(聴取率調査期間は倍額・6000円になる事もある)獲得できるが、間違えた場合は賞金は翌日に繰り越されるため、高額賞金になるケースも稀にある。
- 最高賞金金額は22万5000円(2009年2月20日の放送で獲得。2008年11月17日から65回分)。この記録は聴取率調査週間の倍額となった賞金を含んでおり、3000円だけを積み重ねた最高賞金金額は、13万8000円(2009年5月12日の放送で獲得。46回分)。
- 月曜日:おすぎの芸能株式会社
- 「芸能株式会社社長」(という設定)のおすぎが、1週間の芸能ニュースから2本をピックアップして、毒舌で切り込む。
- 火曜日:音楽捕物帖
- 音楽に関する疑問質問に答える。最初だけ、リスナーの質問に答えている。その後、「この曲とあの曲は似ている」と「洋楽の一部分が、日本語に聴こえる」(いわゆる「空耳アワー」のパロディ)に、大半の時間を費やす。[76]
- 前述の2企画は『中島浩二アワー THE3P』から続く、中島浩二の持ち込み企画であり、近年は『中島浩二の音楽で行こう』でも同様のコーナーが存在した。
- 木曜日:エキゾチック・ワールド[77]
- 金曜日:珍品さん いらっしゃい!
- 全国の珍しい商品を紹介。元々は火曜日の独占! 大人の時間のコーナー。2008年4月からは、珍しいものだけではなく、最近流行っている物を取り混ぜて紹介する。[78]
- 沢田じいちゃん(2時の時報の直後)
- (沢田扮する)「沢田じいちゃん」が、色々な知識のうんちくを披露する。[79]
- 単なるお便り ほっと一息[80]
- ハニワの部屋DX・・・概要は後述。
- 3時のあなた(2010年4月から、時報の後に「3時のあなた」のテーマソングが、毎日流れるようになった)
- おすぎの映画天国[85][86]
- 聴けばだいjob! げんき企業応援隊[87]
- 世界ウマウマ ハウマッチ[88]
- 名品課刑事 おみやさん[89]
- にしおか芸能通
- ~Hawks Man of the Week~[90]
- 矢野ペペ印 ペペってホイホイ
- ダイレクトテレショップ ラジオショッピング
- うわさの台所[91]
エピソード
- 放送中にはものまねもよく飛び出す。沢田の十八番である大橋巨泉・中村もときや、原田の福原愛・宮里藍・ヤンクミ、中島のおすぎ・ドラえもん(大山のぶ代時代)はちょくちょく披露している。また、奥田は以前(自分の名前は言わないで)に第一声がものまねだったり、(毎時30分頃の)交通情報の冒頭でも物真似を披露している(奥田の物真似は2009年3月で終了)。
- 2005年3月20日の福岡県西方沖地震の翌日、天神大丸パサージュ広場前から公開放送を行なった。イギリス取材中のおすぎを除く、全パーソナリティが出演。大地震の翌日とは思えないほどの観客を集めて行なったが、当日の朝まで決行か、中止かの議論が行なわれた。
- 2007年より、初代『PAO~N』放送開始24周年を記念して、5月30日を『PAO~Nの日』(初代放送開始日)とした。
- 2007年5月30日には、放送開始24周年を記念して『福岡タワー ~沢田と、おいしゃんと、奥田と、時々らぶ子~』と題して、福岡タワーからの公開生放送を行った。
- 2007年当時、福岡・長浜のKBC社屋ビルの壁面には3つの自社製作番組のPR用看板が掲げられていたが、その内の1つが「PAO~N」(沢田の顔写真入り)であった。[93][94][95]
- 2007年11月8日、KBCの第1スタジオにリスナー約60人を集めて公開生放送を行なった。スタジオからの公開生放送は初。
- 2008年3月11日から3月31日まで、「博多もつ鍋風 パオちゃんぽん」[96]
- 2008年5月30日、PAO~Nの放送開始25周年の節目の日に、KBC・第1スタジオから第2回スタジオ公開生放送を行なった。これを記念して、福岡市内のあるパン屋とPAO~Nのコラボ商品「パオーンあんぱん」を期間限定で販売した。
