音声多重放送
音声多重放送(おんせいたじゅうほうそう)とは、一つの放送チャンネルに複数の音声を多重して行う放送である。
日本のテレビ放送
アナログテレビの場合、2チャンネルステレオ放送と二重音声放送(副音声付放送、2か国語放送、解説放送)がある。音声多重放送実施放送局は、JO**-TAMというコールサインが割り当てられていた。
2チャンネルステレオ放送は、受信機の左右の2つの音声チャンネルを同時に利用して、音楽番組やスポーツ、ドラマ、アニメ番組のほとんど全ての番組と、トーク、バラエティ、ニュース番組の一部で利用される。
二重音声放送は、ニュースや海外映画などに日本語音声と外国語(現地)音声の両方を入れて放送する場合などに多く利用される。メインで流れる音声(多くは日本語)を主音声、もう一方の音声(外国語)を副音声という。なお、副音声に同じ言語(日本向け放送の場合なら同じ日本語)での補足的な内容が流れる番組は、解説放送と呼ばれている。
日本におけるアナログテレビ放送用の規格(NTSCの拡張規格)では、FM-FM方式により放送波の中の2つの搬送波チャンネル(主音声用と副音声用)を用いて音声が送信される。
ステレオ放送の場合は主音声用チャンネルには左右(L,R)の混合音声(L+R)、副音声用チャンネルには左右の差音声 (L-R) の信号を載せることにより、ステレオ非対応の受信機でも不都合がない視聴が可能[1]になる仕組みになっている。
同様にステレオ非対応の受信機で二ヶ国語放送を視聴した場合[2]は、主音声用チャンネルの信号しか復元されない。
一方、音声多重放送対応受信機では、ステレオ放送の場合は左右の音声が分離[3]され、二ヶ国語放送の場合は主音声または副音声を任意に選択(但し、それぞれはモノラル音声で、左右に全く同じ内容を出力する。)して聞くことが出来る。
ステレオ音声の場合は左チャンネル音声を左のスピーカからだけ、右チャンネル音声を右のスピーカーからだけ、などのように分けていずれか一方のスピーカーからのみ出力したり、片方の信号のみをモノラル音声として左右の両方から出力したり、様々な切り替えや選択が可能となっている[4]。
前述のテレビやラジオ受信機と同じ原理により、旧来のモノラル音声記録のビデオレコーダーで音声多重番組を録画すると、モノラル音声テレビで視聴した場合と同様に、ステレオ放送は左右の混ざった音声が、二ヶ国語放送の場合は主音声のみ録音・再生される。
一方、HI-FIビデオと称される機種の場合は、ステレオ放送の場合はステレオ2ch音声で、二ヶ国語放送の場合は主音声と副音声の両方が記録でき、再生ではステレオ放送の場合はステレオ2ch音声が、二ヶ国語放送の場合は主/副音声の切替選択出力が行なわれる。
アナログ放送での二重音声放送(副音声付放送、二ヶ国語放送、解説放送)の場合、ステレオ放送と二重音声放送を区別するための識別信号は、副音声搬送波に多重させていて(音声帯域外の高い周波数帯域に識別のための信号を含ませている)、受像機側がこれを検出することで可聴音声(人間が聞いて認識できる音声)への出力を切替制御[5]している。
デジタル放送では放送波のデジタル信号としてのID部分に音声方式(二重音声放送、マルチ音声放送[6]、5.1chサラウンドステレオ放送など)の識別のための制御情報が載っていて、これを利用して同様の切替制御を行なっている[7][8]。
過去には副音声を使い、音響カプラ用音声やパソコンのデータレコーダ用の音声を流すなど、様々な試みもされている。また、1990年代にステレオ放送を実施する番組が急激に増え始めたのは、ビデオデッキのCMカット機能対策だといわれている。ちなみにテレビ大阪制作の番組は主にアニメ番組がステレオ放送だったが、2004年4月以降すべてステレオ放送に切り替えた[9]。
地上デジタル放送・BSデジタル放送・CSデジタル放送の各民放局ではモノラル二重音声・5.1サラウンドを実施しない限りモノラル放送の番組をステレオ信号に乗せて放送されている(モノステレオ放送)。
日本の地上デジタル放送・BSデジタル放送・CSデジタル放送の場合は、放送規格にISDBを用いており[10]、規格上では1放送チャンネルにつき8音声まで多重化することが可能である(但し、1放送チャンネル当たりの合計帯域数の制限も受けるので、必ず8多重が可能になるわけではない)。これを利用して複数音声によるステレオ放送や、5.1ch放送などを実現することが可能である。
NHKでは、高齢者向けに、BGMや効果音を通常よりも小さくして、ナレーションなどの声を聞きやすくした音声サービスが実施されている。なお、従来の二重音声放送の場合は、一度切り替えた音声設定は、再度変更するまでは、チャンネルが変わっても電源の入/切を繰り返しても変らないものが殆んどだが[11]、デジタル放送で新たに取り入れられた多重音声(マルチ音声)の場合は、チャンネルや番組が変わると、第一音声に戻る仕様のものが多い。なお、デジタル放送での2チャンネルステレオ放送の場合、音声コーデックには「MPEG2 AAC-LC」を用いているが、音声データの符号化ではアナログ放送での場合と同様に和差方式による信号情報が載せられており、再生時にはそららの情報から左右音の分離を行っている。
