飯塚オートレース場
テンプレート:基礎情報 オートレース場 飯塚オートレース場 (いいづかオートレースじょう) は全国に6場あるオートレース場の1つで、福岡県飯塚市にある。施行者・土地建物ともに飯塚市で所有管理している。
実況は宮本隆与が担当しており、スタートの際の「針動きます。3秒前!2秒前!1秒前!各車一斉にスタート、ギャオン!」 の名ゼリフで知られる。司会進行は内野久照が担当しており、かつては一般開催の前半3レースの実況も担当していた。
概要
飯塚オートレース場は1957年(昭和32年)2月22日に開設された。開設当初はダートコースで、現在の飯塚市陸上競技場の場所でレースが行われていた。1967年(昭和42年)10月6日に現在地に移転している。
2005年8月20日 - 24日には、ダイヤモンドレースが同場初のナイター競走として開催が行われた[1]。しかし既にナイター競走導入を開始していた伊勢崎オートレース場や大井競馬場等と異なり、専用の照明設備を常備する形式は採らず、移動式照明車を計14台搬入の上、走路内外に配置する形態で開催が行われた(ただしメインスタンドには常設の照明もある)。なお2005年のナイター競走開催はこのダイヤモンドレースのみであった。翌2006年はこれに加え、9月20日~24日にかけて行われた第10回オートレースグランプリもナイター競走として開催が行われ、オートレースにおいては初のナイター競走によるSG開催となった[2]。
この照明車は2011年1月から久留米競輪場と共同使用しており、夏季~秋季の飯塚オートの一部開催期間以外は久留米競輪場でナイター開催を実施する形となっている。
2007年2月22日に開設50周年を迎えた。飯塚市はこのレース場を「旧産炭地の発展を支えた"市の顔"」と位置付けており、赤字の公営競技を切り捨てようとしている他の自治体とは一線を画している。
2011年4月以降の開催からは、伊勢崎市の管理施行により重勝式車券(ランダム方式4連勝勝2連勝単式とセレクト方式5重勝単勝式)がオッズパークにて発売される。なお当場を対象とした発売は伊勢崎市の指定を受けた日のみとなり、4月28日から5月1日までの開催が初指定となる。
場外発売所
- オートレース川辺(鹿児島県南九州市川辺町神殿) - 2012年7月18日オープン
- オートレースみぞべ(鹿児島県霧島市溝辺町有川字池田2356) - 競輪場外車券売場サテライトみぞべ内に2014年8月13日オープン
交通
- JR筑豊本線浦田駅下車、徒歩10分。
- 飯塚バスセンターより新飯塚駅経由で無料送迎バスあり(新飯塚駅より約5分)。
- 本場開催日は後藤寺バスセンター・田川伊田駅・山田・黒崎(宮田、直方駅)・大隈(桂川)の各方面より無料送迎バスあり。
- 九州自動車道八幡ICから車で約30分。
トピックス
- 福岡海の中道大橋飲酒運転事故を受け、2006年10月4日より場内でのビール販売を中止している。車での来場者が圧倒的多数を占めるため、飲酒運転の危険性が高いと判断しての中止である。
- 正面入口の上にある飯塚オート展示室があり、飯塚オートレースの歴史を物語る数々の写真や、かつて「飯塚の大エース」と呼ばれながらもレース中の不運な事故で他界した中村政信選手の愛車「トーマス」やヘルメット、勝負服が展示されている。
- 2013年5月9日のナイター開催で、第12Rの発走直前に数十羽の鳥がコース内に飛来し、飛び回って対処できなかったことから、バードストライクを懸念してレースが中止となった。翌10日も第10R終了後に鳥の群れが飛来したため、走路側の照明を一旦全て落とし暗くすることで対処したが、再点灯に時間がかかったため第11Rが確定したのは午後9時直前となり、これ以上第12Rの発走時間を遅らせることができず2日連続で第12Rは中止となる。これにより当該レースの車券と、その日の重勝式投票は全て払い戻された[1]。
オートとボートのコラボ
- ボートレース大村とのコラボレーションとして「レース市場」を2011年10月1日にオープンし、各マイルサービス会員向けの新特典として、ゲームによってゴールドもしくは市場マイルを貯め、それをアマゾンのギフト券や各レース場のマイルサービス、クーポン券(ロイヤル席無料等)と交換できるサービスを行なっていたが、2013年3月31日をもって終了した。
脚注
- ↑ 鳥:群れ「乱入」最終レース中止 2日連続 福岡・飯塚オート - 毎日新聞2013年5月11日