- 2008年6月6日、ホテルオークラビアガーデンにて、PAO~Nの全パーソナリティーと参加希望したリスナーの中から抽選で選ばれた約200人を集めて、「沢田幸二と名刺交換会」というイベントを開いた。沢田はこの日のために準備した名刺を参加者に対して、一方的に配った。PAO~Nの全パーソナリティーが一堂に会するイベントは、これが初めてである。
- 2008年8月26日から9月29日まで、PAO~Nとam/pmのコラボ商品第2弾として「みつせ鶏つくね PAOコッコ丼」を販売した。
- 2008年12月8日、JALリゾートシーホークホテル福岡にて、PAO~Nの全パーソナリティと抽選で選ばれた200人のリスナーを集めて「PAO~N 大忘年会」が開催された。
- 2009年12月7日、JALリゾートシーホークホテル福岡にて、2回目の「PAO~N 大忘年会」が開催された。
- 嘉麻市発足後、おすぎはこの番組で『何で嘉麻市はあたしを呼ばないのよぉ〜』と発言したとされる。それがきっかけで、嘉麻市との繋がりができ、嘉麻市出身だった原田ともども番組降板後、嘉麻市の観光大使に任じられた。
- 2013年11月6日、沢田が民放連の全国大会のシンポジウムで、東京に出張。パネラーとして出演後、ニッポン放送の『上柳昌彦 ごごばん!』15時台にゲスト出演。メインパーソナリティの上柳昌彦アナウンサーと共演した。『PAO〜N ぼくらラジオ異星人』時代に内包していた『HITACHI FAN! FUN! TODAY』のパーソナリティの上柳に対して、憧れがあったと語った[97]。かつての後輩であった師岡も、番組途中から出演した。一方、当日のPAO〜Nは中島と深瀬が進行。沢田は「福岡ではこの時間、変な男とアイドルが喋っている」と紹介し、中島は「福岡にいる時とはまるで違って、静か。猫を被っているんじゃないか」とやり取りした。この模様の一部は「カンパニー漫遊記」のコーナーを通じて、ニッポン放送とKBCラジオの二元中継で放送された。[98]中島はかつて『裕木奈江のオールナイトニッポン』に、深瀬は所属するLinQとして『ごごばん!』にゲスト出演したことがある。
ハニワの部屋
- 『PAO~N ぼくらラジオ異星人』時代から引き継がれ、2011年3月まで続いた番組を代表するコーナー。
- 2009年9月までは『トヨタ街角ステーション』の福岡版という位置付けであり、トヨタ自動車がスポンサーだったが、現在は金曜日を除いて、スポンサーを降りている。
- 2009年9月まで
- 火曜日から金曜日までの場合、送られてくるネタの種類としては、
- 月曜だけは他の曜日と異なり(おすぎが、ハニワのネタを受けてくれない為)、
- 有名人に、あだ名をつける(~2003年9月)
- 「おすぎのいろはカルタ」(第1期 2003年10月~2004年9月)
- 「たまおっきーひろし」(2004年9月~2005年3月)
- 歌のイントロで曲を紹介。
- 「おすぎの人生劇場」(2005年4月~11月)
- お題のタレントについてキャッチコピーを作る。
- 「おすぎのいろはカルタ」(第2期 2005年11月~2006年秋)
- 「おすぎの格言」(2006年末・2007年10月~2007年12月・2008年10月~12月)[99][100]
- 「おすぎの××ベスト3」(2007年1月~10月)
- あらゆるジャンルのベスト3を、リスナーの独断と偏見で決める。
- 「おすぎの大喜利」(2008年1月~9月)
- 「襲名披露コーナー」(2008年12月)
- 有名人の新しい名前を考える。
- 「おすぎのいろはカルタ」(第3期 2009年1月~2009年12月)
といった、一種独特な世界が繰り広げられている。
- 2008年4月3日から2009年2月26日までの木曜日は、私の恐妻または私が恐妻話を読み上げる「恐妻家組合コーナー」として放送していた。
- 2009年3月5日から2009年4月30日までの木曜日は、姑と嫁、またはその間に立つ夫の赤裸々なメッセージを読み上げる「嫁姑物語コーナー」として放送していた。
