運動療法
運動療法(うんどうりょうほう、テンプレート:Lang-en[1])とは、身体の全体または一部を動かすことで症状の軽減や機能の回復を目指す療法のこと[1]。治療体操、機能訓練などとも言う[1]。
目次
概説
運動療法というのは、その名称どおり、運動すること、つまり身体を動かすこと、を治療法として用いることである。 運動療法には関節可動域回復訓練、麻痺回復促進訓練、歩行訓練、筋力増強、心肺機能改善訓練などが含まれる。
理学療法士が行う治療では、日常生活活動訓練、物理療法などと並び主用な治療法のひとつである。
健康維持・増進における運動の効果が医学的に認識され、運動医学・スポーツ医学が研究されるようになって、生活習慣病などに効果が期待されている分野である。運動療法は、現在は主に生活習慣病(高血圧・動脈硬化・虚血性心疾患・糖尿病・高脂血症等)に効果的とされている。[2]
運動療法の意義
- 関節可動域、筋力、協調性の改善
- 肺活量の増大
- 最大酸素摂取量、最大酸素負債量の増加
- 心拍出量の増加と心拍数の低下
- 運動時の血圧上昇が低く抑えられる
- 糖代謝の改善
- 脂質代謝の改善
糖尿病における運動療法
糖尿病における運動療法の効果としては以下のようなことがあげられる。
- 運動の急性効果としてブドウ糖、脂肪酸の利用が促進され血糖が低下する。
- 運動の慢性効果としてインスリン抵抗性が改善する。
- エネルギー摂取量と消費量のバランスが改善され、減量効果がある。
- 加齢や運動不足による筋萎縮や骨粗鬆症の予防に有効である。
- 高血圧や脂質異常症の改善に有効である。
有酸素運動とレジスタンス運動がインスリン抵抗性の改善に有効とされている。前者としてはジョギング、水泳、後者としては水中歩行があげられる。治療効果が見込める運動量としては歩行として1回15分以上を一日二回、1週間に3日以上が望ましいとされている。消費エネルギーとしては200Kcal程度であり、運動による減量はほとんど期待できない。減量は食事療法によって行い、運動療法はあくまでもインスリン抵抗性を改善させる目的で行う。即ち、糖尿病治療中で運動をした分食事を増やすというのは全く治療になっていない。
治療目的で運動療法を行う患者の場合、糖尿病以外に不整脈といった疾患が合併している場合が多々ある。こういった場合のふさわしい運動強度というのはケースバイケースとなるので医療機関に相談することが望ましいとされている。但し、糖尿病を改善したいのなら基本的なことは変わらない。
糖尿病における運動療法で気をつけるべき点としては低血糖発作である。特にSU薬を用いていると空腹時低血糖を起こしやすいので、食前の運動を避けるといった工夫が必要な場合もある。
インスリン非依存性の糖の取り込み
運動療法が細胞にグルコースを取り込ませ、血糖値を低下させるメカニズムは次のとおりである。運動が持続するとアデノシン三リン酸(ATP)が消費されてアデノシン二リン酸(ADP)が蓄積する。蓄積されたADPはアデニル酸キナーゼ(AMPキナーゼ)によってATPとアデノシン一リン酸(AMP)へ変換される。AMPは、AMPキナーゼに結合してこれを活性化する。活性化されたAMPキナーゼは、通常はインスリンにしか反応しないインスリン感受性のグルコーストランスポーターであるGLUT4を膜の表面へ移動させ、グルコースを骨格筋内の細胞に取り込む作用がある。この運動によるグルコース取り込みはインスリンによる取り込みとは関係しない[3]。このことから、1型糖尿病であっても、発症初期にはインスリン非依存状態で食事療法と運動療法で良好な血糖値が得られる場合がある[4][5]。
糖の取込み促進とインスリン抵抗性の改善
肝細胞は、食後直後に肝臓の重量の8 %(大人で100-120 g)までのグリコーゲンを蓄えることができる[6]。骨格筋中ではグリコーゲンは骨格筋重量の1-2 %程度の低い濃度でしか貯蔵できない。筋肉は、体重比で成人男性の42%、同女性の36%を占める[7]。このため体格等にもよるが大人で300g前後のグリコーゲンを蓄えることができる。グリコーゲンホスホリラーゼは、グリコーゲンをグルコース単位に分解する。グリコーゲンはグルコースが一分子少なくなり、遊離するグルコース分子は グルコース-1-リン酸となる[8]。グルコース-1-リン酸が代謝されるには、ホスホグルコムターゼによってグルコース-6-リン酸に変換される必要がある(詳細はグリコーゲンホスホリラーゼを参照のこと)。