日本のラジオ放送
FMラジオではAM-FM方式、AMラジオでは両立性直交振幅変調方式によりステレオ音声が送信される。このときも、主搬送波では左右の混合音声が送られるので、ステレオ非対応の受信機でもモノラル音声の受信は可能となる。
また、FM放送開始以前には、AMラジオ放送の2波を同時に使うことで(NHKのラジオ第1・第2放送、文化放送・ニッポン放送共同など)ステレオ放送が行われたこともある。
BSアナログ放送では、WOWOWが使用していたBSアナログ5chで独立音声放送『セント・ギガ』(→ CLUB COSMO → WINJ)が、PCM方式の音声で放送が行われていた。
整備状況
テレビの音声多重放送は放送大学(但し、デジタル(スカパー!での放送を含む)では放送開始15分前のテストパターンと放送終了前のイメージソング・大学学歌のみステレオ放送を実施)を除くNHK・民放局共に実施。NHKは総合テレビが1986年、教育テレビは1991年に全国整備を完了。民放局は2001年4月のテレビ埼玉を最後に全局整備が完了している。
ただし、北海道の一部地域(旭川・函館・帯広・北見・釧路各地区全域、及び室蘭地区の大半)では民放各局でアナログ方式の音声多重放送は一貫して行われなかった。理由としては、放送回線(NTT中継回線)の設備(アナログ方式=全国回線は2006年6月4日深夜にデジタル回線に変更)や回線使用料(全国回線と比べ放送区域が広大で、かつ設備の維持経費も高い北海道内での回線は倍以上の料金がかかっている。実施するにはステレオ用の放送機を設置するとともに、NTT中継回線の音声回線もステレオ用に確保する必要があるが、多額の投資がかさむ等)の都合、さらには冬季における中継施設の維持(施設へ至る道路の除雪やアンテナの雪対策等)にコストがかかるといった問題が挙げられる。その後も各放送事業者で道内全域で実施できるよう検討していたが、前述の設備投資や回線費用が多額であることは避けられず、その上で2007年10月1日以降、道内各地で地上デジタル放送が開始されたこともあって結局は33年弱の間、民放各局では1度も実施するに至らないまま2011年7月24日のアナログ放送終了を迎えた。
その後、全国的な地上デジタル放送の進展で、北海道で前述に挙げた地域でも2007年9月の地上デジタル試験放送(映像・音声信号を付加した)開始から音声多重放送が受信できるようになった。これは、放送回線のデジタル化移行(その際、民放各局の道内中継回線は従来のNTTのマイクロ回線に代わって北海道総合通信網所有の光ファイバー回線が使用されている)による回線使用料などの大幅なコスト削減と、同年10月1日以降、地上デジタル放送の基幹送信所・中継局が順次開設されるようになったためである。いずれにしても札幌地区を含めた他の全国地域よりも相当遅い民放各局の音声多重放送の開始となった。2010年12月末にはほぼ道内全域の世帯でNHK・民放各局ともに地上デジタル放送での音声多重放送が受信できるようになった。
一方、NHK(総合・教育)については開始当初はアナログ回線使用料は高額であったものの事前に予算を組んでいたことや2004年にNTT中継回線は全国回線・道内回線ともにデジタル回線に移行され、回線使用料はアナログ回線に比べ安くなっているため北海道内全域でもアナログ・デジタルとも実施されていて受信可能となっている(鮮明な画像は得られないが旭川、室蘭、帯広各地区の一部地域でも高利得アンテナを使うことで民放各局のアナログ波の音声多重放送を受信できる場合もあるが気象条件などにより受信できないこともある)。衛星放送であるNHKと民放のBS・CS各局は衛星1つで日本全国をカバーしているため、どの地域にいても受信は可能である。
各国のテレビ音声多重放送方式
以下に各方式の名称と使用国を記す。なお、テレビの音声多重方式において、各方式の間に互換性は無い。
- MTS(Multichannel Television Sound):アメリカ、カナダ、メキシコ、台湾(以上、NTSC使用国)、ブラジル、アルゼンチン(以上、PAL使用国)などで使用。
- NICAM(Nearly Instantaneous Compandable Audio Matrix):イギリス、デンマーク、スウェーデン、ポルトガル、香港、南アフリカ、ニュージーランド(以上、PAL)、フランス(SECAM)で使用。
- A2ステレオ:ドイツ、オーストリア、スイス、オランダ(以上、PAL)、韓国(NTSC)