- 2009年5月7日から2009年6月25日までの木曜日は、リスナーが持っている秘密を告白する「コックリさんコーナー」として放送していた。
- コーナー名のコックリは、占いの一種である「コックリさん」ではなく、告白することの「告る(こくる)」から来ている。
- 2009年8月6日から2009年9月17日までの木曜日は、リスナーから寄せられた「舌がバカになるほど、まずい料理を食べた」エピソードを紹介する「ベロバカ大賞コーナー」として放送していた。
- 2009年4月3日から2009年10月2日までの金曜日(ねんど大介出演の金曜日は通常のネタコーナー)は、にしおかすみこの新しいキャラクターと新しい芸名、または九州限定のキャラクターを募集する「にしおかすみコーナー」として放送していた。
- 2009年10月~2010年3月
- 2009年10月からは、コーナー名を「ハニワの部屋DX」に改称し、日替わりで様々なジャンルのネタを募集するようになった。
- 2010年4月から
- 2010年4月からは、リスナーからのネタを紹介するコーナーが事実上、消滅してしまった。
- 月曜日:日本バカデミー賞
- 日本で起こった出来事や話題になった人の中で「バカ」だと思ったものを、おすぎが「作品賞」「主演女優賞」「主演男優賞」を決める。
- 火曜日:沢田幸二のB級天国
- 日本の音楽史に埋もれてしまった、又は埋もれてしまいそうな迷曲を紹介する。「沢田幸二の土曜日だ!」時代から続く、沢田の持ち込み企画である。
- 6月と12月の聴取率調査期間に「B級王座決定戦」と称し、それまで紹介した迷曲10曲の中からリスナーが投票し、「ベスト10」を決定している。
- 水曜日:語りべコージーの見てきたような事を言い
- 古今東西に語り継がれる伝説を、沢田が語る。
- 木曜日:すみらぶ
- 女から見た男の勘違いを、にしおかと原田が一刀両断する。
- 金曜日:タケボーのご存知だったら恐縮です
- 月曜日:日本バカデミー賞
備考
- 月曜は、おすぎが自腹を切って「おすぎ賞」として、高価な品物をプレゼントする(2010年3月まで)。
- 木曜日は週によって、スポンサーのトヨタの販売店からの中継が入る。毎回、販売店のスタッフが登場するが、その中には、深夜時代にリスナーだった者が多く含まれる。
- 過去は、西村龍次語録などがあったが「~Hawks Man of the Week~」の中で、たまにネタで出る事もある。
- 2007年5月22日放送分から、2010年3月まで面白いネタには『金のハニワステッカー』『銀のハニワステッカー』が、プレゼントされた。
- 銀が5枚で、金1枚と同等の扱いであり、金のハニワで、色んな特典が受けられる予定[101]
- 第1期の「おすぎのいろはがるた」は2004年秋に商品化され、売り上げの一部はラジオ・チャリティー・ミュージックソンの浄財になった[102]。
- 2013年4月より、ケーブルステーション福岡が視聴出来る世帯では、14時から15時までの間「PAO~N TV!on CSF」として、同局のコミュニティチャンネルで視聴出来るようになった。放送中、ラジオスタジオの様子を映しながら放送する。[103]
脚注
- ↑ 「ルミちゃんのノッケからマルモウケ」→「テレフォンワープ のっけからフトッパラ」「アイ・ラブ・シティ」→「クイズ 1人に聞きました」など。なにげない感動は本番組のコーナータイトルに、そのまま使われている
- ↑ 厳密には、20:59開始。20:59~21:00の1分間は、スタッフによる、ショートコントを放送した
- ↑ プロ野球中継があった場合は中継終了後に、放送を開始した
- ↑ 後に、21:30 - 24:30に変更
- ↑ アシスタントの任期は半年間であった。のちに福岡放送アナウンサーとなった舘恭子も、DJギャルのメンバーの一人だった
- ↑ 通称・お茶くみせっちゃん → 足蹴親方。現・番組制作会社「サンケン」社長
- ↑ DJギャルが、1人でしゃべるコーナー。DJギャル宛のハガキも紹介した