肝臓はグルコース-6-ホスファターゼを持ち、解糖系や糖新生でできたグルコース-6-リン酸のリン酸基を外すことができる。こうしてできたグルコースは血液中に放出され、他の細胞に運ばれる。グルコース-6-ホスファターゼは、グルコースの恒常性維持のための役割をもつ肝臓と腎臓で見られ、網状組織内部原形質の内膜に存在する(詳細はグルコース-6-ホスファターゼを参照のこと)。肝臓と腎臓以外の筋肉ではこの酵素を含んでおらず、グルコース-6-リン酸のリン酸基を外してグルコースに変換できないために細胞膜を通過することができず(詳細はグルコース-6-リン酸を参照のこと)、筋肉中のグリコーゲンは他臓器でグルコースとして利用することができず、筋肉自らのエネルギー源として使用される。経口的に摂取された糖の2-3割は骨格筋で利用されると言われているが、骨格筋の糖消費が十分でない場合には食後の血糖が上昇することとなる。このため、運動によるグリコーゲンの消費は骨格筋の糖取り込みを直接刺激するとともに、インスリン感受性も増強させる。また、継続的な運動により肥満が解消されれば、さらにインスリン抵抗性の改善につながる[5]。
なお、安静時や強度の低い運動時には脂肪の方が糖よりも多く使われている。血糖やグリコーゲンは利用しやすいが貯蔵量は多くはないので安静時などではあまり多くは使われず、強度の高い運動時などに糖が優先的に使われるようになる[9]。
運動療法を控えた方が良い場合
基本的には糖尿病慢性期合併症が生じてしまったら運動療法は行わない方が良いといわれている。網膜症があれば、低血糖をおこし交感神経が反応し高血圧になると網膜剥離を起こすこともある。腎症があれば、運動でタンパク尿は増えて、腎臓をさらに障害する。神経症があれば運動は怪我のリスクとなる。
- 糖尿病の代謝コントロールが極端に悪い時(空腹時血糖値250mg/dl以上、または尿中ケトン体中等度以上陽性)
- 増殖網膜症による新鮮な眼底出血がある場合(運動によって網膜症が悪化し失明する恐れがある、眼科医と相談が必要である)。
- 腎不全の状態にあるとき。
- 虚血性心疾患や心肺機能に障害がある場合
- 骨、関節疾患がある場合
- 急性感染症
- 糖尿病性壊疽
- 高度の糖尿病性自律神経障害
これらが認められた場合は運動療法は制限した方がよいとされている。ただし、運動療法の制限の適応になったとしても日常動作まで制限されることは稀であり、安静臥床を必要とするということではない。
1(不可):他動運動
0(ゼロ):他動運動
- マットおよび訓練台:基本動作訓練など用途は広い
- 傾斜台(斜面台):起立性低血圧予防などに用いる
- 階段:必要な時に組み立てることのできるものもある
- トレッドミル:速度と傾斜を調整できるものがほとんどである
- 鏡:姿勢矯正などに用いる
- その他:心電図モニター、肺活量計など
注意点
体調に不安がある場合は、医師や専門のトレーナーの指導を受けることが望ましい。
運動は適度な範囲に収める必要がある。過剰な運動は逆効果となる。
- 「症状にあったお薬をもらうように、運動にもあなたにあった方法や量があり、決められた量と用法を守ってこそ効果があります」(関西医科大学健康科学センターのHPから)
脚注
- ↑ 1.0 1.1 1.2 平凡社『世界大百科事典』「運動療法」
- ↑ 今後は、心臓疾患・脳疾患など、「生活習慣+ストレス」により生ずるその他の疾病についても、運動により生活習慣を改め、運動によりストレスを軽減することで、予防・治療効果を得ることも期待されるテンプレート:要出典。
- ↑ テンプレート:Cite journal
- ↑ 1型糖尿病とは?
- ↑ 5.0 5.1 糖尿病の病態-インスリンの分泌障害が抵抗性か-、小川 渉、日本内科学会雑誌 、Vol. 89 (2000) No. 8
- ↑ テンプレート:Cite book
- ↑ Marieb, EN; Hoehn, Katja (2010). Human Anatomy & Physiology (8th ed.). San Francisco: Benjamin Cummings. p. 312. ISBN 978-0-8053-9569-3.
- ↑ テンプレート:Citation
- ↑ 新たな乳酸の見方、八田 秀雄、学術の動向、Vol. 11 (2006) No. 10