大韓民国中央情報部
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テンプレート:Infobox 大韓民国中央情報部(だいかんみんこくちゅうおうじょうほうぶ、略称KCIA)は朴正煕時代の大韓民国の情報機関。
概要
1961年、朴によるクーデター成功後、すぐに設立された。主要な任務は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のスパイの摘発であったが、軍政時代は反政府運動の取締りにも辣腕を発揮した。所在地名から通称「南山」と呼ばれ、国民から恐れられた。
根拠法は国家保安法と社会安全法(現:保安観察法)。職務として製氷庫などで拷問を行った。組織・職員・予算は非公開とされ、職員は公募されず、生え抜きの軍人から約10万人が選抜され、国民生活の隅々まで監視した。朴の独裁に反対する国民を拷問・誘拐し、殺害さえすることもあることで知られた。その活動は国外にまで及び、日本で起きた金大中事件では、日本の東声会や山口組系暴力団と共に児玉誉士夫がKCIAに協力したことで知られる。
地下放送であった希望のこだま放送は中央情報部が行っていた。これについては軍政時代から「(放送は)韓国の特殊機関が行っている」と韓国放送公社(KBS)の関係者も認めていた。
全斗煥が創設した国家安全企画部、金大中以降の国家情報院と韓国の情報機関はその後も存続したが、政治犯罪のみならず経済犯罪も扱い、また職員の公募も始まるなど、次第にそのベールを脱いでいった。
関連項目
中央情報部が関連した事件
(推定も含む)
- 第一次人民革命党事件(1965年)
- 東ベルリン事件(1967年)
- 統一革命党事件(1968年)
- 金大中事件(1973年)
- 民青学連事件(1974年)
- 第二次人民革命党事件(1974年)
- 学園浸透スパイ団事件(1975年)
- コリアゲート事件(1970年代)
- 朴正煕暗殺事件(1979年)