- ↑ 後に、番組本のタイトルになった
- ↑ 「…なんだよな~」「…だもん」などの口調を交えた文章で送るコーナー
- ↑ 地味な変態を見たという聴取者からの目撃談を募集
- ↑ 全部で、5問出題、リスナーの男女1名ずつによる対抗戦で、鳴り物を鳴らして答えていた。不正解の場合は対戦相手に、賞金が渡った。1986年当時は、1問正解で1,000円。5問全問正解なら、5万円の賞金が貰えた
- ↑ 推理ドラマ仕立てのコーナーで、隔週で、問題編と解答編を放送。リスナーははがきで、犯人と謎解きまでのプロセスを答えていた
- ↑ 『カプセルマガジン』の「わけありベスト5」を母体とするコーナー。変な曲、ヒット曲に加え、リスナーによる、歌や音ネタの投稿まで混ぜて、ランキング付けをしていた
- ↑ 「祟りが起こる」などの奇妙な伝説がある場所などへ出向いて、調査報告をしていた
- ↑ 放送エリア内のコンビニエンスストアに出掛け、集まったリスナーとゲームなどをしていた
- ↑ 番組スタッフの瀬筒義久(足蹴親方)が色々な場所に出向き、毎回違ったテーマに沿った物を持参の上で、リスナーを集めていた。沢田は「パットン将軍」として出演
- ↑ キャンパス漫遊記の中学校版。番組スタッフのゴマ太郎が「暴れん坊将軍」に扮し、中学生のリスナーたちとゲームをしたり、遊んだりした
- ↑ ゲストは岡本舞子。約300人が参加し、1回戦「浮き輪ドッグレース」、2回戦「逆ゴムボート競争」、決勝戦「水中騎馬戦」を行なった
- ↑ 「デュランデュランのダジャレコーナー」から派生した企画で、約800人のリスナーを集めた。しかし、事前に警察に届け出るのを忘れたという
- ↑ 壱岐島内のホテル前特設会場から放送。放送前には壱岐商業高校にて「キャンパス漫遊記」の収録を行ない、300人を超すファンが集まった
- ↑ 沢田と32人のリスナーがオーストラリアへ、この年の7月23日から10日間、ホームステイの旅に出発。この日、現地から生放送を行なった。オーストラリア建国200年キャンペーンの一環による企画だった
- ↑ イベント開催前に、リスナーから電話で「嘘の様な本当の話」を募集。その中から20名を選んで、最優秀賞を選出した。「テレほんとか大賞」の他に「PAO〜Nクイズでサバイバル・学校対抗ゲーム合戦」なども行なった
- ↑ 沢田率いるPAO〜N出演者・スタッフチームは柴田恭兵(ピッチャーを務めた)、仲村トオルを助っ人に加え、稲尾和久、豊田泰光、竹之内雅史ら豪華メンバーが揃った、西鉄OBチームと対戦。1回表からバッター・沢田対ピッチャー・稲尾の対決があった。結果は5対4で、PAO〜Nチームの勝利。約22,000人の観客を集めた
- ↑ 「吉田照美のてるてるワイド」でも行われたイベントをこの番組でも行なっていた
- ↑ ゲストは藤谷美紀。参加希望のはがきを出したリスナーの中から抽選で900人が招待され、3人1組でゲームに挑戦。ピンポン玉リレー&クイズ(30組通過)の1回戦、缶コーヒーをひも付きのトレイに乗せて多く運べた順に通過できるゲーム(9組通過)の2回戦、障害物レース(網くぐり、はしご抜け、コーヒー一気飲み、藤谷とのジャンケンに勝って通過)の最終ゲームを それぞれ行なった
- ↑ 25:50から28:30まで、テレビ、ラジオ同時生放送
- ↑ ゲストは吉田栄作。13:00から15:30までラジオでも生放送。「- ぼくらラジオ異星人」としては最後の公開放送となった
- ↑ 毎年12月31日から1月1日にかけての年越し公開生放送。主に太宰府天満宮から行なった
- ↑ 原田らぶ子を名乗る以前であった
- ↑ 欠席する場合は、当日朝のKBCテレビ「アサデス。」も欠席する場合が多かった
- ↑ 夜ワイド時代同様、「リターン・オブ・ザ・ドラゴン」をバックに、沢田が早口芸能フラッシュニュースを伝え、当日の番組メニューを紹介する。夜ワイドでは冒頭の象の鳴き声(パオーン)の直後に「ぼ・く・ら・ら・じ・お・い・せ・い・じ・ん」の電子合成音を挿入していたが、昼ワイドの「PAO~N」は挿入していない
