神辺町
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神辺町(かんなべちょう)はかつて広島県深安郡に存在した町である。
福山市と岡山県に囲まれた町で、福山市のベッドタウンであった。また、1975年以降は深安郡唯一の自治体になっていた。2006年3月1日に隣接する福山市に編入され消滅し、合併後の地名は、「広島県福山市神辺町」となっている。
目次
町名の由来
町内にある式内社、天別豊姫神社に由来する。古来より地元の信仰を集めてきたこの神社は黄葉山に鎮座し、そこが神を護る森(神奈備)であることから神奈備(かんなび)山とも呼ばれていた。神辺平野の西端に当たる府中市には、甘南備(かんなび)神社という神社も存在し、「神奈備」もしくは「甘南備」が変化して「神辺」になったという説が有力である。
地理
河川
- 高屋川 ‐ 芦田川支流。
- 加茂川 ‐ 芦田川支流。
- 竹田川 ‐ 芦田川支流。
山
- 観音山 (285m)
- 権現山 (231.4m)
- 天神山 (170m)
- 黄葉山 (133m) ‐ 神辺城跡のある山。
- 要害山 (95.9m) ‐ 山頂には戦国時代の城跡があり、土塁が残っている。
- 山王山 (80m)
- 八畳岩
沿革
- 1889年4月1日 - 市制町村制施行。神辺町域には当時いずれも安那郡に属する上竹田・川北・川南・下竹田・中条・道上・御野・八尋・湯田の各村が存在した。
- 1898年10月1日 - 深津・安那両郡が統合して深安郡が成立したことに伴い上竹田・川北・川南・下竹田・中条・道上・御野・八尋・湯田の各村は深安郡に属する村になる。
- 1929年3月1日 - 川北村・川南村が対等合併して神辺町が成立。
- 1941年2月11日 - 上竹田村・下竹田村・八尋村が対等合併して竹尋村が成立。
- 1954年3月31日 - 神辺町及び竹尋村・中条村・道上村・御野村・湯田村が対等合併して神辺町が成立する。
- 2006年3月1日 - 福山市に編入。77年の町政に終止符を打つ。同時に深安郡も107年5箇月の歴史に終止符を打つ。
歴代町長
- 第一代 松浦弥一 1954年5月 -
- 第二代 高垣久太郎 1958年4月 -
- 第三代 熊谷 忠 1963年2月 -
- 第四代 佐藤敬治 1975年2月 -
- 第五代 重政卓郎 1978年5月 -
- 第六代 高橋令之 1986年5月 -
- 第七代 佐藤敬治 1990年5月 -
- 第八代 堀田克巳 1994年5月 -
- 第九代 佐藤秀毅 1998年12月 -
主要施設
- 神辺町立かんなべ図書館
- 神辺町民文化会館
- 神辺町立病院
産業
- 繊維・電子機器産業が基幹産業である。
大字(2006年2月28日当時のデータ)
- 旭丘(あさひおか)
- 上御領(かみごりょう)
- 上竹田(かみたけだ)
- 川北(かわきた)
- 川南(かわみなみ)
- 下御領(しもごりょう)
- 下竹田(しもたけだ)
- 十九軒屋(じゅうきゅうけんや)
- 十三軒屋(じゅうさんげんや)
- 新徳田1~3丁目(しんとくだ)
- 新湯野1~4丁目(しんゆの)
- 徳田(とくだ)
- 西中条(にしちゅうじょう)
- 箱田(はこだ)
- 東中条(ひがしちゅうじょう)
- 平野(ひらの)
- 三谷(みたに)
- 道上(みちうえ)
- 八尋(やひろ)
- 湯野(ゆの)
教育(2006年2月28日当時のデータ)
小学校
- 神辺町立神辺小学校
- 神辺町立竹尋小学校
- 神辺町立中条小学校
- 神辺町立道上小学校
- 神辺町立御野小学校
- 神辺町立湯田小学校
中学校
- 神辺町立神辺中学校
- 神辺町立神辺西中学校
- 神辺町立神辺東中学校
高等学校
交通(2006年2月28日当時のデータ)
鉄道
JR福塩線
道路
国道
主要地方道
一般県道
- 広島県道・岡山県道102号下御領井原線
- 広島県道・岡山県道103号七曲井原線
- 広島県道181号下御領新市線
- 広島県道189号福山上御領線
- (当時は神辺町下竹田・神辺町下竹田交差点(広島県道76号神辺大門線交点)以北のみ区域決定済。)
- 広島県道214号神辺停車場線
- 広島県道215号道上停車場中野線
- 広島県道390号三谷神辺線
- 広島県道393号粟根神辺線
- 広島県道395号川南近田線
名所・旧跡
- 神辺城跡 ‐ 戦国時代 - 江戸時代初期の山城の跡。備後福山藩発足当初の居城は神辺城であった。
- 神辺町歴史民俗資料館 ‐ 神辺城跡の東側にある。(現在は福山市神辺歴史民俗資料館)
- 吉野山公園 ‐ 神辺城上り口にある公園、桜の名所である。
- 神辺本陣跡
- 廉塾・菅茶山旧宅
- 菅茶山記念館
- 八丈岩 ‐ 伝承によると、昔々「ごん」と「八」という鬼がいて、四日三晩にわたり喧嘩をしていた時、「ごん」が踏んだ岩とされ、くっきり凹凸が見られる。
- 備後国分寺跡
- 堂々公園 ‐ 江戸時代に築かれた砂留が残っている。
- 6番砂留 ‐ 堂々公園に行く途中にある。伝承によると、大雨に困った住民が作ったという説が最も有力とされる。また、仲直りした「ごん」と「八」が川から水が溢れ困っている下界の人のため、一晩でつくった説もある。
神辺町出身の有名人
- 菅茶山 ‐ 江戸時代後期の儒学者。漢詩人。
- 葛原勾当 ‐ 箏曲の名手。勾当日記を著す。葛原しげるの祖父。
- 葛原しげる ‐ 童謡作詞者。色々な校歌を手がける。有名な広陵高校の校歌もつくる。有名な曲が「夕日」。
- 箱田良助 ‐ 伊能忠敬測量隊員。榎本武揚の父。箱田地区で生まれ育つ。伝承によると、苗字の「箱田」は、その地域の地名である「箱田」から採ったものであるとされている。また、当時苗字が無く、その地域の人はみんな「箱田」を名乗っていたとされる。
- 小原春香 ‐ 歌手。AKB48・SDN48の元メンバー。
- 高橋真一郎 ‐ 元サッカー選手、サッカー指導者。