阿蘇惟将
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阿蘇 惟将(あそ これまさ、永正17年(1520年) - 天正11年11月2日(1583年12月15日))は戦国時代の武将。肥後国の戦国大名。
生涯
永禄2年(1559年)、父・阿蘇惟豊が死去したために家督を継ぐ。この頃の阿蘇氏は、島津氏や龍造寺氏らから圧迫を受けて苦しんでいたが、惟将は甲斐宗運を重用して大友氏らと手を結んで、独立の維持を図ったという。その後も他の勢力と巧みに手を結びながら、独立を終生維持した。
天正11年(1583年)に死去し、家督は弟の惟種が継いだ。
家臣
参考文献
- 熊本日日新聞編纂・発行『熊本県大百科事典』、1982年、19頁
- 阿蘇惟之編『阿蘇神社』学生社、2007年