- ↑ 早口芸能フラッシュニュースは沢田が(九州スポーツなどを参考にして)その日の芸能ニュースなどを織り交ぜ、当日の番組メニューを紹介。約52秒間で、早口で喋る。沢田の休暇中は他のレギュラー陣が見よう見まねで行なうが(過去に中島、原田、奥田、栗田、石井、深瀬、小柳、宮本けいすけが経験)、中島以外の出演者たちは総じて、上手く喋る事ができなかった
- ↑ 2012年12月25日の放送は、沢田が前日12月24日の正午(午後0時)より『ラジオ・チャリティー・ミュージックソン2012』のメインパーソナリティを務めた関係で、石井 栞が、約52秒間の早口芸能フラッシュニュースに挑んだ
- ↑ その日のニュースの項目をより分かりやすく紹介し、これまでのデイリーBのニュアンスも取り入れ、PAO〜NらしいB級ニュースも深く伝える
- ↑ 信じられない物を見たり、聞いたり、あるいは体験したなど、くだらない質問に加えて、嘘かホントが判らない噂を紹介
- ↑ リスナーには、箱の中身を、沢田のヒントを元にに当てる
- ↑ もともとは地元・福岡のローカルニュースなどを、電話で結び、関係者に聞くコーナーだったが、来福タレントなどが、PRを兼ねて、ゲストとして出演。聴取率調査期間中は、豪華な著名人が出演することがある。コーナーの名前の由来は、地元の養鶏場の鶏が、金色の卵を産んだ事が一時期、頻繁に番組に取り上げられる事が多かった事と、名前の響きからである
- ↑ KBCラジオのラジオカー「ひまわり号」による店舗などの外中継リポート。金曜日の「コウジの部屋」で、リポートがある場合は休止となる
- ↑ その日の最新ニュースを紹介。月・火曜は石井、水・木曜は沢田、金曜は岩部が担当。
- ↑ 金曜日のみ「コウジの部屋 街角ステーション」となる
- ↑ 主に、福岡県内の企業の社長に、沢田がインタビュー。座右の銘(格言)を聞き出し、最後に、社長の椅子に座らせてもらう。KBCテレビの「サワダデース」で、このコーナーの収録風景を放送することがある。夜ワイド時代のPAO~Nの人気コーナー「キャンパス漫遊記」のオマージュ。火曜日から、2007年4月に水曜日へ、2012年4月に木曜日へ、2014年4月に月曜日へ移動
- ↑ この曲とあの曲が似ている曲を紹介して、聴き比べる。後半は洋楽なのに日本語に聞こえる洋楽紹介
- ↑ 一途な拘りを持っている人に電話で繋ぎ、エピソードを聞く
- ↑ 強風域の際は通常の内容をこなしつつ、最新情報を随時入れていくが、暴風域に入ると、ほぼ台風情報一色となる
- ↑ 2014年4月現在のレギュラー陣では、松村のみが参加していない
- ↑ 2011年7月第2週の中島浩二休演時は代理パーソナリティを努めた、KBCアナウンサーが担当した。この週の木曜日には奥田智子が登場し「PAO~N フラッシュ」ではニュースも読み上げた
- ↑ 木曜パーソナリティの松村が金曜日に出演しているニッポン放送「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」でも「おたより いきなり大笑い」のコーナーで同様の措置を取っている。
- ↑ このコーナーで、中島浩二が、原田愛子を「らぶ子」と命名した
- ↑ ニッポン放送制作。番組自体は現在も継続している
- ↑ なぞなぞコーナー、上野の「転校」により廃校
- ↑ 紀伊國屋書店福岡本店から影平晶アナが担当した生中継コーナー。12時台前番組『本の気持ちです』を継続した形のコーナーだったが、2006年9月終了
- ↑ 世界と付いているが、日本(エリア内が大半)の道の駅の関係者と電話で繋ぎ、道の駅の特徴を聞く
- ↑ メルシャン提供枠、宮本けいすけのナレーションで、酒とその肴にまつわる話を紹介した
- ↑ THE ALFEEの3人が、リスナーの元気が出る曲や思い出の曲を紹介するコーナー番組。放送当時、THE ALFEEの3人が揃って出演する唯一のラジオ番組となっていた。2006年9月よりトーク部分が「ポッドキャスティング配信」されていた。2007年3月30日終了
- ↑ 2007年12月から「KBCサンデーミュージックカウントダウン」内に移動。2009年3月終了
- ↑ ~2008年2月。栗田が巷の噂やリスナーから寄せられた疑問等を取り上げて調査する
- ↑ 2007年12月~2008年3月。睡眠に関する情報を紹介する
- ↑ あんしん財団提供枠。スタジオは参加せず、エコノミストの佐藤冶彦とアシスタントの影平晶アナウンサーが経済情報等を紹介する
- ↑ 2007年10月~2008年3月。あらゆるジャンルの日本一(または世界一)の人と電話で話して、その武勇伝を聞き出す
- ↑ 2008年2月~6月。原田らぶ子が(天神など)街頭の女性にインタビューをして、夫・彼氏など身近な男性に対する女性の本音を引き出す
- ↑ 2008年5月~8月1日。 アリコジャパン提供枠。リスナーから寄せられた、身近な人の人生の含蓄を披露する。このコーナーを放送している期間は日刊情報昼ズの後半、音楽ソムリエ(木曜日)とパーソナリティのおすすめ本の紹介(金曜日)は、一時的に中止していた
- ↑ 2008年7月。リスナーから寄せられた「すぐに見つかった事や物」エピソードを紹介する
- ↑ 2008年8月。夏休み中の小学生リスナーを対象に、パーソナリティが電話でリスナーの相談を受ける
- ↑ ~2008年9月。今日のテーマに即したリクエスト曲を流す。途中、「聴けばだいjob! げんき企業応援隊」を挟んで放送
- ↑ 2008年9月。週代わりで特定の血液型リスナーと電話をつなぎ、血液型自慢を行う
- ↑ 2009年2月。沢田と奥田が、タイへ取材旅行したときの様子を紹介する
- ↑ ~2009年9月。誤用されやすい日本語の本来の意味を問うクイズを出題する。以前は誤った日本語を正しい日本語へ 日本史の裏話 誤った秘書応対・敬語・ビジネス用語を、(それぞれ)正しいモノへ 日本のしきたり・マナー などを、クイズとして出題していた
- ↑ 2008年10月~2009年9月。沢田と和田が、様々なゲームで勝負をするコーナー。勝った方が、自分が選んだリクエスト曲を掛けることができる。後に勝った方が、リスナーに対して、何かしらの私物をプレゼントした
- ↑ ~2009年9月。リスナーから寄せられた怖い話や不思議な体験談を紹介する。夜ワイド時代のPAO~Nの人気コーナー「超心理学コーナー」のオマージュ
- ↑ 2008年10月~2009年3月。歴史上の人物や有名人の武勇伝と、その人が残した名言を紹介する
- ↑ リスナーから寄せられた悩みに対して、沢田たち出演者が回答をする。前身は「一刀両断! 今日の奥様相談室」
- ↑ ~2010年3月。パーソナリティが専門家と電話をつなぎ、今さら他人には聞けそうもない常識や社会現象の概要等を聞く
- ↑ 以前は1時台のコーナーだったが、2007年4月より、12時35分頃に移動
- ↑ 森川のレポートは、2008年11月頃に終了
- ↑ 本の気持ちです」時代は、水曜日のコーナーだった
- ↑ 2009年10月より、木曜日から火曜日へ移動
- ↑ 2009年9月まで金曜日に放送していた「エキゾチック・ジャパン」の後継コーナー
- ↑ 2009年10月より、火曜日から金曜日へ移動
- ↑ 最初は番組終了間際のコーナーで、人気があったが、一時中断。その後、2007年8月に突然復活した。沢田が休みの時は、原田扮する「らぶ子ばあちゃん」など 別のパーソナリティが務めていた
- ↑ リスナーからのメッセージを紹介。ゲストコーナーに充てられる事もある。夜ワイド時代のPAO~Nの同名コーナーを、そのまま移行した物
- ↑ 世界中から寄せられた、B級ニュースを紹介する。おすぎは、それらのニュースを既知している場合「それ知ってるー」などと言い、茶々を入れる場合が多い
- ↑ KBCのインターネット ファンクラブ「Club Latte KBC」会員を対象にした、番組独自のアンケートの結果を紹介。2009年10月より、木曜日から火曜日へ移動
- ↑ 元々は、このコーナーの名前が「3時のあなた」だった。スタジオにゲストを招き、沢田とにしおかが、そのゲストの職業を原田のヒントから予想して当てる
- ↑ 応募したリスナーの中から、豪華な賞品がプレゼントされる。沢田と武内がクイズに挑戦し、正解数に応じて、当選人数を決めていた
- ↑ おすぎが新作映画を紹介、評価する。毎週紹介した映画の鑑賞券を、リスナーにプレゼントする
- ↑ 基本的には洋画を褒め、邦画をけなす傾向が強く、ある邦画を紹介した際は「映画より原作を読みなさい!」と鑑賞券ではなく、図書券をプレゼントしたことも
- ↑ 沢田アナが、九州沖縄の中小企業の経営情報を紹介するコーナー。九州のNRN系列6局と、沖縄の琉球放送(JRN系列)にもネットしていた
- ↑ 毎週、海外の1都市をピックアップして現地在住の日本人と電話を繋ぎ、街の特徴などを聞き出す。沢田は冒頭で、毎週「大橋巨泉の物真似」を行う
- ↑ 福岡で流行っているものなどをお土産として紹介。そのお土産を、にしおかが気に入れば、その場で購入する
- ↑ 福岡ソフトバンクホークスの、その週における活躍ぶりを『KBCホークスナイター』の実況部分と併せて紹介
- ↑ 番組冒頭で、メッセージテーマを設定、募集。リスナーから届いたメッセージを読み上げる
- ↑ 沢田自身は、こういう事もあると予想して、番組前に、非常階段の入り口の鍵をチェックして閉まっていたので、安心していたが、番組中に、いつの間にか開けられていた
- ↑ 現在はKBCテレビ『ドォーモ』20周年記念の看板に取替られている
- ↑ 他の2つが、KBCテレビの看板番組『アサデス。』『ドォーモ』であり(またこれら番組は九州・山口の他の局でもネットされている)、それに対して他局にネットされていないラジオ番組が大々的にPRされていたのは異例である
- ↑ ただし、テレビ2番組の看板は都市高速天神北ランプから天神方面に向かう交通量が多い通り側に掲げられているのに対し、「PAO~N」の看板はそこから横に曲がった通り側にあり、天神北ランプ→天神方面に行く車などから見るのは難しい
- ↑ PAO~Nとam/pmのコラボ商品。九州各県内のam/pmで、期間限定の販売だった
- ↑ 『PAO~N ラジオぼくら異星人』の最終回と『FAN! FUN! TODAY』の最終回は同じ日で、上柳が「福岡の九州朝日放送で放送されている『PAO〜N』という番組も、同じ時期に終了するんですよね」とネット局向けの裏送りで触れていた。この模様は、スペシャルウィーク期間中の『ごごばん!』で流れており、沢田の目の前で語った。
- ↑ 冒頭部分は『ごごばん!』が福岡でも流れる形で、途中から、沢田、上柳、増山さやかアナと、中島、深瀬のやり取りが放送された
- ↑ この格言を元にした上で、PAO~Nカレンダーが作られた
- ↑ 2009年のPAO~Nカレンダーは、パソコンからダウンロードできるようになっており、デスクトップの壁紙タイプとそのまま印刷して飾るタイプの2種類が用意された
- ↑ 今の所、夏のラジオ祭りで焼きそば1人前無料という特典しか言明していない。しかも、沢田が焼きそばの販売「中止」を決定。どういう特典を受けたかは、ステッカーを手にしたリスナーにしか分からない
- ↑ おすぎが当時担当していた『おすぎとピーコのすみれ修道院』(文化放送)でも紹介され、関東を中心に、全国から問い合わせと注文が殺到。急遽、増刷が行なわれるほどの好調な売れ行きだった
- ↑ 九州初!KBC ラジオ「PAO~N」のケーブルテレビでの放送実施について 九州テレ・コミュニケーションズ・九州朝日放送 ラジオ編成業務部共同発表 - 2013年3月5日
関連項目
- 志垣佳奈(DJギャル、元大分朝日放送アナウンサー)
- 舘恭子(DJギャル、福岡放送アナウンサー)
- 下田文代(DJギャル、元RKBアナウンサー、現在は、同局報道記者)
- 田村淳(ロンドンブーツ1号2号、中高生当時、この番組の常連だったという)